手のひらの理由
十月の終わり、街は少しずつ冬の支度を始めていた。
駅前の銀杏並木は半分ほど色づき、午後の光を受けた葉が金色に透けている。風が吹くたび、枝先から離れた葉が歩道へ落ちた。乾いたものは靴の下で小さく鳴り、昨夜の雨を含んだものはアスファルトに貼りついている。
花はストールの端を首元へ引き寄せた。
「寒い?」
隣を歩く律が尋ねた。
「ちょっと。昼間は暖かかったのにね」
「上着、貸そうか」
「律のほうが薄着じゃない」
「俺は平気」
「そういう問題じゃないでしょ」
律は笑った。
こういうところが、昔から少し憎らしい。
瀬名律は、花より一つ年上の二十九歳。大学時代からの知り合いで、社会人になってからも時々会っている。
背が高く、姿勢がよく、誰と話していても落ち着いている。人当たりは柔らかいのに、親しくなると途端に意地悪になる男だった。
とりわけ花に対しては遠慮がない。
「それ、持とうか」
律が花の買い物袋を指した。
「軽いから大丈夫」
「知ってる。さっき俺が持ってたから」
「じゃあ聞かなくてもいいじゃない」
「花が持たせてくれるかなと思って」
「……どういう意味?」
「頼られたいってこと」
あまりにも平然と言うので、花は返事に困った。
律はその反応を見て、満足そうに目を細める。
「またからかった」
「今のは本音」
「律の本音って分かりにくい」
「そう?」
「そうだよ」
「じゃあ、もっと分かりやすくしようかな」
その声が少し低くなった。
花は横を向いた。律は何でもない顔で歩いている。
こういう瞬間が増えたのは、いつからだっただろう。
昔の律は、もう少し普通の友達だった気がする。食事をして、映画を見て、くだらないことで笑って。花が何かに困れば手を貸してくれたけれど、それ以上のことはなかった。
少なくとも、花はそう思っていた。
ところが最近、律は時々、答えに困るようなことを言う。
「花と会う時間なら作るよ」
「そんな顔されたら帰したくなくなる」
「俺が何考えてるか、知りたい?」
冗談なのか本気なのか、いつも最後までは教えてくれない。
今日もそうだった。
二人は駅から三十分ほど歩いたところにある雑貨店へ出かけていた。花が以前から探していた花瓶が入荷したと聞き、律が付き合ってくれたのだ。
淡い灰青色の陶器で、口が少し細くなっている。背の低い枝ものを一本挿したら、きっときれいだろう。
花は袋の中を覗き、満足して笑った。
「そんなに気に入った?」
律が尋ねる。
「うん。ずっと欲しかった形なの」
「よかったね」
「律も何か買えばよかったのに」
「買ったよ」
「え? 何を?」
「花と出かける口実」
花は立ち止まりかけた。
律は先に二歩ほど進み、振り返る。
「どうしたの?」
「……そういうの、やめて」
「嫌だった?」
その聞き方はずるい。
嫌だったわけではない。むしろ、嬉しかった。
けれど、それを素直に認めたら、律はきっとまた楽しそうに笑う。
「からかわれてる気がする」
「からかってるよ」
「ほら!」
「でも、嘘は言ってない」
律は笑ったまま、花が追いつくのを待っていた。
夕方の光が横から差し込み、彼の横顔に薄い影を作る。黒いコートの襟元から覗く白いシャツは、いつもきれいに整っていた。
花はふと、律の手に目をやった。
長い指。手首には革のベルトの時計。何度も見ているはずなのに、今日は妙に目につく。
「花?」
「何でもない」
「俺の手、何かついてる?」
「見てない!」
「そう?」
律は自分の手を眺めてから、花の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、何見てたの?」
「銀杏!」
「俺の手のあたりに?」
「……律、ほんと意地悪」
彼は声を立てて笑った。
花は先に歩き出した。追いついてきた律は何も言わず、いつものように花の歩幅に合わせて歩く。
そのさりげなさが、また悔しかった。
商店街の端に、小さな焼き菓子店があった。
店先には栗のタルトと林檎のパイが並び、ガラス越しに暖かな照明が漏れている。扉が開くたび、バターと砂糖の甘い匂いが歩道へ流れた。
花がショーウィンドウを覗くと、律も足を止めた。
「食べたい?」
「さっきお茶したばっかり」
「別腹じゃないの?」
「律、私のこと何だと思ってるの」
「栗を見ると立ち止まる人」
「……それは合ってる」
律が笑った。
「一個買って帰る?」
「ううん。今日はいい」
「珍しい」
「今度、一緒に食べようかなって」
何気なく言ったつもりだった。
けれど律が黙ったので、花は顔を上げた。
「……何?」
「いや」
「何、その顔」
「今度も誘ってくれるんだと思って」
「え? だって、また会うでしょ」
律は一瞬、何かを言いかけた。
それから目を伏せ、笑った。
「そうだね」
声が、少しだけ優しかった。
花は不思議に思いながら歩き始めた。
二人が初めて会ったのは大学二年の春だった。
共通の友人に誘われた食事会で、律は花の向かいに座っていた。よく笑う人だと思ったことを覚えている。ただし、自分から多くを話すのではなく、人の話を聞いてから短い言葉を返す。その一言が妙におかしくて、いつの間にか周りが笑っていた。
その後、図書館で顔を合わせるようになった。
ある雨の日、律が傘を忘れた。
花は鞄に入っていた折り畳み傘を貸した。自分は大きな傘を持っていたから、特に困らなかった。
ところが律は、なかなか返してくれなかった。
会うたびに「次こそ返す」と言い、また忘れる。
結局、返ってきたのは一か月近く経ってからだった。
あのときは、しっかりしているようで案外だらしない人だと思った。
今でも、時々その話を持ち出してからかう。
「そういえば」
花が言うと、律がこちらを向いた。
「何?」
「大学のとき、傘を返してくれなかったことあったよね」
律の眉がわずかに動いた。
「あったね」
「あれ、ほんと困ったんだから」
「ごめん」
「全然反省してない顔」
「反省はしてるよ」
「何回も忘れたでしょ」
「忘れてない」
花は足を止めた。
「……え?」
律も立ち止まった。
一瞬、二人の間を風が通り抜けた。銀杏の葉が彼の肩に落ちる。
律は花の視線を追い、自分の肩を見た。
「葉っぱ?」
「うん。取ってあげる」
花は背伸びして葉を摘まんだ。
そのとき、律が少しだけ身をかがめた。
近い。
黒いコートから、石鹸に似た清潔な香りがした。彼の視線が花の顔に落ちる。
「取れた?」
低い声がすぐそばで響いた。
「……取れた」
「ありがとう」
花が離れようとすると、律が葉を受け取った。
そして、そのままコートのポケットへしまう。
「何してるの?」
「もらったから」
「ただの落ち葉だよ?」
「花が取ってくれたやつ」
「だから?」
律は笑った。
「大事にしようかなって」
「……ばか」
「うん」
否定しないのが、またずるい。
花は視線を逸らした。
「それより、傘。忘れてなかったってどういうこと?」
律は少し考えるように空を見た。
「……返したら、会う理由がなくなると思って」
花は目を瞬いた。
「え?」
「花に話しかける口実が欲しかったんだよ」
あまりにも静かに言われて、すぐには意味が分からなかった。
「……そんな昔から?」
思わず口にすると、律は花を見た。
その目が、ゆっくり細くなる。
「そんな昔から、何?」
花は口を閉じた。
失敗した。
律は少し顔を寄せた。
「花、何だと思った?」
「何でもない」
「聞きたいな」
「言わない」
「俺は結構、大事なこと言ったつもりだけど」
「……ずるい」
「そうだね」
彼は否定しなかった。
「でも、これ以上は今言わない」
「何で?」
「花が困ってるから」
律は歩き出した。
花は慌てて隣へ並んだ。
さっきまで寒かったはずなのに、頬が熱い。
律はそれ以上、傘の話をしなかった。
代わりに、今日買った花瓶に何を飾るか尋ねてきた。
「枝ものがいいかな。秋なら実がついたものもきれいだよね」
「赤い実?」
「うん。野ばらとか」
「似合いそう」
「花瓶に?」
「花の部屋に」
律はさらりと言った。
花はもう、何も言い返せなかった。
駅へ続く大通りは、帰宅する人で混み合っていた。
横断歩道の向こうには駅ビルの明かりが灯り、ガラス張りの入口に夕空が映っている。青かった空は薄紫へ変わり、建物の屋根の向こうだけに橙色が残っていた。
信号が青になると、人の流れが一斉に動いた。
花は買い物袋を抱え直す。
「すごい人」
「こっち」
律が手を伸ばした。
指先を掴まれ、そのまま手のひらを包まれる。
花は思わず律を見た。
「……律?」
「はぐれそうだったから」
「そんなに子供じゃないよ」
「知ってる」
律は前を向いたまま歩いている。
花の手は、彼の手の中にすっぽり収まっていた。
温かい。
指が長く、掌が少し硬い。強く握られているわけではないのに、手を引かれるたび、自分の歩幅が彼に揃っていく。
横断歩道を渡り終えると、人波は左右に分かれた。
広場にはまだ人が多かったが、はぐれるほどではない。
それでも律は、手を離さなかった。
花も何も言わずに歩いた。
銀杏並木の下を通り、駅前の時計台を過ぎる。街灯が灯り始め、歩道に二人の影が長く伸びた。
花はつながれた手を見下ろした。
「……ねえ」
「ん?」
「もう人混み、抜けたよ」
「うん」
「手、離さないの?」
律が足を止めた。
花も立ち止まる。
彼はゆっくり振り返り、花を見た。
「離してほしい?」
その目には、いつもの笑みがあった。
けれど、からかうだけの顔ではなかった。
花は答えに迷った。
離してほしいわけではない。
むしろ、離されたら寂しいと思う。
そんな自分に気づいてしまった。
「……そういう聞き方、ずるい」
「そう?」
「そうだよ」
律はつないだ手を少し持ち上げた。
「じゃあ、聞き方を変える」
「何?」
「俺は、まだ離したくない」
花の胸が跳ねた。
律は静かに続けた。
「花は?」
答えが出てこない。
彼の指先が、花の手をほんの少し緩めた。
逃げ道を残してくれているのだと分かった。
律は強引なことをしない。
いつもそうだった。
花が迷えば待ってくれる。嫌だと言えばすぐに引く。ふざけたことを言っても、本当に困らせるところまでは踏み込まない。
だからこそ、今の言葉が冗談ではないと分かった。
「……嫌じゃない」
花は小さく答えた。
律が目を細めた。
「嫌じゃない、か」
「何?」
「もう少し嬉しい返事を期待してた」
「欲張り」
「花に関してはね」
花は顔を上げた。
律は笑っていた。
でも、その目の奥にあるものは、もう隠されていなかった。
「俺、結構欲張りだよ」
声が低い。
花は息を止めた。
「花と二人で出かけたいし、もっと会いたい。今日みたいに手もつなぎたい」
律はそこで言葉を切った。
「……困る?」
花は首を横に振った。
律の表情が、わずかに緩んだ。
「よかった」
その一言が、妙に素直だった。
花は思わず笑った。
「律でも、そんな顔するんだ」
「どんな顔?」
「安心した顔」
「そりゃするよ」
「いつも余裕そうなのに」
律は小さく息を吐いた。
「余裕なんてないよ」
「嘘」
「花、俺のこと何だと思ってるの」
「何でも上手にできる人」
「それは買いかぶり」
律は花の手を握り直した。
「会う約束するだけで、毎回結構緊張してる」
「律が?」
「そう」
「全然そう見えない」
「見せないようにしてるから」
「どうして?」
律は少しだけ笑った。
「格好つけたいから」
あまりにも率直で、花は吹き出した。
「……律が?」
「好きな子の前くらい、格好つけたいでしょ」
笑いが止まった。
花は律を見上げた。
彼は逃げなかった。
静かに、まっすぐ花を見ている。
「花が好きだよ」
駅前の雑踏が、急に遠くなった気がした。
電車の発車を知らせる音。人々の足音。どこかの店から流れる音楽。
全部聞こえているはずなのに、律の声だけが胸の奥に残った。
「……いつから?」
花が尋ねると、律は少し困ったように笑った。
「傘を借りたころには、もう」
「……そんなに?」
「そんなに」
花は言葉を失った。
あの雨の日から、何年経っただろう。
律はずっと、何も言わずに隣にいたのだ。
「何で言わなかったの?」
「花が楽しそうだったから」
「え?」
「友達として会ってるの、楽しそうだったから。壊したくなかった」
律は少し目を伏せた。
「……それに、怖かった」
「律が?」
「俺だって怖いよ」
彼は笑った。
「好きな子に嫌われるのは」
花はつないだ手を見た。
律の指が、自分の指に触れている。
こんなに近くにいたのに、知らなかった。
ずっと余裕があると思っていた人が、こんなふうに不安になることも。
花はゆっくり、彼の指を握り返した。
律の動きが止まった。
「……花?」
「離さなくていい」
声が震えた。
「まだ、離さなくていい」
律は何も言わなかった。
ただ、花を見ていた。
その顔から、いつもの意地悪な笑みが消えている。
花は急に恥ずかしくなった。
「……何か言ってよ」
「ごめん」
「何で謝るの」
「嬉しくて、ちょっと頭が働かない」
花は笑った。
「律でもそうなるんだ」
「花のせい」
「私?」
「そう」
律はようやく笑った。
その笑顔は、いつもより少し幼かった。
「俺のこと、どれだけ振り回すつもり?」
「振り回してないよ」
「今も?」
「今も」
「じゃあ、無自覚か」
律はつないだ手を持ち上げ、少し眺めた。
「……参ったな」
「何が?」
「これだけで、こんなに嬉しいとは思わなかった」
花は頬が熱くなるのを感じた。
律は彼女の顔を見て、また少し意地悪な笑みを浮かべる。
「あ、照れた」
「照れてない」
「顔、赤いよ」
「寒いから!」
「そう?」
律は花の手を自分のコートのポケットへ入れた。
「じゃあ、温めようか」
「……律!」
「嫌?」
花は答えられなかった。
ポケットの中は暖かく、彼の手がすぐそばにある。
律は満足そうに笑った。
「嫌じゃないんだ」
「……ほんと、意地悪」
「花にだけね」
その言葉が、胸の奥で小さく弾けた。
駅の入口が見えてきた。
花は少しだけ歩く速度を落とした。
もうすぐ別れる。
いつもなら「またね」と言って、それぞれの電車に乗るだけだ。
けれど今日は、どうしてもその先を考えてしまう。
明日も会いたい。
また、こうして歩きたい。
そして、できれば。
「律」
「ん?」
「……明日、空いてる?」
律が足を止めた。
花も立ち止まる。
「明日?」
「うん」
「夕方なら」
「じゃあ、会わない?」
律はしばらく黙っていた。
花は不安になった。
「……予定あるなら、別の日でも」
「いや」
律は首を横に振った。
「今、ちょっと嬉しすぎて」
花は笑ってしまった。
「また?」
「何度でもなるよ」
「大げさ」
「大げさじゃない」
律は花の手を握り直した。
「明日、何したい?」
花は少し考えた。
「花、買いに行きたい」
「花?」
「今日の花瓶に飾るの。枝ものでもいいけど」
「いいね」
「それで、うちに飾る」
律が頷いた。
花は彼を見上げた。
「……見に来る?」
律が瞬きをした。
「花の家に?」
「うん」
「……いいの?」
「いいよ」
彼は顔を伏せた。
花は不思議に思った。
「律?」
「ちょっと待って」
「何?」
「今、顔見ないで」
「どうして?」
「格好つかないから」
花は思わず笑った。
「さっきまであんなに余裕そうだったのに」
「だから、余裕ないんだって」
律は深く息を吐いた。
それから花を見た。
「……花」
「何?」
「俺のこと、甘やかしすぎじゃない?」
「そう?」
「そうだよ」
「じゃあ、やめようか?」
「それは困る」
即答だった。
花は声を立てて笑った。
律も笑った。
その笑い声が、夕暮れの駅前に柔らかく溶けていく。
花はふと、律のポケットの中にある手を動かした。
彼の指を探し、そっと絡める。
律が息を止めた。
「……花」
「何?」
「それ、反則」
「さっきから反則ばっかり」
「仕方ないでしょ」
律は花を見た。
「好きな子にこんなことされたら、誰だってそうなる」
花は少しだけ首を傾げた。
「……好きな子、じゃなくてもいいよ」
律の目が細くなった。
「どういう意味?」
花は笑った。
「考えて」
「意地悪になったね」
「律のせい」
「責任、取ろうか」
「どうやって?」
律は少し顔を寄せた。
「これから、ずっと花に意地悪されるとか」
花は吹き出した。
「それ、責任取ってる?」
「俺としては、ご褒美かな」
「もう!」
律は楽しそうに笑った。
けれど、その手は最後まで優しかった。
駅の改札が近づく。
二人はようやく足を止めた。
「……じゃあ、また明日」
花が言うと、律は頷いた。
「うん。迎えに行く」
「駅でいいよ」
「家の近くまで行く」
「遠回りになるよ」
「花と歩けるなら、遠回りでもいい」
花はもう、呆れることにした。
「律って、ほんと……」
「何?」
「……好きだよ、そういうところ」
律が固まった。
花は自分の言葉に驚き、慌てて視線を逸らした。
「い、今のは、その……」
「花」
低い声で名前を呼ばれる。
花が顔を上げると、律は笑っていなかった。
ただ、ひどく嬉しそうだった。
「……もう一回」
「嫌!」
「お願い」
「絶対、嫌」
「じゃあ、明日」
「明日も言わない!」
律はようやく笑った。
「分かった。待ってる」
花は顔を赤くしたまま、改札へ向かった。
数歩進んで振り返ると、律はまだそこにいた。
片手をコートのポケットに入れ、もう片方の手を軽く上げる。
その姿はいつもどおり、落ち着いていて、少し格好よくて。
でも、花にはもう分かっていた。
あの人はきっと、今も嬉しくて仕方がないのだ。
花は笑って手を振った。
律も笑った。
改札を抜けたあと、花は自分の手のひらを見た。
まだ、温かい。
その温かさを逃がしたくなくて、そっと指を握る。
明日も、同じ手を取るのだろう。
人混みでなくても。
寒くなくても。
もう、理由を探さなくてもいい。
駅の外では、夜風が銀杏の葉を揺らしていた。
律は花の姿が見えなくなってから、ようやく歩き出した。
コートのポケットに手を入れると、さっきしまった銀杏の葉が指先に触れた。
少し乾いた、小さな葉。
律はそれを取り出して眺めた。
「……参ったな」
誰もいないところで、小さく笑う。
花が好きだ。
何年も前から、ずっと。
今日ようやく、その手を握れた。
しかも明日、また会える。
それだけで、世界がこんなに違って見えるなんて。
律は葉をもう一度ポケットにしまい、夜の街へ歩き出した。
足元で銀杏の葉が鳴る。
明日の夕方が、待ち遠しかった。




