#29 魔王とメイドさん
勇者様が……カイトさんが、城下で鍛錬を始めて、はや数ヶ月。
私は魔城にてグレタ様の身の回りの世話をさせて頂いている。
それは、特に彼女から求められたというわけでも無いけれど、食客として何もしない日々を送るのは、城の方々にも、がんばっているカイトさんにも申し訳ないと思ったから。
ちょうど、侍女長と近しいメイドたちが敵との密通で島流しになった件で、グレタ様の世話役が居なくなったこともあり、王宮でのメイドの経験のあった私がそこに立候補した形になる。
他の侍女の方には懸念を持つ方も多かったようだけれど、それでも侍女長の代わりになる方が居なかったこと、私も勇者様と同じく「自動審問魔法」「看破魔法」「禁環封呪」などで反抗の余地が無いことが明確だったこと、そして「私を監視する者」をつける必要があったことから、互いの事情が一致した。
つまり私は、魔王であるグレタ様の世話をすると同時に、彼女と行動を共にすることで、魔王直々の監視を行われている、という次第。
そんな中で、カイトさんの修行の経過は、度々送られてくる「速文魔法」の手紙でグレタ様に報告されており、カイトさんの今を気にする私に、彼女は手紙の内容を読み聞かせてくれた。
いわく、彼は森王リナ……さんの元で、順調に森羅万世流を身につけているとのこと。
……正直なところとして、鍛錬が始まってしばらく、私は彼のことが心配で仕方なかった。
彼はアルフィードの王都で剣技を取得するために道場に通うも、その門下生たちから暴力的なしごきを受け、度々怪我をしていた。
そのことを思うとやはり、今回の彼の修行についても理不尽な暴力にさらされるのではないかと、心配は尽きなかった。
……ましてや、リナさんはカイトさんのことを……勇者のことを、露骨に毛嫌いしていた。
その経緯……森王の故郷が、かつての勇者の暴虐によって蹂躙されたという話を聞けば、それは仕方ないことだとも思う。
実際、私の偽りない気持ちとして、彼の同期となる門下生が、猪妖魔の首長「グルドンド侯爵」の子息と聞いた時、警戒してしまう部分は大きかった。
やはり、あの戦場で起こったことを思うと、今も私の心はざわめきを感じる。
けれど……それでも、カイトさんが「勇者だから」というだけで、責められるのは間違っていると、側で彼を見てきた私は感じる。
彼は、清廉でまっすぐに生きている、誰にもやさしくしようとする立派な人だ。それを、肩書だけで判断してはいけないと……思う。
だから、私は「生まれで人を判断すべきなのか」という問いに、矛盾した二つの気持ちを抱えながら、魔王城で彼の身を案じ、悶々とした気持ちを抱えて日々を過ごしていた。
「……まあ、報告を聞くに、今はあまり問題はなさそうだよ?」
その長い赤髪を、私に櫛で梳かれながら、グレタ様は報告書を読み進める。
どうやら、ちょうどこのタイミングで「速文魔法」が届いたようだ。
「当初こそエリスの心配通り、ジャンヴォルンとの暴力的な衝突や、リナとの険悪な雰囲気はあって、食事も同席を避けていたみたいだけど……今では打ち解けたみたいで、教育の効率も上がって、段位相当の実力を身に着けたって」
「ぼ、暴力的な……?」
「……あー、最初の方は、ぼかして伝えてたしね。まあ『結果良ければ』って所で勘弁して欲しいかな」
……やっぱり暴力沙汰はあったんだ。
あまり、いい気持ちはしないけれど、それでも確かにグレタ様の言う通り、今の関係が良好になっているのなら、悪いことではない……?
うーん……
彼の人格を思えば、他者の立場や傷に寄り添って信頼を得ていったということはわかるし、そこで私が過干渉気味に止めに入っても、仕方ないことではあったんだろうけれど……。
……私としては、彼が帰ってきた時に、理不尽に対して鬱屈を溜め込んだりしていないことを祈ることしかできない。
もどかしい話だけれど、彼が傷ついていたなら……
その時は、その、私が、彼に、寄り添えれば……
「ふむふむ、『走馬の明』での対話か……なるほどなぁ」
「……?」
「ああ、リナの使える奥義のひとつでね。簡単に言えば『剣を打ち合うことで、相手の人生や心の裡を読み解く』ことができるの。カイトも、英雄技能でこれを使って、お互いの内面を読み合って、わだかまりが解けた……ってコト」
……剣を使って連絡魔法をする……みたいなもの?
確かに、それでカイトさんの人となりを知れたなら、警戒を解いて打ち解けられたということは、納得もいく。
そうか……、ちゃんとカイトさんのことを、理解してもらえたんだ……。
……やっぱり、あの人は異世界からの転移者である以上、ルーツと引き離されたこの世界では、孤独を感じてしまう所はあるわけで。そんな中で彼の理解者が増えたのは、きっといいことなんだと思う。
わたしは、ほっと胸をなでおろした。
「まあ、連絡魔法と違うのは、隠し事が一切できない点だね。情けない過去や恥ずかしい過去も含めて、残酷なほどに突きつける精神修行が『走馬の明』だからね」
……思ったより、過酷な話みたい。
本当に大丈夫なのかな……。
「リナは、自分のことを良く知る祖母としかやったことなかったらしいんだけどね。それを憎い『勇者』と打ち合うってのは、やっぱり覚悟がいることだよ。リナ自身が壁を乗り越えたことで、勇者との関係も見つめ直して、お互い歩み寄れたって事だろうね」
……そっか。
金環の四天王なんて、魔族の「力の頂点」の人たちには無縁のことと思っていたけれど、彼女たちにも心に抱える負い目や、乗り越えるべき壁があって、それと向き合って成長しているってことなんだ。
……私も、勇者様に見合う人になれるように、もっと成長していかなきゃ、なのかも。
「なるほどなぁ……。となると、お互いの心の裡を、人生を、全て曝け出した仲……。今のカイトの最大の理解者はリナで、リナの最大の理解者はカイトってことになるかぁ……」
「!」
「ふふ、ノアやエミリアにばかり気を取られてたけれど……これは思わぬ大穴だ。『嫌い』が転じて『好き』になる……感情の高低差があるほど、男女も惹かれあうものさ。これからは、もっとリナとカイトが親密になれるように、任務の配分を……」
「痛っ!いたた……髪引っかかってる、エリス!」
「あっ……!ご、ごめんなさい……っ!」
私は、魔王様の髪に引っかかっていた櫛の歯を抜き、絡まりをほどいた。
「まったく、もう……」
で、でも……まさか、リナさんとカイトさんが……?
でも、全部を曝け出すってことは、彼の良い所を、全部理解できてしまうなら……。
彼に、惹かれない女性は……居るのかな?
そして、全部を話してなお、カイトさんが彼女を拒絶せず、歩み寄れてるってことは……カイトさんも、リナさんに悪い気持ちを持ってないってことで……?
私に話してない、異世界のことも全部、リナさんは知ってるってことになって……?
………………
「……キミねぇ」
魔王様が呆れたように口を開き、私は我に返った。
「……意地悪言ったのは私だけどさぁ。深刻な顔し過ぎじゃないの?心を全部知ったからって、一緒にいた時間が無くなるわけじゃないんだし、彼だって命を懸けて自分のことを助けてくれた女の子を、やすやすとポイするような男じゃないんでしょ?」
「…………」
「……私としては、リナ……に限らず、四天王の誰かにカイトとくっついて欲しいってのが本心だし、その為に動こうとは思うけどね。キミが思ってる以上に、彼はキミのこと好きだと思うし、こっちはそれでたいそう難儀してるんだからね?」
魔王様は両手を水平に広げたポーズをする。私は、テーブルの上で畳んでいた肩衣を、彼女の体にかけるように纏わせる。
「……キミは私たちの強敵なんだから、強敵らしく、どっしり構えて振舞いなさい。そうじゃなきゃ、こっちまでいたたまれなくなっちゃうからね」
彼女が顎を上げるのに合わせ、私は彼女の首元のホックをしめた。
……そうは言っても。
私と彼は「恋人」では無くて……彼の選ぶ道は、命をかけた戦いの道であって。
いつか、いつかと、彼が安らぎの日々を送ることを願いながらも。
彼が「勇者」であろうとする限り、私は戦いの場に私情を持ち込んだりせず「勇者のメイド」でいなくちゃって思う。
そんな日々が、いつ終わるのか……私にはわからない。けれど、私が彼に「勇者」であることを望んでしまった以上、私はそれを支える立場でいなくちゃって、そう思うから。
私は、グレタ様の首に白いストールをかけた。
魔王としての一式の礼服を纏った彼女は、寝室の扉に向かって歩み出し、私は彼女を追うように、部屋の出口へと向かっていった。
「……まったく、この子にまで情が湧いたら、板挟みじゃないか。もっと本気で競争して欲しいもんだよ、どっちもさぁ……」




