#15 議題「魔族領域の勇者・育成計画」
「なっ……えっ……は?」
同盟締結より一月半が過ぎた、王城の重要機密戦略会議室。
部屋の入り口に立った褐色のエルフは、【森王】リナ=ブラウンは、口をパクパクさせながら狼狽していた。
魔王の……グレタの方から彼女に、事前に共有とかしなかったのか?
「速文魔法は、ちゃんと送ったはずだけど……?」
「それは……あくまで今後の方針についての話とばかり……いや、それにしても、この会議室に通すのは、いくらなんでも早すぎませんか!?」
「そこはまあ、長考に意味はないしね。エミリアの方で解呪魔法や、自動審問魔法は完了してる。我々の陣営で活動してもらうことには、問題ないと判断したよ」
「呪法看破や解呪については、私も参加の上で、直属の専門家と共に行ったからね?彼の思惑に反した魔王様への危害の可能性は皆無と、断言できるわよ」
わなわなと震えるリナを横目に、二人は果実水を飲みながら状況説明する。
……聞いてるこっちがハラハラするな。エリスの視線も、森王とグレタ達の間をきょろきょろしている。
「しかし……その男は勇者ですよっ?魔族領域において、勇者は……」
「リナ」
魔王の表情が険しく変わり、森王の肩がびくりと震える。
「……リザ婆の過去は知っているし、君の気持ちも可能な限り汲もうとは思う。けれど、勇者と友誼を結ぶことは既定路線。そして彼は、カイト=イセは、先代勇者イサミとは別人だ」
「…………」
「他ならぬ私が、彼の想いを聞いて『信に足る』と判断したんだ。それを、彼の『勇者』という肩書だけで否定し遠ざけるのは、私の盟友に対する侮辱だよ?」
森王が、息を飲んだ。
………………
「あの、グレタ……陛下」
「『陛下』はいらないって言っただろう?……それで、なに?カイト」
「その……俺も信用して欲しいとは思うけど、やっぱり性急過ぎるんじゃないか?その……森王は数か月前に俺と殺し合いをした関係だし……いきなり打ち解けろってのは、流石に無理があるというか……」
「…………」
森王が複雑な表情をしている。
……仲悪い相手と見解が一致してる時って、気まずいよなぁ。
「『殺し合い』なら私もしただろう?」
森王リナが振り向くと同時に、腕をうろこで覆った、一八〇センチほどの長身の女性が、扉の向こうから姿を現した。
――【龍王】アンナ=バイオレットだ。
「お互い死んでないんだからさ、遺恨は水に流すべきだろう。現に勇者殿は、既にエミリアやノアとも打ち解けているんだ。リナも彼を見習って、歩み寄りの姿勢をさ……」
「いや、正直、アンタもまだ怖いところはあるんだけど……」
「えっ」
……いや、そりゃそうだろ。そんな意外そうな顔されても……。
エミリアはサフィを助ける見解が一致してすぐに和解したし、ノアに至っては街でじゃれついただけ。
対する龍王と森王は、仲間の命が掛かった中で、ぶっ倒れるまでガチで命のやり取りをしたんだし、話が大分違うよ。エリスも、ノアやエミリアと比べて明らかに警戒してる。
……別に仲良くしたくないわけじゃないよ?
でも、経緯として龍王と森王は、俺が全力でビビり散らしながらコテンパンにされた相手なわけで、ノアやエミリアほどすんなり話せるようになるのは、やっぱりすぐには難しいよ……。
あと、『裁の聖剣』を持って行かれた件で、第一王弟と第二王弟の板挟みにあって激詰めされたので、その意味でもガンミトラスの一件は、俺たちにとってはトラウマなんだよ……。
もちろん、こっちも根に持ったりせず水に流そうとは思うけど、やっぱり気持ちの問題としてさ、お互い時間は必要というか……。
「ヤツらは……『貴種選民独立自治同盟』は、こちらの都合を待ってはくれない」
グレタの言葉を受け、場の空気にぴしりと緊張が走った。
――貴種選民独立自治同盟。
まごうことなき、俺たちの共通の「敵」。
「……身も蓋もない話をするよ。現時点のカイトは、四天王と比較すると『弱すぎる』んだ。キミは『戴冠』を発動した四天王を見たと思うけど……万全の状況なら、彼女らに適うと感じた?」
「…………」
……無理だろうな、現実的に考えて。
全身を鱗で覆った大質量の巨龍と化した、アンナ。
変幻自在の獣の身体と体術で戦場を駆ける、ノア。
膨大な影の剣を雨のように降らせ大軍を制圧する、エミリア。
間合いの概念を持たない多彩な剣技で将を射止める、リナ。
誰と戦ったとしても、ミンチになる末路が見えて、背筋が伸びる。
「……ま、そういうこと。キミの英雄技能をもってしても、四天王と並び立つには、まだまだ荷が重い」
改めて考えると、彼女たちの真の力を見ておきながら「力になりたい」なんて、ちょっと大きく出すぎたな。実際に言われると、イキったこと言ったみたいで、恥ずかしくなってきた……。
「……だからこそ、彼との同盟を決めた時点で、早々にこの会議室に招いたの。『勇者カイト』をヤツらと戦えるだけの……四天王に匹敵する戦士として『育成』することが、急務だと判断したわけ」
……なるほど。
即戦力として使うってわけじゃなく、ポテンシャル採用ってことか。
まあそりゃ、新卒にいきなり大きな仕事任せないよな。
それに、俺の欠陥チート任せの戦闘力に、まだ伸びしろがあるなら、実戦に向けて教育してもらえるのはとても助かる。
正直なところ、人間勢力で闘ってた時も既に頭打ち感あったので、次のステージに進めるならありがたいことだよ。
「じゃ、会議を始めるから、ふたりも座って。議題は、そうだねぇ――」
――「魔族領域の勇者」カイト=イセの育成計画について。
* * *
「まずは、整理しようね。まずはカイトの英雄技能について」
グレタは、魔法でチョークを浮かして黒板に文字を書く。
……背丈的に届かないのか。真面目な話をしているのに、少し気が抜けるな。
――――――――
(1)戦乙女の祝福:
勇者のパーティーの女性メンバーに恒常的な強化を付与する。
その割合は対象が勇者にどれだけ好感を持っているかによる。
(2)逆吊巧者:
勇者が社会集団から認定を受けた技能を、習得し行使可能にする。
その精度は制定された等級や段級位の最高と最低を反転したものになる。
(3)無銘の王笏:
勇者が「侮られている」状況に際して、強力な魔力強化がかかる。
その影響は相対している敵や、味方など、距離の近い者の方が大きい。
――――――――
「……こんな感じ。呼称は我々がつけたものだから、正式名称を教えてもらえれば今後はそれに合わせるけど、この認識で相違ないかな?」
「…………」
「……カイト?」
――――――――
☆女神の命名☆ / ★魔族陣営の命名★
【ハーレムバフ】 / 【戦乙女の祝福】
【ランク反転】 / 【逆吊巧者】
【無自覚最強】 / 【無銘の王笏】
――――――――
………………
「……いや、今後は魔族陣営の命名を使わせて欲しい」
「……?まあ、私たちは解かりやすいから、かまわないけど……」
……物は言いようというか、俺が対外的にチートを話せなかったの、スキル名が恥ずかしかったのもあるんだよな。
魔族側の命名にも若干の中二感はあるけど、もとのスキルと比べれば遥かにマシだ。
女神サマには悪いが、今後はこっちを使わせて頂く。
「……ともあれ、この三つがカイトの英雄技能なわけだけど、その問題点は以下の通り」
――――――――
(1)戦乙女の祝福:
強化対象が女性のみであり、失望により強化が消滅する。
(2)逆吊巧者:
級位の変化、破門、団体の解散で技巧が消滅する。
(3)無銘の王笏:
カイト=イセが活躍し名声を得るほど、恩恵が無くなる。
――――――――
……見事に、弱点が丸裸にされてるな。魔族領域の情報網、恐るべしだ。
「まず(1)戦乙女の祝福は、当面はカイトの行動を四天王に随伴させる形にすればいい。元の能力が高いキミたちなら、強化が損なわれても自分の身は護れる。みんなも、カイトとは仲良くすること」
「うんうん、カイトも信頼を損なうことしちゃダメだよ?着替えとか覗いたりさぁ~♪」
……いや、しないよ。
昨今、お色気マンガであっても、そういう不同意スケベ行為はNGだからな?こちとら、コンプラ重視の現代っ子なんだよ。
……そんで、森王。
これ見よがしに胸元を隠して警戒してるの、めっちゃ腹立つな。自意識過剰か。
「そして(2)逆吊巧者。この対策はハッキリ言って心配無用だね」
えっ?
人間領域ではこの件で詰みかけたのに……?
「これね、権力側が把握して手回しすれば弱点はないの。キミに持たせたい技能について、国家資格の創設や認定について、いくらでも融通できるからね」
あっ……。
うわぁ……そういう事かぁ~……。
国家権力と癒着してれば、やりたい放題だなぁ……。
本当、この力って、まさしく「不正」に相応しいよ……。
「……ただ、この力に関しては、私にも考えがある。カイトにはすぐに級位を与えるわけじゃなく、私の組んだ訓練課程に沿って、魔族領域の諸流派の鍛錬を積んでもらいたい」
……ふむ、俺の地力をつけることで、チート喪失時にもある程度闘えるようにするって事だろうか。
元の俺の才覚なんて大したことないし、付け焼刃に終わりそうだけど……。
それでも、「ズル」の罪悪感は減るので、個人的には大分助かるかな……。
「最後に、(3)無銘の王笏。これは常に喪失リスクと隣り合わせにはなるけど、一応この能力付与に関する仮説と対策は考えたよ」
……おお、これも対策があるのか。
流石と言うか、優秀なブレーンを抱える王様だけあって、発想が柔軟だなぁ。
一体どんなことをやるんだろう?
「まず、カイトにはこの一か月の間、封印を部分解除して、エミリアと共に王立魔導研究所のお手伝いや魔法習得をしてもらったんだけど、『カイン=イーストン』に対する名望が得られても、彼の魔力出力には影響がなかった」
……言われてみれば。
評価と舐められが拮抗してたのかなと思ってたけど、なんだかんだ職員には好意的に接してもらってたのに、魔力出力は落ちてなかったんだよな。
「つまり、無銘の王笏は、『カイト=イセ』に対する認知が、強化の基準になっていると思われる」
なるほど。
「カイン=イーストン」がいくら評価されても、「カイト=イセ」という「別人」の評価にはつながらないから、魔力のバフは目減りしないってことか。
「よって、『勇者カイト=イセ』について、人間領域と魔族領域双方に『四天王に無様に敗北し、魔王に情けなく助命を請い、いまや監視下で享楽にふける自堕落な日々を送っている』という噂を流布する」
……えっ?
「そして、魔族領域での通称は完全に分ける。『カイト=イセ』に不名誉を集積し、『魔族領域の勇者』とでも言うべき、別の名義に名声を集める。そうすれば、君がいくら活躍しても問題ないでしょ?」
…………
「あと、フルフェイスの兜とかで顔を隠せば、戦闘中に露見する可能性も減って、より安全かも。そのあたりのデザインはおいおい決めていこうね。要望があったら気楽に言って欲しいな」
……なんてこった。
異世界において、伊勢家の家名は泥まみれ、俺自身もフルフェイス不審者になることは避けられないなんて。
親父、おかん、この期に及んでも、親不孝息子でごめんな……。
……おい森王。
今、鼻で笑っただろ。俺は見逃してないからな。
一応さ、ガンミトラスでの遺恨はあれど、戦場では俺とエリスを助けてくれた恩人だ。他の四天王と同じぐらいにはリスペクトしたいと思っていたが……こう露骨にコケにされると、普通にムカつく。
腕を千切られかけた件を横においても、この女とは仲良くなれる気がしないな……。
「……と、いうわけで。カイトはしばらくリナの指導の元、城下で森羅万世流を学んでもらおうかな」
「――は?」
俺と森王の声が、軋むようなハーモニーを奏でた。
――――「入門!森羅万世流」編へ、つづく――――
【次章予告】
森羅万世流の最高師範、リナ=ブラウン。
鼻持ちならない、かつての敵の元で、勇者カイトの修行がスタートします!
もし楽しんで頂けましたら、フォロー&☆評価を頂けますと励みになります!




