第15話 ひらめき
「綺麗なもんですよ」
武上が明け方まで仕事場で待っていた二つの答えは、同じ物だった。
そして望んでいない答えだった。
「白木寿々菜さんの検査結果は全く問題ありません。
様々な睡眠薬と、一応他の薬の反応も見ましたが、全て陰性です。
何も怪しげな物は飲んでいません」
「岩城和彦さんと氷室麻綾さんの写真ですが、合成じゃありませんね。
普通の写真です。いやー、それにしてもKAZUと氷室麻綾ですか・・・
言いふらしたい組み合わせですねー」
そういう訳で、寿々菜の身体の中も、和彦の写真も「綺麗なもんですよ」だそうだ。
つまり、2人の氷室麻綾殺しの容疑は晴れなかった訳で・・・
「はあ。俺、徹夜して何やってるんだろう」
心身共に疲れ果てた武上は、帰り支度をして外へ出た。
既に午前7時を回っており、11月とは言え、すっかり明るい。
「あら、武上君。おはよう。泊り込み?」
「鳥居さん・・・おはようございます。早いですね」
KAZUファンの婦人警官・鳥居が、
武上とは対照的な爽やかな笑顔でパトカーに何やら荷物を詰め込んでいる。
「今日は9時から小学校で『防犯のお話』をしないといけないの」
「ああ、そうか。今週は防犯強化週間でしたね」
「今日はA小学校だから・・・武上君の家の近くよね?送っていこうか?」
いつもならさすがに申し訳なくて遠慮するが、
今は、家までずっと座っていられることほど魅力的なことはない。
武上は「すみませんが、お言葉に甘えます」と言って助手席に座った。
「あれ?1人なんですか?」
「うん。きぐるみをやる警官とは小学校で合流するの。
私はパトカーときぐるみを取りに、一度ここに来たの」
後部座席を見てみると・・・なるほど。
警察のマスコットのきぐるみが横たわっている。
なんかちょっと怖い光景だ。
「お疲れみたいね。例の氷室麻綾事件?」
「はい。それと昨日、中谷寛人も殺されました」
「中谷寛人!?俳優の!?」
「はい。これは確実に殺人です」
「ちょっと~。中谷寛人と氷室麻綾が出る舞台ってKAZUも出るやつでしょ?
中止にならないでしょうね?私、先行予約しちゃったわよ?」
「それを心配するんですか・・・そうだ。KAZUと氷室麻綾って付き合ってたんですか?」
鳥居がフロントガラスから目を外す。
「何それ!?知らないわよ!」
「と、鳥居さん!前見て運転してください!ほら、小学生が横断歩道渡ろうとしてますよ!」
「あら」
鳥居は慌ててブレーキを踏んだ。
「KAZUと氷室麻綾かあ。あってもおかしくないわよね。一緒に舞台稽古してる訳だし?
でもKAZUが舞台共演者と付き合ってるなんて、話題になるでしょうね~。
あ、だけど氷室麻綾は死んだのよね?」
「そうです」
「・・・もしかして、武上君。KAZUを疑ってるの?」
「いえ、そういう訳じゃ・・・」
「ちょっと!武上君、KAZUと知り合いなんでしょ!?だったら、わかるでしょ!
あんな爽やかでいい人が、人殺しなんてする訳ないでしょ!」
和彦が「爽やかでいい人」なら、世界中の人間全てが聖人だぞ、
と、言いたいのを堪えて、武上はフロントガラスの向こうを指差した。
「鳥居さん、小学生が興味津々にこっち見てますよ」
確かに横断歩道を渡っている子供達が、
目を輝かせてパトカーとその中の制服姿の鳥居を見ている。
「ほんとだ。みんな可愛いわね」
「そうですね・・・あれくらいの歳の頃って、パトカーとかお巡りさんに、
一種の憧れや尊敬の念を持っていますからね」
武上自身もそうだった。
「お巡りさん」というのは、拳銃と手錠を手に、「悪い人」と戦う正義の味方だと思っていた。
しかし実際になってみると、綺麗事ばかりではない。
殺人犯が必ずしも「悪い人」という訳ではないし、
時には、逮捕したくない人間にも手錠をかけないといけない。
もしかしたら、今回もそうなるかもしれない。
武上がまた暗い顔をしていると、
鳥居がシートベルトを外しながら言った。
「そうよ。あの子達にとっちゃ、私達は正義の味方なんだから、
そんなこの世の終わりみたいな顔してちゃダメよ。
武上君は、自分の仕事を胸張ってやってればいいのよ」
「・・・鳥居さん」
「さーて、ちょっと横断補助でもしてこようかな」
「・・・。僕もやります!」
すると鳥居は、
「武上君は制服じゃないから、子供達にお巡りさんだって分かってもらえないからいいわよ。
怪しいおじさん扱いされちゃうわよ?」
と言って、さっさとパトカーから降りていった。
案の定、子供達に大人気の婦警・鳥居は、
「ねえねえ、お巡りさん!あの車の中のおじさん誰!?」「しめいてはいはん!?」
とか言われてる。
鳥居も鳥居で、
「そうそう。とーっても悪いおじさんだから、近づいちゃダメよ」
と請合う。
おい。俺、刑事だぞ。
それにまだ24だから「おじさん」じゃない!!
しかし、色とりどりのランドセルを見て、
「俺が子供の頃は赤と黒しかなかったなー」なんて思ってる時点で、
実年齢はともかく、武上は立派に「おじさん」なのだろう。
だが確かに、最近のランドセルには本当に様々な色がある。
男の子は圧倒的に黒が多いが、女の子は赤ではなくピンクが主流のようだ。
中にはオレンジや水色、緑なんかのランドセルを背負っている子もいる。
それでも持ち物は昔と変わりはないようで、
みんなランドセルの横に給食袋をぶら下げ、
手には体操着袋や習字道具箱、ピアニカの入れ物を持っている。
ちょうどパトカーの前を歩いている小3くらいの男の子は、
ランドセルに入れればいいのに、そろばんを手で持って振っている。
そうそう。
ちょっと変わった物を学校に持っていくのってなんか嬉しいんだよな。
俺もよく、そろばんを振り回して歩いてて、先生に怒られたっけ。
そろばん少年がパトカーの前を通り過ぎると、今度は小2くらいの女の子が、
やはり手に「ある物」を持って歩いてきた。
?何に使うんだろう・・・?
ああ!そうか!あの実験で使うんだ!
懐かしいなあ。
・・・・・・。
武上は助手席のシートから身を起こした。
「そうか・・・そうだ!そういう方法があるじゃないか!」
1人でそう呟くと、武上はパトカーから飛び出し、鳥居に向かって叫んだ。
「鳥居さん!すみません、僕、戻ります!!」
「え?戻る?」
「はい!すみません!」
武上はパトカーで来た道を勢い良く走り出した。
後ろから子供達の、
「ああ!お巡りさん!『はんにん』が『とうぼう』するよ!」
「ピストルで撃っちゃえ!」
なんて声が武上を追いかけてきたが、もう武上の耳には届かなかった。