EP51『火華、散らす』
【焼烙刻命】は、全身を猛烈な業火が焼き尽くす程の痛みが走る。カースの代償とでもいおうか。半永久的に発動でき、自身の身体能力が大幅に強化される。
「ぐうっ……」
発動直後はまともに言葉も発せなくなるが、数秒もすれば痛みに慣れていく。
「【チェインコスト】」
アネモネがそう唱える。すると、緋華にかかる代償の負荷が倍になる。
「……ッ!」
廊下に緋華の慟哭が響き渡った。
「ちょっと零ちゃん、緋華くんが死んじゃうよ……零ちゃん?」
零は、痛みに悶える緋華をじっと観察していた。その目はとても冷酷だった。こうなることを理解した上で緋華をアネモネにぶつけたとしか考えられない。未来は、零の真意が尚更分からなくなった。
「……もう私が行くよ」
未来は氷の剣を取り出したが、その腕を零に掴まれてしまった。
「責任は俺がとる。だからもう少し待っていてくれ」
「そんな時間あるわけ……!」
未来のセリフをかき消すように轟音が鳴った。
「すっげ……」
雅火が目を丸くする。
壁が抉れ、その下にアネモネが倒れていた。煙に紛れるその影はゆらゆらと動き、赤い十字が宙に浮いた。そしてその影は、ローダンセの方へ向かっていった。
煙が晴れたその刹那、真っ赤な拳がローダンセを襲う。
「ぐっ……」
杖を両手で持ち正面に構えるが、燃え滾る拳を受け止めることはできない。杖が真っ二つに折れる。同時に、二人の間に火花が散った。
紅蓮寺緋華は再びこぶしを握り締め、無言のまま走りだそうとした。
「未来、一瞬でいい。緋華を止めてくれ」
「もっと早く言いなさいよ!」
緋華の周りが氷に包まれる。しかしそんなものお構いなしに氷を砕き、ローダンセのもとへ走る。
「緋華、また昔のようになりたいのか!」
零の声が響いた。緋華の足はぴたりと止まり、零の方へ向く。
「殴りたいなら殴ればいいさ」
「ちょっと零ちゃん、」
零は未来に目配せをする。未来は心配そうにその場を離れた。
「少しは頭が冷えたか?」
そういって緋華の方へ歩く。緋華は必死に右手を抑えている。
「今ここで、俺をどうしようとお前の勝手だ。だが、それはお前にとって未熟さの証明のようなものじゃないか」
緋華は肩で息をしながら零を睨みつける。
「四年前のお前より、成長したと証明してみろ」
緋華の傷跡が引いていく。しかし、一度の暴走はそう簡単に止まるものでもなかった。
未来でも反応できない速度で、緋華は零へ突っ込んだ。
「クソッ……」
零はある程度予測していたとはいえ、完全に防ぎきることはできなかった。左腕にストレートをもらってしまう。しかし、右腕で咄嗟に緋華を抱きしめた。
「それでいい……その方が……お前らしいさ」
気が付けば、緋華の傷痕は消えていた。緋華はだらりと、自身の身を零に委ねた。
緋華の暴走が鎮まった。ローダンセですら、その光景に魅入っていた。
しばらくの静寂が訪れる。
廊下に残るのは、気絶したアネモネに、煙と折れた杖の残骸だけだった。
ローダンセは静かに折れた杖を見た。
「……灯火看守」
「なんですか」
「左腕、大丈夫なのですか」
零は少し間を置いた。
「問題ありません」
「嘘ですね」
零は答えなかった。未来が零の左腕に駆け寄った。
「零ちゃん、見せて」
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないでしょ」
未来は強引に零の袖をめくった。青くなり始めていた。
「安心しろ、俺のクラスは秀才揃いだ」
淡依が小走りで近づいてくる。
「あ、淡依ちゃん!?」
「見せてください、【薄施寂抗】」
桃色の光が零の腕に広がる。ローダンセは呆気に取られていた。
――この男、どこまで読んで……。
零は小さく息を吐いた。
ローダンセは折れた杖の欠片を拾い上げた。それをじっと見てから、静かに床に置いた。
「……行きなさい」
誰も、すぐには反応できなかった。
「ローダンセ看守長」
零が言った。
「止めないんですか」
「私には、止める理由がなくなりました」
ローダンセは零を見た。その目は、いつもの穏やかな看守長の目だった。しかし、その奥に何かが滲んでいた。
「一つだけ聞かせてください」
零が続けた。
「廻流さんの計画を、知っていますか」
ローダンセは少し間を置いた。
「知っています」
「それでも、協力しているんですか」
「……していました」
過去形だった。零はそれ以上聞かなかった。
「灯火看守、メルのこと、頼みますよ」
ローダンセの目が、わずかに揺れた。
「……わかりました」
零は生徒たちに目を向けた。
「では、白昼堂々、明日にでも出ていきますよ」
誰も喋らなかった。ただ、全員が頷いた。零は気絶した緋華を抱え、廊下を歩き出す。その背中を、ローダンセはずっと見ていた。
折れた杖が、床に転がっていた。それはもう、戒律を執行するための杖ではなかった。
廊下で、淡依が申し訳なさそうに呟いた。
「先生、ごめんなさい、治せなさそうで」
「多分、骨折してるだろ」
雅火と未来が心配そうに声を上げる。
「こうなることはわかってた、淡依さんのせいではない」
「……バカ!」
ついに我慢できなくなったのか、未来が大声を上げた。
「なんでいつも独りで抱え込むわけ!? なんで相談してくれないの、私ならもっと安全に緋華くんを止められた!」
「未来先生」
珍しく、雅火が未来を先生と呼ぶ。
「灯火先生は、お前を傷つけたくないんだよ」
未来の心の中がかき混ぜられた。何が正しいのかわからなくなり、透明な心の輪郭が崩れ始める。
「もう……知らない」
そういって足早に、自室へ駆けて行った。
「灯火先生、甘やかせすぎだと思うぜ」
「……良いんだ」
雅火は零の哀しそうな顔を初めて見た。
「あいつの好意にしっかりと答えられていないのは、俺の落ち度だ」
淡依も雅火も、同じことを思った。
不器用な二人だな、と。




