#41 黒曜計画《プロジェクト・オブシディアン》
「驚いたわね……まさかリナの態度があそこまで軟化してるとは、ね」
「……軟化かっていうか、アレは……ねぇ?」
リナとアンナ、ジャンヴォルンの出立を見送り、エミリアとノアと合流した俺は、何とも居心地の悪い視線を感じていた。
「……なんだよ」
「…………」
……いや、よしてくれよ。下種の勘繰りは。
週刊誌のゴシップじゃないんだぞ……。
「……リナの態度が軟化したのは、険悪だった俺やジャンヴォルンとの修行で、師として成長したからだって、本人も言ってたよ。主婦の井戸端会議じゃあるまいし、なんでもかんでも、そういうのと結びつけないでくれない?」
「……なんも言ってないけど?」
ノアは、しっぽをぶんぶんと振りながら、じっとりした視線を送る。
……言ってるようなもんじゃん。
「……まあ、不信感を持っていた猪妖魔のジャンヴォルンとも健全な関係を築いてるあたり、リナも一皮むけたって言うのも、本当の所でしょうね」
「でもさ、あんなニコニコ顔で『頑張ってくださいね、カイトさん♡』とか言ってるリナ、初めて見たよ。……正直、面食らったね」
そんな、語尾にハートついたような喋り方はしてねぇよ、絶対。
人の師匠を愚弄しやがって、このからかいキャットめ。
「……まあ、女たらしもほどほどにね。魔王軍が色恋内紛起こすなんて、無様な末路になるのは御免よ」
……言っちゃってるじゃん。
良識派のエミリアも敵なのかよ。四面楚歌じゃん。
いや、本当さ。勘弁してよ……。
こっちだってさ、【戦乙女の祝福】……女神曰く【ハーレムバフ】の件もあって、女性とどう付き合っていけばいいか、めっちゃ悩んでるんだよ……。
……俺だって男だからね?
そりゃ人並みに、しょうもない下心は持つよ?
内心の話なら、大半の男はそうだろ。
でも、このスキルのせいで、俺は女の仲間との協力や共闘に際して、いつだって「それモテようとして言ってない?」「ハーレムに満更でもない気持ち芽生えてない?」って自問自答がチラついて、何を言うにもクソ恥ずかしくて、テンパってるんだよ……。
……俺はさ、現世でも結局、彼女出来なかったんだぞ?
調子に乗って変な勘違いして大恥かきそうで、本当に怖いんだよ……。
正直、ジーンたちと旅してるときだってさ、ちょっと頼られると「もしかして…」とか過ったりしてさ。
その度に「いや、何考えてるの俺…」って、その日の寝床では一人反省会だ。
情けない思春期少年の思考過ぎて、アイツらにその気が全くないと確信が得られるまで、本当毎日恥ずかしくて仕方なかったんだよ……。
……というか、さ。
今だって、俺は、エリスに対して、同じ気持ちを感じてて……。
なんなら、あの子に関してはさ、俺を真っすぐ慕ってくれる彼女が、俺のことをどう思ってくれてるのか、ずっと気になってる。
だから、こっちも気持ちに整理をつけたら、ちゃんと関係を白黒はっきりさせたいって気持ちも強くて……。
こっちで戦いを引退して暮らすなら、遠くない内にそうしようって、一応、考えてたんだよ……。
なのに、他の女に目移りしてるような指摘されたら、本当に俺が救いのない、見境なしのスケベ野郎みたいに…………
…………
うわぁ……
「ちょっと……その、からかって悪かったから、赤くなって黙らないでよ……」
エミリアは、共感羞恥と呆れの混ざったような視線を俺に送っていた。
こんなん、ハラスメントだ、ハラスメント。
「…………魔王に、チクってやる」
「うわぁ、すっごい情けない……」
「……あの方はむしろ、ノリノリであなたをからかう側だと思うわよ?」
……今に見てろよ。
このコンプラに欠けた職場環境、絶対に近代化してやるからな。
* * *
……そんなわけで、セクシャルハラスメント両閣下に教えを乞う形での修行が幕を開けた。
習う技術は「獣形遁法」と「影編魔法」だ。
獣形遁法は魔族領域における忍術的なものだが、主に獣人系の部族の使う体術で、種族特有の筋肉操作をフル活用する形で、移動、潜入、潜伏、徒手格闘などを行うための物だ。
爪を持ってる種族は、それを使った戦い方も含まれるとか。
「……っつっても、それだと俺の筋肉や骨格って人間のものだし、ノアみたいな体術は習得できないんじゃないのか?」
「……まあ、そこはそうだね。種族的な特性に依存するのは避けられないし、【逆吊巧者】で対応できるものにも限界はありそうかも。……まあ、その辺に関しては、おいおいね」
……こっちは、あまり重視しない感じなのかな?
ともあれ、もうひとつは影編魔法。
影を編んで疑似的に物質を構築する魔法。こっちに関しては、リナの予想では「武器」を作るのではないかという予想だった。
以前のガンミトラスでの決闘もそうだったが、今回のリナの一件でも感じたリスク。
即ち、「武器破壊」という剣士にとっての致命傷に対し、すぐにこれに対応できるようになる。
仲間が武器を失った時には、すぐにこれを提供できるので、サポートとしても有用だなって感じる。
「……こっちに関しては、ある程度は自習的に練習してたんだけどさ。今のところ頑強な物体は構築できないんだよな。こういうおもちゃ作るのがせいぜい」
俺は、掌をすぼめて作った影から、ネコちゃん人形を生成する。そして、掌の上でクルクルと躍らせた。
「……それは?」
「へへ、踊る人形。離宮で保護してた子供たちにも大人気でさ。かわいいもんだろ」
二人は、怪訝な顔で俺の手元の人形を見つめる。
「……変わった動物ね。木登小熊?」
「いや、ネコちゃん。影魔法だから、黒猫ってところかな」
ノアが、渋い顔で俺の掌の上の人形に視線を送る。
ふふ、俺のネコちゃんの人形のかわいらしさに、きっと妬いてるのだろう。
「はは、ノアとおそろいだな」
「撤回しなさい」
ノアが真顔で睨む。
ただならぬ圧を感じた俺は、人形ともども頭を下げた。
「ごめんなさい」
「……ネコちゃんの可愛さを再現するなら、もっとよく観察することだね」
……当事者として、猫の可愛さには一家言あるようだ。
まあ、機会があったら監修でもしてもらおうか。
このままでも子供たちは喜んでくれるんだけどなぁ……。
「けど、こういうことが出来るなら、案外修業は短期間で終わらせられるかもね」
「……えっ。……自慢しといてなんだけど、武具構築とこの人形、関係なくない?」
俺はエミリアの言葉に疑問を返した。
影を使って剣や鎧を構築するって話じゃないのか?
「まあ、硬質素材の再現も同時進行してやるけど、もうひとつ修行する予定のものがあったのよ。先の獣形遁法にも関連するものでね」
「……?」
釈然としない俺に、エミリアは問いを投げかけた。
「あなた、その人形はどうやって動かしてる?」
手元の人形を見る。
このネコちゃん人形は、実のところ手足を魔法で動かすために念動力を使っていたりなどはしない。中に数本の糸を張っており、その伸縮を使って、関節の根元から手足をピコピコと動かしているといった具合だ。
ガキの頃、アキラと遊んでやった時の玩具からアイディアを持ってきた感じだが、反射神経や動体視力が魔力で強化された今の俺は、リアルタイムの操作で、自立歩行させたりちょっとした小芝居をさせることが出来た。
「……そう、軟質素材とその伸縮。あなたが手慰みにやってたその人形遊びは、ちょうど今回の修行に関わる所なの」
「ぬいぐるみを大量に出して、おもちゃの兵隊でも作る感じ?獣形遁法を操るネコちゃん軍団……ファンシーだなぁ」
「……違うわよ。流石にあなたも、大量に人形を操作するまでは注意も割けないでしょ。ぬいぐるみじゃすぐ破壊されるし」
……まあ、そりゃそうだ。
「あなたが、その『影の繊維』で操作するのは……『あなた自身』よ」
「……俺?」
「そう、あなたの作る『影の繊維』。これを何本も束ねて、貴方の体に鎧のように纏わせるの。そして、それを筋肉のように収縮させれば……」
「……あぁー、なるほど!」
影魔法で筋肉を再現して、外付けの筋肉を再現するってことか。
イメージとしては、モーターの代わりに人工筋肉で稼働するパワードスーツみたいな感じか。
それで、人間の身体構造では再現不能な、獣人の可動を再現するために不足箇所を影の筋繊維で覆う。これで、獣形遁法の技巧再現のためのハードルはクリアだ。
そのために、ノアとエミリアが連携を取って俺を鍛えるって算段だったわけだ。よく考えたもんだなぁ……。
「……でも、それだったらアンナの筋トレや、リナの森羅万世流より、こっちを優先しても良かったんじゃ?」
「そのあたりは、英雄技能喪失への保険もあるわね。万が一の場合、あなたの素の実力で森羅万世流を使える方が、安全でしょう?」
「それに、森羅万世流の『観察力』が仕上がってれば、獣形遁法の習得も効率化できるしね。順序的にはこれが最適ってこと」
確かに、習得順序考えると、これ以外ないって感じでもあるかなぁ。
影魔法で人工筋肉動かすのに慣れてから筋トレすると、無意識で使っちゃいそうだし。
……ってかこのプラン、一朝一夕で考えたというか、俺を魔族領域に引っ張ってくるあたりか、あるいはそれより前から、育成スケジュール組んでたんじゃねぇかな。
……今は味方とは言え、山賊退治であくせくしてる駆け出し冒険者だった頃から、魔王陣営ではこの計画を書き始めてたのかもと考えると、やっぱり末恐ろしいよ。
「……というわけで、これからカイトには影魔法による筋繊維と武具の構築の修練を行ってくわ。基本的にはカイト自身の魔法で再現してもらうけど、サポート用のアイテムや性能検証のために魔導研究所に行くこともあると思うから、そのつもりでね」
ふむ、王立魔導研究所か。
あそこは、顔見知りも多い施設なので、それは安心感がある。
しばらくやってたバイトも、そのための布石だったのかもしれないな。
「午後はそれを踏まえて、私と獣形遁法の鍛錬。基本的には、組手と移動法の実戦練習かな。影魔法の筋肉の動作確認も兼ねる感じ」
「ふむ」
「まあ、ずっと離宮にこもりきりってわけじゃなく、ある程度形になったら、街や郊外に出て地形移動の練習したり、私の部下との鬼ごっこがメインになるかな。実践主体で教えてくよ」
「了解」
言葉の上ではアンナとリナの修行より気楽に聞こえるが、とはいえそこは魔族領域最高峰の武術。あんまり甘くは考えず、スパルタも覚悟して臨もうか。
「それでは、勇者カイトの後期育成計画……『黒曜計画』、開始といきましょう」
……?
オブ……なんて?
「あー、エミリアのネーミングね。あの子っていつも真面目だけど、ネーミングではさ、格好つけたがるとこあんの。カイトの英雄技能の仮称とかもね」
「……あぁ~」
あの中二ネーミング、エミリアがつけたものだったんだな。
心なしか、『黒曜計画』を宣言した彼女の表情は、どこか得意げに見える。
……まあ、うん。
全方位に隙が無いよりは、可愛げがあると思うよ、うん。
適度に童心を解放できる場は、大人にだって必要だろうしな。
……ただ、もし、影の翼に「†漆黒堕天翼†」とか名付けて使えとか言われたら、断固拒否するからね。




