表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/65

 EP31『憧憬』

 31『憧憬』


 その日は東京のホテルで夜を越した。そもそもこんな深夜にホテルなんて空いているのか。話を聞いていると我々カース人は、ギウス人の同伴がなければ宿泊すらできないらしい。

 受付で交わされる視線は、表面上は丁寧で、しかしどこか冷えていた。必要とされたのは私たちの名ではなく、隣に立つ“保証”の存在だった。この国で、カースは未だ「管理される側」なのだと、改めて知らされる。奥から別のスタッフがやってきて、すんなり通してくれた。後で聞いた話だが、ここのホテルの経営者は、カース人に好意的らしく、訳ありな客も宿泊を許可しているらしい。

 先生の計らいで、俺と未来は同じ部屋に泊まることになった。

 未来は窓辺の椅子に座って外を見ている。こんな時間なのに、月が辺りを照らしている。ビルの明かりが点々としていて、東京という街を強調させる。

「なあ、未来」

 話題も何もないのに、口から零れていた。

「なに? 零ちゃん」

 未来は振り向かずにそう答えた。

「綺麗だな」

「え?」

 素っ頓狂な声を上げ、こちらを向く。

「夜景ってやつだよな。外の世界は本当に綺麗だ」

「あ、ああ、夜景ね。私も見惚れちゃってた」

 零は未来の反対側に座り、頬杖を突き窓の外を見る。その横顔は、月明かりに照らされている。

「いつか、みんなで見れるといいね」

「そうだな」

 未来がそう願うなら、と零は心の中で思った。

「全部が新鮮だよ、この景色も、居心地も」

「未来、外の世界は好きか?」

「なにその質問」

 唐突なその問いに、未来は髪を搔き上げ子供っぽく微笑む。

「広いな、って思ったよ」

「未来らしいな」

「零ちゃんは?」

「おおよそ同じだ。この世界は広すぎて、自由がありすぎる。俺たちはまだ、世界の1パーセントも知らない」

「そう考えると恐ろしいね。この夜景が1パーセント未満なんて」

 未来は眠たいのか、机に伏せ横目で窓の外を眺めている。

「こんな綺麗な場所をいつか大手を振って歩けるようになりたいな」

 何気ないその一言が、深く胸に突き刺さった。未来はあくびをひとつして、椅子から立ち上がる。

「零ちゃん、明日も早いんでしょ。もう寝よ?」

「明日は一日休みらしい。なにせ急に俺たちの転勤が決まったから、先生たちが色々ナゴヤの連中と話し合うみたいだ」

「あ、そうなんだ」

「俺たちはどうせ外に出れないから、ここで待機だな」

 ――じゃあ零ちゃんと二人っきりか。

 そう考えた途端、未来の脈が速まった。

「もう寝よう! 五時回ってるし」

 そして未来は布団にダイブをかます。

「そんなに慌てなくてもいいだろ」

 そう言って零は歯を磨きに洗面所へ向かう。

「未来、歯磨いたか」

「誰かさんとは違うので磨きましたー!」

「はいはい」

 煽ってみても、めんどくさそうに受け流された。こういうところは昔から変わらない。

「寝る場所どうする?」

 歯を磨き終えた零が何食わぬ顔で聞く。

「寝る場所?」

「俺、全然床で寝るぞ」

 隣り合うベットには仕切りがなく、さらには大きい布団が一枚しかない。

「え、いいよ全然、隣おいでよ」

 自分で言っていて恥ずかしくなってきた。死にたい。

「いや大丈夫だって。床で寝るから」

「風邪ひいちゃうでしょ、いいから来なさい」

 未来は思いっ切り隣の枕を投げ付けた。

「わかったよ」

 零は枕を受け止め、隣接したベットに横たわる。

「狭くないか?」

 布団から半身を出している。ささやかな未来への気遣いだ。

「うん、大丈夫だよ。それより零ちゃん、寒いでしょ。こっち来てよ」

 また言ってから恥じて死にたくなる。

「馬鹿か。俺だって恥ずかしいんだよ」

  口が悪くなっているのは、零ちゃんに余裕がない証拠だ。そう思うとなんだかいじらしくなってくる。こんなにかわいい彼を久しぶりにみた気がする。

「いいもん。私がそっち行くもんね」

「は? 冗談はよせ、未来」

 そう言って零が振り向くと、枕一つ分くらいの至近距離で目が合ってしまった。

 ――私の馬鹿、気まずくしてどうするんだ。

 心臓がうるさい。離れようかと思ったが、もう少しこの時間を続けていたい気持ちもあった。

「……さっきの話なんだけどさ」

 零が口を開いた。

「うん」

 恐る恐る応えてみる。

「この場所で、自由に過ごせる世界を俺も作りたい」

「それが零ちゃんの夢なの?」

「いや、俺は……」

 零は少し言葉に詰まった。そして視線を未来から逸らす。

「俺の夢は脱獄が決まったときから、誰かに綺麗な花を見せることだよ」

 未来は大きく目を見開き、布団を纏い背を向けた。その誰かを聞く勇気はなかったが、未来は確信していた。

「もう馬鹿! 零ちゃんはほんとずるい!」

「あの、寒いんだけど……」

「もう知らない、床で寝たら?」

「ほんとごめん、えっと、そういうつもりは……」

 俺、何かしたかなと、柄にもなく焦る零であった。そんな二人を、昇りかけの朝日が照らしていった。いつか二人で、この世界を歩く憧憬を夢見て、微睡みに誘われていった。

 零は眠ったふりをしていた。 未来は背を向けたまま、目を閉じられずにいる。触れてしまえば壊れそうで、かといって、離れてしまえば崩れそうな距離感だった。

 世界は広い。 自由は重い。 私たちは、これからたくさんのものを背負う。それでも私は、 地獄の果てでも彼の隣を歩く。それがきっと、私の憧憬だ。


 ***


 起きたのは15時くらいだった。零ちゃんはもう起きているみたいだ。

 起きたのは十五時くらいだった。零ちゃんはもう起きているらしい。

 カーテンの隙間から差し込む光が、やけに白い。頭がぼんやりする。慣れないベッドの弾力に、身体がまだ状況を理解していない。

「おはよ、遅かったな」

 声がした。

 窓際の椅子に、零ちゃんが座っている。

「何時から起きてるの」

「九時くらいかな、流石に四時間は寝ないときついからな」

 思わず体を起こす。シーツがぐしゃりと音を立てた。

「起こしてよ」

「短時間の睡眠は体に悪いだろ」

「そうだけど、零ちゃんがそれいう!?」

 零ちゃんは袋からペットボトルを一本取り出して、無造作に投げてよこす。反射で受け取る。

「はい水」

「……優しいじゃん」

 彼は何も言わない。でも、ちゃんとキャップは開けやすいように少し緩めてある。私はそれに気が付き、嬉しくなった。

 寝起きの乾いた喉を潤すため、水をごくごく飲む。部屋は静かだ。昨日の夜よりも、ずっと現実的な光が差している。東京の喧騒は、窓を閉めればただの遠い振動だ。

「外、行ったの?」

「朝、カルネ先生が届けてくれたんだ。食べるか?」

「少し食べる」

「予約が遅すぎてホテルの食事が付くプランは終わってたらしい」

 言いながら、ほんの一瞬だけ視線が逸れた。

「ねえ零ちゃん」

「なんだ?」

「こういうの、修学旅行みたいじゃない?」

 一瞬動きが止まる。だが、零ちゃんは何も言わない。代わりに、リモコンを拾ってテレビをつけた。適当なバラエティ番組の笑い声が流れる。それが不協和音に思えて仕方がなかった。

「ねえ、零ちゃん」

「ん」

「東京、嫌いじゃないって言ってたよね」

「言ったか?」

「言った」

 私はにやりとする。

「それ、ちょっと嬉しかった」

 零ちゃんは眉をひそめる。

「何でお前が嬉しい」

「一緒に来てるから」

 数秒の沈黙。テレビの向こうで誰かが大声で笑っている。零ちゃんは視線を逸らしたまま、小さく言った。

「別に、悪くはないとは思ってる」

 それが、今まででいちばん素直な言葉だった。

「じゃあ昨日のお花の話、本当?」

 零の視線が下を向いた。

「ああ……まあな」

 明らかに照れている。かわいい。

「お花、誰かって言ってたけど、誰に見せたいのよ」

「それは……」

 言いたくないことでもないはずなのに、彼は言葉を濁した。少しいじらしくなる。

「見たこともない綺麗なものを、ちゃんと綺麗だって言えるやつ、かな」

「だから、それずるいってば」

 顔を赤らめ、目を見開く。

「何が」

「いや、もう……なんでもない」

「そうか」

 零はおかしそうに笑った。自然な笑みだと思った。

「なに笑ってんのよ」

 そうして二人で笑いあった。その日は本当に楽しかった。本当に色んな話をした。過去の話が主な内容だったかな。例えるなら嵐の前の静けさのような、穏やかな日々だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ