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第2話 舞台稽古

「KAZUさん、お飲み物をお持ちしました!」


今時どこで売っているのか、まさに「牛乳瓶の底」のような眼鏡をかけた青年が、

和彦のところにスポーツドリンクの入ったペットボトルを持って駆け寄ってきた。


「ありがとうございます、下川しもかわさん」


和彦はKAZUモードでにこやかに礼を言い、

下川からペットボトルを受け取った。




ここは、都内某所の演劇場。

来月からの舞台公開に向けて、和彦はじめ沢山の役者が練習にいそしんでいる。


だが、「和彦はじめ」と言っても和彦は主役ではない。


ルックス・演技力・歌唱力・カリスマ性・・・等々、全て一流の和彦だが、

いかんせんまだ21歳。

それに様々な分野の仕事をしているので、舞台の主役を演じることは、

実力的にも時間的にも難しい。


しかし仕事中は謙虚で真面目な和彦、いや、KAZUは、

例え脇役でも忙しい仕事の合間を縫って、こうやって練習をしている。


もっとも、脇役でもKAZUはKAZU。

自分に期待されているのは演技ではなく客寄せだということも、承知している。

しかしだからこそ、いい演技をして「思ってたよりやるな、あいつ」と演出家たちに思わせたい。



次は絶対に「ぜひKAZUに主役を」と言わせてやる!!



和彦が決意を胸に舞台を睨んでいると、

照りつける照明が暑いのか、下川が眼鏡を外して汗を拭った。

意外なことに、和彦でも思わずハッとするような綺麗な顔立ちをしている。


「・・・下川さん。コンタクトにしないんですか?」

「え?ああ、僕、コンタクトがダメなんですよね。目に合わないっていうか」



もったいないな。

顔だけでも充分芸能人になれるのに。



ケチな門野社長の仕込みのお陰(?)か、和彦も金の卵を探すのが癖になりつつある今日この頃。

そして、事件らしいことがあればすぐに首を突っ込んでしまうのが癖になりつつある今日この頃。

これは、寿々菜と武上の影響だろう。



「和彦さん、お電話です」


和彦が横目で下川を見ながらスポーツドリンクを飲んでいると、

和彦に恋するマネージャー・山崎(♂)が、和彦の携帯を手にやってきた。


和彦は、少しムッとした。

仕事中に私用で邪魔されるのが何より嫌なのだ。


しかし山崎は、「マネージャーとしては」という注釈付きなら優秀な人材。

和彦のことは何でも知っている。

その山崎がわざわざ仕事中の和彦に携帯を持ってきたのだから、

何かよほどのことなのだろう。


それでも和彦は不機嫌をあらわに、山崎から無言で携帯を受け取り、

ディスプレイを見た。



なるほど、な。



「山崎、サンキュー」

「いえ」


ディスプレイに表示されているのは「ロリコン刑事」という文字・・・ではなく、

一応「武上」になっている。


和彦は、死に瀕しでもしない限り武上になんぞ電話したくない。

いや、瀕してもしたくない。

それは武上も同じだろう。


その武上からの電話。



本当に「よほど」のことらしいな。

ま。だいたい想像はつくけど。



和彦は、座っていたパイプ椅子から立ち上がると、

足早に演劇場の外へ出た。


と、同時に下川が眼鏡をかける。


「あれ?KAZUさんがいない・・・」


山崎は苦笑いした。


「和彦さんはお電話です。下川さん、本当に目がお悪いんですね」

「はい・・・本当に目と鼻の先の物でも、コレがないと見えないんですよ、僕」


下川はそう言って、自分の顔にある眼鏡を指差した。

その時、別の声が山崎と下川の間に入ってきた。


「下川さん」


山崎と下川はその声に振り向いて・・・ギョッとした。

胸にナイフをつきたてた女が立っていたのだ。


「・・・あ。氷室さん」


下川が胸をなでおろす。


氷室麻綾ひむろまあやは舞台専門の女優で、歳は28。

有名というほどではないものの、今回の舞台でヒロイン役に抜擢された。

胸に刺さっているナイフはもちろん小道具である。


「私にも、何か飲み物くれる?」

「はい!あ、山崎さん。僕、失礼します」

「はい。和彦さんもすぐ戻ると思いますよ」


下川は頷くと、

パッと舞台裏に駆けていった・・・が、途中で少し、氷室の方を振り返った。

氷室は舞台をぼんやりと見ていて、下川が自分を見ていることに気がつかない。



大丈夫かな、氷室さん。



下川は不安になった。


こんな大役、氷室は初めてである。

しかも、主役の若き男優・中谷寛人なかたにひろとも「主役」は初めて。


更に脇役にトップアイドルのKAZUがいる。


中谷と氷室が2人してプレッシャーに押し潰されそうになっているのは、

アシスタントの下川にもよくわかった。

しかし、だからといって下川に何かできるわけでもない。



・・・いや、僕はせめて、役者さんたちが気持ちよく演技ができるよう、

自分ができることをやろう。



下川は、舞台裏にある冷蔵庫に向かって再び走り出した。







「おう、なんだよ武上」


演劇場の外の廊下で、和彦は電話に出た。


一瞬にしてKAZUから和彦に戻る。

声はもちろん顔つきまで別人だ。


「・・・寿々菜さんが・・・」


お通夜のような武上の声に、

和彦は舌打ちをした。



やっぱりあいつか!

また何かやらかしたのか!?



「寿々菜がどうしたんだよ!?」

「・・・宮下真の家に泊まるらしい・・・」

「は?」


和彦の不機嫌度数がMAXになる。


「だから?」

「だから、って和彦・・・何とも思わないのか?」


武上の声が険悪になっていく。

が、和彦はお構いなしだ。


「そんなことで、いちいち電話してくんな。俺は忙しいんだよ」

「そんなこと、じゃない!一大事だ!」

「あのな、寿々菜だって子供じゃねーんだよ。ほっとけ!」


和彦は勢い良く携帯を閉じると、

イライラしながら演劇場の中へと戻っていった。





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