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#14 議題「万民の敵」

 貴種選民独立自治同盟。

(Magna-races Alliance for Filtering & Independence & Autonomy)


 その頭文字をとって「M.A.F.I.A」と称するこの犯罪組織は二代前の魔王「サトゥリファス=イーヴリット」の統治下において、西域より襲来する「勇者」の徒党から部族を守るために結成された、人魔境界付近を統治する部族の自警団を源流とする。


 結成当初の「M.A」(Magna-races Alliance:貴種同盟)は、勇者に対抗すべく組織的な抵抗を行うため、魔族至上主義を統一的なイデオロギーとして掲げていた。


 人間領域への対策が日和見に終始しがちであった魔王サトゥリファス。彼への慢性的な不満に後押しされる形で、大衆は「自警団」を求めた。故に、彼らは長らく民衆から支持される組織であり続けていた。

 やがて、その組織は北方の「イプシリス共和国」にて召喚された、英雄技能(チートスキル)を駆使する異界勇者「イサミ=サイジョウ」による東征にあたり、その侵攻を食い止めるべく、果敢な戦いを見せた。


 ……そして、そこには次期魔王となる「ベルゼアル」もあった。

 一兵卒に過ぎなかった彼は、その類稀なる統率力と魔力をもってして組織内の発言力を強めていき、やがては勇者イサミを追い詰め、その首級を上げることに成功する。

 これが、救国の英雄「ベルゼアル」台頭の経緯であり、「M.A」は彼の目的達成のための手足であり、支持基盤でもあった。


 やがて、ベルゼアルは魔都に召し抱えられる形で「M.A」と距離を置いたように見えたが、実態として彼らはベルゼアルの懐刀であり続けた。

 彼らは、来るべき「革命」に向けて、サトゥリファスを非難する風評を魔族領域に流布し、ベルゼアルはそれを抑える姿勢を見せることでサトゥリファスの信任を勝ち取っていく。


 そして、連邦の中枢を掌握した彼は、サトゥリファスと彼の四天王を謀殺。新たな魔王として即位し、「M.A」より側近の四名を四天王として恐怖政治を開始した。そして、「M.A」は「魔族領域の盾」から「反体制的な同胞を捕らえる秘密警察機構」に姿を変えることとなる。


 当初は、喝采の元に彼の戴冠を喜んだ人々も、勇者イサミの侵略にも劣らぬ彼の暴政に、震える日々を過ごすこととなった。




 国民を統制する役割を持つ「M.A」であったが、ベルゼアルは彼らを情報戦や工作、研究などにも運用すべく予算を割り振っていた。人間領域に向けた調査や潜伏工作は彼の時代にも行われていた。

(革命成立後においても、彼らから徴発した一部の資料は、現・獣王のノア=タンジェリンや、現・鬼王のエミリア=ターコイズの手に渡り、活用されている)


 ベルゼアル政権は「人間領域の根絶」を大義として抱えていた。

 そのため、彼らは人間社会を崩壊させるべく、薬物の製造流通、武器や疫病兵器、大量破壊魔法の開発、奴隷市場や売春場の経営、賭博場の開張、相場操縦、詐欺組織の構築、要人の暗殺や誘拐など、多岐にわたる介入を続けていた。

 彼らの魔の手は、反魔族的姿勢を堅持する大母聖教会の総本山である「デルトリア教主国」にまで及んでおり、人間勢力において「M.A」の息のかかっていない国は存在しないとまで言われたほどであった。


 だが、ベルゼアルはこの犯罪ネットワークを活用することなく斃れることとなる。

 重税、搾取、行き過ぎた監視社会……武力と権力を背景に、あまりにも民意をないがしろに事を進めた結果、国内で暴動が多発……その結果、新たなる魔王の擁立が始まってしまったのである。


 かくして、ベルゼアルを倒した私が、「グレタ=イーヴリット」が玉座についたことで、疲弊した地方の復興が始まるのだが……不甲斐ないことに「M.A」は私の手で解体することは叶わなかった。

 それと言うのも、実態として「M.A」は、既にベルゼアルにすら掌握できない規模で肥大化しており、人間領域において独立した採算を確立していたのであった。


 ……皮肉というべきか、ベルゼアルは「体制を打倒する」奸雄としての実力は、比類のないものであったが、それゆえに彼は人間を憎む「持たざる者」としての成功体験に縛られ続けていた。

 ゆえに彼は、魔族領域を発展させるための統治機構や、志を持った臣下を持てなかった。彼は、治世を維持する「王」としては一流の存在ではなかったのだ。

 ベルゼアルに憧れる者たちも、それは彼の「大義」ではなく、彼の「成り上がり」という物語に魅了されて集った者たちだ。大義より権力闘争に邁進する彼らは、我々に滅ぼされるまで、組織として一枚岩にはなれなかったのである。


 ……そして私も、それを打倒したからといって、盤石な体制を構築できる名君であることや、高潔な救世主であることを、保証するわけではない。

 ただちに、前体制の負の遺産である「M.A」の解体をできなかったことが、それを如実に物語っているだろう。


 身勝手な話ではあると思うが、私はあくまで魔族領域の盟主である。

 人間たちには悪いとは思ったが、優先順位としてその対策にかける労力は連邦の統治領域復興に回さざるを得なかったし、汚い話としてそうした犯罪組織の存在は人間領域を疲弊させ、魔族領域への侵略を防ぐことにも繋がる。


 そのため、私は彼らの動きを看過した。

 ……ノアとエミリアによる人間領域の調査網も完成していなかった当時、やれることなど何もなかったのだ。


 だが、彼らを放置したツケは我々にも帰ってくることとなった。

 彼らは、「貴種選民独立自治同盟」……即ち「M.A.F.I.A」にその名を改め、未だ旧魔王を支持する市民の多い人魔境界付近の統治領域に根を張り、耳当たりの良い言葉で「魔族至上主義」「人間への憎悪」を流布し、東西の軍事衝突を煽り始めたのだ。



 それは武器や兵站、人身売買による収益であったり、相場操縦による利益確保を目的としたもの。我々の得た情報では、その幹部はもはや魔族だけではなく、人間すらも存在する「犯罪そのものを目的とする」自己拡大のための組織となり果てていたのだった。


「M.A.F.I.A」となった彼らは、もはや人間領域だけに害をなす存在ではない。戦争を、飢餓を、疫病を、格差を、死を、終の大地(オメガルド)にまき散らし続ける彼らは、先代魔王の負の遺産であり、天下万民の敵なのである。


 ゆえに、黒蝕の魔王ロード・オブ・イクリプスは、金環の四天王(テトラクラウン)は、我々の代でこの組織を完全に壊滅することを、その使命として据えているのである。



   * * *



 ――魔王は、ふうっと息をついた。


「……まあ、人間領域の住民からすれば『どの面下げて』って話だよね。そこは言い訳しようとは思わないし、ヤツらの毒牙にかかった者からは一生恨まれても仕方ないと思う。けれど……打算はあれど、あの時の私の『命の天秤』は、魔族を内紛や飢餓から守ることで手一杯だったんだ……」


「……そうか」


 ……俺は転移者だ。

 人間領域に一応の帰属心は持っているが、今日に至るまでの歴史への怒りや悲しみ、誰かを護りたいという思いは、この世界で生まれた者と比べて、当事者意識は薄くなってしまうだろう。

 それでも「勇者」という存在が引き金となり、その地下組織の誕生に寄与したと考えると、複雑な心境になる。


 ふと、俺はエリスに視線を移した。

 彼女は、自身の日常の裏に潜んでいた恐ろしい存在を思ってか、顔色を青くしている。


 彼女の村にも「盗賊」が現れたという話は聞いた。それは単に食い扶持をなくした国軍崩れの荒くれものだったのか。あるいはヤツらと繋がる恐ろしい犯罪組織の尖兵だったのか。理不尽な暴力の行使者という点では、どちらもさしたる違いは無いだろう。

 だが、それでも、当たり前にあった日常の裏に、おぞましい悪意の集合が蠢いていたかもしれないという、背筋の凍る事実。その発端が、彼女の憧れた「勇者」の存在にあったという現実。


 俺は、そっと彼女の背中をさすりながら、声をかけた。


「……大丈夫か?」


「……はい、勇者様」


 エリスは、再び顔を上げて俺を見た。

 彼女の顔には、不安が見え隠れする。


 彼女も王宮に奉公に出されて別れた後とはいえ、故郷には兄弟姉妹がいる。

 ……この世界の家庭のありようでは、彼女が肉親と再会する機会はそう無いだろう。魔族領域に来てしまった今となっては、なおさらだ。


 だが、それでも兄弟は兄弟だ。

 きっと彼女も、離れ離れになった兄弟には健やかに生きて欲しいと願っている。


 その生活を脅かしかねない「敵」の存在。

 それは「信念」や「生き残り」のための衝突ではない。他者を害し私利を得ようとする、純然たる「悪」。

 そんなものに、恩を感じる姉や、可愛がっていた弟妹の命が、理不尽に脅かされないという事実を、ここで知ってしまった。




 ……やっぱり、そうだな。

 俺の前任の「西城(サイジョウ)」ってやつはロクデナシだったらしいが……それでも、俺がこれまで演じてきた「勇者」という存在が、どうあるべきかっていうと、やっぱりこれしかないだろう。


 俺は、魔王グレタに視線を移した。


「……連中が万人にとっての『悪』なら、悪を滅ぼす『勧善懲悪』は勇者の本懐だ。陛下と四天王が、世界の半分の魔族領域で手一杯なら、残りの半分は俺に任せてくれ」


 彼女は、俺の言葉を聞いて意外そうに眼を開き、やがて微笑みを投げかけた。


「……ふふ、まさか『勇者』が、私の罪悪感に寄り添ってくれるとはね。肩の荷が下りる思いだよ」


「……まあ、実際に肩凝ってそうな芝居をしてたしな。この会議室が無礼講だってんなら、気安く話してくれりゃいいよ。幸い、俺は陛下に忠誠を誓った部下じゃないんだからさ」


 しばらく魔王は沈黙し、口を開いた。


「……そういう君の『陛下』も堅苦しいなぁ。君と私は対等の『友』なのだから、私のことは『グレタ』で構わないよ」


「えっ、いや、それは……」


 俺はエミリアとノアに視線をやった。


「……魔王様がそう言ってるんだし、良いんじゃない?」


「会議室の外でちゃんとするならね。兵の前で馴れ馴れしくしちゃ駄目よ」


 ……そういや、二人も外では「陛下」だけど、会議室では「魔王様」呼びだったか。オンオフはしっかり切り替えろってことだな。

 横に視線を移すと、エリスもこくりと頷いた。


「じゃあ、よろしく頼むよ。グレタ」


「どうか、よろしくお願いします、グレタ様」


 魔王は、満足げに笑みを浮かべながら頷いた。


「うん、人間領域の友として、これからもよろしくね。カイト。エリス」


 ……「友」かぁ。

 思えば、大学生の頃は鬱屈してて、大河(タイガ)繋がり以外では友達少なかったわけで。今では魔王と友人……隔世の感だな。

 ……とはいえ、完全に利害抜きってわけにはいかないし、一緒に遊ぶ仲ってわけでも無いけれど、それでも対等な「友」って呼べる人が出来たのは、やっぱり嬉しいよな。


 ……そうだな、この繋がりはこれからも大事にしていこう。

 友達と喧嘩別れすんのは、もう御免だからさ。










(……本当にさ、「友達」で終わると思う?)


(魔王様は、そこまで軽い女ではないとは思うけど……ちょっと注意した方がいいかもね……)




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