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#24 走馬の明「私を、わかって」

飛燕(ひえん)――」


 リナが高速で剣を振るうと同時に、真空の断層が俺を目掛けて飛来する。

 荒野で猪妖魔(オーク)の銃撃隊の首を次々と刎ねていった、遠隔斬撃だ。


「――陽炎(かげろう)!」


 俺は眼前の空間にレイピアをゆっくりと差し込むように、撫で斬る。

 飛来した剣閃は、さながらレンズを通した光の屈折のように俺を迂回し、俺の後方の草むらを薙ぎ払った。


 だが、彼女はもう斬撃を放った地点には居ない。

 飛燕を放つと同時に彼女は高く跳躍し、レイピアを手元に引き絞り、俺に向けて無数の突きを放つ――

 

叢雨(むらさめ)――」


 夏の入り口の豪雨のような、目にも止まらぬ連続刺突。

 その雫の一粒一粒は、明確な意図と殺意を持って、俺に降り注ぐ。


 脳裏に「死」が過ると同時に、俺の脳を「走馬灯」が駆け巡る。


 春夏秋冬。火水土風。寒暖温冷。山谷海川。

 世界を構成する、あらゆる物体、事象、概念。


 ――即ち「森羅万象」。

 その中から、眼前の敵の剣を防ぐ最適の「解」を導き出す――!


「――(いわお)!」

 

 腰を落とし、剣を構え、動きを止める。

 一本一本の「雨」の軌跡を紐解き、同時に襲い来る剣閃を見極める。


 見極め、受ける。受ける。受け続ける。

 動くことの無い大岩のように、全ての恐怖を脳から排し、必要最小限の動きで、迫りくる刃の雨粒を、受け、逸らし、ひとつたりとも身体に触れさせない。


 最後のひとしずくを振り払うと同時に、俺は円を描くように剣の軌跡を曲げ、リナに向けてその切っ先を突き穿つ。かつて俺の腕を千切り飛ばしかけた、神速の遠隔刺突。


「――疾翼(はやぶさ)!」

疾翼(はやぶさ)――」


 俺とリナの、輝く突きの軌跡が、空中でぶつかり合い、その軌跡を逸らして、彼方へと飛んで行った。

 俺と彼女は、その突きに追い着くように間合いを詰めて、互いの剣をぶつけ合い、鍔迫り合いをする。




 ――はは、なんだその顔。笑ってやがる。

 コイツも、根っこの部分は戦闘狂(バトルジャンキー)なのかよ。


 ――そう言う俺も、彼女と、まったく同じ顔をしていた。


 ああ、まあ……そうだよな。

 俺のは、女神に与えられたものだけど、それでも、自分の努力で形にした実力を、思う様ぶつけられる相手がいるのって、自分の努力を認められてるようで、楽しいよな。


 互角の剣技、互角の力、同じ価値観を共有し、同じ人生を再現した。

 そこには「森羅の剣聖」が、リナ=ブラウンが「ふたり」、対峙していた。



   * * *



 ――私たち、森人(エルフ)は繁殖活動に消極的だが、反面で寿命はとても長い。


 それゆえに、一族にはとても年の離れた兄弟がいることが多く、あるいは祖母と孫の子供が同じ歳であったりなどと、間柄が複雑になりやすい

 故に、親子兄弟という明確な間柄以上に「歳の近いもの」の役割が重なりやすく、そのアイデンティティも「誰にとっての何か」より「家にとっての何か」に置くことが多い。


 そうした事情もあり、ブラウン一族もまた多くの「子供」がいて、私もその一人だった。兄弟姉妹に限らず、叔父か叔母……あるいはもっと遠い親族であっても、私は「お兄さん」「お姉さん」と呼んでいた。


 私が生まれた時、お兄さんお姉さんは、私のことを大変可愛がってくれた。

 私が彼らや彼女らが大好きなのと同じように、彼らや彼女らから愛されてるという実感を持って、幸せに暮らしていた。


 だが、それでも、私には皆と「明確に違うもの」が萌芽しつつあった。


 ――それこそが、「天賦の剣才」だ。


 私は、お兄さんお姉さんの真似をして、棒を振り回すのが大好きだった。年の近いみんなと遊ぶチャンバラが大好きだった。

 棒の振り方から垣間見える、みんなの「考え方」や「最近あった出来事」が伝わってくるのが、とても楽しくて。

 私は、言葉で話すより、棒を打ち合って話すことの方が、自分に合っていると感じていた。


 ――けれど。


 それは、皆から私に語り掛けるだけで、私から皆に自分の想いを伝えることはできなかった。それを言っても、何のことかわからない、子供のたわごとだと、苦笑いされるばかり。


 私の言う事を理解してくれるのは、リザおばあちゃんだけで……彼女だけは、私と木の枝をぶつけ合って、たくさんのお話をしてくれた。気付けば私は、お兄さんやお姉さんより、おばあちゃんに遊んでもらうことが増えて行った。


 おばあちゃんのことは、大好きだった。

 けれど、やっぱり、自分と年の近い子供と仲良くしたいというのは本音。


 だから私は、みんなとチャンバラをしようと誘うんだけど、成長するにつれてみんなは私を避けるようになっていった。

 それは、チャンバラの得意な私が本気で棒を振るうと、みんなを傷つけてしまうからだと思っていた。


 ……けど、それは少し違った。

 みんなに馬鹿にされたくなくて「棒の対話」については隠すようになっていた私は、ある日、歳の離れたお姉さんにチャンバラの相手をしてもらった。


 そこで私は、お姉さんの心を通して、私と距離を置いたみんなの本心を知ることになる。


「リナは剣の天才で、私たちがどれだけ鍛えても到達できない」

「私の鍛錬や努力は、この子の遊びにも及ばない」

「おばあさまに見込まれているのはこの子だけ」

「私よりも大きな大人たちも、自分の技量に絶望している」

「この子がいる以上、私も剣では一番になれない」

「悔しい……けど、子供に負けて苦しいなんて、誰にも言えるわけがない」

「ただただ、この子が羨ましいし、消えてしまいたい」

「私だって、もっと、上に行けたはずなのに」



「この子さえ、産まれて来なければ――」



 私は、この事をリザおばあちゃんに伝えて、わんわん泣いた。

 剣の才能なんかじゃなくて、みんなと仲良く遊べるように生まれたかった。

 それでも、棒を振るのは好きで、それを辞めて生きていくのもつらい。


 ……どうして、こんな風に生まれて来ちゃったの、と。


 おばあちゃんは私を抱きしめてくれた。

 けれど、彼女は何も言わなかった。

 才能という残酷な現実の前に、気休めなど言えなかったのだろう。

 

 私も、これはもうどうしようもないことなんだと、幼いながらに理解した。

 そして、私の気持ちをわかってくれるのは、「お兄さんお姉さん」でも「お母さん」ですらなく、リザおばあちゃんだけだということも。


 そこから、おばあさまは「金環の四天王(テトラクラウン)の森王リザ」として、私を後継者にする決意を固めた。

 私は、自分の居場所を手に入れるために、鍛錬に励んだ。


 その道は険しくも、剣の実力を伸ばしていくことは私の願いでもあったので、苦ではなかった。

 何より、技を覚えるたびにリザおばあさまが喜んでくれるのが、私にとってはただ嬉しかった。


 そして、私の成長を快く思わない者は、剣の道に進まなかった「お兄さんお姉さん」以外にも少なくなかった。

 おばあさまの門下生との打ち合い。私の剣は、彼らにその成長性の限界をつきつけ、剣の道をへし折っていく。

 その度に彼らは嘆いたり、嫉妬の泥沼に脚を取られて、怨嗟の渦に沈んでいく。そうした者は、数多く見てきた。


 さらに言えば、戦場に出て敵と切り結べば、私はその感情を読み解くこともできる。

 彼らの語る感情は、死や痛みへの恐怖だけではない。


「天才ばっかりズルい」

「自分はこんなに頑張って来たのに」

「何の苦労も知らないくせに」


 そうした無力感も伝わってくるのだ。


 ……私にとって、剣は対話の手段であったが、私と剣で対話できる者は、おばあさまだけ。それ以外の人々にとっての「私の剣」は、敵も味方もなく「ズルの象徴」でしかなかった。


 ――他人の人生を知れてしまうこと。

 それは、私の想像の及ばない、暗く深い闇の中を、もがき苦しむ者が少なくないことを、雄弁に物語る。

 私の悩みなど、彼らと比べて「恵まれた者の甘え」に過ぎないと、突きつけるように。

 それで、嘆きや望みを語るなど、おこがましいとでも言うように。







 ……ふざけないで欲しい。

 なんで、どうして、私は生まれ持った力を、思うように使ってはいけない。

 なんで、他者の人生と比べて、自分の生に、負い目を感じなくてはならない。


 私だって、おばあさまの元での修行は、遊び半分でやっていたものではない。

 成長の過程で、相応に怖い目にもあってきたし、挫折しそうになる障壁も、魔族領域の安寧のためと、覚悟を持って乗り越えてきた。決して不真面目に取り組んでなど居ない。


 たしかに、この世界には努力で越えられない壁や、不遇な環境はある。

 だが、その壁の向こうにいる人間が「努力をしていない」と思っているのか。

 仮に努力に多寡があるとして、どうして力を持っているというだけで「ズルい」などと言われなければならないのか。


 ――私だって、ずっと真面目に生きて、がんばって、前に進んできたのに。




 アンナさんは、立場の近い私に良くしてくれている。

 彼女も生まれながらの非凡な才を持つ身、私の葛藤にも一定の理解を頂き、感じる孤独にも寄り添って頂けているようにも思う。

 きっと、彼女は「友」と呼べるだろう。感謝も尽きない。


 ――けれど、


 それでも、こと剣のことに関しては、その理念に「力」と「技」という断絶がある。

 剣に対する根底の価値観が異なっている以上、私の研鑽の道に寄り添ってくれる方には……なってもらえないだろう。







 ……どうして、同じ剣技を磨く道を進む者は、私を認めてくれない。

 ……私だって、他の人と剣について語り合いたい。技を磨き合いたい。




 ……力を磨けば磨くほど、私の孤独は深まっていく。




 ……誰も彼もが、言葉の上での尊敬を口にするだけ。

 ……誰も、私には追い付いて来てくれない。

 ……本心から一緒に歩もうとしてくれる人なんていない。


 ……力の無い人たちなんて、才能を憎む人たちなんて、大嫌い。

 ……他人の努力を軽んじて、妬み嫉みで足を引っ張るだけ。

 ……私をわかってくれる人は、おばあさましかいない。


 ……おばあさまだけで良い。

 ……もう、私には




 …………




 ……いや。




 ……本当は、寂しい。

 ……一人になることが、寂しくて、悲しくて、仕方ない。


 ……おばあさまの背中を追うだけじゃなくて。

 ……誰か、私と一緒に、剣の道を歩いて欲しい。


 ……誰か、お願い。



 

 ……私を、わかって。


 ………………







 ――皆に託した私の教え。


 ――掬えど、掬えど、掌から零れ落ちていく。


 ――認めるたびに、深まる孤独。


 ――頬を伝って流れ落ちる、熱い(しずく)


 ――私が誰かを知ったところで、誰も私のことはわからない。




 ――揺らぐ闇の水面に映るのは、一人ぼっちの子供の私。


 ――期待を全て捨て去って。


 ――それでも使命として、なおも掬い続けて。




 ――そこに、




 ――そこに「彼」は、現れた。


 ――大嫌いで、遠ざけていた、人間(ヒューマン)の少年が。


 ――深い闇に包まれた森に、木漏れ日が差し込んで。


 ――清らかな小川のせせらぎを背に、私に手を差し伸べる彼に。


 ――幼い私は、その手を引かれ、「この草原」に、やって来た。




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