#18 【庶子】ジャンヴォルン
オレの名は「ジャンヴォルン」。
猪妖魔領を治めていた候爵、「プロシューダ=グルドンド」の息子だ。
……だが、オレは嫡子ではない。数いた妾どもの子でも無い。
オレの母親は人間領域からさらわれてきた女だ。
父の性欲を発散するために献上された人間の女であり、建国後に農作業に従事させる「混血奴隷」を量産するため、その実験台とされた奴隷の一人。
人間にしては大柄でふくよかな体格のこの女を、父は大層気に入っていたらしい。
その女から生まれたオレは、周囲の猪妖魔と比較して体毛は薄く、耳は丸まり、鼻も小さい、それこそ裸猿どものような、薄気味の悪い姿で生まれた。
……オレたち「混血猪妖魔」は、奴隷になるべくして産まれてきた存在だ。だが、何の気まぐれか、あるいはこれも「実験」か、オレは兄の一人に預けられ剣術鍛錬をすることになった。
猪妖魔の剣術は「剛の剣」だ。力に任せてぶった切る、その為の動きを身体に叩きこむ。それが猪妖魔領の剣術道場のやり方だ。
猪妖魔の世界は実力主義。落ちこぼれて舐められればイジメられて、卑屈で陰気な人生を送ることになる。
……それはつまり、逆にヤれるところを見せれば、オレにも未来が開けるんじゃないかと、オレはそんな希望を感じて生きてもいた。
オレは、兄の道場で体を鍛えた。周囲のヤツらと比べても、オレは必死だったと思う。
……だが、成長するにつれてわかった事実。人間は猪妖魔と比べて体格が小さい。それは、オレの鍛錬で伸ばせる剣才の「上限」を物語っていた。
純血が大多数を占める周囲と比べて、相対的にどんどん非力になっていったオレは、かつてガキ大将としてボコボコにしていた同じ歳のガキどもにさえ舐められるようになった。そして、仕返しとばかりに道場でシゴキ倒されるようになっていた。
身体の成長した猪妖魔のガキは、おおよそ精通のあたりを境に、冒険者を気取ってイキリ散らしながら、人間領域に侵入し、金品や食料を強奪したり、人間の女を犯す遊びに手を出すようになる。オレの母親もそんな流れでさらわれてきた女だ。
だが、オレはそこでもつまはじきにされた。裸猿交じりの雑魚は連れて行っても役に立たないんだと。
「毛も生えそろってないお前じゃ猪妖魔の女は濡れねぇだろうな」だの「お前の種じゃ人間が生まれるんじゃねぇのか」だのほざく純血のカスども。
……ヤツらを、ぶった斬ってやれない情けなさは、地獄のような気分だった。
そして訪れた「中域建国作戦」。五千の軍勢で穀倉地帯を攻め落とし、猪妖魔の独立国を建国する、グルドンドの悲願。
オレは、この戦線に加わらせてくれ、猪妖魔の男として功を上げる機会をみすみす逃したら一生悔いが残ると、兄に頼み込んだ。戦場の働きで成り上がることだけが、オレの最後の希望だった。
「お前には、建国後の農地で奴隷を統率、管理してもらう。今日までお前に武芸を仕込んだのはそのためだ」
そう告げた兄の目は、ただ冷たいものだった。
兄の目は、オレのことを「戦士」とは認めないと、そう物語っていた。
オレは、彼を普段は呼ばない「兄者」と呼び、縋りつき、懇願した。
兄は、オレを突き飛ばし、冷ややかに言い放った。
「……私が『兄』?二度と世迷い言を抜かすな。父上の指示がなければ、貴様など最初から拾ってなどおらぬわ。……分をわきまえろ、汚らわしき混血の小僧が」
――その後、五千の猪妖魔の軍勢が、勇者に、そして四天王に、壊滅させられたと知った。
父も兄も戦場で戦死。戦場での主力を率いるグルドンドの嫡流は、数人いた庶子は、ことごとく戦死。領内の親族は『敵』との内通が露見したらしく、魔王により死を賜った。
龍王軍が領内に建設した収容所には、見知った顔が収容されていく。そして、侵攻に責任を負う立場の者は、ことごとくが首を刎ねられ死んでいった。
やがて、父の女や奴隷、オレたち混血のガキは、魔都へ連行されていった。
……だが、オレにとっては、全てがどうでもいいことだった。怒りも憎しみもない。
――魔王に毒を飲まされ死を賜ることも
――それが偽装であり、命を救われたことも
――後釜のアイベリク家に対する牽制にオレを利用する意図も
――母親や混血への恩赦、御家再興という「餌」も
――仇の四天王の元で鍛錬を積めという勅命も
この数か月で起こったすべてのことに、オレは心動かされることはなかった。
オレは、闘うべき時に立ち上がれなかった、親兄弟にすら同族と認められなかった、惨めな男だ。
……遠ざかっていく黄金色の島。
オレは、置き去りにされた母親に一瞥をくれてやることも無く、船室で横になった。
甲板から聞こえる話声。鬼王、獣王、得体のしれない裸猿……
いや、猫魔人か。黒髪のモヤシ野郎と、乳とケツのでかい女。
父を殺した四天王の二人は、軟弱な猫耳どもと、取るに足らない話をしていた。
だが、そんな奴らに対しても、オレは何の感慨も湧いてこなかった。
森羅万世流の入門に際し、黒髪の猫耳野郎が裸猿の「勇者」だと知ってからも。
もう、なにもかもが、どうでもいい。オレの命に意味などないのだから。
何を成す必要もない。何を気取る必要もない。流されるままに、だ。
せいぜい、弱い者をいたぶり、憂さを晴らしながら、余生を過ごすとしよう。
* * *
「……おい、ジャンヴォルン。飯できてるっつってんだろうが。メイドさん困らせるんじゃねぇよ」
数日前、ぶん殴ってやった黒髪の猫耳野郎が、勢いよく扉を開いて入って来た。
なんだコイツは、さっきまで龍王の元でボロ雑巾になってやがったくせに、なんでこんな元気なんだよ。
「……ったく、いつまで寝そべってんだよオイ。だらしねぇなぁ……」
「うるせェ……飯食う時まで、てめェと顔つき合わせたくねぇんだよ。死ねカス」
「は?思春期のガキかよ。いくつなのか知らねぇけどさぁ……」
「……十四だよ。文句あんのか」
……オレの返答を聞いて、ヤツは信じられないような顔で目を見開いた。
「えっ……そ、そうなの?もうすぐ成人だっていうから、二十近いもんかと……やべ、殴るのはやり過ぎたかな……」
……猫耳野郎はモジモジと戸惑っていた。
なんだコイツは。やることなすことイラつかせてきやがるな……。
オレが何よりも腹が立つのは、この猫耳モヤシ野郎が「勇者」だってことだ。
四天王曰く、この男は屈強な純血猪妖魔の軍勢に単身立ち向かい、数百人を討ち取る武功を上げたという。
……このモヤシが?
信じられねぇ、フカシこいてるんじゃねぇのか。
だが、オレにぶん殴られてすぐ反撃してオレを昏倒させたこと、あの龍王のシゴキからすぐ復活して、オレにちょっかいを出して来る無駄な元気……。
……気味の悪りぃヤツなのは確かだ。
「そっか……あー、身体、大丈夫か?治癒魔法かけてやろうか?」
「……気持ち悪りィんだよ。消えろ」
「……わかったよ。けど、飯はあったかいうちに食いに来いよ。冷めてマズくなっても自業自得だからな」
奴は、ドアを振り向く。
……普通、初対面で自分をぶん殴ってきた相手に、こんな馴れ馴れしく近づいてくるか?
距離感が……いや、頭がおかしいだろ。
「……作ってくれた人はさ、あったかくて美味いうちに食って欲しいんだからな。こう、料理人や生産者への感謝みたいな……」
「消えろッてんだろうが!」
投げつけたクッションは、奴の出て行った扉にぶつかり、床に落ちた。
……ちっ。
冷めた飯の味も知らねぇんだろうがよ、ボンボンが。
……どこまでも不愉快な野郎だぜ。




