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①起工式当日

****************


第2章では、契約が成立した。

それは判断の結果としてではなく、形式として、社会の中に固定された出来事だった。


何が行われるのか。

どのような構造が接続されるのか。

その内側がどのように決定されているのか。

それらは、最後まで明示されないまま、ただ「前提」として受け入れられていった。


拒否されなかったという事実そのものが、成立条件となり、この計画は、すでに引き返すことのできない段階へと移行している。


だが、その時点ではまだそれが何であるのかは、与えられていない。


形式だけが先に存在し、意味は、後から与えられる。


第3章では、その意味が初めて提示される。

それは説明としてではなく、「構造そのものの定義」として。

そしてその提示は、祝福の中で行われる。

起工式という形式の中で、その構造は初めて言葉を与えられ、誰にも疑問を持たれることなく、共有されていく。


****************

そして2017年起工式当日。

室内に設けられた特設ステージは、まだ完成していない空間特有の静けさをまとっていた。白い塀囲いに囲まれたその一角だけが、まるで先に「意味」を与えられた場所のように整えられている。背後のパネルには、鮮やかな緑のエンブレム——日本サイバーサイジング社のロゴが掲げられ、柔らかな照明に照らされて静かに浮かび上がっていた。


場内のざわめきが徐々に落ち着く。親子連れの小さな声も、次第に抑えられていく。


やがて、一人の女性がステージ中央へと歩み出る。

キッザニア東京・運営責任者であり、本日の司会を務める

水瀬みなせ 綾乃あやのだった。


マイクを軽く持ち直し、観客を見渡す。その背後では、すでに数名のメディア関係者がカメラを構え、シャッターチャンスをうかがっている。

「本日は、日本サイバーサイジング社パビリオン着工式にご来場いただき、誠にありがとうございます。本日の司会進行進めていただくキッザニア東京・運営責任者の水瀬みなせ 綾乃あやのです。」

明るく、よく通る声。

だがその奥には、運営責任者としてこの場を背負う者だけが持つ、わずかな緊張がにじんでいた。多くの視線がこの場に集まり、この瞬間がただのイベントではないことを誰もが感じ取っている。


「本プロジェクトは、未来を担う子どもたちに“ITと社会”を体験していただく、新しい取り組みとなります。」


言葉が空間に広がり、観客の意識がゆっくりと一つの方向へと揃っていく。前列の親子たちは静かに姿勢を正し、子どもたちも自然とステージへ視線を向けていた。

水瀬は一歩下がり、ゆっくりと次の登壇者の名を告げた。


「それでは、キッザニア東京代表、たちばな 恒一こういちより、ご挨拶申し上げます。」

その言葉と同時に、メディア席でカメラが持ち上がり、数発のフラッシュが軽く焚かれる。


キッザニアの代表橘たちばな 恒一こういちが前へ進み出る。軽く一礼し、穏やかな表情で口を開いた。

「キッザニアCEOのたちばな 恒一こういちです。本日はこのような機会をいただきありがとうございます。本日は、私たちにとっても特別な一日です。このパビリオンは、単なる体験施設ではありません。子どもたちが“社会とどう関わるか”を学ぶ場になります。」


その言葉が終わった瞬間、前方の親子席から自然に拍手が起こる。

小さな手の音がいくつも重なり、それが後方へと波のように広がっていく。やがて会場全体が穏やかな拍手に包まれた。同時に、メディアのカメラが再び数回フラッシュを焚き、その光が橘の姿を切り取る。言葉は穏やかだが、その内容は決して軽くない。

橘が一礼し、静かに下がる。


再び、水瀬が前に出る。

「続きまして、運営を担当する立場から、キッザニア東京運営責任者の私、水瀬 綾乃よりご説明申し上げます。」

今度は司会としてではなく、現場を預かる運営責任者としての表情だった。

「現場としては、これまでにない挑戦になります。実際の企業の判断構造を、どこまで子どもたちに伝えられるか。」

視線が一瞬、客席をなぞる。親たちは真剣に耳を傾け、子どもたちは少し不思議そうな顔で見つめている。

「正直に言えば——難しいです。」

その一言で、会場に小さな笑いが生まれる。後方からもくすりとした声が聞こえ、場の緊張がわずかにほどけた。

「ですが、それを実現するために、私たちはここにいます。」

短く、しかし確かな決意を残して、水瀬は一歩下がる。


そして、わずかに間を置き、次の名を呼ぶ。

「それでは、日本サイバーサイジング社 日本支社長、夏美サーベラス様にご登壇いただきます。」


その瞬間——

会場の後方から一斉にカメラが持ち上がる。

次の瞬間、連続したフラッシュが弾け、白い光が何度も瞬きながらステージを照らした。

空気が変わる。


静かに、夏美サーベラスが歩み出る。白いスーツに、緑のスカーフ。その姿がステージ中央に立った瞬間、さらに強いフラッシュが連続して焚かれ、まるでその存在を刻みつけるかのように光が重なった。

「日本サイバーサイジング社の支社長夏美サーベラスと申します。本日はお忙しい中、遠方からお越しのお客様、関係者様、キッザニア運営責任者様やキッザニア代表がお集まりいただきありがとうございます。またこのような機会をいただき大変嬉しく思っております。」

流れるような日本語。その発音は自然でありながら、どこか計算された正確さを帯びている。

彼女は一度、観客を見渡した。

「本プロジェクトは、“体験”ではありません。これは、“社会の構造”そのものです。」


その言葉が落ちた瞬間——

それまで続いていたフラッシュがぴたりと止まる。

シャッター音すら消え、会場は一瞬で静寂に包まれた。

誰もが、今の言葉をどう受け取るべきか、一瞬だけ判断を保留した。


夏美は続ける。


「ここで、サイバーサイジング社アダソン夫妻CEOからのメッセージをお預かりしております。本日は、夫妻は来日しておりませんので、私が代読させていただきます。」

その一言で、再びカメラが構えられるが、今度は誰もシャッターを切らない。全員が“聞く側”へと回っていた。


彼女は静かに紙を開いた。


「——1999年創業以来、私たちサイバーサイジング社は企業理念である“最高のITビジネスサービスをお届けする”ことを掲げてまいりました。そして同時に、ビジョンとして“善を持って技術を扱う”という信念を持ち続けています。この理念のもと、私たちはこれまで世界中でインフラと社会を支える取り組みを続けてまいりました。そして今回、このような教育テーマパークという場において、次の世代と直接向き合える機会をいただけたことを、大変嬉しく、また光栄に思っております。このパビリオンは、その思想を次の世代へ伝える第一歩です。子どもたちが“正しく判断する力”を持つこと——それは単なる知識ではなく、社会の中で責任を持って選択できる力です。私たちは、その力を育む環境をここに構築します。また本プロジェクトは、一時的な体験にとどまるものではありません。ここで得られた学びが、将来の社会を支える意思決定へとつながることを、私たちは願っています。キッザニアの皆様、現地で尽力されるすべての関係者の皆様、そして何より、この場に訪れる子どもたちとそのご家族へ——私たちは、この場所が長く愛され、未来に続いていくことを心より期待しています。そのための責任を、私たちは共に担っていきます。

サイバーサイジング社CEO

アレックス•アダソン、アラクネア•アダソン」


読み終えたあと、夏美は一瞬だけ視線を落とし、そして紙を閉じた。

沈黙が落ちる。

それは気まずさではなく、どこか整理される前の時間のようだった。


やがて——

前列の親子から、ぽつりと拍手が起こる。

それはすぐに周囲へ広がり、子どもたちの小さな手の音と、大人たちのしっかりとした拍手が重なり合う。

会場全体が大きな拍手に包まれた瞬間、メディアのフラッシュも一斉に再開され、連続した光がステージを何度も照らし出した。

だがその響きは、単なる称賛というよりも、すでに決められた何かを受け入れるような、どこか静かな同意に近かった。


水瀬が再び前に出る。

「それでは、起工式のセレモニーへと移らせていただきます。」

その声に導かれるように、視線がステージ中央へと集まる。

そこには、小型の砂壇が用意されていた。まだ誰も触れていない、均されたままの砂。まるでこれから何かが始まることだけを待っているように、静かに存在している。

夏美と水瀬、橘の三名が一歩、前へ踏み出す。

その動きは小さい。しかし、その一歩で場のすべての視線が収束する。


三人は同時にスコップを手に取り、静かに砂壇へと差し入れた。

その瞬間——

無数のフラッシュが同時に焚かれ、白い光が何度も連続して弾ける。

同時に、観客席からは再び拍手が起こり、親子たちの手が重なり合う音が会場全体に広がっていく。

観客も、メディアも、関係者も——

全員が、同じ一点を見ていた。

まだ何も起きていない。

それなのに、すでにすべてが決まっているかのように。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


****************

第3章は、こうして終わる。


起工式は、滞りなく終了した。

形式として見れば、それは成功だった。

挨拶は交わされ、理念は示され、その場にいたすべての者が、その意味を受け取ったように見えた。

拍手は自然に起こり、言葉は正しく理解されたかのように共有される。


だがその場で語られていたものは、説明ではなかった。

それは、定義だった。

何を体験するのかではない。

何が行われるのかでもない。


「それが何であるか」が、すでに固定されていた。

その言葉が発せられた時点で、その構造は、存在しているものとして扱われていた。


まだ何も構築されていないはずの段階で、すでに完成形だけが先に提示されている。

そしてその提示は、疑問を生まなかった。


理解されたからではない。

受け入れられたからでもない。


ただ、そのまま通過した。

その時点で、一つの段階は終わっていた。

言葉は、すでに役割を終えている。


残されているのはそれを実際に成立させる工程だけだった。


その工程は、公開される。

だが、その内部までは示されない。


どのように接続され、どのように起動され、どのように統合されるのか。

そのすべては、次の段階で初めて現れる。


そしてそれは単なる施設の完成ではない。


構造そのものが、実際に動き出す瞬間である。


そして第4章では、オープン式典の中で、その構造が実際に起動され、現実として接続されることになる


****************

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