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#42 恋愛ホットライン

『――それで、どう?進捗の方は』


 私の脳内に魔王様の声が展開される。

 連絡魔法(テレパス)による定期的な現状共有だ。


獣形遁法(ビースト・アーツ)の習得は順調です。身体づくりと森羅万世流フォレスティアン・アーツの修行を先行したのが、功を奏したといった所ですかね」


『――あー、まあリナもアンナも、教育方針はスパルタだしねぇ。ノアはあれで割と理論派だし、先に根性がついた状態で修業に望めば、スムーズにいくよね』


 このあたりは、獣形遁法(ビースト・アーツ)について、多様な身体構造を持つ「獣の民(ビースト)」の特性に合わせた個別の指導方針を策定することにも慣れたノアらしい。

 個々人の特性に合わせた最適解を出すのが得意なのよね、あの子。


「こちらの影魔法も基本的な疑似筋肉の再現は完了しました。武具の再現は数日中に実践級に至りそうです。……【逆吊巧者(ハングド・マスター)】の教育効果、まったく恐るべしですね」


『――採用をためらってたリナが先陣切ってくれたから、先行事例も出来てスムーズにいくようになったねぇ。あの子たちも仲良くなってくれて良かったよ。うんうん』


「……ともあれ、現在は王立魔導研究所にて、魔導アクチュエーター研究室の室長のクリムの主導の元、家用機器開発室の室長であるアオーニをヘルプに加えて、アーマー構築を補助する装置(デバイス)の開発中です。これについても――」



   * * *



 魔王様に「黒曜計画」プロジェクト・オブシディアンの進行状況の共有を終え、私は岩肌をつかみ登るノアとカイトを見る。

 追い付かれるたび、ひょいひょいと岩肌を跳び登っては、カイトを見下ろして「がんばれ♡がんばれ♡」と煽るノア。


 ……あんまり意地悪してると嫌われるわよ?




『――それでさ、キミたちの方はさ、どうなの?』


「……どう、とは?進捗は今述べた通りですが……」


『――またまた、すっとぼけちゃってぇ。カイトとの関係に決まってるでしょ?ノアとエミリア、両手に花でタジタジしてるんじゃないの?』


「…………」


 ああ、また始まったわ……。

 城に閉じこもっているからか、本当下世話な話が好きねぇ、この方は。


「……真面目に修行中ですよ。そんな浮わついた話なんて、何もありませんよ」


『――えっ?』


「ノアに女癖をからかわれて、タジタジはしてましたけどね」







『――はぁ~~~~~~~~っ……』


 ……随分と長いため息だ。

 肺の空気をすべて吐き出したのではないだろうか。


『――本当さぁ、真面目にやってくれないかなぁ……』


「よもや、こんな話題で『真面目に』なんて言葉を聞くとは……」


『――真面目も真面目、最初から大真面目だよ。前も言った通り、私はキミたちのどっちか……あるいは「両方」をカイトとくっつけたいの。政治と友誼の両面からね』


「『両方』って……」


『――それをさぁ、「気になる子に意地悪しちゃった」とか、「いっしょに真面目に修行しました」とか……学問所の子供の恋愛じゃないんだよ?』


「いや、そもそも私は、その件について承諾したわけでは……」


『――――――』




 連絡魔法(テレパス)を通じて沈黙が走る。




『――わかった、じゃあキミたちは抜きで、リナを尖兵にしよう』


「えっ」


『――あの子は、カイトよりも年下の若い子だし、森人(エルフ)……長命種だからね。結婚の心配はしてなかったし、正直、私からどうこうするつもりもなかったんだけどね』


「……し、しかし、あの子に関しては、私たち以上に、本件に気乗りしないんじゃないですか?」


 私の言葉を受けて、脳内に「ふうっ」というため息が聞こえた。


『――ハッキリ言うけどね、あの子は既にね、カイトに恋しちゃってるよ。真っすぐにね』


「!」


「王城で合流して成果報告を聞いてたんだけどさ、口を開けば信じられないくらいカイトを褒めるの。剣術だけじゃなく、彼の人格まで、自慢げな表情でね。「走馬の明」による過去の共有、弟弟子を通した疑似家族関係、共同任務……そういう積み重ねを通して、関係を深めた結果だろうね』


「いや、まさか……あの、硬派一直線の、武芸師範のリナですよ?単に師弟の絆とかの話ではないんですか?」


『……キミはそう思いたいのかもしれないけど、私にはそうは見えなかったね。むしろ、立場に縛られて表に出せなかった「純真な乙女心」を引き出せたのが、彼なんじゃないの。まだリナも若いんだから、これからずっと価値観が変わらないなんて方が不自然でしょ』


「…………」


 ……半ば冗談で「あの男はリナも落としに行くんじゃ」とは思ってたけれど、まさか本当に、あの人間嫌いのリナが、彼に恋愛感情を?



 ………………



 ……いや、一度「そう」と考えると、心当たりが多すぎる。

 あの男は、エリスを心酔させ、ノアを骨抜きにし、サフィの初恋をかっさらっていった、天性の女(たら)しだ……。


 その、私だって、大分、心をかき乱されているわけだし……。




『――正直なところ、ねぇ』


 困惑する私を現実に引き戻すように、魔王様の連絡魔法(テレパス)の声が、私の脳内に入り込む。


『リナとカイトは、当初の険悪な空気さえなくなってくれれば、それで十分かな、って思ってたんだよね。でも、既に二人は気の置けない関係だよ。なんなら、ジャンヴォルンすらも、うっすらふたりを応援してる節を感じる」


「え、ええ……?」


 グルドンド候の遺児の、あの猪妖魔(オーク)の子が?

 流石にそれは、魔王様のひいき目では……?


「だから、彼女は『恋をすること』に後ろめたさは持たないだろうね。リナからは既に、エリスに対抗できる「熱」を感じるよ。……というか実際、王城で彼とエリスの関係を聞かれることもあったし。恋愛に「よーいスタート」なんてないってこと、あの子は既に理解してるの。もう、自分で歩みを進めてる』


「…………」


『――私としてはね、前にも言った通り、キミたちの結婚を支援したいと思ってたんだよ。でも、当のキミたちがやる気がないなら、私からの支援はもうしない。その分のリソースをリナに回して、全面的にバックアップすることにするよ』


「そ、それは……」


『――土俵に上らない子に、いつまでも手は差し伸べられません。他の子に取られるのがイヤなら、変に大人ぶってないで、真面目にやりなさい』


「…………」


 い、いや……それは、ね?

 身近にいる異性や、対等な関係にある同僚が、恋とか結婚とか、そういう浮いた話が湧くと、私だって、その、まあ、焦るわよ?


 でも、だからってね?

 人間領域の感覚で言えば、私ってもう「おばさん」じゃない。

 実際、ジャンヴォルンの母親だって、私の歳より若いぐらいだし、あの子が母親のことを「ババア」って呼ぶ度、ちょっとグサグサと刺さったわよ。


 それを、あの子の同門で歳の近い子と、恋愛だの、結婚だの、やっぱり、おかしいってば……。

 リナやエリスは若いからいいけど、私は明らかに、不釣り合いでしょ。


 第一、青魔族(ブルーデーモン)の青肌や、血液の色って、人間(ヒューマン)からすれば、嫌悪感の対象でしょ?

 その気の無い相手に熱を上げたって、どうしようもないでしょ……。




 私は、ノアと鍛錬をするカイトに視線をやった。

 彼は岩肌を登り切って、ノアから手渡された水筒で水を飲んでいる。


 そして、ふと私に気付いたように視線を合わせ、「やったぜ」と言わんばかりに親指を立てて微笑んだ。


「…………ッ!」


 私は、顔が熱くなり、思わず目を逸らした。

 魔王様が、変なことを意識させるから……


 …………


 ……いや、いやいや、ナシ!ナシだってば!

 あんな、無邪気に笑ってる子供みたいな子に、年甲斐もなく近づいて、その、どうこうしようなんて、やっぱり……




『――エミリア』


「はっ、はいっ!?」


『――連絡魔法(テレパス)、繋がったままだよ』




「……あっ」


 顔が、どうしようもなく熱くなった。


「……まあ、好き好んで見捨てたいわけじゃないからさ、気持ちが定まったら相談しなさい」


「…………」




 ……まったく、業務妨害もいいところよ。

 彼は、これから協力して敵と戦っていく仲間になるのに、色恋を持ち込んで変に距離感が生まれたら、本末転倒じゃない。


 …………


 …………


 ……まあ、あれよね。


 変に意識することはないけれど、その、変に避けて気まずくならないように、仲間として親睦を深めることは……考えなきゃよね。

 明日は、魔導研究所でアーマーの調整のためのデータ収集に時間を使う予定だし、まあ、食事ぐらいは誘ってみてもいいかしら。


 全知剣界で打ち合ったリナと違って、私も彼の異世界での暮らしとかは、そう詳しくないわけだし、色々聞けて面白いかもね。




 …………


 ……うん、明日。

 明日になったら、考えましょ。




   * * *




「はぁーっ。まったく、あの子たちはさぁ……」


 ため息をつく私の横でエリスが、テーブルの向かいではリナが、連絡魔法(テレパス)の通信を終えた私の顔を、心配げに覗き込んでいた。


「……何か、問題があったのですか?」


 ……リナとエリス、この子たちの心配の対象はカイトだな。

 私としては、心配なのはエミリアとノアの方なんだよ……。


 ……別に、私としてはカイト以外にいい人見つけて結婚するでもいいんだけどさぁ。この歳でこの消極性じゃ、本当、いつまで経っても相手見つかんないよ。

 四天王の立場を世襲させるつもりはないにせよ、結婚願望や男性への関心はあって、興味を持ってる相手との交流のお膳立てもしてるのに、いつまでもウジウジとさぁ……。




「……どうせ、あの野郎が他の四天王もタラし込んで、はっきりしねェ態度取ってたってあたりじゃねェっすかね」


「なっ……」


「そんで、相手をその気にして、てめェも溜まってんのに、誘われ待ちみてェにウジウジしてるんスよ。典型的な童貞野郎っスね。アイツは」


 おお、ジャンヴォルンは辛辣な評だ。

 ……だが、なるほど。お互いその気になっても、変に身持ちが堅いから、遠慮して関係が進展しない、か。


「ゆ……勇者様は、その場の欲に流されない、高潔な方ですっ!」


 エリスが声を荒げ、ジャンヴォルンは鼻で笑って見せる。

 ……彼女も、若干カイトを美化してはいるしね。同性のジャンヴォルンしか知らない面もあるだろう。


 ……思えば、両思いにも近いエリスも、彼と半年旅をして「そういう関係」になってないんだから、単純に状況を準備するだけじゃ不足かもなぁ。


 対するリナは……あっ、目が泳いでる。自分ごととして心当たりあるんだな。きっと、この子も「関係が進展しなかった」側だ。

 さっきの話も、エミリアを焚きつけるために、リナの本気度を若干盛った部分はある。彼を好きなのは明白だけど、エリスと対等というには……今一歩かな。


 ……というか、多分リナ、彼のエリスへの気持ちを「全知剣界」で読み取ってるから、遠慮してる部分もありそう。二人の関係を聞いてくる時も、割と不安げだったし。


 ……うーん、キミらは不利な状況から巻き返す側なんだからさぁ、もっとガツガツ行かなきゃ、エリスには勝てないよ。

 恋愛で任務をおろそかにしない所は頼もしいけど、任務で恋愛をおろそかにして幸せを逃さないように、もっと頑張って欲しいね。




「……まあ、カイトの貞操観の話は、いったん横において、だね」


 私は、ティーカップをテーブルに置き、話を切り出す。




「君たちも出席する、アイベリク家当主の爵位授与式典について」


「…………」


 ジャンヴォルン、リナ、アンナは、無言でうなずく。

 彼らは、明日になったら、アイベリク家当主の爵位授与式典のために、私と共にカイローンに……猪妖魔(オーク)領に向かう。


 ……アイベリク家は、人間領域侵攻時には四天王の警告に従い、手勢を真っ先に魔族領域に撤退させた。一見すると我々に従順な者たちだ。

 だが、エミリアの「自動審問魔法オート・インクイジション」の調書によると、武器調達に関して「貴種選民独立自治同盟(M.A.F.I.A)」と繋がりがあった。


 本来的には、主家であったグルドンド家ともども、処分するのが適切ではある。

 だが、ただでさえ治安の安定しない猪妖魔(オーク)領について、統治機構を空白化するのはまずい。領内が混乱すれば、それこそ「奴ら」の隠れ蓑になってしまう。


 ……であれば、表向きにはアイベリク家を、グルドンド時代同様、独自の軍閥のように振舞わせつつ、裏ではその牙を抜き、我々に恭順させることだ。

 怨敵「貴種選民独立自治同盟(M.A.F.I.A)」の懐に入り、動向や情勢をつかむための、二重間者(スパイ)として活用する。


 ……連邦に剣を向けた罪、その危険な務めをもって贖ってもらおうか。




「……では、爵位授与式典で、君たちに打って貰う『一芝居』について、詳細を詰めようか。彼らの、我々への服従を後押しするための、ね」




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