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EP23『夢』

 23『夢』


 意識が戻ったころには、深い暗闇の中にいた。僕の心はあり得ない程冷たかった。人を騙すとき、噓をつくとき。そんなときに感じる、冷たさだった。

「それがどうした」

 僕のことを特別だと思ってくれていた、友人に吐いた一言だ。そこに感情なんてものは無かった。合理的な判断に基づく最低限度のセリフ。

 これが間違った判断だとは微塵も思わない。だが、彼女の背中はとても悲しそうだった。

 今思えば、僕が叛逆を始めた理由はなんだったのか。

 友人に殴られたから? みんなが「したい」と言ったから?

 どれも釈然としない。僕らは確かに、空の青色も、季節の匂いだって知らない。外の世界を知りたいという気持ちは、あの”授業”を受けてから高まった気がする。しかし、やはりどれも釈然としない。未完成のパズルのみたいに、ピースが欠けていた。

 改めて叛逆や脱獄は違法行為だ。本当なら今頃、処刑されているだろう。先生たちに迷惑をかけ、友人を危険な目に曝す。こんなことはもう、辞めにしてもいいのかもしれない。

 沙華殊夜先生が作った新たな秩序は、合理的なものに思えてしまう。理論を振りかざし、叛逆を試みた僕にとって感情は邪魔なものでしかなかった。だからいつも、自身の感情はノイズになると考え作戦を立案していた。

 この秩序は、感情を切り離し、脱獄しようという思想そのものを排除するために考えられたのだろう。それが偶然にも僕の考えと一致した。

 ――やはり、こんなことはもう、辞めてしまってもいいのではないか。

 そう思った時だ、彼女の声が頭に鳴り響いた。

 ――私にも、夢があるの。

 その時、欠けていたパズルのピースが埋まった気がした。

 ――お花を見たいの。

 たったそれだけの、女の子らしい小さな願い。僕と少し似ている気がした。

 未来の感情が消えたとき、胸が苦しくなった。あの思いを味わうくらいなら、いっそのことその秩序に呑まれてしまいたかった。感情を失くせば、解放されると思ったんだ。これ以上、未来に否定されないためなら、沙華殊夜先生の誘いに乗ってもいい。そう思った時点で、僕の完敗だ。僕たちは抵抗する間もなく瓦解してしまった。

 たとえ、未来が完全に僕を「他人」として見る日が来たとしても、この秩序は僕が崩壊させなければならない。

 気が付けば僕の意識は、暗闇から這い上がっていた。

 今、僕に出来ることを、全力で遂行しろ。自分にそう命令した。

 

 ***


 私の放ったカースは、殊夜先生に当たる寸前で霧散した。ふふふと意味深な笑みを浮かべている。

「念の為、”呪封石”をアスター看守長からもらっておいてよかった」

 見覚えのある青い宝石をあしらったブレスレットを優しく撫でている。

「それは……」

 恐らく、宝石の正体はアイオライトだ。カースを完全に停止させる特殊な効果が編み込まれている。

「やっぱり私ひとりじゃどうにも……」

 崩れそうになった瞬間、私の耳に飛び込んだのは、大好きな人の声だった。

「諦めるな、未来!」

「零……ちゃん」

 沙華 殊夜は小さく舌打ちをした。

「あなたまで……私の秩序を否定するのですね。人一倍、合理的なあなたなら、わかってくれると思っていたのに」

「気が付いたんですよ。人間の感情というものが、合理性を上回る唯一の武器だということに」

 彼の言葉は頼もしかった。作戦を聞いていないのに、何とかなる気がする。

「それは残念ですね。ですが、あなたたちにはもう、何もできませんよ。カースが使えないあなた方なんて、微塵も怖くないですから」

「俺はもともとカースを持っていない。そもそも、カースを使うだなんて一言も言っていません」

「ほう? ならばどうするのです? 劣弱の天才さん」

「こちらには頼れる魔法使いがいるのでね」

 ――まさかカルネ? しかしあいつは、私が更迭したはずだ。

「服従魔法【ハートチェーン】」

 シャンティの姿を見るや否や、殊夜は後方に飛んだ。それと同時に、零は未来を庇うように抱きかかえた。

「いつの間に寝返っていたのですか、トリネコ看守」

「あんたみたいなぽっと出の看守に言われる筋合いはないわ」

 それに続き、足音が二つ聞こえてきた。

「篝看守やトリネコ看守の処遇に関しては、後々話すとして、今は君に鉄槌を下すことを重要視する。それが看守長である私の意向だ」

 アスター看守長に続き、篝もやってきた。

「脱獄対策に呼ばれたのはわかるが、少しやりすぎていると思います。沙華看守」

「篝看守、君もか……この監獄はつくづく腐っているな。やはり私が整えなければ」

 そういうと殊夜は、扇子を取り出した。

「私の魔法は秩序を正す魔法【メモリーエラー】ともう一つある。何だかわかるか? 天才ッ!!」

 扇子を開き、一振り。するとお札のようなものが高速で零に向かってきた。未来ですらその速度に反応できない程だった。

「鉄扇か!?」

「彼を守る砦と成れ【トランス】」

 アスター看守長がそう唱えると、零の地面が盛り上り、鉄の壁ができた。

「看守長……」

「天才よ。こちらにも事情がある。今、君に死なれてもらったら困るんだ。それがカルネへの精一杯の謝罪だ」

「申し訳ないのですが看守長、今の僕に策はありません。少し時間が欲しい」

「いいや、お前にはやることがあるだろう。手数を増やせ、黒宮 星を呼んで来い」

 看守長にそう言われ、零はハッとして行動に出る。

「看守長、シャンティを借ります。ついて来てください」

 そういうと零とシャンティは廊下へ走り出した。

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