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#5 「ネコミミ」になろう!

 読者の皆様は、「ネコミミ属性」をご存じだろうか。

 この物語を読み進めたくせに「何それ?わからないなぁ……」なんて白々しいことを言える人は、カマトト主人公の才能アリだ。あるいは、記憶が欠落している可能性があるので、獣王ノアとの邂逅のあたりを読み返して欲しい。


 ……うん、それで、「ネコミミ属性」。

 異世界がどうこうというか、オタクコンテンツにおいてはかなり歴史の長い人気ジャンルで、ファンタジー、SF、ポストアポカリプス、擬人化、妖怪など、ジャンルを問わず、あらゆるネコ耳キャラクターは人気を博してきた。


 まあ、実際のところ猫って動物のかわいさは共感する人が多いだろうし、女の子のかわいさと合わされば、単純な足し算としてもかわいさは二倍だ。人気キャラを作りたいのなら、ここで採用しない手はないよな。


 ただ、気になる所として、猫耳少女って「ヒトミミ」の部分がどうなってるのかって話で……大半の作品では横髪を伸ばして誤魔化してるんだよな。

 一部の作品では四つ耳である理由を明示するものもあるとか。ケモ耳部分は飾りだったり、それぞれの可聴域が違ったり。

 ……頭蓋の構造とか、あんまり考えすぎると、ネコ耳って属性が不気味の谷に落ちてしまうかもしれないな。深く考えない方がいいこともある。



 ……そういや、時々カフェテリアで話してた「ヤマジン」……山神(ヤマガミ)って名前の背が高くてガタイの良い大学の後輩も、ネコ耳キャラが大好きで、大河(タイガ)に言いくるめられて関連IPの台からスロデビューさせられてたなぁ。

 その後は「一緒に実践配信やってスロ台稼ごうぜ!」みたいに盛り上がってて「やめときなよ…」と止めたけど、あんまり真面目に取り合われなかったんだよな。


 ……数回の配信で、ヤマジンも大河(タイガ)のバカの、スケジュール意識や金へのルーズさに気付き、クソほど揉めて喧嘩別れに近い形で解散したとか。


 ……俺のせいじゃないとは思うけど、一応、ゴメンな。ヤマジン。



 まあ、そんなわけで苦い思い出……とは言わないまでも、なんか気まずい記憶のあるネコ耳キャラだが、実際として俺も嫌いじゃない属性だ。


 ……異世界WEB小説が嫌いな俺ではあるけど、そのヘイトの向き先ってあくまで主人公の振る舞いであってさ。ヒロインの子が「可愛い」ってのは共感するので、だからこそ「勿体ない…」って気持ちになることも多くて。

 ヤマジンの読んでた漫画に出てた子なんかも、めっちゃ好みのデザインのキャラだったんだけど、なよなよモヤシ野郎を信奉するハーレム要因で、心が荒んだよ……。


「……いや、意図的に薄味な主人公にされてるんだし、素直に投影先にしちゃえばいいじゃないっすか。量産型の異世界転生主人公に、憧れ持って読んでる読者なんて、多分居ないっすよ?」


 ……違う!違うんだって!

 俺は、かわいいヒロインも嫌いじゃないけど!カッコいい主人公に憧れたいの!

 その結果、かわいいヒロインに好かれる、って順序であって欲しいんだよ!

 俺みたいな、しょっぱい人間が自己投影できる奴に、主人公の資格はねぇの!

 これだから、ざまぁ系WEB小説から派生したような物語の文化は――


「面倒くさいっすね、イセ先輩」


 ……こだわりなんて、得てして面倒くさいもんではあるよな。


 まあ、そんなわけで子供の頃からの猫好きでもある俺にとって、ネコ耳は憎からず思っている属性って感じで。

 ……まあ、チートとかを横におくなら、かわいいネコ耳美少女のいる世界に転生するってのは、ちょっと嬉しいかもしれないなぁ。



   * * *



「はい、これはカイトのネコ耳ね?サイドヘア用のウィッグも用意するから、ホンモノの耳の方はそれで隠してね」


 ――俺は、一気に現実に引き戻された。


 隣でオレンジがかったブロンドの猫耳としっぽを、おずおずと見つめているエリス。

 彼女の猫耳姿を想像し抱いていた邪な妄想さえ、瞬時に霧散してしまうほどに、その言葉のインパクトは甚大だった。


 ……「俺の」ネコ耳?

 なにか、聞き間違えだろうか?

 俺の目の前には、俺の髪と同じ色の、黒いネコ耳としっぽが置かれている。


「その言い方だと、俺までネコ耳をつけるみたいな……」


「……当たり前でしょ。そもそも身分を偽らなきゃいけないって面では、エリス嬢より君の方が深刻なんだからね」


 それは……まあそうなんだけど……。

 しかし、それはなんというか、あまりにも……。


「だ、大の大人の男が、ネコ耳と尻尾なんてコスプレみたいな……流石にそれは恥ずかしいというか……」


「……それ、差別だよ?魔族領域には、男の猫魔人(ワーキャット)だって存在するんだからね?」


「あっ……すみません」


 ……失言だったな。

 この期に及んで、まだ俺の気持ちに浮ついた部分があった証拠だ。改めなくては。


「……まあ、実際のところ他の魔族から『大の男がかわいいネコちゃんの耳を生やしてて笑える』みたいに言われることも多くてね。年配の男性は、帽子とかで隠してる人も多かったよ」


「……今では、その辺の風評も改善されてるのか?」


「私が、先代魔王討伐に際して、旧魔王軍や人間の侵略者を殺しまくったからね。今の魔界じゃネコは畏怖の対象、迂闊にバカにするような物言いをする者も、影を潜めているのさ」


「…………」


 ……ダイバーシティ的な話かと思ったら、想った以上に物騒な話だ。


 しかし、そうなってくると、魔族領域で猫と遊ぶのは控えた方がいいよなぁ。

 もしかしたら、その辺の野良猫ですら猫魔人(ワーキャット)が化けてるのかもしれないし、下手すりゃ意図せず痴漢行為を犯してしまいかねない。




 ……とはいえ、だ。

 俺は目の前の猫耳カチューシャとつけ尻尾を手に取った。

 これを……、俺がつけるのかぁ……。


 やっぱり、現代日本で生きてきた身としては、男の身なりに「かわいい」を足し算するのは、ウケ狙い以外の文脈では恥ずかしいってのも本心だ。

 他人からの嘲笑の目さえなければ、そのうち慣れるんだろうけど、やっぱり最初は抵抗も出るかもなぁ……。


 ……だが、それもこれも、魔族領域で行動する上では必須の装いだ。

 俺は人間勢力の非公認外交官。ならば、郷に入っては郷に従うしかない。


 ……よし、なってやろうじゃねぇか。

 ネコミミの似合う男ってヤツに……っ!







「くすっ、かわいいねぇ……勇者カイト♪」

「ほ、本当……よく似合ってますよ、勇者様!」


 エリスが向けた鏡には、見苦しく顔を真っ赤に染めた、ネコミミ男性(21)の姿が映っていた。

 エリスとノアは、俺の頭上でぴくぴくと動くネコ耳を見て、明らかに笑いをこらえていた。


 ……本当、良くないと思うなぁ!

 理解を求めておいて、そういう態度を取るのはさぁ!


 俺は、ネコ耳を机に投げるように放り、その場から逃げ出した――



   * * *



 かくして、エリスとノアにいじめられて赤面しながら飛び出た、なんとも情けない男勇者は、行く当てもなく魔王城を歩いていた。

 ……衝動的に飛び出したが行くアテもないという、情けない家出少年みたいになってしまった。これじゃ恥の上塗りだな。

 ……しばらくしたら、ネコ耳を回収しに戻ろう。


 俺は中庭の庭園に出た。空には変わらず蝕で暗くなった太陽が浮かぶ。

 それでも、太陽は太陽。漏れ出た光から若干の温かみを感じる。

 白いガーデンチェアに腰を下ろした俺は、ぼんやりと、暗い空を見上げていた。




「おや、勇者殿」


 声の方向に目をやると、赤髪の少女と青肌の女性。魔王グレタと、エミリアだ。


「……どうも」


「今日は、ノアから魔都滞在に向けて用意した品を受け取ると伺っていたが……こんなところで何を?」


「……まあ、色々ありまして。しばらくしたら戻るつもりです」


 不思議そうなエミリアとは裏腹に、性格の悪い笑みを浮かべる魔王。

 彼女はテーブルを挟んだ向かいに座って、にやにやと俺の顔を覗き込む。

 ……コイツ、俺がこうなった理由を察してるな。対照的な主従だよ。


 現在、魔王の魔力の影響による緊張や不快感は未だ抜けないが、それでも、多少は面と向かって話せるようにはなって来たとは思う。

 今回のように、四天王とともに行動する魔王と、宮殿内で遭遇し話す機会は、そこそこあった。その中で、俺とエリスはこれまでの経緯について、詳しく聞くことになった。


 ――鬼王エミリアと獣王ノアによる、俺と人間勢力との分断工作。

 ――俺の身にかけられていた「自爆の呪」。

 ――今後、俺を魔族陣営で働かせたい意向。


 ……当初、俺のチートを失った理由を知ったエリスは、仲間との別れの件もあってか、強い憤りを見せたが、自爆の呪について聞いた時には、彼女はただ絶句していた。

 そして、彼女から「どうやって人間領域に帰るか」という相談をされる機会も、目に見えて無くなった。


 ……俺自身、そこまでされてアルフィードに帰りたいとは思えないが、とはいえ魔族陣営の話を全て鵜呑みにするわけにも行かないし、人間勢力に滅んで欲しいとも思わない。

 大半の人々は、俺の自爆作戦なんて知らずに生きてきたはずだ。それを、一部の権力者の非道への失望で、全てを見捨てたいとは、やはり思えない。


 だが、魔王の意向通り「魔族領域の発展に尽くす」というのも、国力を強め人間領域の併呑に繋がらないかという心配もある。国による裏切りを受けたからこそ、無邪気に魔王の意向を信じられない気持ちも強い。

 ……しかし、そうは言ってもタダ飯喰らいの食客待遇で居心地が悪いのもまた事実。直接戦争に関わらない領域でなら、協力するのも悪くないかとも考えているところだ。


「……というわけで、来週にでも、あなたとエリスを翼騎龍(ウィング・ドラグーン)で城下に連れて行くわ。魔都の環境や仕事について、色々見て回る機会になるでしょうし」


 魔王の後ろに立つエミリアは、資料を見ながらそう言った。

 俺も、魔族に対して恨みを持っているわけではないし、こちらの市民の生活の助けとしての働きまで拒否したいとは思わない。

 それが間接的に人間勢力への背信に繋がるとしても、恩返しと食い扶持稼ぎだって人の道だ。


「……わかった、よろしく頼むよエミリア」


 俺の返答に、魔王グレタは、笑顔でうんうんと頷いていた。

 見た目だけで言えば、本当に、あどけない子供なんだよな。

 



「……あっ!勇者様っ!」


 馴染み深い声の先を振り向くと、金属の四角いトレーを持った猫耳メイドのエリスが、こちらに向かって駆け寄って来ていた。一瞬「かわいいなぁ」とほっこりしたが、そのトレーの上にあるものは、当然……黒いネコ耳と付け尻尾だ。


「……ふむ、そうか。余も見てみたいところだなぁ。勇者殿が『かわいいネコ耳』をつけている姿を」


「…………」


 合点のいった表情で納得するエミリア。

 結局俺は、本来見せる必要のない二人にまで、羞恥の中でネコ耳しっぽの姿を見せることになった。……まったく、パワハラもいいところ……身分制度の闇である。




 ……人生、逃げ出して状況が好転することなんて、そうないもんだよな。







――――「魔王と元勇者」編へ、つづく――――





【次章予告】

  少しずつ歩み寄りを見せる魔王陣営と元勇者。

  カイトとエリスは、魔王陣営の街を歩き、その見分を深めていきます。


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