EP49『脱獄の前哨戦』
49『脱獄の前哨戦』
灯火零はナゴヤから脱出するため、身支度をしていた。
殊夜から送られてきた情報では、監視カメラに死角が生まれることがあるそうだ。これが意図的なものであるというのはすぐに分かった。首謀者は誰か、目的は何なのか。断定はできないが候補は二人まで絞れる。
「未来、用意できたか」
「待ってよ、女の子は外に行くにも時間かかるんだよ」
「お前外出るの二回目だろ」
「そっちも変わらないでしょ! ブラックジョークは嫌われるよ」
零は何も思っていないようだ。
――こいつ、私になら何言ってもいいと思ってるな……。
そもそも、外に出られるというだけでも、本来ならばあり得ないことなのだ。だから四葉廻流のように、国が本腰を入れて動き出したのだろう。こうなると、脱獄を肯定したアスター看守長の命も危ない。
「なるべく生徒達を巻き込みたくはなかった……」
「あの子たちも、私たちと同じで脱獄したかったのかな」
声色が一段低くなる。
「いいや、俺たちは、カルネ先生が唆したからそういう発想が出てきただけだ。本来なら、脱獄だなんて発想は出てこないらしいぞ」
「遺伝子レベルで刻み込まれてるんだね、恐ろしいよ」
未来は一段と増して暗い顔をする。
「だが……もう進むべき道は決まってしまった」
「緊張してる?」
「そうだな、俺はこの前、ローダンセに負けたばかりだし、なにより四葉廻流の正体がよくわかっていないままだ」
「あの人、私ちょっと好きだな」
「なんでだよ」
零はほんの少しだけムッとした。
「うーん、なんか雰囲気というか、話し方とか仕草が零ちゃんに似てるんだよね」
零はそうか、とだけ言って顎を手に当てた。何かを考えるときの仕草だ。
「何考えてるの」
「作戦の穴が……というより、どんな展開に傾くか考えているんだ」
――嫉妬の一つでもすればいいのに。
「何をする気!? 私にできることある?」
未来が零の肩を揺らす。
「落ち着け、あと早く用意しろ」
「わかったよ……」
――自分だって独りで抱え込んでさ……。たまには意地悪してみようかな。
そう言って未来は上着を脱ぎ、シャツに手をかけた。
「おい待て、着替えるなら出てくから早まるな」
これ以上ないくらいの慌てようである。
「別に今更いいじゃん、幼馴染なんだし。最近ちょっと一緒にお風呂入るのご無沙汰くらいで」
「最近ってお前、十年以上前の話だぞ!」
「全く……用意出来たら教えてくれ、外で待っている」
「はーい」
零は自室から出て行ってしまった。
「やっぱ零ちゃんも男の子なんだな」
自分の常道を振り返って、一瞬にして顔が赤くなる。
「……私のバカ」
零が部屋から出ると、先ほどまでの話を聞いていたカルネ先生が話しかけてきた。
「珍しく慌ててたな」
「うるさい」
カルネ先生は爆笑している。
「お前もそんな顔するんだな」
零は自分でも気づかない内に赤面していた。
「未来に見られてないといいですが」
「お前、未来のこと好きなのか?」
「いいえ、というか……俺には恋心というものがわかりません。人から人への好意は見えるんですが、自分事となるとわかりません。俺に対する好意も、すべて偽善に見えてしまう」
カルネは昔のことを思い出した。昔の零は、今と同じく頭脳明晰ではあるが、同時に今では考えられない程の臆病者だった。その名残りもあるのだろう。
「なるほどな。未来には心開いてると思ってたんだけど」
「心は開いてます。だけど、それ以上でも、それ以下でもありません」
それを聞いて、カルネは少しショックだった。こんな幸せな二人を巻き込んでしまったことに、負い目を感じていた。ナゴヤの生徒たちだってそうだ。本来、叛逆とは何の関係もなかった子たちだ。直接的でないにせよ、巻き込んでしまったことは事実なのだ。
しばらくすると、未来が部屋から出てきた。カルネ先生は生徒たちをまとめるため、先に教室へ向かった。
「お待たせ」
「行こうか」
零が未来に手を差し出す。未来は少し驚いた顔をして、その手を握る。
教室では、叛逆の旅路を歩む六名がカルネと共に待っていた。
「零、準備はいいか」
「ああ。しかし今夜は前哨戦だ。敵を潰すことだけ考えろ。逃走はまた後日。今から作戦概要を話す」
***
零、未来、緋華、雅火の四名は出口付近まで来ていた。
約三分かの監視カメラの死角に入った瞬間、零は全員に目配せをした。無言の合図。生徒たちは静かに動き始めた。
廊下の角を曲がったところで、声が飛んできた。
「待ちなさい」
アネモネだった。
零は立ち止まった。振り返らなかった。
「どこへ行くつもりですか」
「散歩です」
「四人で、荷物を持って?」
アネモネの声は穏やかだった。しかしその目は、真剣だった。
「止まりなさい。これ以上進むなら、能力を使います」
「やってみろ」
雅火が前に出た。アネモネを真っ直ぐに見た。
「俺はお前に勝ったことがある」
「……知っています」
アネモネは少し目を伏せた。
「だから今度は、負けません」
その時、廊下の奥からもう一つの足音が聞こえた。
ローダンセだった。
零はローダンセを見た。ローダンセは零を見た。
「灯火看守」
「ローダンセ看守長」
「説明してもらえますか」
「セタガヤへ行きます」
即答だった。ローダンセは小さく息を吐いた。
「止めます」
「知っていますよ。しかし、退路は断たせてもらう」
そう言い放つとローダンセは自らの魔法を行使した。
「【オブリージュ・ザ・ローフォース】」
ローダンセが杖を地面にたたきつける。その拍子に、空間にルールが張り巡らされる。
「ここでは電子機器は破壊される」
監視カメラが音を立てて崩れ落ちた。
「自ら監視カメラを壊した?」
零は一瞬戸惑ったが、すぐに真意が見えた。
「なるほど、退路を断つとはそういうことか。俺たちが負けたら、この故障は俺たちのせい。懲罰房行きか」
零は生徒たちに目を向けた。
「緋華、アネモネ看守を頼む。雅火、ローダンセ看守長を」
緋華は一歩前に出た。右手の烙印が、じんわりと熱を帯びた。
雅火は両手に炎を灯した。
「ローダンセ看守長」
雅火はぶっきらぼうに言った。
「今度は俺が相手だ」
ローダンセは静かに杖を構えた。
「覚悟があるなら、来なさい」
廊下に、緊張が走った。
緋華はアネモネを見た。アネモネは緋華を見た。
「紅蓮寺緋華くん」
アネモネが静かに言った。
「あなたのカース、まだ本気で使ったことがないでしょう」
緋華は答えなかった。
「今日は、使わせてあげます」
アネモネは微笑んだ。穏やかで、しかしどこか寂しそうな笑みだった。
「【チェインコスト】」
緋華の体に、じわりと重さがかかった。
――来る。
緋華は右手を握りしめた。烙印が、燃えるように熱くなった。
「【焼烙刻命】」
右手の烙印が、赤く輝いた。




