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#25 無才と天才

 (レイピア)から飛び立った群鳥の間を縫って、足元に川の流れが並走する。


 川を飛び越えた私は、水を切るように、薄く平たい礫を投げる。


 その悪戯をかわした人間(ヒューマン)の少年は、得意げに釣り竿を振るう。


 少年のくゆらせた遊糸をくぐり抜けて、彼と、私は、笑い合う。


 私たちにとって、それは遊びでありながら、同時に本物の冒険でもある。


 疲れ果てるまで一緒に遊ぼうよ、と、互いの想いを確かめ合うように。


 これまで遊べなかった時間を、取り戻していくように――



   * * *



 ――「楽しい」。


 ……これは、果たして、俺の感情なんだろうか。


 そうだと言えばそうも思えるし、彼女のものと言われればそれもそうなんだろう。


 けれど、これは彼女だけの「思い出」でもないような、そんな気持ちがあった。


 子供の頃に全力で楽しんだ遊び。


 真っすぐな枝を剣のように振り回し。

 宙に浮く足場のように、横断歩道の白い所を踏み。

 小高いブロック壁を断崖絶壁かのように捕まってよじ登り。


 そうした遊びは、大人になるとやる機会は無くなるものだ。

 子供の想像力を失った大人は、彼らの「見立て」を幼稚なものと切り捨ててしまうから。


 自分でもよくわかってる。

 年下の兄弟を持った男は、弟の前だと大人ぶって「そんな子供っぽいもの興味ない」と、冷めた態度をとってしまうのだ。


 俺も、こんな世界に転移しなければ、剣を振ったり、魔法の詠唱なんて、とてもじゃないけど人前では出来なかった。

 実際のところとして、そういう幻想に憧れる気持ちはうっすらと残っていて、はしゃぐ気持ちもなかったわけじゃなかった。


 ……けど、それでもこの世界の剣と魔法は、「本当に」他者を殺す道具だ。

 浮かれた気持ちで遊びに使っていいものじゃない。

 わかっている。


 けれど、今、リナと繰り広げている真剣の打ち合いは、一歩間違えれば死を招く危険な行いでありながらも、どこか牧歌的で、幻想的で、さながら森の中で一緒に踊っているように、楽しいものであるとも感じられた。



森王(しんおう)】リナ=ブラウン――

 金環の四天王(テトラクラウン)の一角。


 真面目で、自己研鑽を欠かさない優等生。

 自分の力を正しく使うために、規律を厳格に守る堅物。

 曖昧な状況に妥協せず、成すべき仕事を粛々とこなす森の民(フォレスティアン)の王。



 そんな彼女の本質は、案外に少女のように純朴で「誰かと一緒に思いっきり遊びたい」と言ったものだったのかもしれない。


 そんな望みは「才能」という名の呪いによって、心の奥底に閉じ込められていた。




 ――俺には、よくわかる。


 元居た世界においての俺は何事も中途半端で、鬱屈とした「無才」の身であり、この世界では英雄技能(チートスキル)という天の配剤で、努力の文脈を粉砕する「天才」として振舞うことになった。

 俺は、「才能」のもたらす両側面を、自分事として体感している。


 はっきり言って、俺の英雄技能(チートスキル)は、今でも「ズル」だと思ってる。

 がんばってきた人を知っていながら、ことも無しにそれを達成してしまうのは、どうしても後ろめたさを感じるから。頑張った人には報われて欲しいだろう?


 ……けど、エリスは俺のことを「がんばってる」と肯定してくれた。

 別に「イヤなことを毎日続ける」だけが努力じゃないんだと、俺の認識は変わって行った。


 兄貴のアツシは必死に勉強していた。

 彼が一日や二日サボったところで、俺には追い着けない差があったが、それでも日課を欠かさないのは、間違いなく努力だ。「天才は何もしなくても成績良くていいよなぁ」とかアツ兄をこき下ろすヤツが居たら、ぶん殴ってやりたいと思っただろう。


 弟のアキラは毎日絵を描いていた。

 アイツの「努力」はすごく楽しそうだった。それが羨ましい気持ちもあったけど、「アキラは遊んでばかりで頑張ってなかった」なんて全く思わない。楽しいことに熱中して、大成を目指すのも「頑張り」だ。


 みんな、今ある能力には個人差があるし、持ってる力をどう使って行くかに向き合って生きている。

「チート」というと言葉は悪いが、それも「力」であるならば、それと向き合って、何かを成し遂げるために考え、前に進んでいく、そういう頑張りが必要なんだと思う。


 内なる自分への非難を、ほどほどにして、適度に認めてやること。

 思えば、家族が俺に「真面目過ぎる」って言ったのは、こういう俺の内向きさを、どうにか改善したかったのかもしれない。




 今、俺の目の前には、自分の才能ゆえに疎んじられ、孤独に包まれた、そんな少女時代に閉じ込められていた人がいる。

 強すぎる才能が人を遠ざけ、口も上手く回らない。友達の想いを汲み取れず、自分の好きなことを誰とも共有できなかった、寂しがり屋でおばあちゃんっ子の、内気な女の子。


 白いマントと髪を棚引かせた、褐色肌の彼女は、緑のワンピースを揺らす。

 汗を散らし、少女のような笑顔で、夢中になって棒きれ(レイピア)を振り回す。

 金環の四天王(テトラクラウン)ではない、彼女のもうひとつの姿。


 俺は、その子のために、借り物の力で、森羅万世流フォレスティアン・アーツを扱うことに、一切の後ろめたさはなかった。

 遊び疲れて倒れるまで、ただ、一緒に遊んでやりたいと、そう思っていた。




 彼女は、大きく後ろに飛び退いた。

 そして、レイピアの先を指揮棒のように優雅に動かし、手元にそよ風を呼ぶ。


 小さく、優しい、蝶の羽ばたきのような、無数の剣閃。

 それは、一本、また一本と、折り重なり、やがて――


森羅万世流フォレスティアン・アーツ 風刃奥義ウェントゥス・アルカナム――」


 蝶の羽ばたきは、巨大な、さながら台風のような斬撃の渦となって、彼女の周りを取り囲む。

 そして、彼女は、その巨大な渦に切れ込みを入れるように、剣を振るった。 


「――胡蝶嵐(こちょうのらん)!」


 切れ込みによって与えられる指向性。


 森羅の奥義が俺に迫る。







「――っ!」 


 ――瞬間、彼女はハッとしたように、笑顔を失った。

 俺に向けて一直線に、羽虫の如き無数の細かな剣閃が飛来する。

 







「――象形剣『アンナ=バイオレット()(かた)』」

 



 走り続ける走馬灯から引き出された、風の奥義への「対策」。

 ガンミトラス大遺跡における聖剣を巡る戦いで、俺を紅葉おろしにしようとした、広域を削り取る、龍王の「龍鱗剣(ドラゴンスケイル)」の記憶。


地走(じばしり)


 地を這う遠隔斬撃。

龍鱗剣(ドラゴンスケイル)」の剣の特性により、広範囲の「削り」を実現する。


 剣技のみですべてを再現する森羅万世流フォレスティアン・アーツなら、可能だ。

 かの大剣の質量を、レイピアで再現するために、剣と一体となるように、俺は剣を振り抜く瞬間に、がっちりと全身の関節を固定する――


 地を這う剣閃は「重く」なった。だが、これでは「細い」。


 ――だから、重ねる。

胡蝶嵐(こちょうのらん)」が俺に届くまでの間に、何度も、何度も、「重い」斬撃を、少しずつ速度を上げて、先の斬撃に追い付くように、幾重にも重ねていく。


 地を這う数多の「細くて重い斬撃」は、「胡蝶嵐(こちょうのらん)」に衝突するその瞬間、全てが横に並列に並んだ。

 重なり合った無数の「重い斬撃」は、足元の芝をえぐり取りながら、リナによって放たれた「胡蝶嵐(こちょうのらん)」の斬撃の集合体を「削り取った」。

 


 しばし唖然としていた彼女だったが、はたと気が付いたように真横に跳び「地走(じばしり)」の余波を回避する――が、


 先に動き出していた俺のレイピアは、彼女が構えを取るより早く、その褐色の首元で寸止めされていた。


「あ……」


「へへ、俺の勝ち……っ!」


 大人げない俺の勝ち名乗りに合わせて、緊迫した全知剣界はほどけていき、俺たちの見ていたノスタルジックな走馬灯は、静かに幕を閉じた――



   * * *



「まさか、正面からの打ち合いで、負けてしまうとは……」


 彼女は、草むらに腰を下ろし、ため息をついた。


「いや、俺に奥義打っちゃって動揺してる所につけ込んだんで、反則みたいなもんですよ」


「……戦いに『ズル』なんてありませんよ」


「じゃ、『作戦勝ち』ってことで」


 俺の言葉に、彼女は苦笑を漏らした。

 その表情は、彼女の置かれた「四天王」「先代の孫」「森羅の剣聖」という、肩ひじを張った立場から解放されたようで、どこか晴れやかだった。


「……おばあさま以外に奥義を打って、生き残ったものは居ませんからね。『やってしまった』と思いましたが……平常心を失わず、これを打ち破った。やはり心技体の『心』において、あなたは私の上を行っていた、ということです」


「いや、アンナの物真似は『俺の知識』だし、全知剣界の打ち合いで『自分の剣』を出すのはルール違反じゃないんですか?」


「……私もアンナさんの剣は使えますし、私が『カイト=イセ』を再現した時点で、あなたの取れる行動は全て取れました。その上で文句なしの『正解』を取ったんですよ。……あまり謙遜しないでください」


 ……まあ、確かに。

 変に自分を下げるとかえって不愉快なもんだし、ここはありがたく勝ち星を受け入れよう。




「……ふふ。よもや、おばあさまにとっての怨敵で、私が遠ざけたくて仕方のなかった『勇者』こそが、私の心を理解できる唯一の存在だったなんて、思ってもみませんでした」


「…………」


「ともに剣を磨いた同門でも、死闘を繰り広げた相手でもない……才能とは皮肉なものです。どこの誰に与えられるかなんて、わかったものではない……」


 ……そうだよな。

 それでいて、才ある者同士にも実力差や経験の差はある。

 それは一朝一夕では埋まらないし、お互い進み続ける以上、もしかすると追いつけないかもしれない。

 同じ道を目指していても疎んじ合う、そんな関係も珍しくないのだろう。

 


 ………………



「……俺も、異世界には、兄貴や弟がいたんですけど」


「……はい」


「……正直、俺はリナ師匠の兄弟と同じです。彼らの眩しさに目を奪われて、俺は二人から逃げて。自分には何もないんだって鬱屈として……」


「…………」


「……それでも、『永遠に離れ離れになりたい』なんて思わなかった。本人たちの前じゃ恥ずかしくて言えないですけど、やっぱり俺は、彼らを家族として愛してたんですよ」


「…………」


「仮にまた会えたとしても、彼らの本心を全て知ることはできませんし、むしろ知り過ぎることも無いかなって思ってます。言葉って『選ぶ』もので、相手を傷つけないために『伝えない』のだって、十分意思表示で、愛情表現の形じゃないですか」


「…………」


「だから、俺も、彼らへの醜い気持ちを持った自分も含めて、『自分』だって思ってます。綺麗なだけじゃなくても、いいんじゃないですかね、人間関係なんて」




「……けど」


 彼女は、戸惑いながら口を開いた。


「……わからないんですよ。剣の道を選び、そればかりに邁進した私には、相手が何を感じているのか、相手になんて声をかけていいのか、相手からどう思われるのか……、何もかもがわからなくて……怖いんです」


「…………」


「どう……すればいいんでしょうね、私は」


「そうですね……」


 なにか気の利いたことを言おうと、考えを巡らせていた俺だったが、突如「ぐぅ」と腹の虫が鳴った。

 打ち合いは十一時からはじめて、正午はとっくに過ぎていた。身体を動かしたこともあって、空腹だ。

 俺は少しばかり顔が熱くなったが、案外、これでいいのかもしれないと思い直した。


 俺は、座り込む彼女に手を差し伸べた。

 彼女は、しばらく不思議そうな顔で迷った後、その手を取る。

 俺は腕を引き、彼女を立ち上がらせた。


 そして、そのまま握手をした。

 喧嘩をして、仲直りをする子供のように。

 俺の中にあった彼女への不信や不満は、既にどこかに消えていた。


「全部は解かり合えなくても、できることって色々あるもんです。会話以外にだって。自分から『近づきたい』って相手を悪く思うのは、やっぱり難しいんですよ」


「…………」


 俺は、彼女から手を放した。

 掌を見つめる彼女に向けて、俺はひとつ提案をした。


「ひとまず、肉でも買って帰りません?もしかしたら、アンナとジャンヴォルンがもう食い尽くしちゃってるかもしれないんで」


「……?」


 ここ数週の経験則。

 なんだかんだ、気まずい相手でも、友誼を結ぶにはこれが一番だ。




「一緒に、飯を食いましょう。話すことが無くたって、同じ窯の飯を食う相手は、なかなか憎めないもんですよ」




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