第17話 2人の正体
日本にはいなくても、アメリカにいるかもしんねーぞ。
と、言いたいのを和彦はぐっと堪える。
「下川さん。あなたは誰なんですか?本名は?」
「・・・」
「お答えして頂けないなら、僕が言いましょう。
あなたの本名は、巽輝ですね」
「・・・」
無言の下川に代わり、羽賀が「ああ!」と叫んだ。
「お、お前!巽か!!」
羽賀が、有無を言わせず下川の眼鏡を取った。
相変わらず眼鏡の下は美青年だが、今はその表情は冴えない。
羽賀は下川の顔をマジマジと見つめた。
「・・・ん?本当に巽か?前見た時とは、違うような・・・」
すると下川がニッと笑った。
その笑い方はどこかKAZUを思わせるものがある。
「やっぱり!巽だ!」
「羽賀さん。僕、何度かあなたの前でも眼鏡を外してるでしょう?
それなのにどうして気付いてくれないんですか?」
「いや、だって・・・まるで別人じゃないか・・・」
「表情を少し変えれば別の人間になれるんです。演出家ならそれくらい見抜いてください」
「・・・」
三山が武上をつついた。
「おい、誰なんだ、巽輝って」
「今回の舞台はKAZUが演じる役以外は、プロ・アマ関係なくオーディションで選んだそうなんです。
その時、主演の最終選考に残った5人のうちの1人が巽だったんです。
オーディションに落ちた後、偽名を使ってアシスタントとして潜り込んだんでしょう。
眼鏡は本物でしたが、オーディションの時はコンタクトをしてたようです」
羽賀が、信じられないという風に頭を振った。
「お前・・・『巽輝』なんて、インパクトのある芸名だなと思ってたが、本名だったのか・・・」
するととたんに下川の、いや、巽の表情が険悪になった。
「羽賀さん、違うでしょ。あなたがインパクトを感じたのは僕の名前ではなく、
僕の演技だったはずだ」
「・・・」
「あの5人の中では、間違いなく僕の演技が一番よかった。ましてや中谷なんかとは、
比べ物にならなかったはずだ。それなのに僕は落選した」
「・・・」
「当然ですよね。あれはデキレースだったんだ。中谷が選ばれることは、
羽賀さんと中谷の事務所の間で最初から決められていた。金でね。
僕はそんなことも知らずに『少しでもこの劇に携わりたい』と思って、
オーディションを受けた俳優ということを隠してアシスタントになったんだ。
アシスタントの仕事も一生懸命やった」
そこは和彦も認めるところだった。
巽・・・下川は、どのアシスタントより真面目に働いていた。
「真実を知ったときは、自分が馬鹿みたいだったよ。
それなのに中谷は不甲斐ないし、主演を降りたいとか言い出すし。
僕はあのオーディションに全てを賭けていたんだ!会社も辞めて、
演技の勉強に専念していた!僕なら絶対舞台を成功させられたのに・・・!」
巽が拳を握り締める。
気まずい沈黙が天井裏を支配した。
が。
「あはははは」
「か、和彦?」
巽が和彦を睨む。
「何笑ってるんですか?KAZUさん」
「いや~、はははは。おい、武上、俺の妄想も結構当たるもんだろ?」
「・・・まあな」
以前和彦は「下川は俳優を目指していて挫折したに違いない」と言っていたが、
まさにその通りで、巽は武上たちの前で「下川拓也」を演じていたのだ。
「おい、下川、じゃなかった、巽、か?それで中谷を殺して、羽賀に罪を着せようとしたのか?」
「・・・そうだ」
「ふざけんな。金で作られたデキレースなんぞ、この世界じゃ当たり前だ。
俳優になりたいなら、そんなデキレースも吹き飛ぶくらいの演技力をつけてみろってんだ」
「よく言うよ、KAZUさん。自分にそんな演技力があるとでも思ってるのか?」
「思ってるさ。でも、俺にはそれ以上に『KAZU』っていうネームバリューがある。
今は俺もこれを利用して芸能界にいるし、周りの奴らも『KAZU』を使って金儲けしてる。
現にこの舞台だって、俺は客寄せとして起用されてるしな。
でもいつか『KAZU』って名前に意味がなくなっても、俺は実力で生き残ってみせるぜ」
「・・・」
「お前の演技力と真面目さは認めてやるが、屈折した正義感と世間知らずさは認めてやれねーな」
巽が燃えるような目で和彦を睨んだ。
が。
「俳優なら、刑務所で囚人の役を勉強して来い。
出てくる頃には、俺と共演できるくらいにはなってるかもな」
和彦はそう言うと、「さーて。稽古、稽古」と言って梯子を降りて行った。
残された武上、三山、山崎と寿々菜(いたのか)、
そして巽でさえ、しばらくポカーンとしていたのだった・・・
「お疲れ様、武上君」
「あ。鳥居さん。お疲れ様です」
昼休み。
警視庁内の食堂で、いつも通り2人は顔を合わせた。
「氷室麻綾と中谷寛人の件、大活躍だったらしいじゃないの。三山さんが褒めてたわよ」
「いえ・・・鳥居さんのお陰です」
「へ?」
鳥居は首を傾げながらも、箸に手を伸ばした。
「あ!見て見て、テレビ!」
鳥居がはしゃいだ声を出して武上の肩を叩く。
「なんですか?またKAZUでも出て・・・え?」
武上はそのまま悠に10秒は固まった。
お陰で、テレビで流れていたCMが終わるかと思ったが、
幸い30秒バージョンのCMだったらしく、武上が我に返ってもまだCMは続いていた。
CMに出ていたのはKAZUではない。
女だ。
裸なのだからすぐに分かる。
見ると、食堂にいる他の男達もテレビに釘付けだ。
武上もその1人だが、他の男とは違い、純粋に驚いてCMを見ているだけである。
「やーらーしー。武上君!」
「そ、そんなんじゃ・・・!」
そうは言いつつ、テレビから目が離せない。
恐らくボディソープのCMなのだろう。
スレンダーだが美しい形の胸とくびれたウエストの女性が、シャワーを浴びている。
大事な部分はカメラのアングルや手で、見えそうで見えない。
それでいて、いやらしさが全くないのは、
その美しい体型がもはや造形美の域に達しているからだろう。
それでも鼻の下を伸ばしてテレビに見入っている男がここにも大勢。
「ここにいる男」というのは、もちろん警官な訳で・・・
大丈夫か、にっぽん。
「あの女の人は・・・」
「綺麗よねー!モデルだもんねー!私もあんなスタイルになりたい!」
「・・・無理じゃないですか?」
「何ですって!?」
鳥居が指で拳銃を撃つ真似をする。
職業が職業なだけにシャレにならない。
「い、いえ。だって・・・素材が違いすぎるかなって」
「もう一度言ってみなさい!今度、誤射してあげるから!」
「・・・」
「ま、でも確かに、幾らなんでもあそこまでは無理よね。宮下真は特別よ」
「・・・やっぱり、あれ、宮下真ですか」
鳥居は笑った。
「どこからどう見ても宮下真でしょ。ほんと、綺麗よねー・・・」
武上は危うく気絶しそうになった。