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 EP36『呪われし力たち・壱』

36『呪われし力たち・壱』

 

「”能力査定強化試験”??」

 皆が首を傾げている。

「ああ。カースの検査や強化目的でもあるみたいだ。生徒側で指名されたのは十名。君たちには、この試験を受けてもらう」

「待ってよ! そんな急に」

 零と未来は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「すまない。俺たちも今朝知らされたんだ」

 そういわれてしまうと生徒たちは怒る気力も湧かない。

「まず、こいつは敵らしい」

 零が未来を指さした。未来の顔が青ざめる。

「え、冗談だよね」

「いやこいつ、朝っぱらからカースで攻撃してきたんだぞ」

 本人たちは至って真剣だが、生徒たちは皆、イチャイチャしてるなと思っていた。

「待って違うの、あれは本当に出来心で……」

「というわけで、こいつを倒せるカースを見つけ出すために、今から個別でカースを教えてもらう。一人ずつ呼び出すから、待ってる人は未来と仲良くしていてくれ」

「今の聞いて仲良くしてくれる子いないって!え、待って、行かないで零ちゃん」

「"灯火先生”だろ」

 ――さっき自分も”未来”って呼んだくせに。

 零以外、皆同じことを思った。


 ***

 

 私は灯火先生に連れられ、空き教室に来た。

 チャームポイントである、水色のショートボブを揺らしている。

「雨宮 玻璃さんか、よろしく頼む」

「あ、え、よろしくお願いします!」

 名前を呼ばれて呼吸が止まりそうになった。私は人生で始めて、一目惚れというものを経験している。けれど私は知っている。灯火先生は未来ちゃんと付き合っているのだ。

「早速で悪いが、カースを見せてもらってもいいか」

「えーっと、私のは見せるというより……」

 歯切れの悪い言い方に零自身が戸惑ってしまった。

「……触れたものを反響させる、だけです。先生、少し離れてください」

 玻璃は目を閉じ、呟いた。

「【以心反心】」

 その瞬間、玻璃の身体を取り巻く宝玉が微かに光る。、零がその膜の中に手を入れると、膜に波紋が広がり、ほぼ同じ力で押し戻されてしまった。

「なるほど……つまり、攻撃されたら同じ力で跳ね返すタイプか」

 零は軽く頷きながら観察する。玻璃の顔には緊張の色が浮かんでいるが、目は真剣だった。

「うん……反響される感じ、わかるかな」

「……ああ、確かに。危険な力だが、使い方次第だな」

 零は眉をひそめつつも、どこか楽しそうに笑う。玻璃はそれを見て少し安堵し、頬を赤く染める。

「ありがとうございます……これで、少し自信がつきました」

「玻璃さんの力は扱いやすいが、油断は禁物だ」

「あの、灯火先生って未来ちゃんと付き合ってるんですか?」

 ――急に何を言っているんだ。

「いや、全く。幼馴染のようなものだからな、お互い恋愛感情は抱いていないのだろう」

 玻璃の顔が見る見るうちに明るく火照っている。

「そ、そうなんですね! 急にこんなこと聞いてすみませんでした! 失礼しました!」

 零は彼女の秘めた感情に気が付き、後悔した。

 

 雨宮 玻璃

 カース【反響】【以心反心】ランクB


 ***


 次は薄桃 淡依さんだ。

 名前の通りの淡く薄い桃色髪が特徴の女の子だ。

「カースは【希釈】らしいな、何かを薄めるとかそういう感じか?」

「はい、私のカース【薄施寂抗】はダメージを抑えることと、外傷に対する治癒ができます」

「それは素晴らしい、だが、あまり使いすぎるなよ」

「……なぜですか?」

「君の能力は“減らす”んじゃない。“分散させる”んだろう」

 図星だった。

 淡依は視線を落とす。

「……はい。受けた衝撃や損傷を、時間に広げます。痛みも、傷も。急激なものを、ゆるやかに」

「治癒ではないな」

「回復を早めているわけではありません。致命を、致命でなくしているだけです」

 零は小さく頷いた。

「では試そう」

 零は机の角に手の甲を軽く打ちつけた。赤く腫れ始める。

 淡依が一歩近づく。

「失礼します」

 そっと触れる。

「【薄施寂抗】」

 淡い桃色の光が、彼女の手元で揺れた。腫れはすっと引く。だが完全には消えない。代わりに、零の皮膚に残る違和感が、薄く、長く尾を引く。痕は残るものの、やがて痛みは消え去った。

「……なるほど。自己治癒を促進させるといった方がいいな」

 彼は当たり前のように核心を突く。零は手を握って開く。

「一瞬の痛みを、弱い痛みに分けました」

「それが君なりの抵抗か」

 淡依は小さく頷く。

「強くはありません。でも、誰かが倒れないようにはできます」

 零は少しだけ目を細めた。

「だが、分散には限界があるはずだ」

「……あります」

「抱えすぎれば、いずれどこかで揺り返しがくるぞ」

 淡依は黙る。

 零は静かに言った。

「だから使いすぎるな」

「……私が壊れるから、ですか?」

「違う」

 間髪入れずに否定する。

「君が壊れるのは自己責任だ」

 淡依が少し驚いた顔をする。

「だが」

 零は続ける。

「君が薄め続ければ、周囲は“痛みに鈍くなる”」

 教室が静まる。

「誰かが抗ってくれる前提の世界は、腐る」

 淡依の瞳が、わずかに揺れた。

「君の力は美しい。だが、常用されると危険だ」

 しばらく沈黙。やがて、淡依が小さく笑った。

「……灯火先生って、優しくないですね」

「よく言われる」

「でも、ちゃんと見てくれてます」

 零は評価用紙に記す。

 

 薄桃 淡依

 カース【希釈】【薄施寂抗】ランクB

  

 ***


 次は神薙 幽くんだ。普段は物静かな印象だ。失礼だが、白髪で、肌が異様に白く、生気を感じられない。だが授業態度は良く、看守からの評価は高い。

「よろしく、神薙君」

「よろしくお願いいたします……」

 声は小さいが、この教室だと関係ない。俺も昔は声が小さく、よく舐めらていたから、気持ちは痛いほどわかる。

「早速だが、君のカースを見せてもらいたい」

「はい……わかりました。ただ、出来ることに制限があります」

 幽くんのカースは【言霊】だと聞いている。恐らくは、呪言の類いだと推測している。

 神薙 幽は小さく頷き、ゆっくりと口を開け、生唾を飲む。

「【禁忌霊音】」

 彼の声は小さいが、空間に重みを伴って響き渡る。零は耳を澄ませ、音の波紋が空気を振動させるのを感じた。

 音に触れた瞬間、零の体の周囲に微かな痺れが走る。これはただの音ではない。意志の込められた音、実体化した言葉といったとこだろう。

「掛けまくも畏き言の葉よ。虚空を切り裂く刃と成れ!」

 普段より二回りほど大きい声量に、思わず零は身じろぎする。彼の足元から風が舞い上がり、顔の前から空気の刃が零を目掛けて飛んでいく。その刃は零の頬を通り過ぎ、髪の毛を靡かせ、宙に離散した。

「す、すみません! ギリギリ狙い過ぎました」

「大丈夫だ……自分の意思を音に乗せて、具現化させるタイプか」

 零は静かに頷く。幽は表情を変えず、ただ黙って観察されるままに立っている。

「能力は強いが、本人の性格上、攻撃的には使わないだろうな」

 ――今思いっきり殺されかけたが。

 零は心の中で呟く。幽の静かな佇まいが、力の性質と絶妙に噛み合っている。

「君のカースは、扱い方次第で防御も殺傷も可能だ。戦術性は非常に高い」

 零の言葉に、幽は小さく息を吐き、わずかに視線を零に向けた。表情は変わらない。

「……ありがとうございます。精一杯、やらせていただきます」

 その声も小さいが、真摯さと覚悟が確かに伝わってきた。

 零はこの瞬間、幽の力と人格のバランスを頭に刻む。

 強さだけでは測れない。思想、性格、無気力と規律の狭間で、彼は何を守り、何を封じるのか。


 神薙 幽

 カース【言霊】【禁忌霊音】ランクA

  

 ***


 次は霧林 妖狐さんだ。明るい茶髪のポニーテールが良く似合っている。

「よろしくお願いたしまーす」

 見た目にそぐわず、剽軽な口調だった。零は妖狐が何をしてくるかおおよそ目星がついていた。

「さて、カースを見せてもらおうか」

「わかった。【夢幻抱擁】」

 そう言って妖狐は棒立ちしている。

「……なるほどな」

 零はすくっと起ちあがって二歩後ろへ歩いた。

「ここだろ」

「へ? なんでわかったの」

「廊下の明かりが不自然にそこで途切れてたからな」

「え、それだけ……」

「視覚依存の幻惑じゃないな。空間認識そのものに干渉している。だが自信を持て。外的要因以外の幻惑は完璧だ」

 妖狐さんは物珍しそうな表情を見せる。

「灯火先生って、思ったより優しいんですね」

「もっと怖いと思ってたのか」

「冷徹なイメージ」

 妖狐は少しだけ目を伏せた。それが零には、剽軽な態度の奥にある、観察者の顔に見えた。

「でもね先生。本気で抱き締めたら、抜けられないよ?」

 目の前の妖狐は幻惑だった。そして気が付けば、妖狐は後ろから零に抱き着いていた。

「やめとけ、それ以上踏み込むと過ちを犯すぞ」

「……やっぱ灯火先生、優しいじゃん」

「俺は教師でお前は生徒だからな」

「じゃあ先生、今どこ見てるの?」

 天井から声。足元からも声。黒板の文字が一瞬、妖狐の笑みに変わる。

「【夢幻抱擁】は、対象の“認識の隙間”に入り込む能力だな」

 霧林 妖狐は息を呑んだ。

「認識を歪ませる、とでも言おうか。範囲内に自由な錯覚を作り出す、か……」

 そして零は目を閉じ、歩き始めた。

 教室の景色が、ぴたりと止まる。

「だが、干渉には“軸”がある。術者の位置だ。範囲は軸から直径二十メートルほどの円状。その境界線から外に出ると、僅かな光、景色のズレが生じている。答えはそこの、カーテンの裏だな」

「……うそ、人間やめてる?」

「言っただろう。俺は教師でお前は生徒だ。何があっても探し出したやるさ」

「そういうとこだよ、抱きしめたくなるところ」

「やめておけ。時間も押しているし、次に行くぞ」

 廊下に出た零は、ほんのわずかに息を吐いた。

 ――幻惑は、彼女にとって心そのものなのだろうな。

 

 霧林 妖狐

 カース【幻惑】【夢幻抱擁】ランクA


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