#36 vs 劫羅万世流《グランディアン・アーツ》
「……劫羅万世流?」
聞き覚えの無い流派に困惑する私に向けて、目の前の影鉱人は薄笑いを浮かべた。
「おや、森王閣下はご存じないか。……まあ、万世流の主流派は森羅万世流に合流したと聞く。そこから漏れた我々の動向など、知ったことではない、ということか」
祖母の代の出来事は、おおよそ「全知の剣界」における対話で聞いている。
私が、そのような分派を知らないということは、彼女が研鑽を重ね、「森王」に、「魔王軍剣術総師範」に、至るまでの間に、彼女のあずかり知らぬところで、本流と袂を別った者たちがいた、ということだろう。
「……今のうちから、手の内を明かすのは無粋だろう。某の剣から読み解くと良い。そのための『全知』だろう?」
「……貴方は、森羅の剣をよくご存じのようですね」
「……くくっ、『敵』についてあらかじめ調べるのは当然のことだろう?幸い、魔王軍に正式採用された剣技ということで、さしたる労も無く情報は入って来たよ」
「…………」
「よもや、卑怯とは言うまい?森王リナ=ブラウン閣下」
私は、転がる石柱の断面を見る。まるでバターを切ったかのように、あまりにも滑らかな断面。この男の剣技は、私とて侮れるものではない。
……存外に、厄介な相手になりそうだ。
優先順位を整理しよう。この場で最優先すべきは子供たちの生命であり、次いで組織の情報。下手人の確保に支障が出る可能性もあるが、アンナさんは上空から襲撃する手筈でもある。
あとは、子供たちを無事に逃せるのならば、この男を倒せるかどうかはさして大局に影響しない。
だが、それでもこの男に背を向けるのは危険だ。
ならば――
「カイトさん、ジャンヴォルンさん。あなた達は子供を連れて撤退を」
「……リナは?」
「……予定通り、殿を務めます。彼を足止めする間、子供たちを待機中の獣王軍に引き渡してください」
「…………」
……本心を言うならば、未知の剣術を相手取るのであれば、私と同等の力を持つカイトさんと挑む方が確実だ。
しかしながら、ここで戦闘を長期化させてしまえば、弩杖を持った兵が現れ、子供たちに危害が及ぶ可能性は否定できない。
ならば、カイトさんには子供たちの救出に専念してもらうのが得策だ。
「……ああ、わかった」
「……頼みます」
彼は、私を一瞥し玄関に向けて身をひるがえした。
「……子供たちを安全な場所に届けて、すぐに加勢に戻る。それまで、無事にしのいでくれ」
一瞬、彼の言葉の意味が汲み取れず、思考が固まった。
……けど、そうだった。今の彼にとっての私は「対等な仲間」だ。
危険な敵の前に、私をひとり置き去りにすることは、彼の信義に反するということだろう。
……まったく、この人は、私を誰だと思っているのか。
自然と、私の口元に笑みがこぼれる。
「……ふふ、おそらく、貴方の助けより早く決着はついていますよ」
「ああ、それが一番だよ」
彼は、ジャンヴォルンさんと子供たちを連れ立って、玄関に走り去っていった。
わずかに緩んだ表情を引き締め、私は再び男を睨む。
男は、剣を構えたまま、彼らに追撃をかける気配もなく、その場から動かない。
「……彼らを逃がしても良いのですか?」
「どの道、貴殿が妨害するだろう?慌てて行動を起こして、主導権を握られては、かなわない」
「貴方の目的は、私たちを始末し、子供たちを逃がさないことでは?」
「ふむ、雇い主の命令はそうだが……まあ、どのみち時間稼ぎ程度しか期待されておるまいよ」
「貴方の雇い主はもはや逃れられないと思いますがね」
「……ふむ、万事休すというわけか」
「ならば、大人しく投降されますか?」
私の提案に、男はくつくつと笑う。
「どの道、我々に待つのは死罪だろう?……ならば、雇い主の命令の解釈の範囲で、某はやりたいことをやらせてもらうよ」
「…………」
「奇しくも、森人の異端、影森人の剣聖が、鉱人の異端、影鉱人の剣豪と対峙した。これは、なんとも数奇な邂逅ではないか」
男は、一歩、また一歩と、歩みを進める。
「かねてより、斬ってみたいと思っていたのだよ……『森羅の剣聖』を!某の手で!」
「……そうですか」
私は、レイピアを男に向けて構えた。
「私にとっての貴方は、これまで数多く見てきた、剣狂いの悪党の一人に過ぎない。感慨など何もありません」
「……くくっ!その傲慢さ……やはり森人よっ!」
――闘いの火蓋が、斬って落とされた。
「……叢雨っ!」
私の剣の切っ先から、無数の雨の如き突きが放たれる。
「雨傘」
男は、「劫羅の剣豪」は、眼前で剣を旋回させ、その尽くを、武骨な鋼の短剣の腹で、後方に受け流した。
威力の弱い突きは、奴の剣技で防がれる。ならば――
「迅翼――!」
体幹を駆動させて放たれる、神速の輝く剣閃。
弩杖の狙撃さえも及ばぬ、不可視の遠隔刺突。
「ふんッ!」
男は、私の狙撃に合わせるように剣を振るい、その軌跡を合わせ、刺突を真上に弾き飛ばす――!
「!」
「武器破壊を期待したかな?……曲がりなりにも、鉱人にそれは、驕りというものよッ!」
……そうか。
この男の獲物。市場に流通するような規格化された剣ではない。この男の剣術に合わせ、自身で鍛えた、一点物の特注品だ。
鉱人の作る武具の頑強さは、魔族領域の中でも比肩するものはない。自身の武術に使う装備を準備する上で、この男はあらゆる剣士に対し、圧倒的な優位を取れるのだ。
「地裂ッ!」
男は、自身の足元から真横に剣を振り上げる。地を這う斬撃が柱に衝突し、その足元から天井までに大きな亀裂を走らせ、その瓦礫が私目掛けて降り注ぐ。
「――巌」
私は、その尽くを、じっと動くことなく捌き続ける。迫る瓦礫に最適な力を添え、運動方向への力を逸らし、直撃を避ける。
男は、鉱人とは思えぬ軽やかな身のこなしで、その背丈の低さも活かして瓦礫の隙間を縫い、私に迫る。
「――もらったッ!」
男の剣閃が、私の首を目掛けて迫る。
だが、その剣速は私のそれに及ばない。防ぐことは容易い。
私は、その軌道にレイピアを――
「鋼絶」
――瞬間、私の走馬灯が「誤り」を導き出した。
私は、身を逸らすように後ろに飛び退いた。男の剣は、私のレイピアを打ち付け――その切っ先を、斬り落とした。
「っ!」
「ははっ!不格好な剣だな、森王閣下ァッ!」
男は剣を返し、私の脳天を狙う。
私は、倒れ込むような勢いに任せ、両手を床につき、腕の力で後方に大きく跳ね、距離を取った。
「……!」
レイピアは、先の柱の如く、男の太刀筋に沿って綺麗に切断されていた。
……この武器も、鉱人の業物には及ばずとも、決して鈍らなどではない。私の「外功」をもって強化されたそれは、切れ味も強度も、奴のそれに決して劣るものではない。
これは、剣理の差異。
万世流の名を冠する流派ということもあり、私の剣技との共通項を見出そうと意識していたが、それは実態に反していた。
この流派は、劫羅万世流は、森羅万世流と、根本的な考え方が違う。
「『すべてを斬る剣』……ですか」
男の眉が、僅かに動いた。
「……ふむ、流石は『全知』を志す『森羅の剣聖』と言った所か。我々の追求する剣理を容易く見抜きおる」
男は、ふうとため息をついた。
「いかにも。『劫羅の剣』は、この世界に存在する森羅万象を殺すことを目的とした技術」
「…………」
「言うなれば『全能』の剣こそが、我らの剣の目指す境地よ。貴殿らの『象形剣』が森羅万象を模すものであれば、我々はその尽くを斬り伏せる剣技を修める。万世に終焉をもたらす死の太刀筋こそが『劫』の神髄」
「…………」
「某の『全能』は、貴殿の『全知』に勝る。それがまさに証明されようとしているのだよ。ああ、素晴らしきかな。生涯を賭した鍛錬が報われる、この恍惚よ……ッ!」
「……貴方の迷い無き剣閃。長年に渡る研鑽が見える。よき太刀筋です」
私の賞賛に、男は目を丸くした。
「だからこそ、残念でならない。その力を、世を正すことに使えていたのであれば、流派の名望も森羅の剣に比肩するものであったでしょうに」
男は、口元を歪め笑って見せた。
「……くくっ、『正しい』道を歩むでは、斬れぬものも多かろう?剣技の本質は、破壊と殺戮。美辞麗句で飾ろうと、その本質は変わるまい」
「…………」
「ならば、『世を乱す』立場に身を置くのが合理的だ。正義も理念も、我が剣には不要。太刀筋を濁らせる不純物に過ぎぬ。剣の道を究めんと欲すならば、人としての心も、斬り捨て進むべきなのだよ」
「やはり、貴方とはわかり合えそうにありませんね」
「わかり合いたいとも思わぬ。斬って捨てたものなど、一々覚えてはおれんよ」
「…………」
私は、切っ先を失ったレイピアを、男に、バレラルド=ガイアスに向けた。
――バレラルドは、カイトさんとは、明確に違う。
子供をかどわかし、傷つけることに加担した外道の一味。
美しさすらも感じるその剣技は、破壊と殺戮のために最適化されたその機能性は、魔性の魅力すら感じる。
そして、この技巧を磨くため、彼の剣には多くの罪なき者たちの血が、吸い上げられていったのだろう。
それは、私の求める剣の道ではない。
――剣は「道具」だ。
魔族が、より理不尽な力に翻弄されないように、護り支えるために、誇りと良心の元に運用されるべきものだ。
私は、魔王様の剣だ。
彼女の築く安寧のために、時に他者の命も奪う、生きる暴力だ。
……だが、私は、私自身を「道具」に貶めたりはしない。
断じて「人を斬る」という手段を目的として、剣を振るいはしない。
私の剣は、魔族領域を脅かす悪しき企みを滅する、ただそのためだけにある。
「……だから、私は今日ここで、貴方の剣の道を断つ」
「……くくっ、やってみせるがよかろう。『森羅の剣聖』よ」




