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#31 修行引継ぎと、新たな任務

 ――壮行会から数日後。


 修行に区切りがついたとはいえ、鍛錬は継続だ。

 俺たちは朝の走り込みと筋トレを終わらせて、離宮の道場で自主練として打ち合い稽古に励む。継続は力なり、と言った所だろう。


 ……そもそも、俺の実力は戦場でも使える程度の目安として「有段者」にはなったが、決して達人というわけでは無い。

 戦闘に際しては、四天王か魔王に【禁環封呪(エンゲージ)】解放の承認を得て行う形でチートも行使することになるが、素の実力は俺が鍛えることでしか身につかない。

 これからは、リナの教えを元に実戦を通して「自分で鍛えていく」必要があるわけだ。であれば、基本の反復は彼女の手を離れても続けるべきだろう。


 目指すは最上位の六段だが……それは本物の「森羅の剣聖」の領域だから、いささか大言壮語かもしれない。

 ……けど、やっぱり、ズルじゃなくちゃんと自分の力にしたいって気持ちはあるわけで。ここは「できるかどうか」は一旦横において、コツコツ、一歩ずつ、自分にできることを増やしていこうと思う。



 さて、お世話になった龍王軍の衛生兵たちは、壮行会の後に別の任務に戻ったらしい。いささか寂しい所ではあるが、日課の鍛錬においてもはや深刻な肉離れなどもなく、専任の回復役は俺もジャンヴォルンも不要となっていた。

 素の技術では俺に一日の長があるが、膂力はジャンヴォルンに分がある。俺も回復魔法を使えるので、お互い怪我も織り込み済みで、存分に全力で打ち込み合っている。

 勝敗の拮抗する実力の近い相手との競争は、課題意識の明確化や創意工夫で追い越し追い越されと、緊張感もあってなんだかんだ楽しいもんだ。格ゲーのランクマッチ的な。


 おそらく、ジャンヴォルンももうじき別の任務で別れることになる。何かと生意気なヤツだが、やはりずっと一緒に鍛えた兄弟弟子との別れは寂しくもある。


 ……流石にジャンヴォルンも、もう四天王への復讐は考えていないと思う。アンナやリナについては、その教えを拒むようなことも無かったし、鍛錬の日々で大分態度も軟化した。




 グルドンド候の死について、直接的な仇は四天王であっても、それは個人的な野心による謀反が招いた結果であり、それを唆した元凶は「貴種選民独立自治同盟(M.A.F.I.A)」だ。

 恨みの筋の矛先は俺たちと一致する。


 ……というか、そもそもジャンヴォルンは、親の死の無念を、俺たちの前で見せたことはないのだが。

 復讐のための牙を隠している……ってほど器用なヤツでもないと思う。なんだかんだコイツは、物事の筋道をしっかり理解しているのだ。


 ……それでも、血の繋がりへの情は捨てきれないのも、人の心。孤独や虚無感を感じないわけもない。

 一人でいるジャンヴォルンの表情に憂いを感じる場面は少なからずあった。


 ……俺からすればコイツの親父は、親としても男としても見下げ果てた奴だし、忘れちまった方がいいとも思う。

 もし、コイツが奴らに倣って略奪や強姦を楽しむ外道に育っていたなら、俺も仲良くしたいなんて思わなかった。


 ……それでも、親兄弟に持っていた戦士としての尊敬は、彼らから認められたいという気持ちは、ジャンヴォルンにとって嘘のない本心だったんだろう。

 俺の恨みで、コイツの過去の思いや、愛への渇望を否定したいとも思わない。人が人を思う気持ちは、他人にどうこう言われる筋合いのものではない。


 だが、人の繋がりは血縁だけではない。これからのジャンヴォルンの戦いが他者のための物であるならば、いずれ彼を認める存在は増えていくはずだ。

 今では、コイツも剣術修行に前向きになって、過去を振っ切りつつある。きっと「恨み」にのみ突き動かされる人生を送るよりは、健全なはずだ。




 ……まあ、やっぱりこう、世界は平和が一番というか。

 大変な人生を送ってきたコイツにも、何か穏やかな日々の営みの尊さみたいなもんを、実感できる機会に恵まれればいいなと思う。


 それと、コイツは恥ずかしがるだろうし、俺から言うつもりもないけど、いつかは肩を並べて戦えればなぁ、とも。




   * * *




「こちらにいらしたんですね、ふたりとも」


 離宮の一室で羽ペンを走らせる俺たちの元に、リナとアンナがやってきた。


「……書き取りの練習か?」


「ああ、これから任務に際して報告書書くことあるかと思ってさ。この世界の文字について、ジャンヴォルンに教えてたところ」


 羊皮紙……というべきなのだろうか。家畜モンスターの皮革を薄く延ばして処理した紙に、俺はこの世界の文字と単語をかき出した教材を作っていた。


 転移時点から俺は、現実世界の日本語に相当する程度の語学を習得していた。

 ……知るはずの無い知識が頭の中にあるのはいささか不気味ではあるが、まあこうでもしないと言葉も通じないわけで、転移者にとってはデフォルトの特典なのだろう。


 この世界にしか存在しない概念や固有名詞の語彙は、滞在中の聞き取りや辞書を借りて調べる形ではあったが、【逆吊巧者(ハングドマスター)】で強化される知識に関しては、直接脳内に展開しているらしい。

 チート喪失を経験してから俺は、特に魔法に関して習得知識を書き留める習慣をつけていた。知識で補える部分は、手を動かすことで予防線も張れるはずだし、万一への備えはあるに越したことはないだろう。


「……この、右端の動物は何ですか?」


「うーん、犬じゃないよなぁ……耳は丸くて鼻がでかい……木登小熊(コアール)かな?」


 ……知らない動物の名前だ。この世界特有の動物だろうか。


「……『ネコチャン』だとさ」


「えっ……」


「…………」


 二人は目を見合わせ紙をもう一度見る。

 そして、何とも気まずげな表情を俺に向けた。


「ど、独特な絵ですね……」


「ククッ、素直に『ヘタクソ』って言ってやればいいんじゃねェかな」


 ……傷つくぞ。


 まあ、通信教材よろしく、長々退屈な文字を見るより親しみやすいかと思ってだったけど、無理して挿絵を描くこともないかもなぁ。

 というか、この辺ってアキラの勉強見てやった時に、アイツへの対抗心で描いてたのが、いつの間にか手癖というか、勉強の合間の息抜きみたいになって、落書き的に習慣になっちゃったんだよな。

 読む側のためというか、俺の趣味みたいになってる所は少なからずあるかもしれない。




「……それで、両閣下は何の御用向きで?」


「あっ……そうでした。これから先の話についてです」


 そう言って、リナは左手に持っていた紙を俺に差し出した。グレタからの速文魔法(エクスプレス)による辞令だろうか。


森羅万世流フォレスティアン・アーツの段位取得に合わせ、まずカイトさんの修行はノアさんとエミリアさんに引継ぐ形として、獣形遁法(ビースト・アーツ)と、影編魔法(シャドウ・マジック)の習得を行って頂くそうです」


「……影編魔法(シャドウ・マジック)か」


 俺は、掌をすぼめて影を作り、魔力を流してこれを編み、机の上にある羽ペンを模した黒い塊を作った。


 影編魔法(シャドウ・マジック)は、影に魔力を通すことで物質を再現する魔法だ。その重量や材質は自由自在だが、有用性の高いものほど難度は高い。今の俺に作れるのはこの程度の小物ぐらいだ。


「……へぇ、もう使えるんだな」


 アンナは俺の作った黒い羽ペンをひょいと持ち上げ、その毛並みを指でなぞって、感心していた。修行が終わった後に手遊び的によく作ってたからなぁ……言ってしまえばペン回しみたいなもんだ。


「この修行が始まる前に、エミリアから簡単なものを習ったんだよ。これからの修行では、それをもう少し先まで進める感じかな」


「恐らくですが、『剣』を形作れるようにするのではないかと思いますね。魔力で武器を編むことが出来れば、質量や大きさも変幻自在になりますし、状況に応じた戦術が組み立てやすくなるでしょうし」


 ……そういえば、エミリアの虚影散刃(シャドウ・ヘイル)は、具現化した影の剣の投射だし、最初に会った時の彼女の武器も、三叉槍(トライデント)やらハルバードやら投げナイフやら、自由自在だったもんだ。


 森羅万世流フォレスティアン・アーツはあらゆる事象を再現する象形剣だが、ぶっちゃけ剣技でアンナの「地走」を再現するなら、最初から「龍鱗剣(ドラゴンスケイル)」を持っていた方が手っ取り早い。「自由に武器を作る力」は、戦術の効率化の面でも役に立つだろう。




「そして、ジャンヴォルンさんは私とアンナさんと共に、あなたの故郷である猪妖魔(オーク)領に……カイローン丘陵自治区に向かって頂きます」


「!」


 その言葉を聞いて、ジャンヴォルンは、僅かにその肩を震わせた。



 ……「故郷」か。

 コイツにとって、あまり良い思い出は無い地だろうが、土地勘のある関係者の存在は貴重ではある。


「あなたには、我々と共に『アイベリク家』の爵位授与式に出席していただき、その後に魔王様直属の扱いとして、新たな部隊の立ち上げと、その教練や指揮を担ってもらうことになると思います」


「……『新たな部隊』?」


「領内の『混血猪妖魔(ミックスオーク)』を主体とする、魔王直轄の治安維持部隊の創設です」


「!」


「部隊の立ち上げに際しては、私とリナが同行して、今回の教練を元にした訓練を行う予定さ。今回の鍛錬は、そのためのフィールドテストでもあったわけ」


「……猪妖魔(オーク)部族の人間領域への侵略は、領内における混血差別は、かねてより陛下の悩みの種でもありました。だからこそ、その痛みを知る貴方のような『人間の血を引く者』に、その抑止を担って頂きたいということなのでしょう」


「…………」


「加えて、私たちの『敵』の策謀により、国境線付近の犯罪が増加し治安が悪化することも、今後の懸念としてあります。それに際して、あなたとその部下には『遊撃隊』としての役目が求められることになるでしょう」


「部隊指揮や組織運営、規律の維持のための手管は、私たちから教えてやれる。陛下としては、君にも故郷に錦を飾らせてやりたい、と言った所だと思うが……ジャンにとっては因縁の深い故郷だ。陛下は君の意向を汲むとのことだが、なるべく早めに答えを出して欲しい」


「…………」


 ジャンヴォルンは、僅かにうつむいた。その表情には逡巡が見て取れる。



「……オレが権力を握って、故郷の鼻持ちならない純血どもや人間領域にちょっかいかけないほど、良い子ちゃんに見えるのか?アンタらには」


「…………」


「……オレはよ。結局、性根の捻くれた、弱い者いじめ大好きの猪妖魔(オーク)なんだぜ?高く買い過ぎなんじゃないか?」


 少しの沈黙の後、アンナは口を開いた。


「まあ、私やリナにとってはね、君は可愛い弟子だ。決して悪事に手を染めることはあるまいと買ってはいるけど……」


 一拍を置いて、アンナは冷たく睨むような視線を送った。


「……身も蓋もない話、任務への怠慢や横暴は魔王様への反逆だ。それの意味するところは……わかるだろう?」


「…………」


 アンナは、リナに視線を送る。

 彼女も、複雑そうな面持ちでジャンヴォルンに視線をやった。


「引き受けるのなら、職責は全うしてもらう。私やリナは……多分カイトも、君を信じたいんだ。だから、私たちを悲しませるようなことは、しないでくれると嬉しいよ」


「…………」




「……少し、考えさせてくれ」


「ああ、時間は無限ではないが、将来にも関わる選択だ。しっかり悩んで決めると良い」




 ……やはり、シビアな話ではある。

 当人が言う通り、コイツが「根っから良いヤツ」ではないことも、また事実なんだろう。


 でも、俺はどうしても、ジャンヴォルンを「根っから悪いヤツ」とも断じきれない。選択できなかっただけであれ、状況に流された結果であれ、コイツは「奪いに行く」ことをしなかった。そんなヤツなんだ。


 勝手に理想を投影して、期待するのも違うのかもしれないが、それでもコイツはまだやり直せるはずだ。やり直して……いいはずなんだ。


 俺は、ジャンヴォルンに、何か声をかけようと思い立ちながらも、それでも何を言ってやればいいのかわからず、落ち着かない気持ちでその場に立っていた。




 そんな中で、何者かがドアをノックした。

 入って来たのはローブを着たエルフの女性……おそらくリナの部下の魔術師だろう。

 彼女は、封印された書簡をリナに渡し、部屋を後にした。


 彼女はその内容を改め、ゆっくりと口を開いた。


「……二人のこれからについてを話しましたが、その前にやるべきことが出来ました」


 リナはアンナに書類を見せる。そして彼女はリナと視線を交わし頷いた。


「ジャンの実戦経験にも丁度いい。私たち四人で向かおう」


「……?」


 状況の掴めない俺たちに、アンナは言葉を続けた。




「――魔都近郊に『敵』の人身取引のための拠点が確認された。これを壊滅させる」




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