EP41『烈火と氷棘』
41『烈火と氷棘』
玻璃の限界は、じわじわと来た。
未来の攻撃が、さっきより速くなっていた。鋭くなっていた。氷の礫が、氷の刃が、休みなく飛んでくる。その全てを、玻璃の膜が反射し続けていた。
しかし。
——重い。
膜が、薄くなっていく感覚があった。反射するたびに、少しずつ、確実に削られていく。
玻璃の足が、震え始めた。
「玻璃ちゃん、顔色悪いよ」
未来の声が聞こえた。
「だ、大丈夫です——」
「無理しないで」
未来は笑っていた。しかしその目は、真剣だった。
「もう少しだけ頑張ってもらうけど、ごめんね」
次の攻撃が来た。今度は密度が違った。無数の氷の礫が、膜の全方向から押し寄せる。
玻璃は歯を食いしばった。
——持て! 持て! 持て!
膜が、限界まで薄くなった。
膝が、折れた。
「玻璃!」
雅火だった。
玻璃の前に飛び出して、炎で氷を焼き払っていた。
「雅火、くん……」
「下がってろ」
雅火は玻璃を後ろに押しやった。そのまま未来を見た。
未来も雅火を見た。
二人の間に、静寂が落ちた。そして、イヤホンに声が届いた。
「雅火」
「……零か」
「玻璃の役目は終わりだ。よくやった。次はお前の番だ」
雅火は鼻を鳴らした。
「言われなくてもわかってる」
「恐らくだが、未来の【絶対零度】は感情と連動する。本気になればなるほど、温度が下がる」
零も、これに確証はあまりなかった。
「つまり?」
「本気にさせるな。揺さぶり続けるぞ」
雅火はしばらく黙っていた。
「……なるほどね」
「お前ならできる」
「お世辞はいらん!」
雅火は炎を手に、未来を見た。未来はまっすぐ雅火を見ていた。笑顔だった。しかしその目の奥に、真剣な光があった。
「零ちゃんの声、聞こえてるんだよね」
未来が言った。
「ああ、そうだ。羨ましいか?」
未来はくすっと笑った。
「零ちゃん、私のこと揺さぶろうとしてる?」
雅火は何も言わなかった。
「零ちゃんらしいな」
未来の温度が、じわりと下がった。
「でもね、雅火くん」
未来は構えた。
「私が一番本気になる時って、零くんのためなんだよね」
床の氷が、厚くなった。雅火は舌打ちした。
「……逆効果かよ」
イヤホンの向こうで、零が黙っていた。
「零」
雅火が低く言った。
「どうする」
少しの間があった。
「……雅火、お前の判断に任せる」
「あ?」
「俺の采配が逆効果なら、お前が考えろ」
雅火は目を丸くした。それからゆっくりと、口の端が上がった。
「……珍しいこと言うじゃねえか、天才さんよ」
雅火は炎を両手に纏わせた。
「凡才の俺のやり方でいく!」
未来を見た。未来も雅火を見ていた。
「零ちゃんに任されたんだ、頑張らないとね」
「うっせーな、そんなに好きなら告白でもしちまえよ」
「な!?」
一瞬、たった一瞬、床の氷が、薄くなった。雅火はそれを見逃さなかった。
「……効いてんじゃねえか」
「ち、違うし!」
未来の頬が、赤くなっていた。
「別に動揺してないし!」
「顔が赤いぞ」
「赤くない!」
「赤い」
「赤くないって言ってるでしょ!!」
氷が、さらに薄くなった。
雅火は口の端を上げた。
「零、聞こえてるか」
「……聞こえてる」
イヤホンの向こうの声が、微妙なトーンだった。
「お前の采配より効いてるぞ」
「……うるさい」
「認めろよ」
「次は動くぞ。集中しろ」
「へいへい」
雅火は未来に向き直った。未来はまだ顔を赤くしていた。しかし目は、真剣に戻っていた。
「……雅火くん」
「なんだ」
「それ、零ちゃんに言った?」
「あ?」
「告白しろって、零ちゃんにも言った?」
雅火の動きが、一瞬止まった。
「……それは関係ねえだろ」
「関係あるよ」
未来はくすっと笑った。頬はまだ赤かったが、目が笑っていた。
「零くんに言ってくれたら、少し手加減してあげる」
「ふざけんな」
「【絶対零度】」
氷が、また戻ってきた。
雅火は舌打ちした。
「話しながら攻撃してくんじゃねえ!【紅陽烈火】!」
炎と氷が、再びぶつかった。イヤホンの向こうで、零はこめかみをつまみながら黙っていた。
訓練場の温度が、めちゃくちゃだった。雅火の炎が床を焼き、未来の氷が壁に張り付き、その繰り返しだった。
氷の棘が飛び、龍の形をした炎がそれを一掃する。
二人の息が、荒くなっていた。
——そろそろ体力がやばい。
アネモネ戦の消耗が、じわじわと効いていた。肉弾戦で動き回った分、炎を使い続けた分、全部が積み重なっていた。それでも、雅火は止まらなかった。
「雅火くん、息が荒いよ」
未来が言った。心配そうだった。本気で心配していた。
「うるさい」
「無理しないで」
「お前も玻璃みたいなこと言うな」
雅火は炎を両手に集めた。
——これで最後だ。
全部、ここに込める。
「零」
「聞こえてる」
「一発でいく」
少しの間があった。
「……見せてみろ」
それだけだった。止めなかった。雅火は息を吸った。
未来がそれを見た。雅火の炎の密度が、さっきまでと違う。全身から力が抜けていく中で、最後の一点に全てを集めている。
——本気だ。
未来も、構えた。
「【絶対零度】」
雅火も、叫んだ。
「【紅陽烈火】!!」
炎が、訓練場を満たした。未来は自らの周りを氷で覆った。氷と炎がぶつかった瞬間、轟音が訓練場全体に響いた。白煙と水蒸気が混ざり合い、視界が消えた。
煙が、晴れた。未来が、壁際に倒れていた。雅火が、その場に膝をついていた。立ち上がろうとした。足が動かなかった。
「……相討ちか」
雅火は笑った。情けない笑いだった。イヤホンに、声が届いた。
「雅火」
「……なんだよ」
「よくやった」
雅火は天井を見上げた。
「……褒め方が下手だぞ、お前」
「うるさい。もうちょっとこう、感動的に言えよ」
「倒れてる場合か」
「倒れてんだから仕方ねえだろ」
雅火はそのまま、床に仰向けになった。天井が遠かった。
——やりきった。
それだけで、十分だった。壁際で、未来がゆっくりと起き上がった。頭を押さえながら、雅火を見た。
「……雅火くん、強いね」
「当たり前だ」
「うん」
未来は笑った。
「みんな強いね」
雅火は何も言わなかった。イヤホンの向こうで、零も何も言わなかった。ただ、確かに聞いていた。
AチームとDチームの戦いは、これにて幕を閉じた。




