第1話 ショック
人気アイドル・KAZUこと岩城和彦に、「彼」のことを紹介してもらうなら、
「警視庁捜査一課の頼りねーロリコン刑事」
といったところだろう。
一応「彼」のために弁解しておくと、
「彼」は決してロリコンなどではない。
本人曰く「好きになった女性がたまたま16歳だった」だけのこと。
そんな訳で(?)、
16歳の駆け出しアイドル・スゥこと白木寿々菜に恋する武上刑事 24歳、
今日も健気に片思い街道を爆進中である。
「もしもし、寿々菜さん?」
「あ。武上さんですか?お疲れ様です」
電話にも関わらず、武上にはお辞儀している寿々菜の姿が目に浮かんだ。
そして実際、寿々菜は下校中の駅のホームで空間に向かってお辞儀していた。
ホームにはそこそこ人はいたのだが、
「あ、スゥだ」と気付いた人は誰もおらず、
「なんだ、あの子。1人でお辞儀してるぞ」と思われたに過ぎなかった。
「実は今日、急に時間ができたんです。よかったら一緒に夕食を食べませんか?」
殺人容疑で指名手配していた男が出頭してきて、
急遽カタがついたのだ。
人が死んだことには変わりないのだが、刑事とて人間。
暇な時間ができるのは嬉しいものだ。
特に、少しでも寿々菜に会いたい武上にとっては、貴重な「暇」である。
それでも寿々菜に出会った頃は、電話1つするのにも緊張していたものだ。
こうやって食事に平気で誘えるようになったのは、
寿々菜の方も武上に好意を寄せているから・・・ではない、残念ながら。
いや、寿々菜も武上のことを好きには好きなのだが、「そういう」好きではない。
ちなみに、寿々菜の「そういう」好きは、事務所の先輩の和彦に向けられている。
それは武上も百も承知。
これで和彦も寿々菜のことを好きならば、武上も諦められるのだが、
和彦は和彦で寿々菜のことを「手のかかる後輩」くらいにしか見ていない。
そんなこんなで、武上と和彦の仲は水と油である。
まあ、単にウマが合わないだけ、という噂もあるが。
とにかく!
武上は寿々菜に振り向いてもらうべく、こうやって月に何度か寿々菜を夕食に誘っている。
万年駆け出しアイドルの寿々菜は、武上の誘いを断る理由になるような仕事もないので、
いつも「はい!ご一緒します!」と返事するのだが・・・
「ごめんなさい。今日はちょっと無理なんです」
「えっ?そうなんですか・・・お仕事ですか?」
武上は、ガッカリする前に寿々菜に仕事が入ったらしいということに驚いた。
「いいえ、仕事じゃないんですけど、人と会う約束があるんです」
やっぱり仕事じゃなかった・・・
って、人!?
人って男ですか!?
思わずそう言ってしまいそうになるのを、なんとか堪える。
「そ、そうですか・・・えっと・・・あ、和彦とですか?」
寿々菜と和彦が会う。もちろん武上には面白くないが、
まあ、相手が和彦なら武上としてもヤキモチを焼くというでもない。
ところが!!!
「和彦さんじゃありません。宮下さんです」
「宮下、さん、ですか?」
誰だっけ?
武上は頭の中の手帳をめくったが、
そこに書かれているのは指名手配犯の名前ばかり。
幸い「宮下」という名前はなかった。
「宮下真さんです」
「宮下真・・・」
「ラパンです」
ラパン!
その一言で武上はようやく宮下という人物を思い出した、
と同時に、青くなった。
宮下真というのは、
和彦が主演している「御園探偵」というドラマの中に出てくる怪盗ラパンを演じている俳優だ。
武上に言わせれば、
中性的というよりナヨナヨした女みたいな奴である。
が、和彦同様、人気はあるらしい。
宮下は、武上とは縁もゆかりもない人間だが、
本人を目の前に「スゥちゃんってかわいいね」と、鳥肌ものの台詞を平気で吐く輩で、
武上は和彦の次にこの宮下のことが嫌いなのである。
その宮下が寿々菜さんと!!!
武上にとっては、連続殺人事件以上の大事件だ。
だが、なんとか大人のプライドを保つ。
「そ、そ、そうです、か。宮下、さん、と」
「はい。前から夕ご飯を一緒に食べようって約束してたんですけど、
宮下さんがお忙しくて、なかなか会えなかったんです。
でも今日の夜、時間を作って下さったので・・・すみません、せっかく誘ってくださったのに」
寿々菜が申し訳なさそうに、武上に謝る。
こうなると、武上はますます平気な振りをしてしまう性質だ。
頑張って明るい声を出す。
「いえ。僕の方が急にお誘いしたんですから、気にしないで下さい。
あの・・・宮下さんとは、どこで会うんですか?」
一流レストランかな?
芸能人は刑事と違って金持ちだからな・・・
しかし、寿々菜の口から出てきたのは、
武上の想像を遥かに超えた答えだった。
「宮下さんのお家です」
「・・・は?」
「宮下さん、1人暮らしなさってるんで、宮下さんのお家で一緒にご飯を食べるんです」
「!!!」
一気に「大人のプライド」が吹き飛ぶ。
「そんな!ダメですよ、寿々菜さん!!」
「え?どうしてですか?」
「どうしてって・・・」
寿々菜さんみたいに可愛くてか弱い女の子が、
1人暮らしの男の家に行くなんて!!!
「あ、すみません。電車が来ちゃったんで、電話切りますね」
「寿々菜さん・・・」
「もしかして、武上さん。私のこと心配して下さってるんですか?」
寿々菜の声が、感激の色を帯びる。
「はい・・・実はそうです」
武上も素直に答えた。
しかし、寿々菜はやはり寿々菜だった。
「ありがとうございます、武上さん。でも、大丈夫です!
今日は宮下さんのお家に泊まるんで、夜道を1人で歩いて帰るなんてことはしません!」
「す、寿々菜さん!!!」
「じゃあ、失礼します」
ツーツーツー・・・
武上は、生涯この時ほど、
電話の無機質な音に殺意を覚えたことはなかった・・・