#19 龍王とディナーを
食卓の向かいに座って料理に舌鼓を打つのは、青紫の髪の長身の女性。
【龍王】アンナ=バイオレットだ。
……飯食ってる時はビキニアーマーやめた方がいいんじゃないかな。
汁物がはねたら熱いだろ……。
「……森王も来なかったのか」
「うーん……やっぱり頑なというか『鍛錬は任務として行うが、私は勇者やグルドンドの友ではないので、同じ釜のパンを食おうとは思いません』だってさ」
……いや、俺から森王へもあんまり好感はないけどさ、ここまで毛嫌いされるとしんどいな。仲間として一緒に戦うんだったら、もう少し歩み寄ってくれよ。
対するアンナは、俺に気兼ねすることなく肉をおかわりしている。
スープも皿をもって飲んでるのはちょっと行儀悪いが、味噌汁大好き日本人的には親近感を……いや、陶器の皿を手づかみで、ごくごくと喉に流し込むのは熱すぎるだろ。熱耐性は流石にドラゴン、ワイルドだな……。
「……実際のところね」
「ん?」
龍王がおかわりの手を止めて、口を開いた。
「リナは任務に熱心な、大分お堅い女でな……。最初から仲間だった私も、実際打ち解けるのには時間がかかったんだよ……」
「はぁー、ウチのパーティーの……いや、元仲間の僧侶に近い感じだなぁ」
俺は、カトレアのことを回想していた。彼女は僧侶なわけで、戒律とかの都合もあったけど、どちらかというと警戒心の強さもあって、一線を引いて距離を置きがちな子だったんだよな。
……当然ながらカトレアとリナは同一人物ではないが、パーティー内の役割ってのは割と一致しやすいというか、いかにもな戦士であるアンナとジーンの豪放さにも、参謀としてのエミリアとメルのニヒルさにも、ちょっと似た部分は感じる。
ただ、こっちの四天王の方が年齢的に落ち着きも……いや、女性の年齢のことは触れるべきではないな。
というか、未だに四天王の年齢知らないけど、先代魔王への革命とかの話を聞く限り、多分俺とは親子ぐらい歳離れてそうなんだよな……こんなフランクに話していいのかな……。
「まあ、リナはまだ若いからねぇ……世の中を白と黒とでハッキリ色分けしようとしがちでさ。人の心はそう簡単に割り切れないってことに実感が無くて、自分にも他人にも、必要以上にハッキリした結論を求めてしまうんだよ」
「……なるほど」
「0」か「100」かの思考ってのは、まあ若いほど陥りがちな思考だよな。俺だって、この世界に転移するまでは、学歴だの、仕事だの、娯楽の良し悪しだの、必要以上に刺々しい勘定をしていたなって所はあって、そんな中で妥協や歩み寄りを学んでいってる、って感じだ。
「ジャンヴォルンも、若さって意味だとなぁ……ってか十四って本当、子供じゃないか。あの年で親兄弟の『仇』と仲良く飯食えってのは、まあ酷かねぇ……」
「……あの子に関しては仕方ないと思うが、やけに世話を焼くな、カイト」
アンナは、水を口に運ぶ。
「……森王が来るかどうかはわからなかったし、同門で修業してるのにアイツだけ無視して仲良く飯食ってたら、仲間外れにしてるみたいでアレじゃん」
「はは、違いないな」
……もっとも、やっぱり「安い同情」が俺の動機になってるのは、否定できないことでもあると思う。それがアイツのプライドを傷つけてるのなら、俺も大概酷いことやってるなと感じる。
だが、魔王グレタから猪妖魔たちの妖魔社会について聞く限り、同胞意識の高さと教育の不足から、ナショナリズムやら排外主義に走りやすいってことで、ジャンヴォルンからもやっぱり、そういう面は色濃く感じるんだよな。
……そうなると、猪妖魔と人間のルーツを持つアイツは、自分の存在を否定するしかないわけで。あるいは、暴力による刹那的な快楽に溺れる、悪辣な略奪者に身を落とすかもしれない。
グレタがアイツの精神修行も兼ねて森王に預けたってのは、そうした方向に進ませまいとする親心もあったんだろう。
「……森王が、その辺のグレタの意向を察してるかっていうと、怪しいけどなぁ」
「まあ、ね……あの子、空気読めないからさ……悪い子じゃないんだよ?」
「そりゃ、グレタから信頼されてることからもわかるけどさ、距離を置かれた側からすれば、やっぱり『イヤなヤツ』になるんだよ……」
……なんだかんだ、俺も弟のアキラに対して、努力を冷笑する「イヤなヤツ」になりかけたのは事実でさ。それでも、距離感を測り直せたのは、アツ兄やアキラが、俺が落ち込んでる時にも優しくしてくれたから……なんだよな。
だから、リナについては師弟という所もあるから距離を測りかねてはいるけど……それでも真っすぐに教えを乞う素直な生徒でありたいと思うし、ジャンヴォルンに対しても無関心にならず、たとえ「いけ好かないヤツ」としても、関わりを拒絶したりはしたくないんだよな。
「……まあ、二人にとっちゃ目障りかもしれないけど、異世界に置いてきた兄貴と弟との関係に後ろ髪ひかれるところはあって、さ。ふたりが俺にしてくれたことを、誰か他の奴に返せたら良いなって。間違った道に進みそうなら止めてやるのも、そばにいる大人の取るべき振る舞いだろ」
「へぇ……」
「……うーん。でも、赤の他人が、兄貴ぶったり弟分みたいな顔してるのも、それはそれで鬱陶しいかもな。難しいなぁ……」
「まあ、良いじゃないか。鬱陶しいなら『鬱陶しい』と、当人が口にするべきだ」
「……面と向かって言われたら、ショックで寝込んじゃうかも」
「繊細過ぎだろ」
アンナはくつくつと笑う。
……次男坊は板挟みで繊細になるんだよ。
……しかし、なんだかんだ、彼女は命のやり取りをした間柄ではあるが、割り切りがいいというべきか、竹を割ったような性格というべきか、すごく話しやすい。
こういう、心の機微に関しては割と素直に相談もできるし、じめじめとした話になりにくい所もあって、数回話しただけで打ち解けられた。姉御肌だな。
……だからこそ、容赦のないスパルタトレーニングも、ニコニコ顔で押し付けて来るわけだが。納得してるとはいえ、死の危険を想起するたび、遺跡の決闘のトラウマが蘇ってくる。
……ともあれ、そんな具合にアンナに感じてるような「良い面」が森王リナにはまだ見えていないからこそ、俺は距離を感じているわけだけど、やっぱこれもどうにかしなきゃだよなぁ。
「……おや、ジャン坊じゃないか」
「!」
食後の茶を飲んでいた俺は、アンナの声で食堂の入り口を振り返る。
……なんだ、ちゃんと飯食いに来たのか。素直な所もある……いや、俺とアンナが長話してただけかな。
まあ、せっかく来たんだ。俺ももう少しゆっくりしていこう。
話はしないまでも、同席とかで少しずつ、距離感を慣らして行きゃ、多少は抵抗も減って、そのうち話す機会も出てくるだろう。
「ほら、座れよジャンヴォルン。……あっ、すいませんメイドさん!」
俺は、食器を下げに来たメイドさんに声をかけた。
「ちょっと遅くなりましたが、こいつの分の肉も出してやってもらえますか?」
「えっと、それが……」
「?」
「その、肉の在庫が切れてしまいまして……」
「!」
俺はアンナを見た。
先に皿を下げられた彼女は「自分じゃないよ」とでも言いたげに、そっぽを向いていた。ジャンヴォルンは俺を睨む。
「てめェ……」
「いや、違う!俺じゃないって!俺の胃袋でそんな入るわけないだろ!」
「いやぁ、『痩せの大食い』って言葉もあるしさぁ……」
……おいっ!
仮にも魔王直属の四天王が、姑息な言い逃れしようとしてんじゃないよ!
………………
「あー、もう、仕方ねぇな。表に肉売ってる店あるからさ、魔導研究所のバイト代で腸詰でも買ってやるよ。ついて来い」
「はァ……?なんで俺が、てめェに……」
ジャンヴォルンが食って掛かるのと、奴の腹の虫が鳴るのは同時だった。
ガラにもなく赤面する姿を見て、少しからかってやりたくなったが……こういうのは尾を引くからな。恥をかかせるのはナシだ。
「ほれ、腹減ってんなら考えるのは後。行こうぜ」
「……あっ、私も着いていっていいかな?口直しに、干し肉でも食いたくなってきてさ」
龍王アンナは、悪びれることなく話に乗ってくる。
「まだ食うのか……。つーか、デザートも肉かよ……自分で金払えよ?」
……つーか、コイツのメシ代だって、本来はアンタが払うべきところだろ。
オヤジさんに領収書切ってもらって、エミリアに速文魔法でも送るかな。
「ちっ……」
舌打ちを食堂に響かせながら、ジャンヴォルンは、俺とアンナの後を追う。
……お互い、穏やかじゃない関係ではあるが、やっぱり同じ釜の飯を食って憎しみ合うのは、難しいもんだろうよ。
* * *
離宮を出て、三人で大通りに向かう中、俺は遠くなっていく現世の記憶に思いを馳せていた。
中学生の冬、吐く息も白くなってきた頃の、塾からの帰り道。
一緒に遊びに行くってほど仲がいいわけでも無い、塾の男友達。
少し遠回りして、コンビニで買った駄菓子とコーヒー。
家や学校、受験の愚痴。
スマホゲームのマルチプレイ。
スクショしたバカ画像の見せ合いで爆笑した、あの日々。
……まあ、さ。
お互い、仲良しってわけにも行かないだろうけどさ。
せめて訓練が終わるまで……飯ぐらいは、一緒に食おうぜ。




