25/39
5章『秩序を歪める裁定者』
『余白埋めの物語5』
あの日から、世界の音が薄くなった。
通り過ぎる人々の足音も、笑い声も、どこか遠くで響いているだけのようで、心に届かない。
置き去りにされた空間に、影だけが長く伸びている。
手を伸ばしても、指先には何も触れない。
あの人がここにいた痕跡は、光の反射や風の匂いの中にかすかに残るだけだ。
声を呼び戻そうとしても、声は風に溶け、形はもうどこにもない。
夜の窓辺で月を見上げると、冷たく澄んだ光がすべてを映している。
笑った顔も、触れた手も、遠くの星の一粒になってしまったようで、胸の奥がひりつく。
それでも、歩く足は止まらない。
振り返っても、そこにはもう、誰もいない。




