#17 殴り合いブラザーフッド
――俺とジャンヴォルンは鍛錬場の床に転がされていた。
先程までは一進一退の攻防という形で拮抗していたのだが、途中で俺とジャンヴォルンは、二人まとめてリナと打ち合いをすることになった。
彼女の体格は細身で華奢な女性という印象ではあるが、俺はガンミトラスで、国境付近の荒野で、彼女の剣技を間近で見た。「女相手に本気を出すなんて…」みたいな甘ったれたことを言うつもりはない。真剣であれば首を刎ねるぐらいの覚悟で、全力で一本を取りに行った。
俺の元々使っていた流派は「臥狼一元流」。多対一を想定した守りの剣術流派であり、我流のような荒々しい太刀筋のジャンヴォルンとは、綿密な連携こそできないだろうが、それでもその隙を補う形で防御や、間を縫うような攻撃はできる……はずだった。
だが、剣を振ろうとするたび、俺たちの木剣は宙を舞い、注意を逸らした瞬間に尻もちをついた。何度も、何度も。
決定的な実力差を叩きつけられた俺たちに向けて、呆れの混ざったようなため息をつく森王。龍王も気まずげに頭をかいていた。
「んー、やっぱリナとは勝負にはならんよな……」
「……まあ、当然ですね」
傷つく。
「でも、カイトの方は、『臥狼一元流』も【逆吊巧者】は無効化されてるんだろ?それでも見た所、段位以前ではあるけど……一級に相当するぐらいの腕前はありそうだったな」
「まあ、実戦で使用し続けていれば身体にも染みつくものです。けれど、明らかに現時点の実力で『扱いきれない技』を使おうとして、身体が硬直したり、剣閃がぶれる場面もありましたね」
「なるほど、これも魔王様の仮説通りではあるな……」
……そうか。
【ランク反転】……もとい、【逆吊巧者】って「反転」という所に気を取られてたけど、実力として身に着けた部分に関しては、最低ラインとして保障されるわけか。
……そりゃまあ、チートが発動して「本来の腕前より落ちる」ってんじゃ、強化じゃなくて弱体化にしかならんしな。
「……鍛錬を経ずに得た分不相応な力は、かえって悪い手癖をつけて、力に振り回されるだけということです。……まったく、この力を与えた女神は、段位をなんだと思ってるんでしょうね」
………………
……いや、本当、それは申し訳ありません。
他人様の努力を評価するための仕組みを悪用して、私利を図るってのは本当、居心地の悪さを感じるばかりだな……。
「まあ、良いでしょう。今日はここまでとします。明日からはしばらくアンナ殿の元で、肉体作りに励んでいただきます。剣技の指導は頃合いを見て始めますので、当面はそちらに励むように」
「……私も、打ち合い稽古しちゃダメ?」
「彼らを殺す気ですか」
龍王相手は、素手であっても五体バラバラにされそうだから、ちゃんと止めてくれてよかったよ……。
* * *
俺とジャンヴォルンは、鍛錬場の床に手をついて、立ち上がった。
……思えば、この男も不幸な生い立ちだ。魔族領域と人間領域の対立によって産み落とされた彼は、身の置き所が曖昧だ。猪妖魔と人間、どちらの社会においても、彼は、自身を大切に扱う隣人に恵まれることはない。
彼は、このまま魔王に忠誠を誓うのか、復讐に走るのか……。立場上、俺と対立することもあり得るが、俺としてはそれをとやかく言う気にもなれない。
なんでか、俺はこの男に、大学の同級生の大河を重ねていた。
あいつも、スロットで借金をこさえた結果、同級生や先輩後輩に疎まれて、孤立してて……
……あっ、これ同じ扱いダメだ。すげぇ失礼。
……まあ、でもさ。なんだかんだ、同じ場所での巡りあいってのも、縁のひとつ。
周囲がどう言ったとしても、縁があるならやっぱり、それを機会に打ち解けていくこともあるし、仲良くなれるならそれも良いだろ。
どうしてもそりが合わなかったなら、そこまでの話。それでも最初ぐらいは、歩み寄って仲良くしていく姿勢を見せるべきだろうよ。
「……なあ、ジャンヴォルン」
「……?」
俺は、右手を差し出した。
「これから、同門としてよろしくな」
――俺は、顔面をぶん殴られ、二メートルほど後方にぶっ飛んだ。
「……憐れみかよ、うざってェ。そんなにオレは『可愛そう』に見えるか?……あァ?」
ああ、そう受け取られるか。
……実際、そういう所が無かったとは言えないしな。軽率な振る舞いだったかもしれない。
「オレは、オレが強くなるために、鍛えてるだけだ。手前と慣れ合う気なんざねェ。用もねぇのに話しかけんな、裸猿が」
……あー、そういや俺、大学で友達作り上手く行かなかったんだった。大河も、あっちから話しかけてくれたんだったな……。
思えば、人間領域の道場でも先輩キッズに「かわいがり」を受けて、トボトボ帰ったもんだ。……思うに、チートというズルをしてることで、懸命に努力してる人に安い同情心を抱いて、それが舐めた振る舞いとして相手に透けて見えてたんじゃないかな……。
その帰りを、エリスに見つかって、みじめさは一層掻き立てられたもんだ。
そういう自分の情けなさで、エリスに心配かけるのもまた、嫌だったんだよな……。
ここに至って、また俺は同じ轍を……
………………
……あれ?
いやいや、おかしくねぇか、これ。
なんで、話も聞かず暴力振るってくる奴に気を使って、エリスにまで心配をかけて……俺、黙ってたんだ?
それは偏に、【無自覚最強】……【無銘の王笏】の出力を維持するために必要だったからだろうけどさ。
俺が誰かに傷つけられる状況に甘んじるのって、俺を大事に思ってくれる誰かを傷つけることに、俺自身が加担してたってことじゃないのか?
………………
……なんだろう、すげぇ腹立ってきたぞ。
「安い同情すんな」ってのはそうだよな。それは悪かったよ。
でも、それは口で言えばわかるだろ?初手でぶん殴るか?
つーか、コイツ裸猿って……人間への差別発言もしやがったな。
そりゃ境遇は可愛そうだし、それで安い同情されるのも不愉快だろうけどよ、出会う人間全員に対して、コイツこういう態度取るのか?
もし、暴力を抑える監視役が居なかったら……あの猪妖魔領の略奪者と同じように、下に見る者を虐げる側に回るんじゃないか?
戦場でエリスを辱めようとした、あいつらのように――?
………………
「ジャンヴォルン」
「しつけェぞ、てめ……」
――俺に顎をぶん殴られたヤツは、その場で倒れ伏せた。
芯厳流の経験の残り香か、拳は運よくいい場所に入った。反撃は来なさそうだ。
「……覚えとけ、猪妖魔野郎。不幸な生まれだろうが何だろうが……殴ったら殴り返されるんだよ」
……視界の隅で、龍王と森王の「やれやれ」という反応が見える。
あいつらからすりゃ、お遊戯だよな。
……コイツと仲良くするのは無理かもしれん。
だが、明らかに間違ったことをやられてまで妥協する義理はない。
いくらでも付き合ってやるから、仲良く喧嘩しようや、兄弟弟子。




