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#8 あの日の子供たち

 ノアの部下から「速文魔法(エクスプレス)」の書簡が届いた。

 私からの依頼……「護送」の完了は明日の朝になるという知らせだ。


 ……エミリアたちがプシュリオールから王城に帰還するのも明日か。

 予定が伸びたことで、ノアの帰還と日程が重なってしまった。

 鉢合わせを考えれば日程をずらすべきかもしれないが……。


 ……いや、隠すとお互いにためになるまい。

 それに、日程をずらすと「ヤツら」に露見する可能性も高まる。

 勇者との衝突は織り込んだ上で、事は予定通りに進めよう。


 ……言うまでもなく、気持ちは重い。

 本当であれば、やりたくもない。逃げ出してしまいたい。

 だが、「魔王」として、私はそれをやり遂げなくてはならない。


 願わくば、「彼」が、我が真意を読み解いてくれるように――



   * * *



「勇者カイトさん、エリスおねえさん、さらわれた私を、助けてくれて、ありがとうございました」


 彼女は頭を下げた。重力に従って下に流れた髪の隙間から、頭の上の小さな二つの角が垣間見えた。


 この子は、俺の名前を知っているのか。

 ……まあ、彼女は洞窟での経緯から俺たちが「勇者」であることも、おそらく名前も、あの時点で既に聞いていたんだろう。

 人間相手に怖い気持ちもあるだろうに、それでも感謝の言葉を伝えたかったのか。いい子だなぁ。




 ……流石に、魔王の離宮までおめかししてきた女の子に「男の子だと思ってた」ってのは、無神経が過ぎるよな。

 うん、落ち着いて言葉を選んで……よし。


 俺は、片膝をついて彼女と視線の高さを合わせ、口を開いた。


「久しぶりだね、サフィちゃん。綺麗なドレスを着ているから、見違えたな。とてもよく似合っているよ」


「!」


 女の子はさっと目を逸らした。

 エミリアとエリスはじっとりとした視線をこっちに送っている。


 ……えっ?これ、ダメ?

 余所行きの服でおめかししてきたんだから、褒めなきゃマナー違反じゃないのか!?


 あっ……、でも容姿を褒めるのってハラスメントになるのか?

 あるいは、子供に色目を使うロリコンみたいになってたとか?……うわっ。


 違う、違うんだよ……そうじゃないんだ。

 他意は無くて、ただ素直に褒めてあげて、緊張を解いてやりたかっただけで……。


「相変わらずの、女(たら)しね……」


 違うんだってば……。

 その、軽蔑の目は、傷つくので、本当にやめて下さい……。



   * * *



 これは、後から聞いた話も混じるが、彼女は王都で暮らしていた一般市民の子供だ。ある日、他の子供と学問所から帰る道で、一人になったところを体格の良い男たちに追いかけまわされ、さらわれてしまったらしい。


 この下手人は猪妖魔(オーク)とされる。魔都近郊の荒くれ物の集まる区画でたびたび目撃されていた人物のようで、魔都で発生していた行方不明事件はその男たちの手による者らしい。今では捕縛され、厳罰に処されている。

 ……正直今の俺にとって、猪妖魔(オーク)への心証は最悪だな。差別に繋がるから良くないし、「買い手」と同じ人間である俺に、言えた義理ではないんだが。


 かくして、人間領域で監禁されていた彼女を運良く助けられた俺たちは、彼女の身柄をエミリアに預けた。そして、エミリアの配下の手で魔都のご両親の元に引き渡したそうだ。

 本当は、そのご両親も恩人に礼をしたいということで面会を希望したそうだが、俺が「勇者」であると露見するわけにはいかないので、最重要機密としてこの子の面会のみを許可したそうだ。

 彼女が、俺の素性を喋らなかったあたりに、魔族領域における「勇者」の存在の複雑な立ち位置が見え隠れする。

 


   * * *



「……こちらは、パパとママからのお礼の品です」


 俺とエリスは、茶色い紙と麻紐で包装され、封蝋の施された小包を受け取った。エミリアに促されるまま、俺はその封を解き、中を改める。


 ――白い襟巻(マフラー)だ。

 高級感のあるさらさらとした肌触りのそれは、彼女の両親が選んだものだろうか。思えば、勇者として旅立った時に俺のつけていたマントも、白いものだったな。


「その……、勇者さんに似合うと思って、私が、選びました」


 ……そうか。

 正直「礼を言われるような事はしていない」と断っても良いかと思ったけれど、そこまで気を使ってもらったのに断るのも、彼女の気持ちを無碍にするに等しい。

 エリスからも似たような葛藤を感じたが、俺が目配せをすると、彼女は口を噤んだ。厚意は、素直に受け取ろう。


「……ありがとう、サフィちゃん。大事に使わせてもらうよ」


「勇者様と違って、私はお役には立てませんでしたが……お父様とお母様に、感謝を伝えて頂けますと幸いです」


 俺とエリスは、彼女に頭を下げた。

 ……牢屋の鍵に気付いたのはエリスなんだし、彼女を助けられたのだって、エリスありきだと思うんだけどなぁ……。


 ……それに、今だって彼女のご両親への感謝も伝えなきゃってのが抜け落ちてた、俺のフォローもしてくれたわけで。

 やっぱりエリスは、気の回らない俺にとって、頼もしい仲間だよ。



   * * *



 その後、俺たちは彼女と夕食を取り、あの日から今日までの話をした。

 もちろん、猪妖魔(オーク)の軍勢との凄惨な殺し合いや、四天王の謀略みたいなところは伏せて。あまり若い頃から、大人の暗い一面ばかり見るべきではないだろう。


 俺たちは、エミリアに連れられて行く彼女に、お別れの挨拶をした。


「……その、勇者さんは、人間領域に帰られるのですか?」


「…………」


 彼女は、不安げな表情を見せた。

 ……そうだよな。現実問題として、魔族領域と人間領域はいつ戦争が起こるかもわからない緊張状態。

 もしかすると俺が「敵」に回るかもしれないと、不安にもなるのだろう。


「……先のことは、俺にもわからないからね。確かなことは言えない」


「…………」


 厳しいが、これは現実でもある。

 何か理由が出来て、俺が西に帰っていく可能性はゼロとは言えない。その時に、彼女に絶望を与えないように、現実は話しておくべきだろう。


 ――けれど、だ。


「……けれど、サフィちゃんやエミリア様のような、やさしい魔族がいることも、俺はよくわかっている。だからさ、俺たちが殺し合うような世界にならずに済むように、がんばって、平和な世界をめざそうと思うよ」


「…………」


「だから、君は安心して、パパやママを、身近な人を、大事にして過ごすんだよ。せっかく世界を平和にしても、みんなが喧嘩ばっかりしてたら、俺も悲しいからね」


「はい」


 彼女は力強く頷いた。よかった。


 ……親子の情ってのが、この前近代の世界では、必ずしも輝かしいものでないことは、エリスやパーティーメンバーの話から薄々察している。魔族領域でも、家柄によってはそのようなことも少なくないのだろう。

 だが、話を聞く限り、この子はご両親に愛されて育っている。それは、俺が憧憬を感じる現世の家族との日々のように。


 ……羨ましい気持ちもある。けれど、壊したいなんて思わない。

 これからも、穏やかに、やさしい毎日を過ごして欲しい。この子が、「もう家族と会えない悲しみ」を負わずに済むように、俺は戦いを続けていきたい。


 ……その「戦い」は殺し合いでなくてもいい。

 俺の取れる道は、可能性は、今回の魔都滞在でよくわかった。愛おしさを感じるような、人々の「営み」の実態も。


 俺は、人間領域の人々を切り捨てるつもりはないが、魔族領域の人々にだって、平和で健やかな日々を送って欲しい。俺が守りたいのは「両方」なんだ。


「一緒にがんばろうな、サフィちゃん」


「はいっ!」


 彼女は、エミリアに連れられて去って行った。

 名残惜しさを感じるが、魔都で働いていけば、またいつか会う日も来るだろう。


 俺の中の決意は固まりつつあった。

 俺は、当面、この地で、文明発展への助力をしたいと、そう考えていた。


 明日、魔城に戻ったら、魔王グレタに俺の意向を伝えるつもりだ。

 きっと、今の俺なら、彼女の「力」への畏れや嫌悪感も、さして問題にならないはずだ。

 彼女は、魔族(ひとびと)が平和に暮らすこの魔都を治める、優しき王なのだから。



   * * *











「……なんだ、これは」


 ――魔城に帰った俺たちが見た光景。

 一段高くなった舞台から、冷たく周囲を見下ろす赤髪の「魔王」。

 一切の声を発さずに、傍に佇む「獣王」の姿。


 大広間に並ぶ、物言わず横たわる人々の身体。

 猪妖魔(オーク)人間(ヒューマン)赤魔族(レッドデーモン)青魔族(ブルーデーモン)

 傍らには金属製の盃が床に落ち、暗い染みを広げていく。


 それは、男だけではない。

 女性や、年配の者、年端も行かぬ子供まで――


「……余に剣を向けた反逆者どもに、死を賜うたまでのこと」


 俺の腕の中で、一人の子供の脈が、鼓動が、息が、止まり……一切の活動を止めた。

 静寂と、圧倒的なまでの理不尽が、その場に残されていた。




 俺の中で、築かれつつあった「何か」が、崩れていく音が聞こえた――




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