#28 走馬の明「キライじゃないよ」
「全知剣界『走馬の明』――」
――童貞野郎と同じ型で、エルフの……師匠が構える。
だが、今回は「前の立ち合い」とは条件が違う。
野郎の「英雄技能」は、森羅万世流のすべてを使えるようにする……らしい。つまりは「走馬の明」でお互いを真似し合う打ち合い……ってコトだ。
師匠曰く「完全なる森羅の剣聖の打ち合いを見ることは、多くの学びがあるだろう」らしい。
正直、まだ半信半疑なところはあるが、オレのこれからを考えれば、意地を張って「見ねェ」選択をしても仕方ねェ。
……認めてやるよ。手前ェは、俺より強えぇ。
だが、才能だけでアグラなんてかかせねぇ。
……見せてみやがれよ、お前の剣を。人間の限界ってヤツを。
残さず……オレの糧にしてやらぁ。
* * *
――嘘だろ、おい。
「ああ、やっぱり初見じゃ、信じられないよな……」
「いや……なんで木剣を振るって、足元の草むらが禿げ散らかしてんだ?」
「飛翔斬撃……『風刃之型』の鍛錬の行き着く先だね。速度を極めれば、斬撃は『飛ぶ』んだよ」
「…………」
「まあ、言ってもリナも全力ではないね。彼女が本気で剣を振るったら、あの丘の上の樹も両断できるよ」
「フカシ……じゃ、ねぇんだろうなぁ……」
オレはため息を漏らした。
……正直、この数か月でオレの剣技は飛躍的に向上した。ハッキリ言や、もう地元のクソガキに剣で負けるとは思えねぇし、何なら兄者だろうとボコってやれるんじゃないかと思ってる。……おっ死んじまったけどな。
だが、目の前の勇者と四天王の打ち合いを見れば、俺の剣技は、ガキの遊びだ。
素のアイツと互角に技を伸ばしてたと思ってただけに、「英雄技能」ってもんの理不尽さをまざまざと突きつけられる。
……追いつける気がしねェな。
上には上がいるというが……ここがオレの限界かね。
「……悲観することはないさ。ジャン坊はあの子より十歳近く下だろう?まだ身体の成長の余地もあるし、剣才も十分ある。鍛錬を続けていけば、まだまだ上に行けるさ」
龍王の気休めを聞いて、オレはヤツらに視線を戻す。
あんなバチバチに斬り合って、二人して笑ってやがる……。
アレを楽しめるってのは、流石にモノが違うだろ。
……虚しく感じるな。
「オレがアレに届くわけねェだろ……」
「……同じ土俵に乗るなら、私だってリナには届かないさ。まったく同じ道なんて歩む必要は無いだろ?」
「……つっても同じ流派だろ」
「まあ、ジャン坊も『森羅の剣聖』を目指すなら止めないけど、君の求めるスタイルはそうじゃないだろ?」
「…………」
「『剛の剣』。それがジャン坊の強みなら、それを活かす自分の道を見つければいい。自分の使える所を吸収し尽くしてからが、本当の求道さ」
「…………」
「才能の話をするなら、カイトだって『真の力』を解放した私やリナに届くことはない。あの子も、あの子なりに、自分の道を見つけるために、必死なのさ。忌み嫌ってる自分の『英雄技能』を使ってでも、何かをつかむのに必死なわけ」
「……あるモノは、好きに使やいいじゃねェかよ」
「……その限界に突き当たったんだよ。君の父上の軍勢との死闘の中でね」
……親父殿、グルドンドの軍勢か。
まあ、確かに、あの野郎がいくら強くても、一人で五千の軍勢を蹴散らすってのは無理がある。
「彼は、君の父君の軍の兵器で、体に風穴を開けられながらも立ち向かった。だが、結局倒れ……彼を助けに来てくれた女の子を……、目の前で犯されそうになった。偶然、彼を確保する任務を受けていた私たちに助けられたが……敵に救われた無力感は、いかほどのものだろうね」
「…………」
……正直オレとしては、野郎や四天王に対して、今でもモヤっとする気持ちは無くもねェ。
あんなんでも親父や兄貴だ。殺されて「ざまぁ見ろ」とまでは思えん。
……おふくろがどうかは知らねェが。
それでも、奪いに行った以上、自分の命が奪われるかもしれねェのは、戦士の常だ。
志半ばに散ったことは同情するが、金環の四天王に弓を引いた結果だってんなら、無謀ではあるだろうが、まあ誉れと言っても差し支えはねェ。ガキでもねェし、そこに恨み言を言う気も起こらん。
けど、それが野郎を本気にさせて、曲がりなりにも「忘れ形見」の俺の壁になるってんだから……まったく皮肉なもんだ。
「月並みではあるがね、体面を気にせず『大事なものを護りたい』って必死にもがくのは、力を得るには最上の近道なんだよ」
龍王は、野郎を見て微笑みを浮かべる。
それはさながら、成長を楽しみに見守る縁者のように。
やがて、龍王は俺に視線を戻し、続けた。
「今は、彼の『英雄技能』が眩しく見えるだろうが、きっと彼の強さの本質を、ジャン坊も理解できる日が来るし、それが見つかった時、君はもっと強くなれるよ」
「……オレに護りたいヤツなんていねェし、できねェだろうよ」
「いいや、ジャン坊の心根に通ったその資質は、私もリナも……何より『カイト』も感じ取っている。だからこそ、彼は君を『大切な人を傷つけた、憎い猪妖魔』ではなく、『対等な兄弟弟子』として、愛着と敬意を感じているんだよ」
「……甘ちゃんだな」
「ふふ、覚悟を決めた甘ちゃんは、応援したくなるものだよ」
「……そんなもんかねェ」
野郎と師匠には、オレと龍王の会話は届いていないようだ。
ただただ夢中になって、にこにこと笑いながら剣を振るっている。
……「護りたいもの」ねェ。どいつもこいつも、綺麗ごとに染まってらァな。
根っから、弱い者いじめが趣味の猪妖魔に、そんな御大層なもの持てる気もしねぇが、その甘ちゃんの行き着く先がアレってんだから、何も言えやしねェよ。
……まったく、恐ろしい甘ちゃんも居たもんだぜ。
* * *
アンナとジャンヴォルンを遠目に、俺たちは剣を打ち合う。
『――ああ、楽しいですね。カイトさん』
リナは、俺の木剣から飛来した「迅翼」を、受け止め逸らす。
『――まったく。これ、稽古ですよ?リナ師匠』
彼女の踏み込みに合わせ、逸らされた俺の斬撃が反転する。
『――ふふ、そうでしたね。カイトさん』
転回し、俺に飛来する斬撃を「巌」で受け止める。
『――まあ、正直なところ、こうしてちゃんと「話して」くれるようになって、良かったです。あのまま修行続けてたら、俺らギスったままで、グレタに叱られてましたよ?』
俺は、リナとの距離を詰めて、揺らぎ、広がる連撃「野火」で、じわじわと彼女の懐に迫る。
『――そ、それは……えっと、本当にありがとうございます……。私も、魔王様の意向に素直に従えない自分に、問題は感じていたのですが……』
リナは、火種を一つ一つ消すように、「胡蝶」で、俺の剣戟をやさしく受け止めた。
『――あっ、責めたいわけじゃなくて……、俺も、なんだかんだ警戒し過ぎてたというか、不信が強かったんで……だからこそ「話せるようになって良かった」って話です』
俺とリナは、苦笑を漏らしながら、太刀筋を激しくぶつけ合う。
予定調和的な、鏡写しの剣聖たちの、激しくも穏やかな対話。
口下手な彼女の、饒舌な剣。
誰に伝わることも無い、俺たちだけの対話。
『――カイトさん』
『――はい』
『――あなたの仲間を、ガンミトラスで殺そうとしたこと』
『――――――』
『――今も、許せませんか?』
『――――――』
『――あの時は、間違いなく俺たちは敵でした。それを今になって掘り返しても、後出しですよ』
『――――――』
『――メルも、みんなも、大事な仲間だったし、今でも、彼女たちには健やかに生きて欲しいって、そう思ってます』
『――――――』
『――――けど、』
『――今の俺にとって、「森王リナ=ブラウン」は、エリスと俺の命を助けてくれた「恩人」であり、尊敬する「師匠」であり、ともに戦う「仲間」だと、そう思ってます』
『――――――』
『――だから、これからも、仲良く……?いや、その表現でいいのかな……うーん、まあ、えっと、その……』
『――――――』
『――ひとまず、今後とも、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします』
『――ふふ、おかしな人ですね、あなたも』
『――あまり口は回らないんです。剣の方も』
『――カイトさん』
『――はい』
『――私も、口下手で上手く自分の気持ちを伝えられるか、少し自信が無いので……、時々こうして、剣を交えてくれますか?』
『――その……真剣はやっぱり怖いんで、基本は木剣にしてもらえますか?』
『――もちろん。もう、あなたと命のやり取りをしたいわけでは無いですから』
『――安心しました』
『――私も、あなたが私を信用してくれるように、これからはあなたの味方として、共に戦って行ければと思います。よろしくお願いしますね』
『――そう言ってもらえて、一安心です。俺の一方通行だとしんどいですし』
『――同じ釜のパンを食べて、共に野山で遊んだ者は、嫌ったりできませんよ』
『――そうですね、俺もあなたのことは、嫌いじゃないです』
『――――そう、良かった、です』
『――私も、今はもう、あなたのこと、キライじゃないです』
『――それは良かった』
『――ううん』
『――――――?』
私、あなたみたいな、不器用で真っすぐな人のこと――――
* * *
リナと俺の動きが止まり、全知剣界はほどけるように消え去った。
それは、ふとしたきっかけで注意が散漫になり、それまでの集中を乱してしまったかのように。
俺たちの元に、腰を上げたアンナとジャンヴォルンが歩み寄って来た。リナから俺への指導が充分に完了したと、そう思ったのだろう。
「……で、では、今日はここまでにしましょうか!」
「そ、そうですね……」
彼女は慌てるように号令をかけて、マントを翻して歩き出した。
俺は、それをしばし呆然と見ていたが、ゆっくりと立ち上がり、この打ち合いに、想いを馳せる。
……その、なんというか。
「森羅の剣聖」同士の、全知剣界は「心の対話」だ。
その心の機微は、剣を打ち合うごとに、こちらにも伝わってくる。
………………
まさかとは思うが……、
もしかして、リナは、その、俺を……?
……い、いやいや。
そういう下種の勘繰りはよそう。思い上がりも甚だしい。
普通に仲間としての好意だって、口に出すのは恥ずかしいだろうよ。
人の心を覗き見るのも、変な自意識過剰も、黒歴史の元にしかならん。
俺は、汗をぬぐう素振りをして顔を隠しながら、不思議そうにするアンナとジャンに背を向け、リナの後を追うように、離宮に向かって歩き出した。




