#22 走馬の明「望んだわけじゃない」
……走馬灯か。
そういえば、猪妖魔の襲来の時に見たな。
あの時は、アツ兄と、アキラと過ごした日々を思い返したもんだ。
……幸せにやり切ったような、気持ちのいいもんじゃなかった。
現状に、不満や苛立ちを抱えてる人間ってさ、走馬灯すらも後悔になるんだよ。……しんどい過去があれば、きっと、もっとつらい物になるんだろうな。
俺は、ジャンヴォルンに視線を移した。
ヤツは……死にそうな鍛錬でも泣きべそひとつかくことも無かった、気丈な小僧は、涙を流しながら剣を振るっていた。
森王も、それにシンクロするように、微かに涙を流した。
つまり、「全知剣界」は、「象形剣」は、あいつの過去をなぞって太刀筋を再現し、生きてきた中での苦しみを、直接叩きつけたんだろう。
……なるほど、「精神鍛錬」って面では、自分の弱さと向き合う、合理的なもんだな。
――けど、さ
「……他人の心を覗くってのは、悪趣味が過ぎるんじゃないんですか?リナ師匠」
「…………」
「誰にだって、見られたくねぇ過去ぐらいあるでしょ。いくらいけ好かない弟子だろうと、フォロー入れてやるぐらいの気遣いは、無いもんですかね?」
森王は、枝を握り締めた。
……きっと、当人もわかっちゃいるんだろう。
それは責任感なのか、あるいは本当に「どうでもいい」と思ってるのか。
あるいは……、そう「思い込もう」としているのか。
まあ、どうあれ、やることはひとつだ。
「……ジャンヴォルン」
「……ンだよ」
ジャンヴォルンが、鼻を拭う。
「仇討ちはしてやるから……指咥えて見てな」
「……調子乗んな。てめェも死ね」
――枝を構える森王。
ガンミトラスや、荒野の記憶を掘り返す、圧倒的な「圧」。
……はは、まあ、現実は厳しいよな。
けど、そのぐらいの気持ちで向かっていかなきゃ、一矢も報いれねぇだろ。
――やってやるよ、今度こそ。
一対一の、正面切っての雪辱戦だ。
俺は、木剣を構えた。
* * *
数度の「死」を幻視し、森王の太刀筋が、変化していく。
剣士、槍兵、武闘家、舞踏家、忍者……どれとも似ているようで、どれとも違う。
剛と柔が中途半端に同居するその動きは、あらゆる職業の技術体系を……学ぼうとして挫折したような、自分探しの旅で迷子になっている若造の無軌道さを体現したような、そんな感じの、どうにも情けなくて、不気味な剣閃。
――これが、「今の俺の剣」か。
なるほど、「自分の弱さを突きつけられる」って、クッソ不快だな。
打ち合いが始まったあたりでアイツが露骨に不機嫌になった理由が、よく分かった。
「――象形剣『カイト=イセ之型』」
俺の型……ねぇ。
いかにも「未熟な力」って突きつけられた後に「アンタのモノマネだよ」って悪意なく念押しするのが、この女が「空気読めてない」って言われる所以だなぁ……。
俺は、臥狼一元流の基本形「唸狼の構え」を取る。
腰を落とし、剣を斜め前に突き出し、相手の出方を伺う。複数の動き出しを可能とする、後の先を狙う型。
「未知の相手にはとりあえずコレやっとけ」って構えだ。
…………
……森王も「唸狼の構え」。
というか、俺の模倣するから森王も臥狼一元流使えることになるのか。手の内は互角……千日手になりそうだ。
風が吹き、木々が揺れ、葉が音を立てる。
それに後押しされるように、俺は逆胴に斬りかかるが、当然のように森王はそれを受ける。俺はそのまま体幹を捩じり、互いの剣を弾き返す反発に任せ、身体を跳躍させ、空中で回転運動を行う。
「御影流遁法『諸刃車』」
……加速魔法抜きの、体術のみでの回転斬撃。それでも多段的に剣を当てれば、木の枝ぐらい――
――折れてねぇ。
俺の剣戟を、全部小枝で受け止めやがった。
いかん、これ、「象形」は肉体だけじゃない。
この女の持ってる獲物も「外功」をもって「俺と同じ」ものを再現してやがる。小枝とは思わない方がいいな。
回転速度の落ちた俺に、森王の刺突が伸びる。
それをブリッジの要領でかわし、反った体を板バネのように戻し、バク宙がてらに小枝を蹴り上げ、着地と共に森王の足元を斬りつける。
だが、予期していたとばかりに跳躍で避け、枝を空中でキャッチする森王。
そのまま体幹を空中で捻り――
「御影流遁法『諸刃車』」
俺は、森王の回転斬撃を木剣で受ける。
……やっぱり、忍術技能も再現可能か。道場師範より数段劣る体のこなし。
これが「俺のレベル」ってか。本当腹立つなぁ……。
そこからは、付け焼刃の応酬。いくら頭をひねっても、向こうも「俺が考えるような付け焼刃で」それを捌く。
打ち合うたびに、こちらの頭に血が上っていくのが分かる。
ねちねちと、未熟を突きつけられるこの感覚。
俺の陰険さが、内面の愚痴っぽさが、優柔不断さが、全ての太刀筋に乗っている。
これは、本当に、腹が立つ。
――本当に、腹が立つ奴だよ。リナ=ブラウン。
* * *
――思考に、砂嵐のようなノイズが乗る。怒りによって鈍る論理性。
思考は論理を超越し、ヤツを出し抜く最善手を見つけるため、あの日のような「走馬灯」がよぎる。
ジーン、メル、カトレアへの申し訳なさ。
チートやWEB小説の主人公に感じる嫌悪感。
チートに頼らなければ何も成せない不甲斐ない現実。
兄弟や両親と過ごした日々の未練。
二度目ともなると、走馬灯にすら冷めた目線を持つ自分がいる。
……情けない自分を見つめ直すのも、まあ大事だろう。
だけど、同じことを考えるばかりでは前には進めない。
俺の過去への旅路は、もう少し、先に歩みを進めていた。
――俺を救ってくれたエリスへの感謝。
生涯返しきれない彼女への恩。少しでもこれを返したい気持ちは強いが、反面で俺の選ぶ道は彼女を心配させるものばかり。
……本当の所いうと俺は、平和な世界で彼女と一緒に、穏やかに暮らしたいな、その方が彼女を幸せに出来るんじゃないか、って気持ちが強い。
それでも、彼女が憧れた「勇者様」でありたいし、もうちょい踏ん張っていかなきゃなと思う。
その後のことは……まあ……その……あっ、これ森王に筒抜けなんだよな。
やっぱり、悪趣味極まれりだわ。
――次に、エミリアやノアとの交流。
ノアには、まあ騙された気持ちもあったし、エミリアも最初は殺し合いで出会った間柄だったけどさ。ふたりとも、頑張り屋でいい魔族だよ。
エリートってみんな、産まれに恵まれてると考えがちだけど、実際としてその「役割」をこなすために、必死に頑張ってるんだよな。
エミリアは参謀の裏で、人々の生活を豊かにするための魔導技師として仕事を続けてて。
対するノアはお調子者感あるけど、不幸な過去を乗り越えて、汚れ役も厭わず、治安維持のために「嫌われ者」を全うしようとしてる。
人のために頑張る天才って考えると、やっぱり俺が落ち込んでた時にも善くしてくれたアツ兄を思い出すな。
証券会社の営業って兄貴の理想とちょっとズレてたらしく、悩みも多かったみたいだけど、無事に彼女さんと結婚して、甥や姪と幸せに暮らせてたらいいなぁ……。会えないのは、寂しいけどさ。
――魔王グレタの非道への怒りと、真意への感銘。
それでも、彼女一人で、世界の全てに責任なんて持てない。
人間領域も護りたいなら、彼女に頼むんじゃなく、俺からも何かしなきゃいけないって、そう思ったよ。
向こうに居たら、アキラに「選挙権得たらちゃんと投票行くようにな~」なんて、偉そうに言ってたかな?
……まあ、民主主義って、一人の人間に権限と責任をおっかぶせない世界だし、その点はこっちよりいいよな。
……グレタも、尊敬できる偉大な王だとは思うけど、いつかその重責から解放されて欲しいよな。
それに、俺のこと「友達」ってちゃんと言ってくれたのも、グレタが初めてだし……こういう風に認められるのって、やっぱり嬉しいよな。
――そういや、アンナとジャンヴォルンとも、最近はあんまりギスってないな。
同じ釜の飯の影響ってデカくて、アンナとはすぐ打ち解けられた。
豪放で大雑把な一面もあるけど、案外他人のことも気にかけてて、飯で二人の時には、部下や魔王、他の四天王のこれからを相談されたりもした。
あと、なんだかんだ彼女も、ジャンヴォルンのこと心配してるんだよな。根っこがいい奴なんだよ。
ジャンヴォルンは、いつも不機嫌で文句言ってくるけど、なんか一緒に買い食いしたあたりから、割と居心地は悪くない感じするんだよな。
思うに、アイツと大河を重ねたあたり、俺はこっちの世界に来て男友達に飢えてたんだろう。
……間違いなく【戦乙女の祝福】のせいだな。
ジーンとかも軽口が叩けて、気の置けない関係ではあったと……俺は勝手に思ってたけど、それでも男女差って、細やかな気配りは求められるだろ?
そういう意味で「死ね」とか「クソ」とか「カス」とか……口汚いけど真っすぐ言い合えるのって、やっぱり気持ちいいんだよな。取り繕わない分、遠慮なく言いあえてる感じする。
仲良しではないけど、それでも俺、多分アイツのこと、嫌いじゃないんだ。
………………
………………
……いや、こうして見ると、さ。
森王リナ。
マジで何なんだコイツ。
ジャンヴォルンの件も含めて、師としての行動には疑問符がつくし、一人の魔族としても、大分無礼な奴じゃないのか?
俺の会ってきた人たちって、少なからず悩みとか、不幸もありつつも、こっちに歩み寄ろうとしてくれたり、歩み寄りを見せたら受け入れてくれたり。
紆余曲折はあったけど……やっぱり最後は「一緒に頑張ろう」って雰囲気にはなれたのに、コイツ未だに食事の同席すら拒否してんじゃん。
過去や生い立ちに悩みがあるのは仕方ねぇよ?
でも、その悩みを自分から話さず自己完結して、こっちに不信感や不機嫌をばら撒かれたら、もうどうしようもねぇじゃん。
俺が人間だから?
……仕方ねぇだろ。両親が人間なんだから。
勇者だから?
……仕方ねぇだろ。女神に文句言ってくれ。
祖母の代からの仇敵だから?
……それは流石に、俺とは関係ねぇよ。
自分で選べることなんて、そう多いわけじゃないだろ。
現世の鬱屈だって、異世界チートだって、転移だって、全部……望んだわけじゃない。
アツ兄やアキラには、劣等感を感じて避けてたけど……それでも「二度と会いたくない」なんて思ってなかった。
帰れるものなら、今すぐ二人に会って謝りたいし、もっといい関係を目指したかったよ。
親孝行だってやっておきたかったし、爺ちゃん婆ちゃんも、生きてる内にもっと顔を見せておきたかった。
大河やヤマジン達、大学の知り合いにも、せめて別れの挨拶ぐらいできたならって、今も思うよ。
――でも、もう、叶わない。
俺はもう「異世界人」に、なっちまったんだよ。
殺し殺されの現実がある世界で、自らの手を汚して。
責任や人間関係が形作られて、信頼できる人も少しずつ増えて。
俺はもう「帰る」選択肢があろうと、この世界に残る。
エリスや、旧パーティーのみんな、顔見知りの商店や宿の亭主、助けた人々、助けられなかった人々、殺してきた山賊や妖魔、街角で一目見ただけの幼い奴隷、青魔族の少女サフィ。
グレタ、四天王、魔城の近衛兵、研究を手伝った魔導研究所の職員、離宮に勤めるメイドさん、死を偽装し離島に送られた魔族、ジャンヴォルン。
みんなとの「これまで」を放って、現世に帰るようなことはしたくない。
……だからさ。
仲間として、アンタとも、仲良くなれるなら仲良くしたいよ。
師匠としても、もっと純粋に尊敬したいさ。
だから、勝手に関わりを避けて、自己完結すんの、やめろよ。
人の心を一方的に覗いて、何もかも分かった気になんなよ。
衝突したいってんなら、自分のことをもっと語れよ。
……わかってんのか?
リナ=ブラウン――
* * *
俺に馬乗りになった森王は、胴を脚で抑え、喉元に枝を突きつけていた。
――完敗だ。
「……では、ここまでにしましょう」
俺は、深くため息をついた。
……有言不実行が、また積み重なっちまったな。恥ずかしい。
さぞや、俺のことも見下してんだろうな、この女は。
俺は、うんざりした気持ちで森王の顔を見上げる。
微かに紅潮した褐色の頬。黄緑の瞳をゆらゆらと揺らし、忌々しげに俺を睨む彼女の顔が視界に飛び込んだ。
………………
……あっ。
もしかして、俺のこの女へのディスりも、全部……?
森王は、その場で立ち上がり、マントを翻し、すたすたと歩き去っていった。
仲良くは……なれないかも、な。




