#23 【森王】リナ=ブラウン
私の名は「リナ=ブラウン」。
魔族領域の守護者、『金環の四天王』の一角にして、「森の民」を統べる【森王】。
そして、魔族領域にただ二人だけ存在する「森羅の剣聖」である。
森人の中でも異端とされる、「透き通るような白髪」と「樹皮のような褐色の肌」を持った影森人は、その筋肉の性質から弓よりも肉弾戦闘に優れる。ブラウン家は、そんな中で剣技を磨いてきた一族だ。
そして、おばあさま……一族の長老である祖母「リザ」も、長年にわたり森で暮らし、剣技を研鑽してきた。
だが、勇者に森を焼かれ、夫を殺されたことで、おばあさまは勇者への復讐を誓った。
おばあさまは、魔族領域の剣技を自身の体系に取り込みながら門下を増やし、勇者を確実に殺すための剣客集団を組織した。
これが、後の森羅万世流の師範たち。
しかし、その復讐計画は「ベルゼアル」の台頭によって潰えることとなった。
生きる目的を失い、虚脱感に包まれるおばあさまの裏で、ベルゼアルは勇者を倒した後も力を蓄えて、国家転覆を企てていた。
彼女に新たな道を示したのは、森を訪れた当時の反乱軍首領「グレタ」。
彼女は、おばあさまに魔族領域の置かれた現状を話し、「勇者の脅威を魔王が継承し無辜の民を陥れている。あなたの剣はそんな理不尽から民を救うために鍛え上げたものなのだ」と説いた。
祖母は、彼女に忠誠を誓い、魔王ベルゼアル=イーヴリットを討伐。
その後はグレタ様を魔王として擁立し、自身は「魔王軍剣術総師範」に就任。
長らく辣腕を振るって精強な魔王軍を作り上げたが、歳を理由に引退を宣言し、私を後継に指名した。
祖母の剣才は、母である「リリ」には遺伝しなかった。
魔族の力の才覚というのは、必ずしも血統によるものではなく、偶発的な突然変異の割合も大きい。
……加えて、彼女は自身の剣技を子供たちに遺すことに積極的ではなかった。
娘には、戦いの世界に入って欲しくなかったのかもしれない。
だが、皮肉なことに、母リリの娘である私「リナ」は、子供の頃から大人顔負けの剣才を持ち、祖母リザのような「全知剣界」を使うに足る「目」を持っていた。
祖母は少し悩んだようだが、それでも私を次代を担う武芸者とするべく、英才教育を施した。
私も、剣を振るのは好きだったので、大喜びでおばあさまとの修行に明け暮れた。
それが、私にとって「幸せな人生」を約束したのかは、未だにわからない――
* * *
――悔しい。
この森王が、陛下に力を封じられた、一介の人間如きに、なんという無様を晒してしまったのか。
この私が、あんな取るに足らない男の過去に、心を揺さぶられるなんて。
あまつさえ、「走馬の明」を解いて、素人相手に「森羅の剣」で勝ち星を拾いに行ってしまうなんて。
森羅の剣聖のみが使える、全知剣界『走馬の明』。
これは、その習得難度に反し、戦闘のための必殺の剣技というわけではない。
これは、森羅の剣聖がその後継者に、自身の剣技を継承するための、儀式的な組み手だ。
同時に、これは師が弟子にその未熟さを理解させ、精進に励ませるためにも利用される。
同じ力量、同じ型にまで、その立ち位置を落として闘ったとしても、まず「師」によって完封される。
心の未熟な弟子は、打ち合いの中で次第に感情の振れ幅が増幅していき、剣閃に乱れが生まれ、本来の実力を下回ってしまう。
これにより、心技体の「心」の重要性が教育される。
……つまり、平常心を乱し「素の実力」により、浅ましい勝ちを拾いに行った私は、あの打ち合いに負けたようなもの。
私の「心」は、奴の「心」に劣るというのか――?
断じて認めない。
私は、おばあさまにも認められた「森羅の剣聖」だ。
それが、異世界で安穏と暮らし、自分の才を認めず、言い訳をするように足踏みをしていた、そんな情けない男に劣るなど、断じてあってはならないのだ。
――だから、勝手に関わりを避けて、自己完結すんの、やめろよ。
うるさい。
貴様ら凡百の剣士の考えなど、聞かずともわかる。
私が、何人の剣士を「全知の剣界」で見てきたと思っている。
――人の心を一方的に覗いて、何もかも分かった気になんなよ。
うるさい。
貴様こそ、私の何が分かるというんだ。
私と違って、人の心なんて、見えもしないくせに。
――衝突したいってんなら、自分のことをもっと語れよ。
うるさい。
……うるさいんだよ、本当に。
なんなんだ、貴様は……。
………………
………………
* * *
「おはよう、アンナ」
「ああ、おはようカイト」
俺が食堂に着くと、ビキニアーマーを着たアンナが座っていた。
……正直、親睦が深まってから、彼女の格好にドギマギする部分は、健全な青少年としてなくもなかったんだが、毎日見ていると逆に慣れてしまうというか、そろそろ寒くなって来る頃合いなのに体冷やさないのかと、心配が強くなってくる。
熱だけではなく耐寒性能も高いのかもしれないな、ドラゴンは。
「……ジャンヴォルンはまだか。この間、先に喰いつくされそうになったのに懲りないなぁ」
「いやいや、メイドに頼んで肉の仕入れを増やしてもらったからね。当面は心配ないだろう」
……食う量を減らすという選択肢はないのか。
まあ、肉体派の戦士だから、身体づくりのためには相応に喰う必要もあるのかね。
「……というか、食糧問題のある魔界的に、食い過ぎは良くないんじゃ?」
「んー、肉の方はそうでも無いんだよな。肉食性や石食性の家畜モンスターもいるし。気がかりは野菜や穀物のほうさ」
「なるほど、確かにサラダやパンはそこまで量無かったしな」
俺たちがだべっていると、頭をかきながらジャンヴォルンが入って来た。
「おっ、おはようジャンヴォルン」
「…………」
返事ぐらいしろよなぁ、こいつ……。
……まあ、昨日のリナとの修行の件で落ち込んでるところもあるのかもしれんか。
今日はあんまり絡みに行かず、そっとしておいた方がいいかもな。
それに、なんだかんだ俺がいる時にも飯食うようになってきたし、露骨に避けられてるわけでもなさそうだし。
……そうなると、やっぱり森王の拒絶がなぁ。
落ち込んでるコイツをフォローしたり、相談に乗ってやったりできるだろうに……まあ「自分で乗り越えろ」みたいな意図もあるのかな。
……それならそれで、そう言ってやれよとも思うが。
師の試練として突き放すのと、普段から無関心でいるのは、やっぱり違うんじゃねぇかなぁ……。
「……おはようございます」
「っ!?」
……リナだ。
思わぬ登場に、アンナもジャンヴォルンも、驚いてる。
今日は、ちゃんと皆と同じ時間に飯食いに来るとは……。
「ジャンヴォルン殿」
「…………」
「昨日の今日で、恐らく思い悩む所もあるでしょう。今日は休養としますので、あなたは心身を休めて下さい」
「……ッス」
……少し見損ない過ぎてたか。
考えてもみれば、森王は別に稽古をつけるのを放棄したわけではないんだ。
ちゃんと、彼女なりに弟子のコンディションは考えて行動してるようで、俺はようやく彼女に対して、「生徒を思う指導者らしい一面」を感じることが出来た。
……しかし、今日は休養か。
長らく、土日なんてものもなく、ずっと稽古漬けだったしな……。
たまにはこう、体を休めたり、羽を伸ばせる日も必要だよな。
なら、俺も今日はゆっくりと……
「……カイト殿の方は、今日は場所を変えて稽古を行います。鎧とレイピアを使うので、鍛錬場から大きさの合うものを見繕ってきてください」
………………。
……俺の方は休みじゃないのかぁ。
まあ、そりゃそうだよな。俺は特にショック受けてるわけじゃないし、魔王の力になりたいって宣言した以上、休んでる暇あれば鍛えろって話だろう。
「では、朝食を取ったら正門まで来てください。先に待っています」
……飯は食わないんかい。
やっぱり、壁は感じるよなぁ。
* * *
俺たちは、森とは逆の場所にある、開けた草原に移動した。
俺も、今日は武具を身に着けての修行という珍しい内容に、少し緊張しているところがある。
「……それで『リナ師匠』。今日は一体、何をするんですか?」
「…………」
彼女は、懐から一本のスクロールを取り出し、俺に向かって広げてみせた。
契約魔法……か?
内容は……
――カイト=イセに、本日午前十一時から午後二時までの期間限定で、森羅万世流の特殊三級認定資格を与え、【逆吊巧者】【無銘の王笏】の使用を解禁することに同意する。
「!」
流派の最下級「三級」の【逆吊巧者】による反転……それは最上位となる「五段」相当の力の付与であり、【無銘の王笏】はそれを実現するための魔力の供給。
つまり、三時間限定で俺を、英雄技能で森羅万世流の達人にするということだ。
「……この件について、連絡魔法で魔王様への承認は頂きましたので、問題はありません」
いや、それなら、問題はないけれど……意図が読めない。
俺のチートを封印して地力をつけることが、この修行の意図ではないのか?
「…………」
リナはしばらくの沈黙ののちに、口を開いた。
「これは、身体がほぼ仕上がったあなたに、流派の『頂点』を体験させる意図の修行でもあります」
……流派の頂点。まあ、段級位が反転したらそうなるのか。
しかし、それをこのタイミングでというのは、やはり何か釈然としない。
「……何より」
彼女のスクロールを握る手に、力がこもる。
「同時に、私が直面した『壁』に向かい合うため、改めてあなたと全力で立ち会う必要を感じたためです」
――「壁」?
戸惑う俺に構うことなく、リナは魔法陣に手を添え、契約魔法を起動した。
俺の全身に魔力が駆け巡り、それと同時に膨大な記憶が脳内に展開された。
森羅万象を剣に載せる、森羅万世流の神髄が――
「……只今をもって、魔族領域の『森羅の剣聖』は……『三人』となりました」
――「圧」がかかる。
だが、魔力の抑え込まれた平時とは違い、俺はそれを受け止めてなお、動揺なく「適切な」警戒が可能になっていた。
「今のあなたには使用できるはずです。森羅万世流の極意が――」
――全知剣界「走馬の明」が。
彼女は剣を抜いた。
俺もまた、反射的に剣を抜いた。
……なぜ、こんなことが始まるのかは分からない。
だが、俺は今、何をすべきか、はっきりとわかっていた。
俺とリナは、「殺意」を剥き出しに睨み合う。
瞬間、数多の致命傷が脳裏をよぎる。
展開する走馬灯。
森羅万象を分類する終わりの無い情報の樹形図。
目の前の「敵」に対して行われる「解析」「理解」「再現」――
俺は、この瞬間「リナ=ブラウン」に。
リナは、「カイト=イセ」に、成った。
「……これは、あなたも望んだこと。そして、これが『私のやり方』です」
流派の極意を通じ「ひとつ」の存在となった俺とリナは、寸分変わらぬ姿勢で、剣を構えた。
――象形剣『カイト=イセ之型』
――象形剣『リナ=ブラウン之型』
「それでは、始めましょう。『森羅の剣聖』同士の『対話』を――」




