#32 魔族領域ダンジョン
魔都プシュリオールより数十キロほど西。魔王直轄領と部族領の境界近くに広がる荒れた台地。
アンナとリナに率いられる形で、自動操馭魔法の魔導術式を仕込んだ鞍を着用した陸騎龍に乗った俺たちは、数時間をかけてその地までたどり着いた。
そこに待機していたのは猫魔人と青魔族の集団だった。おそらく、ノアとエミリアの部下……諜報部隊だろうか。
俺たちは陸騎龍から降りて、彼らの元に歩み寄って行った。
その姿を認めた青魔族の青年が、アンナの前に片膝をつき、礼をした。
「遠路よりお疲れ様です。森王閣下、龍王閣下」
「うむ、ご苦労」
「……そちらの方々は?」
「彼らは『カイン』と『ジャン』。森王と私の元で森羅万世流を修行し、段位を取得した者たちだ。此度の作戦でも役に立つと判断し、連れてきた」
「お二方の、直弟子の方でしたか。遠路よりお疲れ様です」
「お、お勤めご苦労様です……」
……俺は、片膝つかれるほど偉くないんだけどな。
ジャンヴォルンともども、なんとも座りが悪い気持ちを感じていたが、そんな事を言って話の腰を折っても仕方ない。俺も軽く会釈をして、彼とアンナたちの会話に耳を傾ける。
「書簡にて伝えました通り、この先に奴隷商の拠点を発見しました」
「……建造物は見えないが?」
「不可視魔法の結界で、外部から建物を見えないように偽装しているようです。エミリア様より共有いただいた『グルドンド候の供述資料』の記述とも一致していますので、ここで間違いありません」
「!」
……因果というべきか。ジャンヴォルンの父親……プロシューダ=グルドンドも、件の組織のやっていた人さらいに一枚噛んでいたってわけか。
その壊滅のために息子であるコイツが向かうことになるなんて、皮肉としか言えない。
「……大丈夫か?ジャン」
「……問題ねェよ。魔王の元で働く以上、親父殿の残党と戦ることだって、そりゃあ、あるだろうよ」
「…………」
「猪妖魔は……そんなセンチな性分してねェよ。さっさと、済ませようぜ」
――乾いた風が、俺たちの髪を揺らす。
いささかの場の不穏さを察しながらも、諜報部隊は淡々と、状況説明を続けた。
* * *
――ダンジョンには二種類ある。
ひとつは、「先史時代の古代文明の残した、数々のトラップやゴーレムの守る遺跡」。俺と、アンナやリナが出会った、ガンミトラスのようなそれだ。
そして、もうひとつが「新しい年代に作られた、魔物の巣窟と化した建造物」。これは先述の古代遺跡の遺構を利用する場合も多く、野生動物の住処になっていたり、盗賊のねぐらになっている。
今回の施設も、その意味では「ダンジョン」だ。
おそらく、組織の末端構成員が常駐し、魔族領域で行われた誘拐被害者を集積し、「出荷」までの間、捕らえておくための牢が存在する。……かつて、青魔族の少女サフィを捕らえていた、洞窟の牢のように。
想定される建物の規模は大きいものではない。
結界の看破を行った術師によると、せいぜいが、二階建ての館だろうという想定らしい。
元々は使用されなくなった前魔王時代の政府施設を改築したものとみられるが、その内部構造を当時の資料のまま考えるのは危険もある。
遮蔽結界で建物を見えなくしていることからも、その内部には魔法トラップなどを設置している可能性は少なくないし、「商品」を捕らえる牢は、脱走や救助を阻むため、対策としていっそう堅牢なセキュリティが存在することだろう。
「かつての見取り図からも、施設には『地下室』があることが想定されます。誘拐された子供たちは、そこに居る可能性が高いかと思われます」
「……根拠は?」
「ダンジョンが『地下や洞窟にある』ことにも通ずるのですが、大陸の岩石には魔石由来の魔力の反射作用があります。煉瓦などでもその作用は発揮されますが、全体が地中にある方が、低い工数でトラップゾーンが構築しやすいためです」
「ふむ」
「また、今回のような襲撃から構成員が逃走を図るために、地下室に兵を張り付けにして、逃走経路の導線をそこから離して安全な撤退を可能にする、そのような設計も考えられるでしょう。……そして」
「……?」
「……『処分』や『証拠隠滅』も容易になるためです」
「…………」
相変わらず、吐き気のする話だ。
連中は人の命を、子供を、なんだと思っている。
命の軽いこの世界にだって、少なからず子に対する情は存在する。
そして、生き残るために、それを天秤にかけざるを得ない者たちの選択を上段から否定することは、恵まれた人生を送ってきた人間特有の、愚かな物言いなのかもしれない。
だが、敵国の外道に売り飛ばすために、子供をさらい、不衛生な牢に閉じ込め、逃げ伸びるために囮にしたり、自分の保身のために殺す?
……ふざけやがって。
そんなクソみたいな行いを肯定する道理なんて、どこにあるものかよ。
時代も、社会も、血統も、それを肯定する言い訳になんて、させやしない。
もう俺は、「異世界人」として傍観者を気取るつもりはない。
俺は、この世界の当事者だ。
……社会に寄生し、ひっかき回す、人でなしの反社集団が。
外道相手に、一切同情する気はねぇ。跡形もなく、潰してやるよ。
「……力が入り過ぎですよ。『カイン』さん」
リナが俺を、「偽名」で呼んだ。
一瞬の違和感が、頭にのぼっていた血を、ゆっくりと引かせていく。
「貴方の怒りは、痛いほどわかります。ですが、今の私たちがなすべきことは、怒りに任せて敵を斃すことではなく、無辜の民を救うことです。感情の昂りで、剣技を鈍らせてはなりません」
俺は、握りしめていた剣の柄からそっと手を離した。
……冷静さを欠くところだったな。
サフィやエリスの一件、ジャンヴォルンの生い立ちの話もあって、少し気が立っていた感覚は否めない。
グレタの族滅疑惑にブチ切れた時もそうだったが、無思慮に危険に飛び込んだところで、何も解決はしないし、相手に手玉に取られるだけだ。
俺は被害者ではない。彼らを助ける立場だ。ならば、怒りは「原動力」にはしても「行動指針」にすべきではない。
つとめて冷静に任務を遂行し、被害者を無事救出すること。俺のやるべきことは、それだ。
「……少なくとも、主犯と思しき者は生きて捕らえるべきだな。エミリアの自動審問魔法も、死人には使えない。どの道、連邦法では奴隷を禁止しているし、人間領域に売り飛ばすのは殺人に等しい利敵行為であり、遅かれ早かれ死罪は免れんよ」
「……オレの地元では、人間奴隷に剣を持たせて賭け試合やってたけどな」
「それは、捕虜の扱いとしても不適切だな。これから、直轄軍が常駐するから、そのあたりは順次摘発、元締めも解体していく。君も、我々の元で働くなら、協力してもらうからね」
「……そうかい」
この世界は、まだ「文明的」とは呼べない。
だが、それを変えるために、一歩ずつ、社会は歩みを進めている。
……少なくとも、グレタは、前に進もうと藻掻いている。
俺の成すべきことはひとつだ。
前近代の負の遺産を、野蛮で強欲な暴力を、理性の元に運用される暴力で粉砕する。
きっと、「勇者」とは、その為の「装置」なのだろう――
* * *
「では、私はヤツらの逃走の足……陸騎龍を鹵獲したのち、周囲を巡回しつつ、獣王軍、鬼王軍の部隊から連絡魔法を受信次第、逃亡者の元に向かい、これを捕縛する。カインとジャンは、リナと共に施設に潜入し、捕らえられた者を救出し、ここまで誘導してくれ」
アンナが視線を逸らした先には馬車……いや、多人数を収容可能な陸騎龍に引かせる大型の車両が停車していた。
「おそらく、建物内に監禁されているのは大半が子供。重龍車の積載人数には収まるとは見ています。護衛についても、獣王軍の前衛、鬼王軍の後衛が居るので、後れを取ることはないでしょう」
「万が一があれば、私がここに加勢に戻るから、三人は内部の探索に集中してくれ」
俺とジャンヴォルン、リナは頷いた。
「私たちの最優先事項は、地下室への入り口を見つけて人質を救出すること。原則として隠密行動をとります」
「……敵と遭遇した場合は?」
「こちらに気付いていなければ、気絶させたり拘束して武装解除で十分ですが、声を上げそうになった場合や、我々や人質に危害を与えかねない場合は、殺します」
「……その過程で、この施設の責任者を殺してしまう可能性はあるのでは?」
「……基本的には、身なりや立ち振る舞いから判断する形になりますが、本作戦の優先目標は監禁された被害者の保護と、取引証拠の接収です。責任者の確保が出来るのが最善ですが、万が一の時は躊躇わないでください」
「了解」
俺は、ジャンヴォルンの方に視線をやった。
……深刻そうな面持ちで、これからのことを考え込んでいるようだ。
それは、父の非合法活動の残党を討伐することへの逡巡……とは、少し違うように感じる。
……そもそも、だ。
ジャンヴォルンは、魔族を殺したことがないのではないか。
彼は、猪妖魔領で鍛錬を積んだらしいが、実戦として略奪や戦争には参加しなかったという。森羅万世流の鍛錬も、あくまで剣技を技術として学んだだけ。人を斬る経験を積んだわけでは無い。
……俺は、それは決して「弱さ」だとは思わない。
他人なんて、殺さずに生きていけるに越したことはないのだから。
だが、俺たちは魔王の元で戦士として戦うことを決め、鍛錬を積んだ。
そして、これから「他人を殺す」機会は必ずやって来るだろう。
つまり、この任務は、ジャンヴォルンの戦士としての「通過儀礼」でもあるのだ。
殺し合いの極限状況で求められるのは、決して「正しさ」や「優しさ」ではない。「血に酔う」必要はないが、「血を見ること」を恐れては、自分が、仲間が、死ぬ。
……俺も、コイツに大分情も湧いた。
できることならば、コイツにだって他人を殺さない人生を選んで欲しいとも思ったが、他でもない、コイツが選んだ道だ。
…………なら、だ。
「ジャン」
俺の声を聞いて、ジャンヴォルンははたと顔を上げ、俺を振り向いた。
「……俺はさ、胸糞の悪い悪党に殺されるのは御免だし、お前にも死んで欲しくないよ」
「…………」
「……一緒に生きて帰って一杯やろう。頼りにしてるぜ、兄弟弟子」
ジャンヴォルンは、ふんと鼻を鳴らして目を逸らした。
……死亡フラグっぽい物言いになったか?
ま、婚約者の話とかじゃないし、そこまでじゃないだろ。
「……では、作戦行動を開始する」
アンナの指示を受け、俺たちは魔族領域の悪意に覆い隠された、悍ましき「敵」の巣窟に向けて、その足を進めて行った。




