EP42『禁じられた言の刃』
42『禁じられた言の刃』
BチームとEチームの戦いが始まる。
生徒側は神薙 幽、望月 絶、薄桃 淡依。看守側はシャンティ・コントルド、黒影 凪紗、白咲 玲奈だ。
幽は絶を一瞬だけ見た。絶は頷いた。それだけで十分だった。
「【絶世絶界】」
空間が、歪んだ。シャンティと凪紗の足元に、亀裂が走る。
二人が声を上げる間もなかった。二人の輪郭が揺れ、そのまま空間の裂け目に呑み込まれた。
訓練場に残ったのは、幽と淡依。そして玲奈だった。
「……なるほど」
玲奈は静かに言った。動揺はなかった。ただ、目が細くなった。
「二人を切り離したのね。賢い」
玲奈の指先に、電気が走る。
「でも、残ったのが二人とも非力なのは、不運だったわね」
「【迅雷閃華】」
雷が走った。淡依は一歩前に出た。
「【薄施寂抗】」
桃色の光が淡依の掌に広がる。雷が淡依の腕を掠めた瞬間、その威力が薄まる。痺れが走るが、倒れない。
「……痛い」
淡依は小さく呟いた。しかし足は動かなかった。
「面白い能力ね、電撃の威力が落ちたわ」
玲奈の目が光る。
「なら、薄められないほど撃ち込めばいい」
雷が、連続で降り注いだ。
淡依は両腕を広げ、受け続けた。一発、また一発。桃色の光が揺れるたびに、淡依の顔色が白くなっていく。
——持って。もう少しだけ。
幽は目を閉じた。
息を、整える。
静かに、深く。
「【禁忌霊音】第二詠唱……」
空間の空気が、変わった。
玲奈の動きが、止まった。
「掛けまくも畏き言の葉よ。御禊、祓へ給いし刻に」
幽の声は小さかった。しかしそれは、空間の隅々まで届いた。雷の轟音をかき消すような声だった。
「虚空を切り裂く刃と成れ!」
両手を前に突き出すと、空気の刃が生まれた。大きく鋭く。それは玲奈の雷へ向かって真っ直ぐ飛んだ。
雷と刃がぶつかった。黒い煙が訓練場に満ちた。
煙が晴れると。玲奈が膝をついていた。服の端が、焦げていた。淡依も膝をついていた。両腕が小刻みに震えていた。
「……すごい」
淡依が掠れた声で言った。
「幽くん、すごい」
幽は何も言わなかった。ただ、淡依の方を見た。
「大丈夫か」
声は小さかった。でも確かに、心配していた。
「大丈夫です。薄めましたから」
淡依は笑った。少し痛そうだったが、笑っていた。玲奈は静かに手を上げた。
「足がやられちゃった……参りました」
その言葉に、幽は小さく息を吐いた。イヤホンの向こうで、零が足を組みながら聞いていた。
——幽がクラスメイトと喋った。
戦果はそれだけで、十分だった。
***
架空空間の中は、静かだった。
紺色の空が広がり、壁が四方を囲んでいる。シャンティ、凪紗と絶の間には、絶が生み出した透明な障壁が一枚。シャンティの【ハートチェーン】も、凪紗の【水墨影陣】も、その壁を越えられない。
「……ねえ」
シャンティが口を開いた。
「これ、いつまで続くの?」
「さあ」
絶は壁に背を預けたまま答えた。
「わかんない」
「わかんないって……」
シャンティは眉を寄せた。
「自分の能力じゃないの?」
「俺の体力が続く限りは続く」
「じゃあ早く体力切れればいいじゃない」
「そうならないように、省エネしてる」
シャンティは黙った。凪紗は最初から黙っていた。ただ、影が足元でうごめいている。しかし壁には届かない。
「……暇ね」
シャンティがため息をついた。
「うん」
「会話する気ある?」
「あんまりない」
絶は壁から離れず、シャンティを見た。
「あなたって、何考えてるの」
凪紗が問いかける。
「今は体力の温存」
「そういうことじゃなくって、ほら、なんか夢とかさ?」
絶は少し考えた。
「……外が、どんな場所なのか」
シャンティの目が、わずかに変わった。しかし否定もしなかった。
「看守になってよかったと思う?」
絶が問いかける。
「……まだわからない」
「正直ね」
シャンティは壁に手をついた。魔法は通らない。それを確かめるように、もう一度触れた。
「ねえ、一つだけ聞いていい?」
「何」
「あなた、怖くないの。こんな狭いところに、敵と一緒に閉じこもって」
絶は少しだけ間を置いた。
「……慣れてる」
「何に」
「狭いところ」
シャンティは何も言わなかった。凪紗も、何も言わなかった。ただ、足元の影だけが、静かに揺れていた。
そうして時間が過ぎていった。
***
イヤホンに、声が届いた。
「絶、そろそろ限界か」
絶の息が、少し荒くなっていた。
「……あと少し」
「無理をするな。もう、解除していいぞ」
「はい」
紺色の空間が音を立てて崩れ始め、紺色の破片が零れ落ちる。淡依が絶の腕に触れた。
「【薄施寂抗】」
桃色の光が、ゆっくりと広がる。絶の消耗が、薄く、ゆるやかに分散されていく。
「……少し、楽になった」
「でも時間は稼げません。幽くん」
絶が稼いだ時間の間、幽は淡依のカースによって回復していた。目を閉じ、息を整え、詠唱を開始する。
「【禁忌霊音】第三詠唱……掛けまくも畏き言の葉よ。御禊、祓へ給いし刻に。我が言葉は祈りに非ず、只、此処に宣言在る而已。我が呪いの言葉よ、この空間を裂く刃と成れ!」
空気の刃が、二人に向かって走った。シャンティが【ハートチェーン】を展開し走り出していた。しかし、射程範囲にはギリギリ間に合わず、シャンティは正面から空気の刃に切り裂かれる。血は出ず、服は破れなかったが、その刃は確かにシャンティを傷付けた。
凪紗が影を広げ防御したが、あまりの刃の鋭利さに影は解けてしまった。そして、二人が、同時に吹き飛んだ。
「……やるじゃない」
凪紗は無言だったが、静かに手を上げた。
幽はその場に膝をついた。体力の限界だった。
「幽くん!」
淡依が駆け寄った。
「大丈夫?」
「……うん」
幽は小さく頷いた。
呆然と幽のカースを見ていた絶は、何も言わなかった。ただ、少しだけ、息が楽になった気がした。
イヤホンの向こうで、零が足を組み聞いていた。
――やはり絶は、もう少し時間が必要そうだ。
BチームとEチームの戦いは、これにて幕を閉じた。




