#6 魔都プシュリオールを歩く
翼騎龍の離着陸を行うドラゴン専用の駅逓所。
エミリアの操縦するドラゴンの背から降りた俺とエリスは、市街に向けて歩き出した。
「魔王城、あんな高い所にあったんだな……」
振り返ると、壁のようにそびえる山並みの中に、ぽつりと黒い城のシルエットが浮かぶ。交通の便を考えれば、城下に住めばいいのにとも思うが……。
「『魔王によって見張られる』と、魔都の民を睥睨し、力を誇示するための立地ね。……グレタ様の趣味ってわけではなくて、歴代魔王の住んでいた居城に、陛下が居住しているに過ぎないわ」
なるほど、別にあの魔王の趣味ってわけではないのか。
……前近代で言うことでも無いだろうが、国民の血税であんな城建ててるのかなって、ちょっと考えてしまう所はあったから、なんか安心したよ。
「……でも、利便性として城下に住むことは全く考えないのか?」
俺の問いに、エミリアは魔都に視線を移して、続けた。
「……魔族みんなが陛下の味方ってわけでも無いしね。それに、貴方と同じように、陛下の魔力に当てられて怯えてしまう市民もいるかもしれないでしょう?」
……俺だけじゃなく、魔族にとっても彼女の魔力は畏怖の対象なのか。
それを考えると、同胞からも距離を置かれ、対等の友人を作る難しさに、いささか気の毒さを感じる所もあるな……。
そして、だからこそ彼女を恐れない四天王を、魔王としても大切に思ってる、ってことか。
まだ魔族領域に来て短いが、それでも王城で魔王と四天王が親し気にしている場面を見る機会は少なくなかった。近衛兵は一応武器を携え警戒はしているが、それも形式的というか、俺と比べると彼女たちだけの時は、ゆるい雰囲気が見て取れた。
……友達かぁ。
俺は、俺の横を歩くエリスに視線を送る。
エリスがこっちに来てくれたのは、言うまでもなく申しわけなさもある。だが、完全にアウェイな魔族領域で、話し相手になってくれることに、俺はかなり救われている。
もし、彼女が居なかったら、俺は孤独から精神的に病んでたかもしれない……。
だから、彼女にはすごく感謝している……のだけれど、現在俺とエリスは魔王の部下の監視下で生活しているのもあり、面会の時間も事細かに決められている。見てない所で脱走を企てないように、と言う都合もあるのだろう。
本当は、みんなと旅してた頃みたいに、もっと長く、エリスと一緒に話していたいなって思うんだけど。ただ、それはいかんせん私情なので、魔王や四天王にも言い出しづらいというか、なんというか……。
……いや、俺自身も、用もなく彼女を呼び出してスケジュールを開けてもらうなんて、恥ずかしさや気まずさを感じてしまうというか。
その……エリスも、俺のこと大事にしてくれるのは伝わって来るけど、それでも俺とエリスって「勇者とメイド」で、その……「恋人」とかってわけではないから、変に理由つけて一緒に居ようとするのも、スケベ心丸出しで見苦しいというか、なんだろう……うーん。
「あ、あの……」
エリスの声で、俺は現実に引き戻された。
猫耳をつけた彼女は、俺を見て耳まで赤くしている。
「私の顔、なにか……ついていますか?」
「えっ」
「その、ずっと、見つめられていたもので……」
あっ……しまった。
彼女の顔を見たまま考え事してたのか、俺は……。
顔が、熱くなってくる。
「えっと、その、ちょっと考え事で……あっ、ネコミミ!そう、今の俺、ネコミミつけてるんだなぁって、さ!」
「あっ、猫の耳ですね!すみません、変なことを聞いて……」
俺の誤魔化しを聞いてエリスは恥ずかし気に、視線を逸らした。
……まあ、お互いそういうことにしておいた方が、気まずくならないですむし、な。うん。
「……やってらんないわ」
前を歩くエミリアが、背中越しに深いため息をついた。
いや、本当、浮ついた言動ばっかりで、すみません……。
* * *
「……驚いたな」
プシュリオールの市街についた俺とエリスは、辺り一帯の景色を見て感嘆の声を漏らした。アルフィードの王都も、そのスケールに驚かされたものだが、それと比べてもよく整備されているように感じる。
格子状に整然と並びはるか向こうまで伸びていく道路は、歩行者のためのタイルの敷き詰められた歩道と、細かな砂利が平らに踏み固められた馬車が走る車道とに、完全に分離されている。
「……こっちでも馬は使ってるんだな。戦場には騎兵も居なかったし、てっきりあの大トカゲが交通の軸になってるもんかと」
「……陸騎龍?起動性と頑強性もあって、戦場働きと……都市圏では運送や舗装作業みたいな重労働に使ってるわね。けど、快適性や飼育コストの上では、馬の方が適切な場面も多いわ」
なるほど、大トカゲは戦場では戦車、市街ではトラックや重機みたいなもんなんだな。対する馬は乗用車やバイクの扱い、適材適所ってわけだ。
……おっ、言ってるそばから大トカゲだ。
背中に乗った作業員が、街角のゴミ捨て場の木箱に詰まったゴミを、巨大な荷台に放り込んでいく。なるほど、ゴミ収集車か。
欲かいて生ゴミ食おうとしたりしない辺り、ちゃんと躾けられてるんだな。
「……交通インフラも発達してるなぁ。もしかして『鉄道』もあったりして」
俺の疑問に、エミリアが怪訝そうな顔を浮かべた
「……起きてたの?」
……ん?どういうこと?
どうにも状況が分からず、俺はエリスに視線を送る。
「魔族領域への護送中、檻を鉄の梯子のような道に載せて、金属製の不思議な車に引かせていたんですが……」
「ああ、なるほど。俺の方は、現世で近いものがあったから、当てずっぽうで言っただけだったんだけど……つまり、俺が気絶してる間に、実際に檻を鉄道に積み替えて、ここまで護送してたってことね」
エミリアは合点のいった表情を浮かべた。
こういう誤解の行き違いって、お互い勘違いを確信してると、ボタンのかけ直しが難しいんだよなぁ……。
「鉄道は市街には走ってないわ。魔王様に協力的な部族の重要拠点を繋ぐための、物資、人員輸送用の長距離鉄道が、何本か敷設されてる感じね」
……大陸横断鉄道みたいな?
人間領域とは繋がってないから横断はしてないか。
「都市計画として、数年かけて魔都にも鉄道網を敷く計画はあるんだけれど、技術的にも、コスト的にも、法整備にも、まだ時間がかかりそうね」
なるほどなぁ。
現世でも、鉄道の延線は土地買収に苦労するって話を聞くし、それはこの世界でも同じってことか。
しかし、鉄道があるってなると、魔族領域の文明レベルって、産業革命の前後になって来るのかな。人間領域とはえらい違いだ。
でも、石炭動力って感じでもないし、魔法の小銃よろしく、多分魔石とかこの世界特有の資源を使ってるのかな。
そういや、その手の資源は魔族領域の方が、埋蔵量も多いって聞いたな。
――ふと見上げると、蝕でくり抜かれた薄暗い太陽の下を、街灯が照らしている。
これも多分、ガスや電気じゃなく、魔石資源……「白陽石」とかだろうな。冒険者向けの珍しいマジックアイテムで、白陽石のカンテラとか売ってたし、多分その応用だ。
何かしら、発電所に近い魔力供給施設があって、それを分配してるのかな?あるいは電池式とか。人間領域の時計台の例を考えると、点灯夫に近い職業のインフラ魔導士がいるのかもしれないなぁ。
「……ふふ、興味津々って顔ね」
エミリアが俺の顔を見て微笑んでいた。
……魔導技師としては、やっぱり自分の仕事に興味を持って貰えるのは嬉しいんだろうな。
「……でも俺、向こうの世界のボンボンで、技術職じゃないからなぁ。あんまり期待はしないでくれよ」
「ええ。けど、異世界の技術に興味を持ってる研究員は多いだろうし、素人目線でも刺激が得られて、きっと喜ぶわよ」
……そうか、俺が一から十まで言わないまでも、電気文明で「こんな便利なものがあった」みたいな話をするだけでも、その開発の着想には繋がるかもなのか。
……とはいえ、スマホとかPCみたいな集積回路を前提とするような機材の再現は難しいだろうし、うまく説明できる気もしない。
何でもかんでも話しても夢物語になっちゃうし、今のうちにこっちの世界でも役立ちそうなネタを思い出しておこうかな。
……「無人島に持っていくなら何?」みたいな話って現世でも鉄板だったけど、いきなり飛ばされたんじゃ、手持ちも知識も引っ張り出せないよなぁ。
天下の検索エンジンもここじゃ圏外だ。
すっかりデジタルデトックスしてしまったけど、こういう場面になるとやっぱり調べものが簡単な現代が恋しくなるなぁ……。




