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#40 「あの島」へ

 オレの乗る船には、鬼王エミリアと、森王リナ師匠、そして勇者カイトが同乗していた。

 猪妖魔(オーク)領での役目を終えた鬼王は、温情を与える者に機能凍結薬(フリーズ・パウダー)を飲ませ、前と同じように棺に入れて、船であの島に渡る。オレはそれに同道する形だ。


 龍王アンナも同行を申し出たそうだが、四天王が全員あの島に向かうわけにも行かねェだろってことで、薬の作用を管理する鬼王と入れ替わる形で、今日は内地でお留守番だ。

 まったく、おせっかいなことだ。


 …………


 ……まあ、つっても、だ。

 前みてェに、獣王ノアと鬼王エミリアと船に乗ったんじゃ、大分気まずいことになったのは事実だ。


 親父殿を粛清した二人と、黙ったまま向こうの島に渡って、どうせ揉めるだろうおふくろに会い、また気まずい空気で内地に戻るなんてのは、考えただけで気が滅入る。

 そういう意味だと、師匠やカイトの野郎がいる方が、まだ気が紛れるってのは、事実だ。

 ……別に、今さら鬼王が憎いとかは思わねェが、それでもロクに知らねェ女から変に気を使われたり、小言を言われるのも、かったるい。




「……ん、もうすぐ日照圏に入るらしいぜ。起きた人から水配ってくから、ジャンも船室から樽運ぶの手伝えよ」


「……おう」


 オレは、胡坐から膝に手を当てて立ち上がった。


「では、私は彼らに配るカップを取りに行きますね」


「うす。二十個もありゃ足りんじゃねェっすかね」


 物置に向かう師匠に、オレはカイトの野郎と樽を動かしながら答えた。鬼王は珍しいものでも見たような眼つきでジロジロとこっちを眺めていた。

 ……そんなん、師弟として寝食を共にしてんだから、この程度の役割分担ぐらいは普段からしてるだろうよ。




 ……まあ、師匠もオレも、実際この野郎の甘っちょろさに絆されてんだろうかね。

 数か月前、この船に乗ったころのオレだったら、野郎を手伝おうとも思わなかったし、なんなら休みを邪魔すんなと殴りかかっていただろう。

 師匠も、オレや野郎のことは避けて、協力なんて考えなかっただろう。


 ……まあ、わざわざ経緯を説明する必要もねェ。

 変に仲良しこよしだとか思われても、ダルいしな。


 オレは、鬱陶しい鬼王の視線は無視して、さっさと樽を運び真水の準備を進めることにした。



   * * *



 新入り島民と並んで船から降り、少し歩いた先。広がるイモ畑。

 そこに、鬼王から呼び出された「その女」は待っていた。


「……久しぶりだな、ババア」


「!」


 ……おふくろだ。

 ヤツは、土に汚れた手を拭くのを止め、オレを見て固まっていた。


「ジャン……」


「…………」


 ……栄養状態が改善されたんだろうか。おふくろの肌つやや肉付きは、猪妖魔(オーク)領に居た頃より健康的なものだった。

 しかし、その反面でその眼つきや表情には疲れを感じさせるものがあり、決して「幸せに生きている」とも表現しづらいものだった。


「……まあ、飯は食えてるみてェだな。あっちに居る頃よか、マシな暮らしは出来てるってことか」


「…………」


 おふくろは、何も語らない。

 ……つーか、そりゃそうだよな。今さら何を話すんだって話だ。


 ガキを前に「産まなきゃよかった」なんて言った親が、よ。

 わざわざ海を越えて自分に会いに来たなんて、そりゃ気味も悪りィさ。

 それこそ、復讐にでも来たと、そう思ってるのかもしれねェ。


 ……オレからすりゃ「わざわざ、ンな面倒なことするワケねぇだろ。アホくせぇ」だが……まあ、おふくろの人生ってのは、つまりはそれに尽きる。

 自分の産んだガキも、憎いオークのナリをしてるんだ。そんなんで、人並みにガキを可愛がれるはずもねェ。


 ……正直、オレは既にここに来たことを後悔していた。


 別に会いに来るこたァなかったかもな。お互い、しんどい思いするだけだろうによ。

 カイトの野郎の言ったように「好きに解釈」しちまった結果、親子ってもんに、甘っちょろい期待をしちまったのかもしれねェ。


 ……ガラにもない、いらん人生相談をした報いかね。

 オレたちは、生い茂ったイモ畑を背に、向かい合ったまま、ただ気まずい沈黙を感じるばかりだった。




「……ジャンヴォルンの、お母さん」


 沈黙を破ったのは、カイトの野郎だった。

 ヤツは、一帯に人間(ヒューマン)の島民しかいないことを確認し、つけていた猫耳を取り、そのまま話を続けた。


「……俺は、人間領域で猪妖魔(オーク)と戦って、死にそうになっていた所を四天王に保護されたんですけど、紆余曲折あって、今はジャンヴォルンの同門で、森王リナから剣術を習っていました」


「…………」


「当初、俺とコイツは仲も悪かったんですけど……今では、割と仲良くやらせてもらってます。荒っぽいし性格はひねくれてるけど、根っから悪いヤツじゃないと思います」


「……おい」


 オレが止めようとするのを、奴は手を出して制止した。

 おふくろは……今一何を考えてるのかわからん表情で、奴の話を聞いていた。


「先日も、俺たちと一緒に、奴隷として人間領域に売られそうになっていた魔族の子供たちを助けにいきました。俺はコイツに、危ない所で命を助けられました。子供たちにとっても、ジャンヴォルンは暗い牢から救い出してくれた、ヒーローみたいです」


「…………」


「……親子の関係に首を突っ込もうとは思いません。ただ、それでも、俺も、森王リナも、あなたの息子のことは『()い奴』だと思ってます。そのことだけ、あなたに伝えておきたいんです」


 カイトとリナは、おふくろに頭を下げた。


「あなたの息子に、俺たちは、子供たちは助けられました。だから、ありがとうございます」




 ……何に対して礼を言ってるんだか。

 当のおふくろは、オレを産んだことを後悔してるってのによ。


 オレを「善良」に育てたこと、ってか?

 ……そもそも「善良」ってのも、お前らが勝手に思ってるだけだろうに。その辺は、おふくろの方が実態も理解してるだろうよ。


 …………


 ……まあ、それでもオレは「善良なオーク」を演じて行こうってわけで。なら、おふくろ相手にも「そうあるべき」なんだろう。


 オレは、ため息をついて、本来の用件を伝えることにした。


「これから、オレは魔王サマの命に従って、猪妖魔(オーク)領に戻って、混血猪妖魔(ミックスオーク)と治安維持の部隊に入る。差別や貧困、人間領域の人さらいを無くすための改革だと。ご立派だよな」


「…………」


「だからって、そう易々と猪妖魔(オーク)の性分が変わるとも思わねェ。正直無駄なんじゃねェかって思うけど、まあオレの食い扶持を稼ぐためでもあるし……」


「…………」


 オレは先を言い淀んだ。

 しばしの沈黙ののちに、オレは続ける。

 

「……アンタみてぇな目にあってる女を、好き好んで故郷で見たいとも思わねェんだよ」


「!」


「……アンタにとっちゃ、オレは『産まれてこない方が良かった』忌々しいガキなんだろうが、それでもオレが成長するまで、アンタはオレの『母親』をやってくれたんだ。それを反故にするのは……いくらオレが適当に生きてようと、気に入らねェ」


「……ジャン」


「……今さら、仲良し親子になろうとも思わねェよ。だが、オレの人生へのケジメだ。魔王の元での働きを認めさせて、アンタの身柄について融通してもらう。人間領域に帰るでも、魔都の人間街(ヒューマンタウン)に移るでも、このまま島で暮らすでも、アンタの好きにすりゃいい」


「…………」


「……礼は言わねェ。オレも、産まれたくて産まれてきたわけじゃねェからな。タチの悪い親父殿のせいで、オレもアンタも苦労した。お互い様さ」


 オレは、おふくろに背を向けた。

 言うべきことは伝えた。義理も果たした。

 お互い、もう親子とも思いたくないだろう。これでケジメは終わりだ。




 …………


「……けど」


 ……それでも。

 やっぱり、この女は「母親」なのだと、その思いを捨てられなかった。


 愛したいとも、愛されたいとも、思わない。

 それでも、この女は、あの日まで、間違いなく、オレのおふくろだったんだ。


「まあ、達者で暮らしてくれよ。おふくろ」







「ジャンヴォルン」


 おふくろがオレの名を呼ぶ。

 振り返ると、一歩、また一歩と、おふくろはオレに歩み寄って来た。


「……死なないで、ジャンヴォルン」


 おふくろは、その小せぇ体で、しがみつくようにオレを抱きしめた。

 ガキの頃、見上げてばかりいたその存在と比べて、おふくろの体はあまりに小さい。


「……無茶言うなよ。戦士だぜ?のんきに、ベッドの上で死ねるような生き様には、どうやったって、ならねぇさ」


「……ごめん、ごめんね……ジャンヴォルン」


 おふくろは、オレの腹のあたりで、ぐずぐずと鼻音を鳴らす。


 ……オイオイ、きったねぇな。

 この服だって高けぇらしいのに、染みになったらどうすんだ。


 …………


「まあ、なんだな……」


「…………」


「風邪とかで、情けなくおっ死んだりはしねぇようにするよ。せいぜい、アンタが島を出るために、無事を祈っといてくれや」


「…………」


「変に泣き疲れて、皴まみれになった見苦しいババアと顔合わせたくもねェしな。せいぜい若作りに励んでくれ」


「……本当に、憎らしい子だよ。アンタは」


「そりゃ、お互い様さ。クソババア」


 おふくろが離れるまでの小一時間、オレはその場に立ち尽くしていた。

 その後は、特段親子らしいのんきな団欒とかはなく、オレたちは最後に「あばよ」とだけ言い、互いの戻るべき場所へと戻っていく。



   * * *



 リナ師匠は、情けなく涙を袖で拭っていた。

 ……この女、ドライなようでいて涙もろいんだよな。「走馬の明」でオレの過去を見た時も、涙漏らしてたしな。


 ……ッたく、安い人情噺じゃねェんだぞ?


 オレとおふくろの因縁は、十五年だ。

 一朝一夕で晴れるほど、お互いに持ってた憎らしさは、軽いもんでもない。

 だから、今回の渡航で「仲良し親子になって、一緒に暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」みたいな、甘っちょろい結末になったりはしない。

 仮に、一緒に暮らすようになったら、きっとまた爆発するだろうさ。




 ……それでも。

 蝕のない太陽の下からだろうか?

 長らく目の前を覆っていた、暗い目隠しが外されたような、そんな気分で、オレは帰りの船に乗り込んでいった。


 ……まあ、憎まれるだけの人生なんざ望んじゃいねェ。

 それが妥協であれ、執着であれ、前の憎しみ合う関係からすりゃ大分マシだ。


 だから……こういう中途半端な決着も、悪かねェって、そう思うよ。




 ……まあ、この猫耳野郎には言ってやるつもりもねェがな。

 野郎は、師匠を交えて何やら鬼王と話してるが、どうにも腰が低く、話しぶりからも湿っぽさを感じる。痴話喧嘩か?

 ……ったく、相変わらず頼りねェくせに、兄貴にでもなったつもりかってンだ。


 オレの兄貴を気取りてェなら、てめェに惚れてる師匠の一人ぐらい落とすぐらいの度胸は見せてみろってんだよ。この童貞野郎が。




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