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銀の薔薇と蒼の輝石が紡いだモノ

作者: 高丘楓
掲載日:2026/02/11

 煌びやかに飾られた大ホール。

 楽団が奏でる丁寧で、上品で、優雅な音楽。

 テーブルに並ぶ豪華な料理。

 笑顔で会話を楽しむ学生たち。


 全て私が会長を務める生徒会で調整し、手配した卒業記念パーティー。

 参加者の表情を見て安堵したのは、私を含めて生徒会の全員だろう。お世話になった先輩方を送り出すための重要な行事だ。できるだけのことはしたはずではあるし、学園生活の締めを素敵な時間にしなければならないという責任は、ずっと重くのしかかっていた。


 「よかったですね、会長。卒業生の皆さんも喜ばれているようで」

「えぇ。これも皆さんが頑張ってくださった結果です。ですが、閉会するまで何が起きるかわかりません。気を抜かずに行きましょう」

私の言葉に生徒会の役員たちは短く返事をし、会場の各所へと散っていく。


 私の横には副会長で平民の特待生のランディ・オルクスが残り、書類での細かな確認を二人で行う。彼は私がその勤勉さや、平民生徒からの信頼、貴族や上流階級の者相手でも相手の感情に合わせて言葉を選び関係を築いていく力を見て生徒会に勧誘した生徒だ。華やかさやカリスマ性があるわけではなさそうだが、優秀な成績と誠実な人柄が学園では認められている。

 短く整えられた深い茶色の髪と澄んだ緑の瞳が彼の落ち着きと穏やかさを象徴しているようだった。

 彼は最初戸惑いや身分差から辞退しようとしていたが、根気強く説得することで了承してくれた。副会長という役職に就けたときは少し恨みがましい顔は向けられてしまったが。


 アライズ・クリムゾン・フィーニクス国王陛下が統べるフィーニクス王国の首都にある国立フュルクス学園は、王侯貴族はもちろん、上流階級の者たちや地域の有力者、また、後ろ盾がない平民でも特待生として全国各地から優秀な者たちが厳正な試験を経て入学できる、この王国ではトップクラスの学園だ。いくら身分が高くても試験は除外されず、忖度もされず、入学するだけでも一苦労な学園ではあるが、卒業後もこの学園卒業生というだけで選択肢が大幅に広がることもあり、入学を希望する者たちが後を絶たない。


 私、アズア・エセリウスは、建国からの歴史を持つエセリウス公爵家の長子であり、将来エセリウス公爵家を継ぐ者である。


 家訓に「驕りを捨て、民のために生きる」という言葉がある。

 初代エセリウス公爵で、初代国王の兄が決めた言葉だ。


 本来なら初代公爵が王となるはずだったが、穏やかで心優しく人を惹きつける才能を持つ弟に座を譲り、自身は弟が立場上できないことを現場で対応するための道を選んだ。民を大切にし、民に生かされていることを貴族は心に刻まなければならない。

 私はこの家訓が好きだ。だからこそ、自身に甘えを許さず、民を守れるように、貴族の示範となれるように今日まで生きてきた。


 楽団の演奏が止まり、会場が一時的な静寂に包まれる。

 この後は学園長の挨拶と来賓の挨拶に続き、立食、国家魔法師による魔法パフォーマンス、ダンスへと移行していき、国王陛下の挨拶を経て閉会となる。まだ始まったばかりなのだ。このパーティーは。そう考えると手にこめる力が少しだけ強くなった。


 しかし、私のこの緊張を一気に壊すことが起きた。


 「アズア・エセリウス!」


 ホールの中央で私の名前を呼ぶ男が現れた。

 卒業生であり、私の婚約者で将来公爵家に婿入りする予定である、セドリック・フェルディナンド伯爵令息。金髪碧眼の整った顔立ちで、見た目だけで言えば学園でもトップクラスだろう。学力も、この学園に入学できている時点で高くはあるのだが、私よりかは下である。

 応えないわけにもいかず、私はランディに一言お詫びを伝え、彼の前へと歩みを進める。


 「お前との婚約を破棄する!」


 カーテシーを行おうとする前に彼は私に怒鳴りつけるように叫んできた。卒業生たちの視線が突き刺さるようだ。


 家同士の契約で、王家も絡んでいる貴族同士の婚約なのに、彼はなぜ一人で決めつけて婚約を破棄できると思っているのだろうか?

 視線を彼に向ければ、その傍らに一人の女子生徒が立っている。

 彼女は確か、アークディール伯爵家の令嬢であったかと記憶している。


 「婚約破棄をされたいのなら、まずは然るべき場で然るべき対応をしてください。今は卒業記念パーティーの最中です。それに、国王陛下にも来ていただく大切な場なのです」

「だからこそだ。ここでお前の本性を学園の者たちや王家にも知ってもらう必要があると判断した」


 少し頭が痛くなってきた。

 人が、みんなが一生懸命に整えた舞台で彼は何を言い始める―――、……いや、彼の口ぶりだと、私の評価を下げるための言葉を紡ぐのだろう。皆が作り上げたこの舞台を何と思っているのか。生徒会と、この日を迎えることができた卒業生たちに失礼ではないのか。そう考えると胸が痛む。


 「ふんっ、かわいげのない、冷たい反応をする奴だ!生徒会長として尊敬されているかもしれないこの女は、ここにいるアークディール伯爵令嬢に嫌がらせを続け、伯爵家を脅す発言を繰り返していた!そしてつい先日、彼女を階段から突き落とし、亡き者にしようとした!」

彼は舞台俳優のように大きく手を動かしながら、感情に訴えかけるように声を張り上げていた。その後ろでアークディール伯爵令嬢はか弱い少女かのように瞳を潤ませ、スッと自然に彼の腕に手を添える。


 「そのような事実はございませんが、一応聞かせていただきます。なぜ私がそのようなことをしなければならないのでしょうか?」

感情は表に出さず、ただ疑問点を簡潔に告げる。

 私はこの学園生活の中で彼女と話した記憶はないし、階段から突き落とす動機もない。


 「俺と彼女は領が隣同士のただの幼馴染であるのに、親しくしているこの関係性を妬み、行動に移ったそうじゃないか。全く、婚約者であるこの私の気を惹きたいのはわかるが、お前がそのような低俗な感情で動くとは思っていなかったぞ!」

「……私、怖かったんです。学生として共に勉学に励んていただけなのに、このような仕打ちをエセリウス公爵令嬢から受けるとは思ってもいなくて……」


 いったい何を言っているのだろう。

 いったい何を見せられているのだろう。


 私に彼女を妬む理由などない。政略結婚でしかないのだ。外に愛人を作られることも覚悟はしている。


 しかし、気が付けば場の空気が彼と彼女に同情的になってきていた。それもそうだ。卒業生のためのパーティーに、在校生は基本生徒会と裏方の一部生徒しかいない。私はアウェーな場に立たされているのだ。在校生に対しての意識付けはほとんどできないかもしれないが、これから社会に出ていく者たちがこの話を信じ広げてしまうことは避けなければならない。


 地味に面倒なことをしてくれる。と、私は婚約者に対して心の中で悪態をつく。


 「私はそのようなことは一切行っていないことを、王家とエセリウス公爵家の名に誓いましょう。行う時間も、動機も、全く私にはございません」


 俯かず、私は真っすぐに彼の瞳を見据えて伝える。

 時間が無い。学園の勉強や課題は当然ながら、生徒会長としての職務、そして実習もあるのだ。休日には公爵令嬢として慰問や慈善活動も行っている。申し訳ないくらい、婚約者の相手ができる時間など、元々予定されていたお茶会くらいしかない。学年が違えば校舎も違う。同じ学園内でも意識しなければすれ違うこともあまり無い。


 そして、私は別に、彼に固執していない。ただ条件がちょうどよかったから結ばれただけの婚約者。

 最初はお互いに尊重しようと歩み寄っていたと思う。

 彼も私にプレゼントを選んで渡してくれたり、慈善活動も手伝ってくれていた。


 いつからか、彼は月に一回のお茶会でしか顔を合わせなくなった。

 徐々に上辺だけの反応しかしないようになった。


 そして、そのお茶会すら急用でキャンセルすることが増えた。


 婚約者としての誠意が消えていった。


 その時点で私はもう、見限っていた。


 「あくまで罪を認めないつもりなのだな?」

「認めるも何も、したことがないことをしていないということのどこに矛盾がございますか?それに、私がアークディール伯爵令嬢を階段から突き落としたと、そうおっしゃいましたね?」

「あぁ。彼女がそう言っている!」

「本当であれば私がしたという証拠を出していただきたいところですが……」


 彼は彼女を信じ切っている。別にそれはいい。怒鳴りつけるように私に言う。それも別にいい。

 ただ、私のことをやはり何も知らない、知ろうとしていなかったことがよくわかる。


 視界の端でランディが右手で小さく合図を送ってくれた。


 本当に彼は優秀だ。この短時間で整えてくれたのだから。私は心の中で彼に感謝しながら、胸を落ち着かせるために一度呼吸をし、そしてシルバーブロンドの髪の毛をかき上げるように左手を上げて、左耳の蒼の輝石がはめ込まれたピアスに触れ、腕を下す。


 「仮に彼女を害するだけでしたら、私は階段で突き落とすという、ずさんで証拠を残すようなことはしません。もっと確実に葬るよう、証拠どころか生きていた痕跡も残さないよう対応します」


 酷く冷めた声で私は彼と彼女に言い切る。

 私の反応に二人はビクッと体を震わせますが、もう遅いです。


 「公爵家としての力を使えばそれくらいは簡単ですし、そうでなくても、そうですね……」

 

 許可はもう出ていますので。


 「私の中にも地獄はあります。一秒だけ、それをお二人にもお見せしましょう」


 静かに微笑み、指を一度軽く、パチンと鳴らす。


 そして一秒後、二人は涙を流し体を強く震わせながら互いに抱きしめあって恐怖から逃れようと必死になっていた。二人とも汗や涙やよだれで服がびっしょりと濡れてしまって、粗相をするのにもほどがありますわ。


 「あらあら。婚約者の前で他のご令嬢と抱きしめ合うなんて、不貞そのものではございませんか?もう何も見えていないはずなのですけれど……。困りましたわね」


 二人が動けないと判断したランディは、会場警備の騎士を呼び、二人を会場から運び出させた。

 卒業生たちは急に怯えて崩れた二人の様子を見て何が起きたのかわからずにざわつき、運ばれていく二人を追いかける余裕がある者はどこにもいなかった。


 「婚約破棄はお受けいたします。早い回復をお祈りしますわ、元婚約者様、アークディール伯爵令嬢様」


 何事もなかったかのように、全ては些末な問題であったと印象付けるために、わざと軽やかに、そして丁寧に二人の背中に伝える。

 トラウマになっていなければいいのでしょうけれど、あの様子だと、しばらくは使い物にならないかもしれません。


 私が行使したのは幻覚魔法。二人の脳内に死を錯覚させただけだ。辺境の地で戦う騎士たちと同じように凶暴な魔獣に襲われるという状況で、一回しか自身が死ぬ体験の幻覚を見ていないはずなのだけれど。

 ……でもまぁ、脳が肉体の死を錯覚するくらいには強力なのだけれども。


 それでも、私たち貴族や民たちがこのような平和で穏やかな時間を過ごせているのは、前線で戦い続けている者たちがいるからこそ。その犠牲の上で成り立つ平和と国と誓約をないがしろにすることは許されない。それを自覚してもらう意味でも、私はこの魔法を行使させてもらった。


 私は何度も何度もこの死の錯覚を味わわされた。実習先の国家魔法師によって。

 国や民の敵となるモノを静かに排除するために、国家魔法師はこの幻覚魔法を嫌でも体験し、使えるようにならなければならない。国家魔法師になるにはこの魔法とこの耐性が必須で、乗り越えられなければ記憶を消されて再度試験を受けることなどできなくなる。


 爆発や炎や氷といった目に見えてわかりやすく破壊力や殲滅力がある攻撃魔法は魔物討伐のためでしかない。


 私はすでに、国家魔法師として登録されている。

 ただ、この魔法を使う条件はしっかりと規定されており、王家もしくはそれに準ずる者である第三者の承認が必要なのだ。

 幸い、このパーティーには国王陛下が参加となっており、且つ、陛下はすでに学園に到着しており、ホールの来賓控室で学園長と歓談していた。なのでランディにお願いをして、魔法の使用と名前の使用について陛下の許可をとってもらったのだ。


 「卒業生の皆様、御目汚しはこれでおしまいです。お二人には協力していただいて、もし社会人として、貴族として、そして国民として、規則や約束を一方的に破ったらどうなるか。国王陛下の許可のもと、それを実演させていただきました」


 一呼吸おいて、私は再度楽団に指示を出す。


 「パーティーの始まりを彩る一曲をお願いします」


 指揮者が頷き、指揮棒を振るう。

 管楽器が、弦楽器が、打楽器がホールを改めて鮮やかな音たちで満たしていく。


 不安げだった卒業生たちは陛下の名前が出たこともあり、徐々に落ち着きを取り戻していき、ポツポツと会話も聞こえ始め、そして談笑へと変わっていく。

 その様子にホッと胸を撫でおろす。

 舞台が壊れることは防げたこと。みんなが作り上げてくれたものが残ったことに安心した。


 そのあとは大きなトラブルもなく、無事に国王陛下から卒業生へ向けてのお言葉も頂き、パーティーは終わりを告げた。


 陛下は帰り際、私に対して「あの茶番、ゆっくりと見せてもらったよ。全く、王家が間に入って整えた婚約をどう思っているのか―――。今日のことを教訓に、愚かなことをする若者が減ればいいのだがな。これからも国家魔法師として、エセリウス公爵家を継ぐ者として期待しているぞ、アズア」と声をかけてくださった。


 パーティーの係になっていた在校生と学園職員による会場の片づけが終わり、生徒会室で今日の顛末を書類にしているときに、ランディがカップに紅茶を入れて差し出してくれた。

「会長、今日はお疲れ様でした。その、会長はかわいげがないということも、冷たいということも、その……無いと思います。…………会長は、綺麗で、素敵な女性だって、自分は思っています」

彼は私の目を真っすぐに見てそう言ってくれた。


 「あぁ……そっか。その言葉、意識はしていなかったけれど、確かにそう言われていたわねぇ……」

改めてあの場面を思い出すと、そう言われていたということがぼんやりと思い出される。

「ありがとう、ランディ君。気にしていなかった……、というか、気にする余裕なんてなかったけど、君にそう言ってもらえて、ちょっとだけ嬉しく思うわ」

彼に微笑みかけ、彼は少し顔を赤くしながら視線を逸らす。純情な子だと思った。この子のこういう反応、私は嫌いではない。ちょっとした癒し、というのかしら。こういうのを。


 彼は慌てたように席に戻り、パーティーの決算書類に他の役員たちと取り掛かる。

 その姿を見て、私は口元が自然と緩むことに気づいた。




 後日、私とセドリック・フェルディナンド伯爵令息の婚約は、相手有責で無事に破棄された。

 あまり興味はなかったけれど、アークディール伯爵令嬢と彼は幼馴染ということもあるが、浮気をしていたらしい。フェルディナンド伯爵はただただ頭を下げて謝罪していたが、私も個人的な感情から国家魔法師としての立場を使ってしまったので、そこまで謝らないで欲しかった。

 浮気による婚約破棄の慰謝料こそ頂いたが、伯爵様や奥様にはよくしてもらっていたので、多少の心苦しさはあった。


 アークディール伯爵も直接謝罪しに来て、娘がしたことに対するケジメとして慰謝料を出してきたが、彼女自身に大きく恨みがあるわけでもなかったので、慰謝料の一部のみ受け取って、残りは地域の孤児院に寄付してもらうこととなった。


 親はまともなのに、なぜ二人はそうなってしまったのか。

 それだけが疑問として残った。


 さらに二か月経って、私が学園の三年生に進級してから二人の近況を知った。


 彼は何とか精神を回復させたが、死への恐怖から身分を捨て、魔物被害が多い地域の神殿で修道士として神に仕え始めた。

 アークディール伯爵令嬢も同じように死への恐怖が強くなっていたが、彼とは違い、回復術師として戦場を転々としながら、傷ついている人たちを癒しているとのことだった。


 私が行ったことは平和に浸かりきった二人には重い罰だったのかもしれないが、彼らがそれによって道を選び、傷ついている人たちのために今を生きているのなら、それは尊重されるべきことであると思うし、もしかしたら人助けという同じ道を続けていたら二人は再び出会い、真の愛で結ばれるかもしれない。そのときは私も祝福したいと思った。




 三年生の前期が終わり夏季休暇に入る頃、私の生徒会長としての役割も終わりを告げた。

 新しい会長は私の下で生徒会会計をしていた侯爵令息に決まった。彼も真面目で、数字には厳しいが、貴族平民分け隔てなく接することができる優秀な人材だ。

 彼がこれからこの学園を引っ張っていってくれるだろう。そして、私たちの卒業記念パーティーは、彼ら新生徒会が企画し、運営してくれることを楽しみに思った。


 「ランディ君、今まで私のわがままに付き合ってくれてありがとう」

生徒会役員から花束を渡された私と彼は、生徒会室から正面玄関へと向かう道すがら、彼に感謝を告げた。


 会長に選出されて役員を決めるときに、いろいろな生徒を見てきた。

 その中で、同学年の中で彼だけが私の感性に刺さった。

 ある程度整った容姿はしているが、貴族のような華やかさや煌びやかさは全くない。素朴で、純情そうで、それでいて、穏やかな空気感が良かった。話し方、仕草、態度。必要に応じて場面ごとにしっかりと使い分け、平等といいながらも身分差に配慮して相手に嫌な思いをさせない心遣いもあった。


 彼なら、きっと私が思っていることをスムーズに実行してくれる。私が間違えそうならば、誠実な言葉で止めてくれる。直感的ではあるが、そんな確信が胸の中に生まれた。


 生徒にも教師にも職員にも評判を確認する中で、それは確信から「確実なこと」に変わった。

 そして、頼み込み、困り顔の彼に頭を下げ、「公爵家のご令嬢が自分みたいな平民に頭を下げないでください!貴女の評判に傷がついてしまいます!」と止めてくれて、それでも頼み続けて根負けしてくれて、「わかりました。……どこまでできるかはわかりませんが、生徒会役員として頑張らせていただきます、会長」と返事をくれた。


 思い返すと私も無茶をしたなと、あまり貴族令嬢としては褒められた行動ではなかっただろうなと感じてしまう。


 「わがままだなんて思っていませんよ、会長。平民である自分を拾ってくれたのは貴女です。感謝こそあれば、拒否感や嫌悪感なんて持っていませんよ」

彼は穏やかな笑顔でそう言ってくれて、後輩たちから貰った花束の中から一輪引き抜いて、私に渡してきた。


 白薔薇。

 花言葉は「感謝」。


 「本当はもっと何か気を利かせたものがあればいいんですが、後輩から貰った花束で感謝を伝えるのも違うなって思うんですが、今だけはこれで許してください。卒業する時にはちゃんと、感謝の形を渡したいと思っているので」


 私が白薔薇を受け取ったのを見て、彼はそう言って廊下を走っていった。


 「私のほうこそ、感謝しかないよ、ランディ君」


 私の言葉は彼に届いただろうか?

 そんな気持ちになるほどに、小さく、校舎に吸い込まれていくような声だった。




 そして、さらに季節が流れ、気が付けばもう、私たちが見送られる側として卒業記念パーティーが開催される季節になった。


 新しい婚約者を見繕えと両親からは言われるが、今はその気が起きないということで、時期が来たらしっかりと考えて対応すると伝えている。

 少しだけため息をつかれてしまったが、仕方がないと割り切って生活を続けた。


 あれからランディ君と顔を合わせる機会は一気に減り、いつも傍らに彼がいてくれたということが遠い昔のように感じるようになった。

 彼は元々努力家ではあったが、夏季休暇にも休まずに国家錬金術師の実地研修を終え、在学中に国家錬金術師として国王陛下に任命された。


 彼の活躍を聞いて、彼を見込んだ私の判断が間違っていなかったことを実感しながらも、彼がどこか少し遠くに行ってしまうように感じてしまった。


 国家魔法師や国家錬金術師は任命される者も少なく、任命された際には国王陛下よりある程度範囲は決まっているが、希望を叶えてもらうことができる。


 私は全国の孤児院に対しての予算を増やすように希望し、それは叶えられた。私自身の望みは国王陛下にお願いするほどのものがなかったのもあるが、彼らが安心して眠れる場所を守りたいと感じていたから。


 彼が何を望んだかはわからない。

 わからないけれど、きっと彼は欲を満たすような望みは言わないだろうと、そう私は感じていた。


 国家魔法師による魔法のデモンストレーションでは、楽団が奏でる音楽に合わせ、会場全体が満天の夜空に包まれ、幻想的な光景がそこに広がった。

 卒業生たちは感嘆し、私も先輩魔法師の行使した魔法に圧倒され、人々を喜ばせるための魔法の意義を考え、自分もそれができるようになりたいと願った。


 そして、演奏とデモンストレーションが終わり、静けさが会場に広がる。

 次はダンスになる。そのための準備の時間だと思っていたそのとき―――。


 「アズア・エセリウス国家魔法師。壇上へ参れ」


 突然聞こえた陛下の言葉に反射的に従い、私は緩んでいた表情を引き締め、声がした方、ホールの壇上へと歩みを進めた。


 「アズア・エセリウス、参りました」


 貴族令嬢としてのカーテシーではなく、国家魔法師としての右手を胸に当てて行う敬礼を行い、国王陛下の前に膝をつき控える。


 「卒業を記念し、其方に新しい輝石のピアスを授ける」

 「ありがたく頂戴致します」


 なぜこのタイミングで?

 普通なら一度貰ったら新しい証は渡されないはずなのに、なぜなのか。

 そう疑問に感じながらも、陛下が開けたケースに入っていたピアスを受け取り、今のピアスを陛下の従者に返還し、そして新しい物へと着けなおす。


 前のピアスは金の羽モチーフの台座に蒼の輝石が埋め込まれていたが、新しい物は銀の薔薇モチーフの台座に蒼の輝石が埋め込まれていた。


 まるであの日の白薔薇のような、そこに私の瞳の色と同じ輝石が静かに光を放っている。

 そして、今までは借り物の輝石が「そこにある」感じだったものが、今は驚くほど輝石が放つ魔力が感覚に馴染み、「ともにある」ように、初めから一つだったような、そんな安心感がある。


 「よく似合っているぞ、アズア・エセリウス」


 いつもの厳格な声ではあるのだが、どこか柔らかく、私を気遣ってくれているような声に、私は静かに敬礼をした。


 「その台座に使われている素材は精霊銀といって国家錬金術師が新たに開発した物でな。本人の魔力と輝石の魔力の調和を第一に考慮し、魔法効率を底上げする物となっているそうだ。全く、若い才能というものはいつの世もすごいものだ。お主もその一人であることを、努々忘れるでないぞ。……さて、望みは果たしたぞ、ランディ・オルクス国家錬金術師。お主も壇上に上がるがよい」


 国王陛下の声に反応した彼が、会場から一歩ずつ確かに近づいてくる。敬礼の最中だというのに、私は彼の動きが気になり、姿勢を変えて、歩み進んでくる彼の姿を見続けた。


 「ランディ・オルクス。国王陛下の御前に参りました」

彼も敬礼を行い、そして、膝をつき陛下の言葉を待つ。


 その姿に倣い、私も改めて膝をつき陛下の言葉を待った。


 「ランディ・オルクス、お主、アズア・エセリウスに伝えるべきことがあるのではないのか?そのための望みであろう」

「ハッ。……いえ、しかし……」

「良い。国王の名において、ここでの言葉遣い、態度は全て無礼講として流すことを誓おう。存分に謳歌するがよい」


 彼の発言を促す陛下と、尻込みする彼。

 彼らしいといえば彼らしい。王家と公爵家の二人に囲まれている状態では、彼が遠慮をするのは当然だ。


 「……では……会長……。いえ、アズア・エセリウス公爵令嬢様。しばし、お時間を頂戴いたしたく……」

彼は先に立ち上がり、まだ膝をついている私に手を差し伸べ、引き上げるように立ち上がらせてくれた。

 そして、向かい合い、久しぶりに彼の緑色の瞳を見る。


 しばらく会わないうちに、彼はとても大人びて見えるようになって、私が何も進めていない、成長できていないような錯覚を覚えてしまう。


 「約束、果たさせてもらいました」


 彼は真剣な眼差しで、そう伝えてきた。


 「約束?」


 「はい。約束です。卒業する時にはちゃんと、感謝の形を渡したい、と。そう伝えたことを、覚えてくれていますか?」


 あの日の廊下で彼が言った言葉。

 感謝の形を渡したいと。白薔薇をくれたそのときに。


 「覚えています。…………とても、とても嬉しく思います。ランディ君……。いえ、ランディ・オルクス国家錬金術師様」


 あのときの何気ない言葉を覚えて、それを実行するために国家錬金術師としての望みを使い、新開発された素材のピアスを渡してくれた。

 これ以上、嬉しいことがあるのだろうか?


 胸が熱くなり、瞳が潤んでいく感覚が理性を刺激する。

 公爵令嬢として人前で感情を大きく揺らすことは良くは無い。それでも、この溢れる気持ちをどうすればいいかなんて、今の私にはわからなかった。


 「僕はやはり平民で、国家錬金術師には任命して頂けましたが、会長を、エセリウス公爵令嬢様をこれから先、近くで支えることはできません。それは身分もあるので、割り切って、そう、考えて……。だから、会長、を、…………一番近くで支え続けてくれる輝石のピアスに、貴女との生徒会での日々への想いや、感謝を込めさせてもらいました。…………会長、ご卒業、おめでとうございます」


 彼の声が震え、私のことを生徒会の時のように「会長」と呼ぶ。もう会長ではないのに、私の名前を呼ぶことを躊躇して、それでも、馴染み深いその呼び名が嬉しくて、懐かしくて。

 でも、私は割り切れなかった。


 「許しません!……そう簡単に、私は、割り切ることなんてできませんっ!」


 叫んだ。恥も外聞もなく、感情のままに。

 このまま終わらせたくなかった。


 私は今、私でいたい。

 公爵令嬢でも、国家魔法師でも、元生徒会長でもなく、アズア・エセリウスとして。


 「私は今、貴方を一番求めます!貴方がそばにいてくれること、それが私の望みで、私が、貴方に支えられたあの日々も、綺麗だと言ってくれたあのときも、白薔薇を渡してくれたあの日も、全てが、貴方と一緒にいて、私に彩をくれた思い出なのです。…………ですので、これからも、私に貴方との温かい思い出を作らせてください。…………離れていかないでください…………」


 涙が壇上の床へと零れ落ちる。

 恥ずかしいくらい、私は今泣いている。


 会場の卒業生たちが驚きの声を上げている。

 会場全体がざわついている。


 私がこうも感情を露わにすることが初めてだったからだろうか。

 それとも、私が平民の彼に恋をしていたということに驚いているのだろうか。


 私の手は弱々しく、彼の制服の裾を掴んでいた。


 彼の手がそっと私の手に触れ、そして、両手で包むように握り返してくる。


 温かかった。

 心が解けていくようだった。


 身分差があることはわかっている。

 彼はそれを弁えている。弁えられなかったのは私の方だ。


 「わがままで……ごめん……」


 「いいえ……。会長の言葉には、しっかりと想いがありますから。……だから、わがままだなんて思わないでください、会長」


 私のわがままだと思っていた言葉は、彼の言葉で簡単に包み込まれて消えていく。


 「アズア・エセリウス公爵令嬢、お主は、平民のランディ・オルクスを生涯の伴侶として選ぶという覚悟はあるか?」


 私が泣き止むまで待ってくれていた陛下の声は重く、平民という部分を強調して私に問いかけてきた。


 「はい。覚悟はございます。彼と共に歩めるのなら、国のため、民のため、この身を賭すことになろうとも、何ひとつ恐れはいたしません」

 偽りのない言葉で、私は迷わずに答えた。陛下の目を見据えて。


 「同じくランディ・オルクス。お主も、平民の身でありながら公爵令嬢、それも次期公爵の伴侶となることの意味とその責任、全てを背負う覚悟はあるか?」


 「はい。彼女が私を求めてくれるのなら、私は迷わず彼女と共に歩き続けます。それが私の覚悟です」


 彼も迷いが無い透き通った声で陛下に答えた。


 そして、その返答に満足したかのように陛下は頷くと、壇上の椅子から立ち上がり、会場中に響くような声で宣言した。


 「二人の覚悟はわかった。互いに想い合い、未来ある若き国家魔法師と国家錬金術師の二人に、フィーニクス王国国王、アライズ・クリムゾン・フィーニクスの名において、婚約を命ずる。―――解消や破棄は許さぬぞ?」


 少しだけ意地悪な一言を付け足して、口元で笑っていた。


 会場からあふれる拍手が私たちを祝福してくれているようだった。


 二人で国王陛下に敬礼し、壇上からホールの卒業生たちの方へと向き直し、深く二人でお辞儀をする。


 さらに強まる拍手の音を合図に、楽団が華やかな曲を演奏し始め、祝いの場を盛り上げていく。


 「アズア・エセリウス公爵令嬢様。どうか僕と、ファーストダンスを」

 「ランディ・オルクス。喜んで」


 差し出された手を取り、私たちは壇上から降りていく。


 まだ見ぬ未来へと、二人が共に歩み続けるその先が幸せな日々になることを願いながら。

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