#35 安堵無き逃走
「侵入者の迎撃に向かった、弩杖隊からの連絡魔法が途絶えました……っ!」
部屋の入口に立った魔術師の報告を聞いて、思わず私は椅子から立ち上がった。
「……っ!?本部から提供された、連射機構を備えた最新型だぞっ!?」
「途絶する直前のやり取りから、恐らくこの襲撃には、金環の四天王……森王リナが参加しているものと思われます……っ!」
「!」
金環の四天王……先の猪妖魔領の侵攻作戦で弩杖部隊を壊滅させた、魔王軍の最高戦力がここに?
私は、保管された資産と資料、高値のつく奴隷のみ回収し、屋敷に火を放ってすべての証拠を処分する予定だった。手勢の弩杖部隊と、地下室に催眠噴霧を行うための魔術師を連れだってここを訪れた私は、数時間後にはここを発つ手筈だった。
……なぜ、よりにもよって、この拠点の始末に私が戻ったタイミングで、このようなことが起こる。
私の困惑を見て、その傍らに立った小さな男が私を見て下卑た笑いを漏らす。
「くくっ、金環の四天王と来ましたか。高値がつくからと、魔都での青魔族の『仕入れ』の手を広げ過ぎたのが原因ですかな」
「……何が可笑しい?」
「ああ失敬、不謹慎でしたな。これでも剣士の端くれゆえ、『森羅の剣聖』がここを訪れていると聞いて、いささか血が滾ってしまいました」
「…………」
「侵入者どもの討伐には某が向かいましょう。このような事態のために、某を雇われたのでしょう?」
男は、不愉快なニヤけ面を浮かべながら、私を煽る。
……しかし、事態が一刻を争うのは事実。癇に障る物言いに不快感はあれど、手をこまねいている間もない。
「……時間を稼げ。森王を殺し、奴隷を奪い返すことが叶えば、給金は弾もう」
「承知」
男は、剣を肩に載せ、そのまま部屋を出て行った。
……奴も腕利きではあるが、相手は金環の四天王。これを殺すことなど、期待できぬ。
幸い、侵入者は奴隷の救出にかかりきりだ。ならば、奴隷は捨てて、この男ともども侵入者への囮にする。
私は貴金属などの資産と、取引先の名簿、帳簿のみ確保。組織に繋がる情報は魔術師の手で焼却し灰にする。
そこまですれば「幹部」からの刺客を差し向けられることもあるまい。
然る後に、裏の龍庫に隠した陸騎龍を駆り、ここを脱出する。
状況は一刻を争う。私は、配下の魔術師に火炎魔法による、書類と施設の焼却の指示を――
――轟音。
天井に、蝕の空を望む風穴が開き、瓦礫とともに部屋に落下する人影。その拳によって、配下の魔術師は「縦に」潰されていた。
「ふむ。運が無かったな……いや、親玉はそちらか?ならば、私にとっては幸運だ」
上空に旋回する翼騎龍。
赤い鱗に覆われた剛腕。
自身の筋肉を堅持するような露出の多い鎧。
そして、小さな翼、角、太い尾。
この女は――
「金環の四天王の一角、龍王アンナだ。陸騎龍は、既に鹵獲した。手間をかけたくないからな、さっさと降伏してもらえれば助かる」
魔王軍の軍用騎龍を飼養する王立龍厩舎の長は、海原の大将軍は、面倒そうに肩を回しながら、一歩、また一歩と、私に歩み寄っていた――
* * *
「迅翼――!」
俺の刺突が、前方の銃を持った兵の脳天に風穴を開ける。
俺は、子供たちを置いていかない程度の速度で、先へ、先へと、歩みを進める。
逃走の邪魔になる、足元に転がった死体を足蹴にして、左方にどかす。人道的な逡巡はないわけでは無いが、子供やジャンヴォルンが躓いて足を止めてはまずい。ここは戦場なのだ。
俺たちは歩みを止めない。
左側面を壁で護りながら、右翼を警戒するジャンヴォルンの叫びに合わせ、狙撃より早く剣閃を飛ばし、その命を刈り取っていく。
――十数人ほどいる子供たちは、誰も声を上げない。
ただ、恐怖を噛み殺すように、目の前の残酷な光景を見ないように、俺の渡した人形をぎゅっと抱きしめ、後をついてくる。
本当は、泣き出して、うずくまってしまいたいだろうに、ただ、俺たちを信じて。
……ひとりも死なせてはならない。
ここで、勇気を振り絞ってついてくる彼らの命を守れなければ、「勇者」の名折れだ。
やがて、俺たちは施設に侵入した時と同じ玄関の広間に出た。
内部構造に確証が無かったため、迷うリスクを考えれば別のルートを進む選択肢はなかった。
そして、当然それを把握している敵は、二階の吹き抜けの手すりから身を乗り出し、真下に向けて弩杖の先端を向けた――
同時に俺は、後ろを振り返るように身をひるがえし、上体を逸らして真上を向いた。三人の弩杖兵。
既に引き金に指はかかっている。一人ずつ殺す時間はない。
――俺は、眼前の敵に全ての集中を移す。
同時に、三つの銃口が、俺と子供たちに向けて、魔力弾を発射した。
「――陽炎!」
銃口の向きを見切った俺は、眼前の空間に切れ込みを入れ、その射線を捻じ曲げる。
捻じ曲げ、捻じ曲げ、俺の空中の身のよじりで一八〇度旋回した三つの魔力弾は、再び俺の頭上に向かってその弾丸を弾き返した。
弾丸は、ひとつは兵の眉間に、ひとつは兵の右肩に、ひとつは弩杖を粉砕し、三人はその場に倒れ込んだ。
俺は注意を前方に戻す。
弩杖を持った兵はもう居ない。
あとは、一直線に出口に向かい、待機している獣王軍に彼らの身柄を引き渡すだけ――
「劫羅万世流――」
大階段の上で聞こえる、低い、男の声。
「石切」
瞬間、階段から連なる大理石の柱が「切断」され、その手すりに沿うように転がり、俺たちの一団に向けて迫る。
「あっ……ああ……」
子供たちは、眼前の光景に恐怖で固まっていた。散開させる……のも、賊の手に渡る危険がある。適切な避難誘導も間に合わないだろう。
俺は森羅万世流の技巧からこれを止める選択肢を探索する……が、この巨大な石柱を一撃で粉砕するには、「地走」の様な技を出すには、時間がない。
ならば、「巌」で受けるか?
……ダメだ、俺の身は護れても、子供たちを守り切れる確証がない。リナとの連携も、突然の事態だから困難。
……どうする?
俺の体を下敷きにして、この柱を止められるか?
俺の体重では心もとないが、考えてる暇はない。一か八か……
「――熱雲ッ!」
迷走を続ける俺の思考を切り裂くように、ジャンヴォルンの剣閃が、横薙ぎに、怒涛のように、前方に押し出された。
火刃之型の荒々しい剛剣。体躯と膂力を活かし、前方に広範囲の斬撃を展開する、剛の剣が、石の柱にヒビを入れ、その速度を大きく落とす――!
「……叢雨っ!」
ジャンヴォルンの一撃に続くように、俺とリナの走馬灯が「連続刺突」の解を導き出した。
度重なる衝撃に削られるように、ヒビの広がった石柱は、子供たちにその大質量をぶつけるより早く、真ん中から粉砕され、真っ二つに割れた。
その残骸は、入り口に向けて転がっていき、そこに立っていた別の柱に衝突し、振動と轟音をホールに響かせながら、静止した。
「……ほほう、脅威は森王だけと見ていたのだが。思いの外、骨のある門下生を連れ立っていたようだな」
階段の上に立っていた小柄な男は、フード付きのローブを脱ぎ捨てて、剣を片手に俺たちに向かい合う。
子供のように小柄でありながらも、樽のような太い体幹。そこから生えた頑強そうな太い四肢。口元と顎に蓄えた灰色の髭に、褐色の肌。
その両の眼は宝石のような青い輝きを放ち、俺たちを冷たく見下ろしていた。
「……影鉱人」
男を睨みながら、リナは口を開いた。
……ドワーフ、炭鉱に住む魔族か。
洞窟を掘って地下に住む、体格の小さな長命魔族。俺の聞いた限り、手先の器用さから工芸や鍛冶などを得意とする種族ということだが……。
「いかにも。某は魔族領域西方出身の影鉱人。そして『万世流』の分派である『劫羅万世流』を修めた一人――」
男は、踏みしめるように、一段、一段と階段を降りてくる。
そして、幅広の武骨なショートソードを俺たちに向けて構えた。
「『劫羅の剣豪』バレラルド=ガイアスである」




