#33 突入、奴隷物流拠点
「――迅翼」
リナと俺の剣から放たれた輝く刺突の軌道が、虚空に突き刺さり、血を滴らせる。
やがて、血を流す人型の揺らぎは、その姿をあらわにして、膝から崩れ落ちた。
――エミリアの部下である魔術師から「看破魔法」を適用された俺たちの目には、レンガ造りの二階建ての建物と、その玄関先に立つ半透明の二人の姿が見えていた。
俺たちは、その人影の心臓に向けて遠隔刺突を行い、声を上げる間も与えず、これを葬り去った。
そして、建物に速足で駆け寄る俺たちもまた「不可視魔法」で姿を消している。
「……中に入ってから、看破魔法の有効時間が切れたら、どうなんだ?」
「結界の内部に関しては不可視魔法は適用されません。魔術師の魔力も有限である以上、内部の構成員まで姿を消していることは考えにくいですね」
ジャンヴォルンの疑問に答えるリナ。
俺も、走りながら彼女に問いかける。
「……俺たちの不可視魔法の有効時間は?」
「帰り道までは持たないでしょうね。……すぐに牢獄を見つけられなければ、姿を見られて交戦になるでしょう」
今の俺は、シーフスキルは既に消滅しているし、御影流遁法も弱体化してる。そこまで高度な物陰への擬態は出来なさそうだ。
……捜索は時間との勝負になるな。
「……解錠魔法」
俺は、人間領域の魔術師ギルドの残り香である解錠魔法を使い、音を立てることなく両開きの扉を開け、そっと扉を開いた。
早々に目の合った猪妖魔の男。
小さな金属製の笛を取り出した男の肺を、リナの遠隔剣閃が突き刺し、間髪入れず俺の「飛燕」の剣閃で首を刎ね、頭をなくした死体が柱の横に倒れ込む。
「……ジャン」
俺は、半透明で表情の見えないジャンヴォルンに声をかける。
はたと気が付いたように、彼は俺に視線を送った。
「死体を、そこの柱の陰に動かしてくれ。血痕を隠している暇はないが、露見は少し遅らせられるかもしれない」
「お、おう……」
「…………」
慣れたいわけでは無かったが、やっぱり俺ももう殺しが板についてしまったな。
勇者の本質は単独、あるいは少数パーティーで望む刺客であり「暗殺者」だ。
こういった無法者のアジトに突入し、人知れずこれを壊滅させる。アルフィードに居た頃から、俺のこなす「任務」はこれだった。
いくら人でなしが相手であれ、人間性の摩耗や葛藤はある。
……だが、今はその時ではない。やるべきことを、やる。
……外道にも不平や言い分はあるだろうが、因果応報。死者は語らずだ。
あとで弔ってやるから、恨んでくれるなよ。
* * *
――剣を下げた見張りが立っている。
魔石燭台の下で、軽装のプレートアーマーを身に着けた猪妖魔の男は、扉を横目に面倒くさげに足をパタパタと動かしている。
「外側から閂のついた鋼の扉……ですか。外観から魔術師団の想定した通気口の位置にも近い。あそこが地下牢の可能性は高いでしょうね」
「……閂は開いているな」
「…………」
俺たちが様子を伺っていると、中から盆と皿を持った青魔族の男が現れた。
「……食事を運んでいた、と見えます。構造から考えて、ここである可能性は高いですね」
「……リナ。正面からの外傷を目立たせないように始末できるか?」
「ええ」
青魔族の使用人と思しき男が歩き去ったのを確認し、リナは、剣を構えた。
「――梟」
リナが剣を振るうと同時に、見張りの男に剣閃が飛来する。
その軌道は、木々の間を飛び抜ける夜の狩人のごとく、隙間を縫うように曲がりくねり、男の首を後ろから斬り付ける。
脊椎を寸断された男は、何が起きたかに気付くことも無く、背中側に血を流しながら、その場に膝をついた。
「……よし」
俺は、手元で影を編み「紐」を作る。そして、U字にまがった燭台と男のチェストプレートのベルトを結び付けて亡骸を吊るし、壁にもたれて立っているように偽装した。
「これで、遠目に見ればまだ見張りを続けてるように見えると思う。声をかけられたらアウトだろうけど」
「……閂はどうしますか?」
「解錠魔法の応用で、中から動かしてかけられる。それでも、見張りが殺されたのが知れたら、中の仕掛けで空気を抜かれたり、毒ガスが撒かれる懸念はあるから、救出は迅速にすすめよう」
「了解です」
俺は二人に視線を送り、音をたてないように鉄の扉を開き、石畳の部屋に足を進める。そして、二人が中に入ったのを確認し、扉を閉め、閂をかけた。
* * *
薄暗い地下室。
俺は極東大母教会で再習得した「照明魔法」であたりを照らしながら、階段を降りて歩みを進める。
いつの間にか、俺たちにかけられた不可視魔法もその効果を失い、俺たちは互いの姿を視認可能になっていた。
……帰りは大立ち回りになるかもしれないな。
階段を降り、曲がり角を曲がった先には、石畳の広い空間が広がり、その奥には鉄格子が連なっていた。
その中には、木製の桶と麻の簡素な敷き布、そして小さな人影が粗末な食事を口にしながら、座り込んでいる。
……何度見ても、ひどい光景としか言いようがない。
反抗する力のない子供だぞ。よくもまあ、心を痛めずこんなことできるもんだ。
湧き上がる怒りを抑えながら、俺たちは歩みを進めていく。
平静さを失っては、連中の思う壺だ。
「……解錠魔法でも開けられるが、順々に開けてたら時間がかかる。リナとジャンは錠前をぶっ壊して、子供を救出してくれ」
「ええ。では、ジャンヴォルンさんはあちらから――」
リナの言葉が止まった。
俺たちの正面、部屋の中央。
どこかで、見覚えのある魔法陣が、青い光を放つ。
これは――
―――― 当該設備に、侵入者を確認。
―――― これより迎撃のため、防衛機構を召還。
錐のような頭。青く輝く単眼。
クロムのような鈍い金属光沢を放つ胴体。
その両脇に浮遊するのは、青い魔石の埋め込まれた、戦籠手のような巨大な腕。
―――― 守護者LV.4、起動。
―――― 保有資産防衛のため迎撃フェーズに移行。
「……ゴーレム、かよ?」
……こんな所でまで、コイツと戦るとはな。
だが、手間取ってる暇はねぇ。速攻でカタをつける。
「……リナ、右腕の根元を。俺は左腕をやる」
「……了解」
「ジャンは、合図したら頭を頼む」
「なっ……そりゃ、どういう……」
「叩き潰せば、それでいい」
俺とリナは、 守護者が手の甲から剣を出すより早く、その場で剣を構えた。
……コイツの手の内は、ガンミトラスでの戦いで既に知っている。
まともに接近してチャンバラなんぞしてやるつもりも、そんな猶予もない。
前の奴よりスケールは小さいが、コイツの両腕も魔石によって浮遊している。
ならば――
「――梟」
奴の両肩に、俺とリナの遠隔剣閃が伸びる。
それは急速に旋回し、本体と両腕の隙間に滑り込み、その根元にあった魔石に突き刺さり、これを叩き割った。
「……ジャン!今だッ!」
両腕が落ちると同時に、俺は声を上げた。
ハッとしたように、ジャンヴォルンはロングソードを構え、高く跳躍する。
「……森羅万世流ッ!」
真上に掲げたロングソードが、守護者の青い単眼を反射し、輝きを放つ。
「――雷槌ッ!」
火刃之型の剛剣。折れ曲がった軌跡の剣閃が、さながら避雷針の様な尖った頭頂部に叩きつけられる。
守護者の頭部は勢いよくへしゃげ、行き場をなくした青い光が、頭部に亀裂を発生させ、筋のように漏れ出す。
「退けっ!」
「!」
俺の声を受けて、ジャンヴォルンは守護者の胸を蹴り、後方に飛び退いた。
それと同時に、ゴーレムは轟音と共にその場で爆散した。
「叢雨――!」
事前に鉄格子の側に回り込んだ俺とリナは、後方に飛来する破片を全てレイピアで突き刺し、その背後への被害を防ぐ。同時に、ジャンヴォルンも「巌」の構えを取り、自身に飛来する瓦礫の尽くを叩き落した。
核を剥き出しにする守護者の残骸。
もはや機能しないと思うが、万が一に備え、俺は再び構えを取った。
「――象形剣『アンナ=バイオレット之型』」
龍王の「龍鱗剣」の斬撃を、俺のレイピアから放たれた幾重にも重なる「重い」剣閃が、再現する。
「地走」
大地を走る「削り」の斬撃。
地に伏せる守護者の核に衝突したそれは、巨大な魔石を輝く青い粉塵へと変え、その動作を完全に停止させた。




