#7 王立魔導研究所
エミリアに一通りプシュリオールの街を案内されたのちに、俺とエリスは大きな時計塔を備えた白い石造りの建物へと入って行った。受付にて恐縮する青魔族の職員に話を通し、彼女は俺たちを引き連れて、大階段を昇って行った。
俺たちを先導するエミリアは、すれ違う職員達から、こぞって元気のよい挨拶を受け、軽い会釈を返しながら進んでいく。
エミリアは魔族領域の魔導技師のトップだ。「王立魔導研究所」に勤める彼らにとっては、廊下で社長とすれ違うような、そんなところか?
……コンビニでのアルバイト程度しか社会経験のない俺には、よくわからないな。
彼女は普段、「角」と「赤や青の肌」を持った魔の民という部族の領域を統治しているそうで、王都の研究所に顔を出すのはレアらしい。雲の上の存在と言うか。
俺にとっての雲の上の神様は、煙草を銘柄ではなく番号で指定してくれるお客様だったな。……社会人仕草はこういう所で学んでいこうか。
* * *
かくして、会議室で白衣を着た魔族に、エミリアは俺とエリスを紹介した。
会議参加者の年の頃や種族は、まちまちで統一感はないが、それは魔都全般に言えることでもあった。
部族領域と違い、魔都は魔王への忠義や、あるいは一旗揚げることを目的に上京した魔族が集まっているようで、さながら多民族で構成された都市国家の様相だ。
とりあえずとして、俺は「異世界から転移してきた猫魔族」としてノアに保護された、というストーリーになっている。
だが、一部の魔族は、俺たちの「正体」を察しているのか、何とも言えない表情でこちらを見ている。
偽名は「カイン=イーストン」と「エリナ=ブレイス」らしい。
……ギリギリ元の名前は察せる偽名だが、そもそも勇者召喚自体が人間領域の外ではあまり大きく喧伝されていないのもあり、カイト=イセの知名度は微妙だ。
なのでまあ、多少元ネタが察せる名前でも問題ないとのことだ。
「カインさん」は多少のラグで済むかもだけど、「イーストンさん」は慣れるまで絶対反応遅れるだろうな……。
しかし、魔族同士で部族間の差別意識は表立っていないが……悲しきかな「人間」はそれに当てはまらない。
かつて、街を視察しに来た魔王の前で、魔都の人間住民に手酷い差別をした者が、厳しく処罰された事件があったという。
以来、魔王による保護のため、彼らの集まる人間街の入り口には憲兵を派遣しているようだが、それは人間と魔族双方にとって「隔離」にも映るらしい。難しい話だ。
そんなこともあり、俺のように街に出る時は魔族に扮した格好で街を歩く者も多いとか。なので、俺の「正体」を怪しむ者は出るにせよ、流石に魔王の忠臣であるエミリアの前で、人間差別に走る者は出ないだろうとのこと。
……当面、俺たちはエミリアと行動を共にする。魔力も行使できない今じゃ、護衛もつけずに出歩くわけにもいかない。
しかし、あの四天王が専属SPか……そんなの、誰も手を出せないよな。
……たいそう偉くなったもんだぜ。
* * *
エミリアに連れられ、各所の研究室で俺とエリスは挨拶をして回る。
この研究所においては、各地の魔術師ギルドの会員が派遣され、魔法で動作する機械の研究開発を行っているようで、産業用途、民生用途に使える基礎技術を共有しているとか。
人間領域においても「時計台」に魔力を充填している光景を見たものだが、魔族領域ではそれが一段進んでいる印象だ。
実験用の広い屋内において、台車の上に腰掛けた大柄な赤魔族の男性。
彼が、台車に備え付けられた横向きの円柱、そこから突出した水晶球に手をかざすと、台車はゆっくりと加速をはじめ、前進する。
「……モーターか」
「ええ、魔力を注入して移動可能な乗り物の研究ね。鉄道はこの魔力供給を魔石資源で行っているものだけど、馬車の代替で使える物として研究を進めてるわ」
「……でも、魔族の膂力だったら走った方が速いんじゃ?」
「それだと、生まれながらの才に依存するでしょう?それに、歩車分離もそうだけど交通システムを作る上では例外を減らしたいし、規格化された乗り物があった方が便利なのよ」
そういや、現世でもコンテナとかって国際規格があって、貨物船やトレーラー、鉄道への積み替えがすんなりできるようになって、物流に革命が起きたって聞くなぁ。
……改めて考えると、蒸気機関が発明されて自動車の開発が始まったってことは、蒸気船も開発されて、遠洋航海がやりやすくなったりして、海軍力の増強に繋がるのでは?
銃に、鉄道に、海上戦力に、翼騎龍の航空戦力も持ってるわけで……こっちがその気になれば、人間領域の国々はかなり不利な立場に立たされそうだよなぁ……。
俺は、台車を動かす赤魔族の男性を眺める。そのうち戦車や装甲車の登場に繋がる技術開発かぁ……果たして、手を貸していいものか……。
………………
……男性は、段差の振動に合わせて「お゛ッ!」と野太い声をあげていた。
「あのさ、痔になるから、サスペンションつけてやった方がいいと思うぜ……」
「サス……なんて?」
……あれ、サスペンションって馬車や機関車でも使われてた技術じゃなかったっけ?脱線予防のために衝撃吸収に使ってるとか……。
「魔導軌車の車体の傾きは、運転士を務める魔導技師による操作で吸収しているけど……なるほど、衝撃吸収の機構自体を車両に組み込むってことね……」
人力解決か……魔族領域では未発明なんだな。
そういや、オークの将軍の乗ってた馬車も、遠目に車軸そのまんま取り付けたような構造だった気がする。
まあ、歩車分離が始まったのはグレタ政権が始まってからだって言ってたし、そもそも先代は恐怖政治で魔都も荒廃してたらしいしな。
それこそ権力者は、輿や騎龍に乗ったりすることが多くて、馬車に乗って移動って場面がそもそも少なかったのかもな。
……ともあれ、車の研究開発を進めるのには懸念があるけど、赤魔族の彼の尻も心配なので、昔見た改造ミニ電動カー動画の記憶で曖昧だが、簡単に概念を共有した。
……それに、俺も一介の男子。ちびっ子の頃は兄貴にミニカーで遊んでもらったもんで、車に対する憧れもそれなりにある。
合宿で免許取ったけど、ほとんど公道走れないまま転移しちまったしな。こっちの世界では、どうにかマイカーのひとつでも持ちたいもんだよ。
* * *
そんなこんなで、俺たちはしばらく城下の宿と研究所を往復する生活を送った。
俺は一人部屋に通され不用心だなぁと思ったのだが、なんでもこの宿は魔王御用達の堅牢なセキュリティをもった離宮らしい。加えて、エリスはエミリアと同室で過ごしており、逃走防止のための人質も兼ねているようだ。……その辺はシビアだな。
ともあれ、仕事と言うほどでもないが、軍事転用を懸念しつつも、俺は差し障りの無い範囲で現代知識を、研究員たちに話していた。
WEB小説のお約束よろしく「現代知識無双」とは行かないもので、俺の知識を共有するに際して「それはもうあるよ」と言われ恥ずかしい気持ちになったり、あるいは「具体的にはどういう仕組み?」と聞かれて答えられなかったり。
……当たり前の話として、転移前の世界の制度やテクノロジーをすべて把握してたわけでも無く、こちらには独自研究もある。
俺から話せるのは素人知識だけ。本や豆知識動画で得た知識で、偉そうに語れることなんて無に等しい。
ただ、「現世に存在していた便利なもの」を、魔法という別の物理法則の存在する世界でどう再現するかは、彼らの技術者魂に火をつけたようでもある。
液晶テレビの仕組みなんかも食いつきが良くて、光の三原色の発光体と結晶構造の整列は、魔石資源で再現できないかと盛り上がっていた。……【ランク反転】もない俺には、具体的な内容はちんぷんかんぷんだった。
一例として、魔族領域では「洗濯機」と「冷蔵庫」に類する「家用機器(≒家電)」なんかも存在しているらしい。
だが、コンセントや電線が存在しないため、「魔導洗濯水流槽」は使用者が魔力水晶に手をかざし続ける必要があり、「冷蔵チェスト」は魔石への魔力充填が必要だ。このあたりは、現代との違いを感じる点か。
魔力を伝達する「配線」の概念は存在しないわけではないが、それは魔石を砕いた粉末を溶かしたインクで、魔法陣のように「平面」に走らせるものということらしい。プリント基板みたいな。
技術開発によってはこれも再現できる可能性はあるということだが、「三種の神器」が全ての家庭に揃うのは、先のことかもしれないな。
* * *
俺たちは明日、魔城に帰還することになった。
……本来一週間の予定だったのだが、現世への知識をもっと知りたいという職員たちの要望で、本来の滞在日数であった「一週間」は、いつのまにか「二週間」に伸び、週末返上でヒアリングに応えることになった。
エミリアも、ひっきりなしに頼み込んでくる彼らを困り顔でなだめていた。
俺の方はひっぱりだこだったが、同行したエリスには退屈をさせてしまったかとも思ったが、案外にエミリアと同室で過ごしたエリスは、意気投合していたようだ。
宿の朝食の席では、たびたび親し気に話をしているところを見た。話題は俺についてだったが……まあ、人間領域のことを話すのは憚られるだろうし、二人だけの共通の話題も少ないだろうしな。
ともあれ、四天王と親睦を深めてもらうのは「外交官」として好ましい振る舞いだろう。その点では俺よりも立派に働いてくれていると思う。
それに、なんだかんだジーンたちは、彼女にとって「同性の気の置けない友達」でもあったわけで、エミリアとの交流は、冒険が終わって生まれた心の穴を埋める所もあるのかもしれない。
エミリアは俺たちに敵意を向けてないし、性格も大人だ。エリスからしても落ち着いて話せるところもあるんだろうな。
青魔族と俺たちは、容貌も大きく異なる。互いに恐怖心を刺激されやすく、それこそ最初は殺し合いで始まった関係だけど、彼女は子供の命を大切に思う情に厚い女性だ。しっかりと話せれば、心も通うのだ。
そして、最後のお勤めを終えた夕刻。
俺たちはエミリアに呼び出される形で「離宮」の離れの一室にやって来た。
来客との応接を行う一室。煌びやかなシャンデリアや、鮮やかなカーテン、脚への負担を感じさせない絨毯に、高そうな家具や絵画の数々。
俺とエリスは、柔らかなクッションのソファに浅く腰かけ、人間領域の王宮顔負けの一室で、縮こまりながら並んでエミリアを待っていた。
「こんな部屋で何の用だろうね。人の気配もなかったし、『勇者』として密談でもするのかな」
「勇者様だけでなく、私にも参加するようにと言いつけられていましたが……王城に帰ってからの予定や方針についての共有でしょうか」
考えを巡らせていると、両開きの扉が開き、エミリアと、ドレスを着た青魔族の子供が一人、並んで部屋に入って来た。
俺とエリスも立ち上がり、二人の方に歩み寄る。
一瞬「母娘みたいだな」と思ったが、魔王から四天王は未婚だと聞いている。藪蛇が怖いので、その言葉はぐっと飲み込んだ。
彼女に所縁のある親族の子供か?どんな理由でここに呼び出したのだろうか。
肩にかかるほどの髪の青魔族の少女は、エミリアの影に隠れるように立っていたが、その肩を後ろからポンポンと叩かれ、一歩、前に出た。
「……ほら、怖がらなくて大丈夫。ご挨拶なさい」
「は、はい」
彼女は、慣れない手つきでスカートを持ち上げ、お辞儀をした。
「ブルーデーモンの、サフィともうします。本日は、おふたりに助けていただいた、お礼にまいりました」
……「助けた」?俺たちが?
いや、魔族領域に来てひと月も経ってないんだけど。
どう考えても、青魔族の女の子を助ける機会なんてなかったし、ちょっとよくわからないな。
エリスも同じように悩んでいたが、ふと何かに気付いたように、口を開いた。
「もしかして……人間領域の洞窟に閉じ込められていた……エミリア様に送り届けて頂いた子、ですか?」
エミリアが頷き、ようやく合点がいった。
なるほど、半年近く経ってるしな。髪を伸ばしたのか。
背丈も伸びたように感じるし、まったく子供の成長は早いもんだ。
……けど、ごめんな、サフィちゃん。
俺、君のこと、男の子だと思ってたよ……。




