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EP13『天才ギャンブラー』

13『天才ギャンブラー』


 相次ぐ看守への反撃や脱獄未遂によって、東京都部セタガヤ支部の監獄は、シブヤにある本部から戒厳令を敷かれていた。

「好きにさせておいていいのですか、アスター看守長」

 堅物のバトロ主任看守は、一刻も早く叛逆者を捕まえたいそうだ。

「本部からの勅命が来るとはな……システム成立以来、異例の出来事だそうだ」

「だったら、余計に放置するわけには行かないでしょう」

「うむ。それもそうだな」

 その発言から、アスター看守長には自分なりの考えがあるということをバトロは悟った。それ以上は何も、言えなかった。

 そしてその頃、ヒサメと篝の二人は教室で目を覚ました。

「お兄ちゃん! 大丈夫!?」

「ああ、ヒサメこそ平気か?」

「うん、私は大丈夫」

 そういうとヒサメはまさにゴミを見るかのような目で周りを見渡した。

「悪いんだけど、あんたら兄妹、もうすこしそのままで」

 玲奈が冷静な口ぶりでそう言った。

「なら、1つ聞かせてもらえるかな」

 篝も舐められないようにと睨み付けた。

「構わない」

 星が口を挟む。自分が一番、零の作戦を理解しているという自負故の発言だった。

「なんで僕達は拘束されていないんだ?」

 誰かを守ろうとする、力強い声色だった。

「うちらのリーダーの計らいなの」

 凪紗が自信ありげに語った。

「そうか……灯火零、か」

 ”計らい”という言葉に引っかかりつつも、篝は己の状況を飲み込むしかなかった。

「じゃあ、今から僕の言うことに従ってくれ」

 急に虚空から声が聞こえ、兄妹は驚いた。

「ここだよ」

「お前は!?  空野透司……たしかカースは透明化だったな」

「ご名答。僕が今から透明化してあなたを監視します。そうしたら、零のいる独房へ向かってください。そうしたら、看守長に出会うはずです」

「看守長に?」

「はい。あとは看守長に任せろ、と零の作戦ノートに記されていました」

「……わかった」

「お兄ちゃん!? あんなゴミの言うことなんて聞かなくていいから」

「ヒサメ」

 とても、優しい声だった。

「大丈夫だよ」

「うん……じゃあ」

「待って。さよならのセリフは言わないでくれ」

 二度と会えなくなってしまうような気がしたから。

「それでは」

 そういうと透司は虚空へと吸い込まれていった。

 廊下を歩いて少しのところに、アスター看守長がいた。

「お疲れ様です」

 篝は深々と頭を下げた。それをアスター看守長は鋭い眼光で睨み付けた。

「篝看守、すまないが……」

 

 ***


「そろそろ、かな」

 独房にいる零は余裕そうに腕をまくり、存在しない腕時計に目を向ける。

 バトロ看守に連れられ、篝が零の正面の独房に入っていった。思わず零は笑みを溢した。

 バトロ看守が去った途端、篝は零を睨み付けた。当然、零はその視線に気がついていた。

「何か言いたげですね。篝看守さん」

「お前……」

「単刀直入に申し上げます」

「なんだ」

「自分たちに協力しなければ妹を殺す」

 零と篝の視線が熱くぶつかり合った。

「それじゃあまず、僕の推理を聞いてもらいませんか」

「推理?」

「どうせこんなとこにいても退屈ですし、ずっと考えてたんです」

 篝は無言で零の様子を窺っている。

「この監獄の抱えるシステムの欠陥について、考えたことはありますか?」

「システムの欠陥?」

「まずは自分の頭で、考えてみるべきです」

 零はそう言って目を瞑ってしまった。篝は考えを巡らせ始めた。

「ヒントは、俺たちが卒業後どこに行くかだ」

「君たちは卒業できない。ずっとここに閉じ込められるんだ」

「それは噓だ!」

 零の思わぬ剣幕に、篝は若干怯んだ。

「じゃあなんで、この監獄には三クラスしかないんだ?」

「……別の監獄に行ってるんだ」

「お前はさっき、”ずっとここに閉じ込められる”と断言した」

 篝は黙り込んでしまった。

「看守、向いていないな」

「なんだと」

「妹を甘やかしすぎるからだよ。噓が分かりやすすぎる」

「こいつ……覚えてろよ」

「忘れないさ。君とはどうせ一緒に行動することになるからな」

「どういう意味だ」

「君は妹に甘すぎる。だから自分の立場すら守れない」

 篝は再び黙り込んでしまった。この先の未来を大方察したのだろう。

「1つ、約束してくれ」

 弱々しい声になってきた。零は黙って篝を見つめている。

「ヒサメに危ないことはさせないでくれ」

「それは君次第だよ、篝看守」

「僕次第、か」

 篝はその言葉を、じっくりと嚙み締めた。

 二人の間に静寂が訪れると、近づいてくる足音に気が付いた。

「やっほー! 君が噂の天才くんかぁ」

 ――聞き覚えのある声だ。

「っ!?君は確か、シド看守……」

「あら?私のこと知ってるのかしら? 篝看守」

 トリネコ主任看守のように、語尾にハートマークがついてるみたいだ。

「バトロ主任看守に聞いたんだ」

 顔を見て数秒後、零はハッとした。

「ああ、思い出した。あの時のガキか」

 この監獄では、一年に数回ほどゲーム大会と称して看守と囚人生徒が交流を深める習慣がある。零はその大会でポーカーや将棋、チェス、神経衰弱やババ抜きなど、全てのゲームで”天才ギャンブラー”と自称したシドに全勝。”劣弱の天才”という二つ名に拍車をかけた出来事だった。

「ガキじゃねーし! 囚人のくせに生意気な」

「なるほど、俺の挑発に言い返せないってことは、少なくとも俺より年下ってことだな」

「クソ……この」

 相変わらずだな、と篝は呆れていた。

「いやーそれにしてもあの時のトランプやボドゲ中々に楽しかった。そうでしょう、”天才ギャンブラー”」

「……私がゲームで負けるはずないもん。絶対イカサマした」

「良ければ、またポーカーします?」

「望むところよ!」

「どうせ僕の圧勝ですけどね」

「次のゲーム大会では負けないもん」

「ちなみに、次なんてないですよ」

「……え?」

 シドは悲しそうな顔を浮かべた。

「お詫びと言ってはなんですが、シド看守。僕とギャンブルしませんか?」

 すると、シドの目つきが鋭くなった。

「そんな檻の中から何を?」

「僕はこの機関から脱獄します」

 シドは虚を衝かれたみたいに目を丸くした。

「そのかわり、この檻を開けてください。勿論、篝看守の檻も」

「な!?」

 シドより先に篝が驚いた。

「へぇー……面白いじゃない。乗った。でもその賭けに私が勝っても得がないわ」

 予想通りと言わんばかりに零は微笑んだ。

「俺が行ったイカサマについて教えてやる」

 シドの目が子供みたいに明るくなった。

「最高ねあんた」

「俺の読み筋が正しいのなら、この檻の鍵は篝看守が持っている。違うか?」

「……ああ、そうだ。鍵を持っても外からしか開けられないから、下手なとこに置いて盗まれるより捕まっている僕が一番安全だと考えたんだろう」

「それは恐らく違うな」

 独り言のように呟く。

「これは勘なのだが、鍵はすべて看守長が管理している。今回も、絶対に安全な隠し場所に置いておけばよかったはずだ」

「確かにそれはそうだが、そんな場所いったいどこに……」

「それはまだわからないが、きっと看守長の魔法が判明するころにはわかるさ。問題は、何故わざわざ篝に鍵を預けたか、だ」

 待って、とシドが制す。

「天才君は最初から脱獄する算段があって檻に入ったわけでしょ?なら、篝がここに収容されると知らなきゃそもそも出れないはずよね」

「ああ、そんなことか。シド看守が来たのは偶然だが、そもそも俺は別のやつに檻からでる補助を頼んだ」

「そいつが篝看守の場所知ってるとは限らないと思うけど」

「ああ、まあそうか。結論から言うと、篝がこの独房に収容されるよう仕向けたのは俺だ」

 零に引いているのか理解が追いつかないのか、看守二人は呆然としている。

「まあ、流石天才と言ったところね。出してあげるから篝看守、鍵ちょうだい」

 篝は半分ヤケで鍵を格子の隙間から投げた。

「それじゃあシドと篝、ついてきてくれ」

「呼び捨てなのね」

「もう君たちは仲間だからな」

 シドも篝も、聞き慣れないその言葉がうまく頭に入ってこなかった。

 

 14『集いし叛逆生』


 星は、教室の扉の向こう側にいる人影を見逃さなかった。案の定、その人物はすぐに捕らえられた。

「あの、すいません私零さんの指示で……えっとその……」

「あ!瑠璃ちゃん!!」

 ――C組の生徒か。

「零ちゃんの指示ってどういうこと?」

 未来が膝を折り、優しく尋ねる。

「騒ぎが起きた教室に叛逆生がいるって聞いて、私も入れてくれないかなって」

「フルネームは?」

「小鳥遊瑠璃です」

「君は零とどのような経緯で接触したんだ?」

 星は一層強い疑いの目で睨んだ。

「ちょっと前に、作戦要項みたいなのが端末に送られてきたの」

 ――端末?

 ふと星の頭に、零のセリフがフラッシュバックした。

『C組にもそういうやつがいる。小鳥遊とか言ったか……』

「お前、スパイか!?」

「そうなんだけど違うんです! 零君に聞けばわかると思います……スパイのスパイ、みたいな……」

 その場の全員が固まった。つまりそれは、二重スパイということだ。

「見かけによらず豪胆なのね」

 背丈は小柄な玲奈と同じくらいだが、瑠璃のほうが華奢で幼くみえる。

「なるほど、君が零と接触したんじゃなく、零から先に接触したわけだな」

「はい、そうです」

「なんで看守を裏切る真似なんか」

 軽率に言うと、瑠璃は俯いて話しだした。

「スパイって思ってるより辛いんです。一緒に過ごした仲間を裏切ることを強要されて、本当はやりたくないのに」

 未来が途端に閃いた。

「もしかして瑠璃ちゃんのカースって、盗聴とか?」

「はい、カースは【諜報】です」

「やっぱり! スパイは全員、情報を流したりできるカースってことだ。そういう生徒には裏切りを強要させてるのかも」

「そういえばうちのクラスのスパイ、叢雲魁斗も【伝播】だったか」

「みんな!気を付けて!」

 廊下から近づく気配を察知すると、凪咲が警告した。

「うまくやったようだな。叛逆生の諸君」

「零ちゃん!」

 未来が駆け寄ったと同時に篝が駆けだした。

「ヒサメ!」

「未来、凍結を解除してくれ。言ったとおりに、氷の内部は暖かい状態なんだよな」

「簡単に言ってるけど、めちゃくちゃ魔法の調整難しいんだよ?」

「わかっている。お疲れ様」

 ――零ちゃんったらまた他の女の子連れてきちゃって……。

 未来は顔を背けながらヒサメを覆う氷を溶かしていった。氷は、物理現象では説明できない溶け方をした。それはもはや溶けたというよりも消失したという感じだった。

「お兄ちゃん……と、ゴミ共?」

「ヒサメ、落ち着いて聞いてくれ」

 篝はなだめるような顔と声でそういう。

「ああ、なるほど。あのギャンカスゴミ看守と一緒に監獄を裏切るのね了解。それじゃあここからはゴミに従えばいいわけね把握」

「うん、理解力高すぎだねヒサメ」

「役者はこれでほぼ揃ったな」

「ほぼ?」

「ああ、まだ3人ほど欲しい”駒”がいてな」

「人のこと駒って呼ぶな」

「悪い。あと、シドに関しては当初の予定になかったからな、裏切られたら詰みだな」

「おい、噓だろ」

「当初の予定になかったってことは、そんな使える魔法じゃないってことだ」

「随分と言ってくれるわね……」

 チャームポイントであるボブ髪を撫でながら呟く。

「じゃあ折角だし、みんなのカースとか魔法を確認しておこうよ」

「俺は全員知っているが、構わない」

 零は興味なさげに欠伸をした。

「じゃあ俺から」

 星は立ち上がって見回した。

「僕は黒宮 星。カースは【幻影】と【感情】で、看守は知ってると思うけど2個持ちです。多分零から奪いました」

「そんな欠陥品いらないわ」

「こいつ……【感情】の方には弱点があってね、喜怒哀楽を1週間以内に全部発散しないといけないんだよね。僕はもともとあんまり怒らないタイプだけど、怒りの感情も当然放出しなきゃだから、零によくぶちまけてる」

「零ちゃん不憫ー」

 ――未来、棒読みにもほどがあるだろ。

 じっと零は未来を見つめた。しかし未来はぷいっと顔を逸らした。

「まぁ零は僕なんかよりもよっぽど感情の制御が効くしな。大したものだよカースもなしに」

「ふん」

 零の異名は、ここにいる誰もが知っている。

「さて、どうしようかな、これから」

「え? どうしよかなって、作戦あるんじゃ?」

「まぁそうなんだが、最大の問題があってな」

 全員が零に注意を向けた。

「監獄のカギの在り処が、わからないんだ。元看守のあなた方の方が存じてるかと思うのだが」

「私たち、ここに寝泊まりしてるからわからないわよ」

「そうか、ここは風呂も食料も部屋もあるもんな」

 零は目を閉じて、顎に手を当てて俯いた。

「目星はついているのか」

 ――篝のやつ、妙に乗り気なんだな。

「君たちが知らないとなると、看守長だろうな」

「まあ、そうでしょうね」

 玲奈が当然だという顔で呟いた。零はしっかりとそれを捉えた。

「丁度いい、玲奈さんのカース、実際に見せてくれませんか?」

「あら、いいわよ。こんな感じ」

 そういうと玲奈はその場からパッと消えてしまった。すると彼女の居た場所から火花が散った。青白い稲妻のようなものが走り、その先には玲奈が立っていた。

「私のカースは【電撃】よ。移動距離は最大十メートル。ただし、私の体が向いている方向にしか移動できないわ」

 一同が感嘆の声を上げている。

「便利そうですね。色々応用が利きそうで」

 異能を持たない零にとっては、知ろうにも知れない話だ。

「ところで、黒影凪紗さん、あなたのカースは?」

「やっと聞いてくれたわね。私のカースは【格納】よ」

 そういうと凪紗の周囲の地面に黒い墨で描かれたような円ができた。そこから凪紗は、自身のカバンを取り出した。

「こんな感じで、墨の中が異世界みたいになって、いろいろ物を仕舞えるわ。私が触れないと取り出せないけどね。あと、墨の上に乗せたものは、私が触れるまで動かすことができない。正直役立ったことはないけど」

 「そうか……。いいカースだと思うけどな。おっと、もうこんな時間か。残りのカースはあとで聞こうかな」

 そういうと零は立ち上がった。

「叛逆生、聞いてくれ」

 零はパンパンと2回手を叩く。

「これより、トリネコ看守捕獲計画の概要を説明する」

 みんなが一斉に零の方を見る。

「肝心の計画なんだが、少し考えさせてくれ」

「珍しいね」

「恐らくだが、トリネコの魔法には弱点はある」

 刹那の静寂の中、ゆっくりと目を開けた。

「連続使用ができないということだ」

「根拠は?」

「俺が星と未来を突き飛ばしてトリネコの魔法を受けたとき、なぜ彼女はもう一度接近して魔法を発動しなかったのか。しなかったんじゃない、できなかったんだよ」

「できなかった?」

「恐らく、魔法には階級のようなものがあるんだろう。そして、彼女の【服従】の魔法は強力な部類だ。ならば、それなりに制限があるのではないか」

「確かにその仮説が正しければ、連続使用できないってことになるか」

「だが問題は、それが分かったところで、対処が難しい。俺が魔法に掛かった際、不意打ちとはいえ星を気絶させるほどの身体能力を得たんだ。だから連続使用ができないとしても、誰かを身代わりにしたりするのは危険すぎる」

 理由はどうあれ、零は仲間を傷付けたくないのだろうと未来は思った。むしろそっちが、本当の目的なのかもしれない。

「でも、じゃあどうするの?」

「実際に凪紗さんと透司くんのカースを見て、ある作戦を用意しようと考えていたところだ」

「……え?俺(私)?」

「さっきは言わなかったが、透司くんのカースは【透過】だったな」

「え、ああ」

「ならば、服も透明化できるか?」

「俺が身に纏っているものは、全部透明化できるぜ!」

「じゃあ仮に、君を拘束したとして、その拘束具も透明化できるんだな」

「……は?」

「いやしかし……これは作戦としてあまりにスマートじゃないな」

 零が周りに聞こえるか聞こえないくらいの声量でボソッとボヤいた。

「もし俺が他の作戦を思いつかなかったら、すまないが空野透司。君を少し不憫な扱いをさせてほしい」

 本人は困惑していたが、C組の女子二人がそれを了承した。

「それと篝看守、すまないが手錠をかそてくれないか?」

 しばらくの沈黙の後、妹の顔を思い出しこう答える。

「……わかった」

 

 ***


 ――結局、トリネコの対策はそれ以外に思いつかなかったな。

 生徒にとっての家とは、すなわち独房である。過去のカース人、いや、”日本人”であったころの歴史をよく知っている僕からすれば、非常に胸糞悪い話だ。

 とはいえ実は、ここでは独房とは名ばかりの”普通”の寮だ。

 ここは昔、東京都世田谷区などと呼ばれていた。よって僕たちの住むこの監獄は【監獄教育機関セタガヤ支部】と呼ばれているそうだ。つまり、外の世界では”普通の暮らし”が行われているということだ。でもなければそのように名前分けする必要はない。全て統一してもなんら不自由はない。僕たちが食べている食材やなにかを取り寄せる際に、区分けされていないと面倒だからというのもありそうだが。

 あくまでここでは、”普通”の寮だ。しかも一人につき一部屋与えられる。他の監獄では恐らく、もっと非人道的な扱いを受けている場合もある。本来僕たちは、叛逆を企てないように、外の世界についての疑問すら持たれないような教育を施されるんだ。赤子のころから育てられるのだから、洗脳する機会など幾らでもあるからな。カルネ先生がいかに異端であったかが伺える。

 零は湯船に浸かりながら漠然と、そんなことを考えていた。他の監獄では、こんな風に暖かい湯船に浸かれる機会なんて、ないのかもしれない。

 ――そろそろ出るか。

 トリネコのことなどあれこれ考えていたら逆上せてしまった。

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