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#12 共に、闘おう

 蝕の魔城の一画、巨大な肖像の並ぶ霊廟。

 いささか美化されているであろう彼らの姿を、黙って見上げる赤髪の少女が、そこにいた。


「……何か、用かな?」


 開け放たれた入り口に立つ俺達に、彼女は問いかけた。


「……こんな時間になっても飯を食わないのかと、心配になったもんで」


「ふふ、少しばかり特殊な体質でね。食事をとらずとも飢えて死ぬことは無いから、心配はいらないよ」


 俺は、肖像を見上げた。

 見る者を射殺すような険しい顔つきに、青白い肌に黒い角を生やした、壮年の筋骨隆々の男性。

 日本語でも英語でもない、「この世界」の統一された文字規格で、こう書かれていた。




 ――ベルゼアル=イーヴリット




「…………」


「ああ、信奉しているわけでは無いから安心してくれ。ここにある肖像は『負の遺産』の記念碑でもある。そこには名君もあれば、暴君、暗君もある。その歴史をなかったことにせず、未来に遺す……ここは、言うなれば『戒め』の間だよ」


「『イーヴリット』……その男は……」


「……親族というわけじゃないよ。実力主義の尊重される魔族領域において、有力者の世襲はさして多いわけでも無い。『イーヴリット』も代々の魔王が継いできた称号だが、この中には王位を簒奪した魔王も少なくない。それでも、皆が伝統に沿って『偉大なる魔なる者の王(イーヴリット)』を名乗る。自身の正統性を対外的に示すために」


「…………」


「御多分に漏れず、余と『ベルゼアル』との間に、血縁は存在しない。言ってしまえば余も『簒奪者』だ。……民の安寧のために革命は必要だったという見解を変えるつもりもないがね」


 ……連綿と紡がれた「魔王」と言う繋がり。

 圧倒的な「実力」によって裏付けられた、何者にも依らない一代限りの正統。

 世襲とはまた違った、生まれ持った権力の座。変えがたい力の天井。


「……多くの民が生まれながらに強大な力を持つ、この魔族領域を安定して治めるには、理不尽なまでの『力』の天井が、どうしても必要になるのだよ。『力の横暴』への義憤に燃えて立ち上がった者もまた、そうした現実には必ず対面することとなる」


 彼女は、俺に背を向け、ベルゼアルの肖像を見上げていた。

 やがて、その赤い髪と、紫の服を揺らしながら、ゆっくりと、俺を振り返り、口を開いた。




「……して、勇者カイト殿。そのメイドのエリス殿。私に話があるのだろう?」


 彼女の瞳には温度がない。ただ冷ややかに、俺を見下ろす。

 俺たちを見守るエミリアとノアに視線を送る。彼女たちは、無言で、頷いた。


「魔王グレタ=イーヴリット陛下に、『人間勢力の勇者として』申し出る」


 彼女は、眉の根にうっすらとしわを寄せた。


「――あなたと共に『敵』と戦いたいと、俺はそう考えている」


 廟の窓から差し込む月の灯りは、グレタの影を壁まで伸ばしていた。




 ………………




「……それは、余の配下になると、そう言っているのかな?」


 しばしの沈黙を破り、グレタは俺に問いかけた。


「『勇者が魔王の配下になる』ということが、どういう事かわかっているのか?『勇者』とは人間勢力の希望の象徴だろう?貴殿は、それを常闇に陥れてもかまわないと――」


「……『配下』になるつもりは、ない」


 遮るように発した俺の言葉に、グレタは不思議そうな表情を浮かべた。


「俺が戦うのは、あくまでも人間勢力のため……『同盟』を結ぼうと、提案している」


「……そのために貴殿にかけた『封印』を解けと、そう言っているのか」


 グレタは、俺の手首に視線を送った。

 俺の両手にはめられた禁環封呪(エンゲージ)は、変わらず俺の全身を巡る魔力を封じ続けている。


「……論外だな、余に剣を向けかねない者を、側に置くとお思いかな?」


 ……どうせ、俺程度じゃアンタは殺せないだろ。

 そんな本心を横において、俺は言葉を続けた。


「……貴方は、残酷な選択を求められた時、『天秤』に命を載せることを、ためらわない」


 グレタの肩が微かに震えた。


 ――これは欺瞞だ。


 俺は、彼女が魔族領域の民を救うために、その天秤をひっくり返して、命を救ったところを見て来たばかりだ。

 彼女は、きっと、最後の最後までその「天秤」に、民の命を載せることを拒絶するだろう。その残酷な損得勘定を、きっと彼女は善しとはしないはずだ。


 ――だが、それは魔族領域の話。人間勢力の事情は二の次だ。

 人間勢力に多くの血が流れるとしても、彼女はそれを看過する可能性はある。

 彼女が守りたいものは魔族領域。人間領域の者は彼女の庇護の対象ではなく、これを救う義理はない。

 合理的に考えるのであれば彼女は「何もしない」はずだ。


 ……きっと、その心根に、深い罪悪感を抱えながら。


 グルドンドの息子の話も然り、彼女は「人間」も、あの島で保護している。

 魔都プシュリオールにおける「人間街(ヒューマンタウン)」も、魔族領域の民として保護を行っている。

 つまるところ魔王グレタは、人間領域に生きている者も、尊重すべき「生命(いのち)」と認めているのだ。


 だから――


「……貴方の『敵』は、決して特定の人間国家ってわけでも無いんだろう。内通者は魔族だし、勇者を自爆させようとしたり、猪妖魔(オーク)の暴走で戦争を起こそうとしたり……、その目的は人間と魔族、両者に与していないように思える」


「…………」

 

「……俺と貴方の敵が共通なら、貴方は魔族領域の民を護り、俺は人間領域に危害を加えさせないように働く。それぞれの目的のための協力であっても、利害は一致するだろう」


「……だからと言って、余が貴殿を信用し、その力を自由にさせると思うか?ましてや、人間勢力の方針を優先するのなら、余の意思決定の妨げになるだけだろう」


 彼女に睨まれ、俺は降参のポーズのように両掌を見せた。


「……まあ、信用できないとか、邪魔に思うなら、これまで通りでいるしかないかな。……ハッキリ言って、魔導研究所で異世界知識で話せることもすぐネタ切れすると思う。人間であっても、体制に牙をむかない限り処断しないアンタの方針からすりゃ、今後の俺は無駄メシ食らいにしかなんないよ」

 

 重力で袖がずり下がり、両手首から金の環が覗く。


「だからまあ……これは、俺の居心地の悪さと、人間領域の勇者としての最低限の責任のすり合わせの結果と言うか。あくまで提案として、最終的な判断は貴方に任せたいと思う」


 俺は、ゆっくりと手を下した。


「……俺は、人間世界の勇者として、彼らの安寧を守る責任があるし、力を取り戻すために貴方と交渉だってする。それと同時に、魔界における魔族(ひとびと)の命も軽んじたくない。明確に世を乱す『敵』がいて、自分に勇者としての力があるのに、それを封じたまま自分だけのんきに暮らしてるのは……後ろめたいんだ」


 深呼吸をし、俺は魔王の目を見据えた。


「だから、陛下の度量を見込んで、俺を『人間世界の盟友』として、あなたの側において欲しい。あなたは厳格な王だが……無益な血を望む者でないことも、諫言にも理があれば受け入れる器があることも、わかっている。だからこそ、より良い未来のために、俺を共に働かせてほしい」


 俺は、彼女に、深く頭を下げた。


 ……それは、さながら首を差し出すような無防備な姿。

 人間領域の王が見たら、きっと憤慨するのではないだろうか。


 だが、それでも、俺にとって、彼女は、魔王グレタ=イーヴリットは、この世界で初めて出会った「尊敬すべき王」であった。


 だからこそ、俺は彼女の友でありたいと望んだ――


「…………」


 魔王は、一歩ずつ、俺の方に近づいてきた。


「……『敵』は、恐ろしく狡猾で、悪辣な存在だ。きっと、魔王軍(われわれ)以上に」


「…………」


「……おとぎ話のような、気持ちの良い勝利で幕を引かせてはくれまいよ。そうであっても、私についてくることが、できるのか?」


 彼女は、俺の目をまっすぐに見据え、問う。

 それは、俺に圧をかけているようにも、真意を試しているようにも、あるいは「友」として名乗りを上げた者を、信じさせて欲しいと縋る視線にも見えた。




「……なおのこと、俺好みの『悪しきを挫くおとぎ話』に着地できるように、力を貸したくなったよ。……世の中つらいことばっかりだけどさ、力を持ってる者は、がんばって皆に希望を見せなきゃダメだろ」


 魔王はふふっと笑い、右手を差し出した。


「……まったく、交渉はもっと理詰めで進めて欲しいものだな。感情論だけで同盟を結ぶのでは、私も、間が抜けた王に見えるだろう?」


 俺も、鼻に抜けるような笑いを漏らし、彼女の手を取った。


 ……俺も大概いい加減だが、彼女の本質も、きっと相当なお人好しだ。

 なんだかんだと文句を言っても、最後は情で俺に手を差し伸べてしまうんだから。


「……友情ってのは理屈じゃないんすよ、陛下」


「違いないな」


 人間勢力の象徴「神狼」の月。魔族勢力の象徴「骸」の月。

 霊廟に差し込む二つの月明かりが、俺たちを照らし出す。


 ここに、終の大地(オメガルド)史上初の、魔王と勇者の同盟が締結された――




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