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#39 やさしい欺瞞

「……オレはよ」


 ジャンヴォルンは、誰も居なくなった中庭を眺め、ゆっくりと言葉を続ける。


猪妖魔(オーク)領にさらわれた女が産んだガキだ。ただでさえ、ガキなんか大事にされねェ土地で、奴隷に産ませた混血(ミックス)のガキなんて、ロクな扱いも受けねェ」


「…………」


 彼の視線の先。庭の端には、リナの言いつけに従って、真っすぐな枝が綺麗に並べられている。心なしか、子供たちの育ちの良さが感じられる。


「……正直、あのガキどもみたいな甘ちゃんを見てると、イラっと来る。テメェも含めてな。親兄弟に蝶よ花よと可愛がられたガキを、オレが護ってやる義理なんてねェ。死んじまっても、ざまぁねェって、そう思ってる」


「……そう、か」


「…………」


 ……すべてが本心ではないだろう。

 だったら、あの場で俺のことも見殺しにすればよかった。あの子たちに言葉を選ぶことだってなかったんだ。

 それでも、恵まれた子供たちに、羨望や憎たらしさを感じるのは本音なんだろう。




「……おふくろとそりが合わなくなって、オレを匿ってくれた兄者もよ」


 ……プロシューダの息子、腹違いの兄弟だろうか。


「……侵攻作戦に志願しても、返って来たのは『兄などと呼ぶな、混血(ミックス)の分際で汚らわしい』さ。尊敬ってのも、どうにも報われねェもんだぜ。さっきのガキだって、オレの本性を知ったら、尊敬なんて抜け落ちるさ」


「…………」


 ジャンヴォルンは深いため息をついた。

 彼の短い人生で負ってきた、差別や孤独の世知辛さが、そこに詰まっているように思えた。


「ロクでもねェんだよ、この世ってのはよ……知らずに居れるほど、幸せに生きれるもんさ」







「……じゃあ、さ」


「……ん?」


「すべては知れないんだからさ。お前の望むように、解釈してもいいんじゃないか?」


「……どういうこったよ」


 俺は、意図するところが分からないと戸惑うジャンヴォルンに、話を続ける。


「……俺も、異世界に兄弟はいたんだけどさ。ハッキリ言って、兄貴は勉学が超優秀で、妬みを感じない日は無かったな。同じぐらいの成績を取ってやろうと燃えた時期は無くはなかったけど、すぐ身の程を思い知らされたよ。努力にも才能ってあるんだよな」


「…………」


「弟は、絵が超うめぇの。仕事にできるレベル。……俺の『ネコちゃん』がヘタクソなのは知ってるだろ?……あれ、ガキの頃に、弟に対抗して描いてた手慰みだよ。俺の世界は戦争とか盗賊がいない分、マンガ……絵巻物みたいなのが描ける作家が、億万長者にもなれるスターみたいなもんでな。子供にはさ、それに憧れる時期があったの」


「……のんきな世界だな」


「……ま、そうだよな」


 俺は苦笑いを漏らす。

 実際、異世界人としての自認が強まった今、現世の日本はなんとも甘っちょろい、砂糖菓子のような世界に思えてしまう。


「……それでも俺は、二人に対して劣等感を感じて、毎日焦ってたわけ。このままボンクラとして生きても、親父やオカンは俺のこと『自慢の息子』とは思っちゃくれない、何か結果を出さなきゃ、って。……だから、二人の真似事して、上手くいかずに凹むこともしょっちゅうだった」


「…………」


「俺は、二人のことは妬ましいけど、大事な兄弟とは思ってた。けどさ、正直向こうからすりゃ『勝手に自分を卑下して妬んでくるイヤな兄弟』だったかもな、って。表向きにはそうは言わないけど、そう疑ったらそうとしか見えなくなって、余計に避けるようになって……」


「…………」


「……どうにか、仲良くなりたいとは思ってたし、時間が解決するんじゃないかとも思ってた。……けど、もう俺は異世界……終の大地(オメガルド)の住人だ。多分、永遠に会うことは叶わねぇだろうなって思ってるし、さんざ他人を殺して、どの面下げて会えばいいのかも……わかんねぇ」


「…………」


「だから、もう俺は兄弟や両親の真意を知ることはできない。出来損ないの息子だと思われてたのか、僻み根性の嫉妬深い兄弟と思われてたのか、確認することはできないし……しなくてもいいと思う」


「…………」


「……だから、俺の中の兄弟も、両親も、俺の中の理想の姿だけ、思い出してるんだと思うよ。俺はみんなに愛されてたんだ、居なくなったことを悲しんでくれてるんだ、って。そうじゃなきゃ、いつまでも動けなくなっちまう」


「…………」


「……俺はさ。お前の兄貴を知らないし、親父ともども戦場で敵対した間柄だから、良い感情を持ってないけどさ。もしお前がそう思えるなら、『弟を危険な戦場に送りたくなくて突き放した』『子供への情の深かった兄貴の遺志を託された』みたいな、都合のいいストーリーを作っちまっていいんじゃないかな」







「……はっ。兄者には似合わねェな、そりゃあよ」


 ジャンヴォルンは、鼻から笑いを漏らした。

 ……無理筋かとも思うが、それでこいつが猪妖魔(オーク)という出自についてまわる暴力的な自意識に縛られなくなるなら、そうあって欲しいと、俺は思う。


「まあ、死人に口なしだよ。思い出の中でまで、イヤな思いばっかさせてくる兄貴として、人生邪魔されるぐらいなら、こっちも図々しく『理想の兄貴』を演じてもらおうや」


「……てめェの兄弟も、勝手な改変されて災難だろうぜ」


 アツ兄もアキラも、元々自慢の兄弟だが?


 ……まあ、俺もたいがい彼らを理想化してる部分はあるかもだが。

 それでも、俺が居なくなったことを悲しんでくれる程度には、彼らも俺を愛してくれていたと、そう信じたい。




「……ま、お前の信じられる中で、無理なくって話な。馬車の中でも言ったけどさ、俺はお前のことは、他人の痛みがわかる、仲間の命をどうでもいいと切り捨てられない『やさしいヤツ』だと思ってる」


「…………」


「だから、親兄弟だって憎み切れないなら、それでいいんだよ。……もしかすると、本当にさ、素直になれない周囲が、お前に『不器用なやさしさ』を向けてたのかもわからないんだしさ。なんにせよ、お前の中にある『やさしさ』を、恥ずかしがることは無いよ」


「…………」


「まあ、俺も上手く言えないけど……お互い他人には、やさしくやってこうぜ。あの子たちの憧れが嘘にならないように、さ」




 ジャンヴォルンは、「へっ」と声を漏らし、その場から立ち上がった。

 俺の、こいつに対する思いは伝わったのだろうか。その実際はわからない。

 他人の心なんて、全ては知れないもんだし、知らなくていいことも多いだろう。




 ――だから、それが欺瞞であったとしても、俺は「ジャンヴォルンは他人にやさしくなれる自分」に向かって踏み出せたと、そう思い込むことにした。



   * * *



「……師匠、龍王……閣下」


 飯を食い終わった後、オレは龍王と森王に声をかけた。


「……どうしたんだい、ジャンヴォルン」


 龍王は、椅子に座ったままオレに視線を送る。森王もこちらに歩み寄り、オレの話を待った。




 ……オレは、やっぱり自分のことは「やさしい」とは思えねぇ。

 昔みてぇに弱い者いじめをしねェのは、こいつらが俺に対する重しになっているからだし、決して俺自身が「弱者は護ってやらねェと…」なんて、どっかの甘ちゃんみたいなことを考えるようになったからではない。


 …………


 ……だが、


 まあ、意地を張っても不毛なモンもある。


 別に、好き好んで他人から憎まれてェワケでもねェし、名声を目当てに戦うにせよ、それなりに体裁は取り繕った方がいい、ってのは実際だ。

 あのガキどもが、オレを理想化してヒーロー扱いするのは勝手だが、それを勝手に失望して影で文句垂れられるのは、気にいらねェ。 


 ……そんなら、まあ、長いものに巻かれて「正しい」とされることのために働いてた方が、身のためってモンでもある。

 猪妖魔(オーク)領で、純血のカスどもがのさばって、オレみたいな混血(ミックス)のガキにイキり散らしてるのだって気に入らねェしな。


 オレの性格が良くなったわけじゃ、ねェ。

 だが、猪妖魔(オーク)としてのオレが、あくまでオレの気に入らねェ連中を、調子に乗らせねェために、だ。




「……カイローンへの配属について、引き受けることにする」


 オレの言葉を聞いて、森王は嬉しそうに表情を明るくし、龍王はうんうんと頷いていた。

 ……おめでてェな。どいつもこいつも、オレが根っからの善人になるとでも、勝手に思い込んでやがる。


 ……ま、オレが「そうじゃない」ってわかってれば、それでいいだろ。

 四天王に、魔王サマの御力も、末恐ろしいしな。これからは、せいぜい「善人オーク」を演じて、生きていくことにするさ。それがオレの処世ってこった。




「じゃあ、ノアとエミリアが到着次第、早速――」


「あ、ちょっと待ってくれ」


 意気揚々と話し始めた龍王を遮るように、オレは話を続けた。

 龍王と森王は不思議そうな面でオレを見つめる。


「……まあ、その、なンだ。働き始める前にケジメをつけてェことがあってよ。そのことで、アンタらに、魔王サマに頼みてェことがある」


 龍王は、森王と目を見合わせ、ひと呼吸を置いて口を開いた。




「……ああ、聞くよ。言ってごらん」


「……ああ。オレの要求は――」




 ――「あの島」への渡航許可と、おふくろの今後の扱いについて、だ。




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