EP5『抵抗の始まり』
5『抵抗の始まり』
監獄の中からは見えないが、この日はとても晴れた日だった。脱獄日和とでも言うべきか。
青き空の下、魔法もカースも持たない、劣弱の人間が、二回目の革命を起こした。
「戦略は一つ。まず、俺は別の部屋からマイクや通信で指揮を執る」
「別の部屋?」
星が首を傾げる。
「そりゃあ、看守が優秀ならばここに来るからな。俺が死んだらお前らの希望は潰えることになるぞ」
「普段は割と謙虚なくせに」
続けて、未来が不満そうな顔をした。
「安心しろ、お前たちの命も保証してやる。勿論星、お前もだ」
「……は?じゃああんな訓練を俺にさせたのは?」
「しいて言うなら未来への投資、かな。カルネ先生の言う通り、初回で脱獄なんて出来ない。だから、今回は比較的安全策を取っている。あの訓練は今後絶対に必要となる鍵だ。とはいえ、今回必要になる可能性があるということは考慮しておいてくれ」
「ふざけるなよ、俺がどんな思いで、痛みで、文字通り血の滲む努力したか……」
「そうだよ!星ちゃんは頑張ってた!」
「愚か者が!!」
静寂が辺りを支配した。
「逃げ出したい者だけ、俺についてこい!それ以外は置いて行く。俺の下に付く限り忘れるな、誰かの下に身を置く限り、抵抗と言う名の呪いから逃げることは許さない」
「じゃあ、お前の下からも逃げていいんだよな?」
「ああ。ただし、お前らが俺の首を縦に振らせたんだ。その清算くらいしてくれよ」
「わかった。私がしてやろう」
カルネ先生が言う。
「元はと言えば私が仕向けた事なんだ。申し訳ない」
零は、少し考える。
「……裏切るなよ」
そして零は別室に移動した。クラスメイトに指揮を執るため個室に入っていった。
***
クラスメイトが、星に話しかける。
「星や未来は零のこと友達だと思ってそうだからいいけどよぉ……俺達はそうはいかないんだ」
「でも、あいつ以外やれそうな奴はいない」
「それは……そうなんだけどよ、でも」
その言葉を搔き消すかのように、開戦の警鐘が鳴り響いた。
「うわっ!?」
鼓膜を突き刺すリリリリと言う若干低い騒音。これは、火災報知器の音だ。
【お前らは待機しろ!】
隣の部屋から聞こえてくる、くぐもった声。
「まあ、従ってみようぜ」
いつも楽観的な生徒が言う。
「私もそうするわー」
いつも明るい生徒が言う。
***
鳴り響く火災報知器の前に、佇む男がいた。そいつは少し細身だが、瘦せ型という訳ではない。身長は大体、百七十ぐらいか。
混乱する看守たちは、彼に気が付かなかったみたいだ。そのまま彼は、トイレに入っていった。
偶々そこに居合わせてしまっただけの生徒だと思った。だけど一応、僕はトイレ前で張ってみた。
胸元に貼られた名札を見ることが出来なかったのが悔やまれる。そして約五分後にその生徒は出てきた。
「待て!」
身柄を確保しようと、その少年に腕を伸ばす。しかしその手は、虚しく空を切るばかりだった。
その少年の姿に、ノイズがかかる。全身が蠢く黒い粒に覆われて、直後に霧散していった。
「……消えた?カースの一種か」
すると、細身の男の看守が話しかけてきた。
「どうした、篝看守」
「ああ、バトロ主任看守。こちらに生徒が逃亡してきたのですが、消えてしまいました」
「ほう?消えたと?」
「ええ、カースによる効果だと思われます」
「ふむ……幻影のカースか。一体どのクラスの……」
うーん、と少し考える。
「カルネ主任看守のクラスではないでしょうか」
「ああ、あの人ですか。カースを2つ所持している者がいましたね」
バトロ看守が呆れたような顔をする。
「参ってしまうね、こうもイレギュラーが発生すると。私の眼が届かぬ場所で、事が起こってしまうやもしれません」
「こうも?ということは、他にもそんな生徒が?」
「ああ、そうでしたね。貴方はついこの前まで病に臥していましたから、存じ上げないのも無理はない」
「この前の遊戯大会で、シド主任看守に全勝した者がいましてね」
遊戯大会……生徒達と看守が交流する場だ。演目はボードゲームやカードゲーム等々。
「……あの、すみません。自分、シド主任看守と面識がなくって。一体どういうお方なのか」
「ふむ……所属から1ヶ月なら仕方がないか。彼女は……あ……その……」
困った顔をして言葉を濁す。
「狂人なのですよ……」
「……はぁ」
「ちなみに、君と一歳差の少女です」
「え?15歳で主任に?」
「腕は確かなんだが、性格がちょっとな」
「狂人……」
「……はい、可憐な少女を表す言葉としては相応しくないのですが、彼女はギャンブル依存症なのです。といっても、賭け事にはめっぽうお強い。ポーカー等のカードゲームや、チェスやオセロ等のボードゲームにも深く精通しています」
「そんなお方に、生徒が全勝……?」
「私の眼があるので、イカサマなんて当然出来ません。あれは実力、いや、知力と勝負強さでしょう。加えて彼には異名があります」
そう言うと、バトロ主任看守が視線を落とす。
「その生徒のはカースの力がありません。それに加えて、毎回のように実力試験で満点を取っています。その名は……」
***
火災報知器が止まったか。”音”を聞く限り、動き方は五十秒前にここの上を集団が通過、ここから見て左廊下と右廊下を三十秒前に集団が通過。1分と少し後に後方廊下を通過。火災報知機の周りを取り囲むように集団が派遣されている。
――やはり脱獄を疑っているな。当然だ。ここにスプリンクラーが消すような火種はないからな。そして身柄の拘束もできない。さっきここに来た看守が証明してくれるだろう。見事に幻影に釣られたな。さて、残る問題は一つ。バトロとかいう主任看守だ。あくまで推測だが、【監視】の魔法に幻影は効かない、というのを逆手に取ってやるよ……。




