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#34 脱出、悪意の牢獄

 猪妖魔(オーク)の世界において「暴力」はあらゆる関係の基盤になる。


 物心ついたガキは、まず大人に倣い「ケンカが強いかどうか」で上下関係を築く。強い者に取り入り、弱い者から奪う……これこそが摂理であり、ガキの諍いに大人が口を出すことはない。

 殴られて泣きべそかいて帰ろうが、大半の家庭では「弱いお前が悪い」「殴り返してわからせろ」「それでもオレのガキか」と、親父にぶん殴られて終いだ。


 ぶん殴って言うことを聞かせられるかどうか。

 それは肉体の成長に従い「殺せるかどうか」に変わる。より一層深刻な結果がついてくることで、暴力は「遊び」から「世渡り」に変わっていくワケだ。


 強ェ奴は、何をしても許される。

 力に物を言わせて財産を分捕ろうと、能無しの頭をブッ殺して成り代わろうと、他人の妻を寝取ろうと、貧乏人を殴り殺そうと犯そうと、それは全部「自分の物を守れない弱さ」が原因とされ、それを憐れむ者など居ない。


 腕っぷしの「力」こそが、オレ達の世界における「法」だ。

 オレは、それを産まれながらに察していたし、兄者からも繰り返しそう刷り込まれてきた。


 だから俺は、魔都近郊の部族の「綺麗ごと」が、まったくもって肌に合わなかった。



   * * *



「……よし、牢を開けて子供たちを出そう」


「頑丈に作られた地下とは言え、爆発音で上階の者たちも気が付いたと思います。急ぎましょう」


 オレの兄弟弟子である「勇者カイト」は、師である森王リナと共に、鉄の檻に駆け寄る。そこに倒れた守護者(ガーディアン)の残骸には目もくれることなく。




 ――暴力の極致だ。


 確かに、コイツをぶっ壊したのはオレだ。だが、その前にこの巨大なゴーレムを無力化したのは、奴らの森羅万世流フォレスティアン・アーツの絶技によるものだ。


 だが、奴らはそれを誇ることも無く、すぐさま檻の側に回り込み、飛来する瓦礫を叩き落し、被害を防いだ。

 檻の中でしょぼくれた顔をした、なんてことのないガキどもを護るために。


 こいつらは、上階で盗賊どもの命を奪うことに、一切の躊躇も、高揚も無かった。任務だからという理屈はわかる。だが、それはオレにとってあまりに不気味だった。

 自分の力を発揮する場面で、こいつらの感情はまるで高揚していない。ただ粛々と、邪魔な存在を排除していく。


 あまりにも無機質な殺意に、オレは寒気を覚えていた。

 オレをしばいて得意げな顔をしていた純血どもの暴力とは、まるで違う世界が、そこにはあった。




「……ジャン」


「お、おう……」


 その場で固まっていたオレに、ヤツは視線を送った。

 ぼんやりしてないでさっさとやれ、って事だ。


 オレは、心の底から湧いてきた薄気味の悪さを振り払うように、鉄格子に向かっていった。



   * * *



 頑強な鉄の塊。

 ガキン、ガキンと、金属の衝突音を地下に響かせながら、錠前に向かって何度か剣を振るい、扉を固定する金具を切断した俺は、これを投げ捨て、扉を開いた。


 痩せた青魔族(ブルーデーモン)赤魔族(レッドデーモン)のガキが、震えながら俺の方を見上げていた。

 こいつらは、産まれながら強力な魔力を持ち、それを金に換え豊かに暮らしている。いわゆる「文民」のガキだろう。内功は人間並みに弱く、腕っぷしでオレたちに勝てる者は多くない。

 魔族領域においても、国境線に近い妖魔部族の領民と、魔都近郊に住んでいる譜代の領民の価値観はまるで違う。こいつらの貧弱な体格を見るに、恐らくまともなケンカもしたことがないと見える。


 ……だからこそ、やすやすと人さらいに捕まって、人間領域に奴隷として売り飛ばされるんだろうな。

 師匠と兄弟弟子は義憤で燃え上がっていたが、正直オレは何の感慨も湧かない。弱えェ奴の自業自得だとも思う。


「……おい、ガキども。さっさと出ろ。時間がねェんだ」


 オレが声をかけると、ガキどもは「ひっ」と声を上げ、尻をついたまま後ずさりした。


 ……そういや、誘拐犯も猪妖魔(オーク)だったか?

 まあ、ビビるのも無理もねェが、普通にムカつくな。

 俺も魔王の命じゃなきゃ、てめェらの命なんざ、助けたいなんて思うもんかよ。


 ……自分がどれだけ恵まれた側にいるか、わかってねェんだろ。

 粗末なメシ?不衛生な牢獄?自由の無い暮らし?

 そんなもん、俺にとってはなんてことない日常だったんだよ。

 


 ……仮に、オレがガキの頃に同じように攫われても、誰も助けに来なかっただろうよ。


 現に、おふくろは、誰からも助けられることもなく、親父殿の種で、オレを孕んだ。そんな世界で「助けてもらえる」のがどれだけありがたいことか、「助けてもらえない」ヤツがどれだけいるか、わかってねェんだ。


 ガキどもを見ていると、段々と苛立ちが湧いてくる。

 ……面倒くせェな。ぶん殴って、引きずり出すか?



「ジャン」


 オレの苛立ちを知ってか知らずか、後ろから声が聞こえた。

 それと同時に、何か黒いものが、放物線を描き、オレの手元に向けて投げられた。



「……なんだこりゃ」


 手元に感じたのは、柔らかくて、フカフカとした感触。

 持ち変えるとそれは「四肢」と「頭」のついた、黒い人形だとわかった。デカい鼻にちっこい丸い目玉。丸っこい耳。


 それは、野郎がオレの手習いに描き加えていた「ネコチャン」のそれだった。

 影編魔法(シャドウマジック)で作った人形……か?


 ワケも分からずヤツを見て困惑するオレに、奴は俺の後方を指さした。

 よく見ると、ヤツのそばには、ヤツの解放したガキどもが、同じような黒い人形をぎゅっと抱えて俯いていた。




 ……なるほど、「渡してやれ」ってことか。

 オレは、震えるガキどもに歩み寄り、不細工な「ネコチャン」の人形を、押し付けるように手渡した。


「……オレは盗賊じゃねぇ。ここから出してやるから、さっさと立て」


 面食らったように人形を手に取ったガキどもは、若干震えが和らいだように見える。……現金なガキだぜ。


「……怖えェなら、そいつでも抱いて我慢してろ。時間もねェし、オレから構ってもらおうとも期待すんな」


 多少落ち付いたのか、ガキどもは獄中から引き出された他のガキを見て、俺がカイトとリナのお仲間だと察したようで、ようやく「助け」だと理解したらしい。


「……行くぞ」


 ガキどもは、人形から俺に視線を移し、後に続いた。


 ……いちいち、手間のかかる連中だ。

 オレは、ヤツらと違って、ガキは好きになれんな。



   * * *



 オレたちは、階段を上り鉄の扉の前に立っていた。


「……おそらく、もう俺たちの行動は露見している。ここから先は連中との交戦だ」


「扉を開ける時点では、私とカイトさんが前面に出て攻撃に備えましょう。その後は、子供たちが全員外に出たのを確認して、私が殿(しんがり)を務めます」


「俺は前方と左側面を警戒する。ジャンは右側面を守ってくれ。……『変な形の杖』が視界に入ったら、大きな声を出して、防御に努めてくれ。その攻撃は俺とリナで対処する」


「……変な杖?」


「万が一だけどな。敵のヤバい遠隔武器で……超強力な魔法の矢だと思えばいい」


「…………」


 そういや、猪妖魔(オーク)領の道場で、そんなものを作ってるって噂を聞いたな。……まったく、因果なもんだぜ。




「……じゃあ、行くぞ」


 扉が、ゆっくりと開き、暗い石畳の一室に、光が差し込んだ――






「――撃てッ!」


 扉が開くと同時に飛び込む怒声。

 眼前には、正に「変な杖」を構えた連中が、オレたちにその先端を向け、構えを取り、金属の金具に指をかけていた。


「――陽炎(かげろう)!」


 響く轟音と共に、前方のカイトとリナの肩越しに、その景色が揺らぐ。

 そして、杖の先端から射出された魔力の弾は、その軌道を逸らし、壁に、天井に、小さな穴を開けていった。


「!」


「――飛燕(ひえん)!」


 ヤツらが剣を振るうと同時に、杖を構えた連中の首が飛ぶ。

 そして、ひとしきりの音がやむと同時に、ヤツらは速足で歩き出した。


「さあ、行こう。離れずについて来て」


 ガキどもは、死体を直視しないように、人形をぎゅっと抱きしめ、俯きながら奴の背中を追って、歩き始めた。オレも、ガキどもの横について、落伍者が出ないように出口まで誘導を始めた。


 ……倒れた首なし死体。流れ出る血液と共に、それは動きを止める。

 その不気味な存在を尻目に、オレは目を逸らすように、ガキどもの隣で歩き出した。


 死体にビビってるって面では、オレもガキと変わらねェか。

 ……オレも、たいがい甘ちゃんって事だろうぜ。




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