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#20 「森羅万世流」を学ぼう!

「……そろそろ頃合いですね、アンナさん」


 珍しく、俺たちの走り込みを見に来た森王が、陸騎龍(ランド・ドラグーン)の上で龍王に話かけていた。

 ここしばらく、俺とジャンヴォルンは息切れや深刻な肉離れに悩まされなくなってきた。となると、森王の言う「頃合い」は……


「むっ?私もそろそろ、打ち合い稽古していいってこと?」


「……違いますよ」


 ……殺す気か。


 まあ、半笑いのアンナを見る限り、おそらく冗談で言ってるんだろうけどさ。

 その女は……多分、冗談通じないタイプだろうよ。


「そろそろ、森羅万世流フォレスティアン・アーツの型の稽古を始めても問題はなさそう、ということです」


「ふむ、まあ一通りの基盤になる身体も出来てきた頃だしな。肉体鍛錬は午前中に限定して、午後はリナとの技の稽古に割り当てる感じになるかな」


「そうですね……完成には遠いので肉体鍛錬はまだ続けた方がいいでしょうが、基本の型を教えて、つけた筋肉と技の関連付けを行っていくことはできるでしょう」


「それが終わったら、カイトの方は『五段』を与えて、順々に段位から級位に下げて行って、最後に三級まで落とす感じになるかな」


「……『特殊段位』の、ですね。一般の門下生と同じ段位を与えるのは、真面目に鍛えている門下生への侮辱です」


「お堅いなぁ……認定するための基準は通常の段位と同じだろうに」


 ……いやいや、森王の言う通りだよ。


 この措置は単純に、森王が俺のことを気に入らないからってことは、よくわかってるけどさ。

 正直、ずっと「チート」に後ろめたさを感じてた俺にとっては、ちゃんと真面目に鍛えてる門下生とわけてくれたことは、素直に良かったと思うよ……。


「……よーし、じゃあ下りが終わったら鍛錬場に向かうぞーっ」


 アンナの声が響く。

 俺とジャンヴォルンは重装の鎧と大剣をがしゃがしゃと鳴らしながら、山の中腹でUターンする。

 いよいよ森羅万世流フォレスティアン・アーツの修行開始か。果たして、人間領域の臥狼一元流(ウルフィアン・アーツ)とはどう違うのか、楽しみ……かはさておき、気になる所だ。



   * * *



「…………」


「…………」


「…………」




 ――ぱしんっ!




「…………ッ!」


 軽快な音を響かせ、ジャンヴォルンの肩を、森王はよくしなる木の棒で叩いた。

 ……そして、その音にビビった俺にも、間髪入れず打撃が飛ぶ。


「ジャンヴォルン殿は体感と肘が、カイト殿は背筋と肩がわずかに動きました。もう一度、やり直しです」


「…………はい」


 俺たちは、再び剣を基礎の構えに戻し、静止する。


 ……立って剣を構えたまま行う坐禅修行のようなこれも「剣術修行」だ。

 最初に森王リナに指定された構えを維持したまま、二十分間の静止を行う。曰く、これは「どんな状況でも、寸分の狂いなく基礎の型をとれるようにする」のが目的らしい。


 そして、森王の目は、俺たちのほんのわずかな動きも目ざとく見逃さない。少しでも気を抜くと、木の棒の打撃が飛ぶ。

 ダメージを与えるのが目的ではないので傷を残す手合いではないが、普通にかなり痛い。音もでかいので、かなりビビる。


 ……下手に剣を振るうより、注意力も筋力も使ってる気がするな。

 アンナの鍛錬が「動のスパルタ」とするなら、森王のそれは「静のスパルタ」だ。




 ――ぱしんっ!


「…………ッ!」




 ……とまぁ、他事を考えてると、こういう目に遭うので、しばらく集中します。

 これはこれで、拷問の趣のある鍛錬法だなぁ……。 



   * * *



 数日この「保持」の鍛錬を積んだ俺たちは、魔都近郊の森に出向いた。

 だが、楽しい遠足というわけではなく、これも修行の一環。


「生い茂る葉の枚数を正確に数えろ」

「一分間に流れ落ちる滝の水量を概算しろ」

「集まった羽虫の中から、一番遠い虫を殺さないように摘み取れ」

「木にとまった鳥から気付かれないように羽根を一本抜きとって来い」

「焚火から散る火の粉を、消える前に剣で突き消せ」


 などといった、無茶ぶりをされる。


 ……かぐや姫かな?



「いや、ムリに決まってんだろ。こんなんで、本当に剣が強くなるんスかねェ?」


 ジャンヴォルンが悪態をつく。正直同感だ。


「……試してみますか?」


「……ッス。……やめておきます」


 実例出すのはズルだろ。反論の余地が無さすぎる。




「……でも、まあ、理屈は俺も知りたいですね。ここまでの作業がどう剣技に繋がって来るんですか?」


 森王は、俺を睨むように視線を送り、ため息をついた。

「くだらないこと聞きやがって」みたいな呆れが伝わってくるようだ。


 だからやめろって……生徒のやる気をそぐようなポーズはさぁ……。

 クソ強いのは身をもって解かってるけど、本当に剣術師範務まるのか、この人に?


森羅万世流フォレスティアン・アーツは『象形剣』。自然界に存在するあらゆる事象から、剣技に使用できる要素を抜き出して、それを体系化した流派です。火のように荒々しく、水のように滑らかに、風のように迅く、岩のように硬く、森のように静かに、……森羅万象を観察し、その振る舞いを我が物とすることが第一歩です」


 ……なるほど、流派の出自に則って、その理念を学ぶことを重視してるのか。

 例えはなんだか「風林火山」を思い浮かべるな。

 

「……けど、龍王閣下がこんな修行をちまちまやってたとは思えねェんスけど」


 森王が気まずげに言葉を詰まらせた。


「……あの方は、観察より肉体派ですからね。私の剣技と打ち合う中で、逆算的に神髄にたどり着いた方であり、それは天才の業です。……そして、こうした基礎を修めていないからこそ、彼女は森羅万世流フォレスティアン・アーツを隅々まで『極める』ことは困難。彼女の闘い方ははあくまで、我流に流派の技術の一部を盛り込んだ物にすぎません」


 ……確かに、森王が戦場で見せたような色んな技を龍王が使ってるところは想像できないな。あくまで、自分のスタイルに合った技だけを取り入れたってことか。


「師範の私としては思う所もありますが、それでも私と同格以上の武力で、魔王軍の大将軍として戦いに臨む力を見せているのですから、決して悪いことではないでしょう」


 ……無才な未熟者はコツコツ積み上げろってことね。納得。


「それに、どの道あなた達の寿命では、森羅万世流フォレスティアン・アーツを極めることは不可能です」


「は?」


 ジャンヴォルンが喰いついた。


森羅万世流フォレスティアン・アーツは、森羅万象を剣技に取り込む流派。その剣技の構築に際して必要な情報は膨大すぎるのです。森の民であるエルフ以外の種族にこの剣技を修めることは、原理的に不可能なのです」


 ……いや、リナは四天王の若手だって話じゃないのか。


「世間一般における森羅万世流フォレスティアン・アーツは、その中から実用可能な技術を体系立てて修める手段にすぎません。魔王軍に剣技を授ける師範の座を私に譲った祖母のリザは、流派の改良と剣理の探求のため森にこもり、今なお鍛錬を続けています」


 初代は隠居ってわけじゃなくて、剣を使って真理の探究をしてるってことか。

 流派としてはそれを一般化してリナに任せたって感じで。

 ……なんというか、理学と工学の関係みたいだな。


「じゃあ、森王サマの剣技は未完成ってことっスか?」


 こいつ……怖いもんなしだな。

 ……いや、俺の方が殺されかけた経験で、過度にビビってるだけなのか?


「……私は、祖母の『去年までの剣理』を、完全に継承しています」


「いや、おかしいじゃないっスか。初代が時間かけて学んだことを全部知るなんて、魔王軍の教練もやってるんだから、同じだけの観察なんてできないでしょ。それだと、森王サマは初代越えの天才ってことになるんじゃないスか?」


 ジャンヴォルン、サボったり矛盾つくために滅茶苦茶頭回るじゃん……。

 それに、一応筋は通ってるし……一周回ってすげぇな。

 森王もちょっと困惑してるじゃん……。


「……そうですね、それについては言葉より簡単に伝える方法がありますし、いい機会です。少しばかりご教示しましょうか」


 そう言って、森王は俺たちに木剣を投げて寄越し、自身は足元の小枝を拾う。


 ……打ち合い稽古か?

 彼女の強さは、俺もジャンヴォルンも、疑いはない。

 静かな森に、緊張が走る。


「では、ジャンヴォルン殿から始めましょう。これよりお見せします。森羅万世流フォレスティアン・アーツの神髄――」




 ――全知(ぜんち)剣界(けんかい)走馬(そうま)(あかり)」を。




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