沖田総司と土方歳三の静かな一夜の邂逅
千駄ヶ谷、植木屋の離れ。
湿った夜風が、雨戸の隙間から春の終わりを告げる匂いを運んでくる。
絶え間なく続く咳の合間に、
沖田総司はふと、人の気配を感じて目を開けた。
「……また、夢ですか」
枕元に、黒い装束の男が座っている。
洋装に身を包み、腰には愛刀・和泉守兼定。
かつての「鬼の副長」そのものの姿だ。
「夢にしちゃあ、面構えが悪すぎますよ。土方さん」
土方は答えず、懐から紙包みを取り出すと、
沖田の枕元に無造作に置いた。
「金平糖だ。お前の好きな、安物だがな」
「……本物だ」
沖田が細い指で包みに触れる。
カサリ、と乾いた音がした。
「宇都宮へ向かうと聞きました。
こんなところで油断してていいんですか?
新政府の刺客がいるかもしれないですよ」
「抜かせ。これまで、どんだけ死線をくぐり抜けてきたと思ってる。
殺気を放つやつがいたら、すぐに気づくさ」
土方は不敵に笑い、行灯の火を見つめた。
その横顔には、戦火を潜り抜けてきた男特有の、
深く鋭い影が落ちている。
「総司」
「はい」
「……長生きしろ、とは言わねえ。
だが、勝手に死ぬな」
唐突な言葉に、沖田は一瞬だけ目を見開いた。
「死ぬのは勝手でしょう。僕の命なんですから」
「いいや、お前の命は試衛館で俺が預かった。
返すまでは、俺の所有物だ」
沖田は静かに目を閉じた後、部屋の外に目を向ける。
「相変わらずですね、土方さんは」
土方は奥に置かれている刀を一瞥した後、
沖田の傍らに寄り添うように座る。
「試衛館の頃を、覚えてるか?
お前がいつも、俺の稽古を邪魔してくるんだよな。
『土方さん、もっと優しく教えてよ』って、
甘えた声で言ってきて」
沖田がくすりと笑う。
咳き込みながらも、目を細めて懐かしむ。
「土方さんが厳しすぎるんですよ。
でも、あの頃は楽しかった。
近藤さんたちと、毎日剣を振って、馬鹿みたいに笑って……」
「そうだな。お前はいつも、俺の弱点を突いてくる。
あの剣の冴えは、ある時期から一気に伸びたよな。
総司、俺はお前がいればと思うときもあるぜ」
土方の声に、珍しい優しさが混じる。
沖田の頰が、わずかに赤らむ。
「土方さん、そんなこと言うなんて珍しいですね。
『鬼の副長』らしくないですよ」
「ふん、今日は特別だ。お前に会うのも…
久しぶりだからな」
土方は立ち上がり、背を向ける。
その背中が、以前よりもずっと遠く、大きく見えた。
「俺はこれから、宇都宮へ行く。
これから戦場は北になるかもしれん。
近藤さんの……局長の遺志を、俺たちの誠を、
最後まで叩きつけてくる」
「北ですか……」
沖田は何かを言おうとしたが、こみ上げる咳に阻まれた。
激しく肩を揺らす沖田の背を、
土方が大きな手で一度だけ、強く叩く。
「待っているぞ。お前とは、長い付き合いだしな」
「土方さん……」
「あばよ総司。次に会うときは…戦場でな」
窓を叩く雨音にかき消されるほど、小さな声だった。
土方の姿は、かき消えるように闇へと溶けていった。
後に残されたのは、甘い金平糖の包みと、
畳に残った雨滴の跡。
沖田は、金平糖を一粒口に放り込み、天井を見上げた。
「……嘘つき。
戦場でなんて、もう会えないことくらい、知っているくせに」
金平糖は、喉が痛くなるほど甘く。
そして、優しく涙の混じった味がした。




