#2 議題「一区切りついたし、お茶しようか」
私は、魔器召喚魔法で茶葉と茶菓子を呼び出した。
四天王の面々は、熱源魔法で薬缶を加熱したり、くつろぎ会議室の棚から茶器を取り出したり、テーブルのセッティングを進めていく。手慣れた手つきの皆を前に、おろおろとするリナ。
……公的な場での毅然とした姿と違って、可愛げがあっていいね。
* * *
「じゃ、みんな。任務の完了、お疲れ様~」
席についた私は、手元のティーカップにお茶を注いで配った。
労いの盃というやつだ。……一応公務中だから、お酒は無しね。
「ま、魔王様自ら、配下に茶を注ぐなど……」
やはり困惑顔のリナの言葉を無視し、グイグイとカップを押し付けていく。他の皆は苦笑いだ。
……いきなり「リラックスして」というのは難しいとはいえ、茶を注ぐかどうかにまで威厳を求められるのは、息苦しいよねぇ。
もっとノアを見習って気楽に……あっ、ジャムの乗ってるお菓子は一人二個までだよ。
「ともあれ、イレギュラーはあったけど、無事に勇者は招致できたわけで、作戦は完全に達成されたと言っていいね。猪妖魔領の戦後処理とかは発生するけど、このあたりは持ち回りになるかな」
「目下は、龍王軍の部隊が駐屯すれば治安の乱れは起こらないんじゃない?一番大暴れしたのがアンナなわけだし」
「ふむ、確かに。大将首を取ったノアでもいいとは思うけど、そっちは収容した兵の調査や聴取もあるだろうしな。承ったよ」
うん、ひとまず猪妖魔領にはしばらく、アンナとノアを派遣する形かな。
「……となると、勇者の対応はエミリアに任せる感じかな」
「ええ、殺し合いを演じたとはいえ、和解の経緯もありますし、他の四天王よりは適切かと」
エミリアの発言に、ノアがいたずらっぽい視線を送る。
「……おやおや、抜け駆けかなぁ~?」
「……あら、ごめんなさい。また勇者にもみくちゃにして貰える機会を取っちゃうわね」
……冗談じみたやり取りだけど、これから勇者との仲が深まって、本腰入れて内紛とかはやめて欲しいかなぁ。そこは弁えてくれることを願おう。
そして、リナのじっとりとした視線が重たい。
まあ、彼女がその境遇から、この作戦自体に好意的な感覚は持っていないのは知っているしね。冗談でも「勇者と仲良しになろう!」っていう話に気が乗らないのは、仕方ない。
「やはり、私は不安です……『先日の事件』もあったのに、それでもヤツを処分しないなど……魔王様の身に万一のことがあっては……」
「…………」
まあ、そうだよなぁ。
私も、目の前であんなことが起こって、正直、大分度肝を抜かれたよ。
勇者たちを閉じ込めた檻が到着した翌日。
応急手当を終えた彼の姿を確認しに、部屋を訪れた時のことだ。
* * *
「……ほう、彼が『勇者カイト』か」
「はい。止血、骨接ぎ、神経や筋繊維の縫合まで完了……あとは覚醒を待つのみですが……」
エミリアは手元の書類を見ながら状況を報告し、リナは訝しげな顔で勇者を見つめる。
魔族領域の治癒は、人間領域の神聖魔法と違って「自動化」が進んでおらず、各分野の治癒魔法を複合的に組み合わせたものだ。
かねてより神聖魔法の治癒は、人体を「神秘」として、自然治癒の拡張的にその挙動をブラックボックス化する方針を取っているためで、なまじ汎用性が高い分後世においても、その詳細な挙動がはっきりしていないためだ。
それでも、近年は人間街の大母信仰者の協力もあって、その解析は進んでいるのだけど。医療の発展は大切だからね。
「おそらく、心理的負荷がかさんだことで、脳が療養を求めているのかと。このまま起きないということはないかと思われますが……」
「心因性の疲労は、人間領域の治癒魔法でも回復できないものだから……仕方ないさ」
「…………」
……リナ、多分「このまま、目を覚まさなければいいのに」って考えてそうだなぁ。このあたりは前途多難だね。
私は、ベッドに横たわる彼の顔を覗き込んだ。
「……へぇ、黒髪か。アルフィードだと目立っただろうねぇ。顔立ちも悪くない。割と好みかも」
「陛下、お戯れは……」
「はは。冗談だよ、リナ。まあ、外傷が塞がったなら、もう……」
――瞬間。
その場で飛び起きた勇者が、私の首を、両腕で締めあげた。
「……っ!?」
エミリアは書類を落とし詠唱を始め、リナは近衛兵の腰に差した剣を抜き去り、勇者に向かい構える。
「きっ……貴様ッ!!」
「――手を出すな」
私の声を受け、二人は体をびくりと震わせた。
「今、この男を攻撃したら……城内が屍と瓦礫の山になる」
「!」
私は、彼の目を見た。
報告を受けていた黒い瞳ではない。
青く輝く瞳。自身の体内を巡る魔力を凝集し、眼球からそれが漏れ出している。
自身の肉体ごと破壊する自爆攻撃、大量破壊魔法の、発動予兆だ。
「――自己破滅魔法かっ!?」
「ああ、おそらく、無意識下の呪が、彼には仕込まれているのだね」
アルフィードの第一王弟派や宮廷魔導士の仕業か?
……否。奴らは魔族領域の魔法に精通してはいない。
無関係でこそないが、裏で糸を引いているものが……『ヤツら』が、いる。
ここまで、人間社会にまで浸透しているとは、まったく、厄介な連中だ。
だが、魔族領域の長に、魔なる者の王たる私に、「魔法」による暗殺を挑む?
――愚かしい、反逆者どもめ。
勇者の全身が、抑え込んだ魔力を解放するように、発光を始めた。
おそらく、英雄技能により無尽蔵な魔力出力を可能とするこの男の自爆は、蝕の魔城を消し飛ばしかねない、膨大な威力となるだろう。
「――【禁環封呪】」
私の手元で……理外の力が、【封じる者】の力が、円環を描き顕現する。
それは、私の首を絞めていた勇者の両手首を取り巻き、強く締め付けた。
――彼の、魔力の根幹が、封じられた。
その体から漏れ出していた青白い光は収まり、暴走した魔力で断裂した全身の組織から、出血が始まった。
「……ふむ」
私は、襟を整え、彼を見下ろす。
そして、簡易的な止血魔法を施しながら、エミリアに言った。
「……二度手間になってしまうが、医療魔術師を。それから、信用できる解析、解呪魔術師も用意。決して隠蔽に加担させないように、エミリアの監視のもとで作業を行うこと」
「……はッ!!」
エミリアは大慌てで「速文魔法」の準備を始める。
「そ……その男を、生かすおつもりですか?陛下!」
リナが狼狽し、私に迫った。
一度でも魔王に剣を向けたものを処断しないというのは、彼女の規範意識に沿わないのだろう。
「……黒幕を割り出す必要もある。ここで始末するのは得策ではない」
「し、しかし……」
「……それに、我々はこの勇者に対し、その命を救った『恩義』が、彼の人間勢力への不信という『楔』が、封印と言う『首輪』をつける口実が出来たわけだ。これらの有力なカードを利用しない手はあるまい」
「…………」
「ふふ、勇者を自爆攻撃の捨て駒に使うとは……なかなか思い切ったことをする。あるいは、猪妖魔の暴走も、油断を誘い、勇者を余に近づけるための布石だったのかな……?」
私が、勇者をベッドに寝かせ、シーツを被せる音が、静かな城内に響く。
二人は、沈黙し、息を飲んでいた。
「だが、もはや勇者は我らの手中。魔王に剣を向けた代償は、必ず払って頂こう。……その血をもってして、な」
* * *
「……ひとまずとして、勇者の強制呪法の解呪は進行中。【禁環封呪】により魔力そのものが封じられている中では、彼が再び自爆を行うことはありません」
「ふむ、解析としては?」
「固有魔力の判別と、対象に一定距離近づいた際の、指定魔法の発動。魔王様を狙い撃ちしたものでしょう」
「なるほど、多分彼が召喚されて右も左もわかってない内に、諸々の手続きの中で、畳みかけるように契約魔法を紛れ込ませた者がいる感じだろうね」
「……契約書はちゃんと読まなきゃダメだね~」
私は、お茶をすする。
私への暗殺はアルフィード王家の意向によるものではないが、少なくとも王宮の関係者の中に、勇者にこの契約を結ばせるものがいたと見える。ノアの人狼衆と同じか、それ以上に厄介な潜伏能力持ちがいるんだろうな……。
「…………」
苦虫をかみつぶしたような表情のリナ。
……この間から、彼女の意向にそぐわぬ任務や状況ばかりで、ちょっと可哀そうなんだよなぁ。
………………
「……はい、私の分のジャムクッキーお食べ」
「えっ」
「いいからいいから」
私は、皿に乗せたクッキーをリナに押し付けた。
困惑しながらも、他の三人はそれを微笑ましげに眺める。
「……いやね、本当リナは就任したばかりなのに、気苦労かけてるなって。君の境遇は私も知ってるから……やっぱり心苦しいのは本心だよ」
「…………」
「でも、君は私の命令に忠実だし、言いにくいこともズバズバと言ってくれる。もちろん、君臣の関係として最終的な命令には従ってもらうけど……」
私は、ティーカップをソーサーの上に置き、クッキーを固辞しようとするリナの右手を、両手で握った。
「それでも『良薬は口に苦くとも、病に利がある』ように、『忠言は耳に逆らえども、行いに利がある』ものだからね。私は、君の意見にも価値を認めているから、こうして戦略会議に参加して、意見を貰っている。君の言葉に、千金の価値を感じればこそ、だ」
「…………」
(……何かの引用かな?)
(革命成立後は、治世に関わる書物もたくさん読んでいらしたからね……)
「だから、私はリナにとって心苦しい命を下すことはあっても、リナ=ブラウンという忠臣を軽視するつもりはない。今後も国を良くするために、たくさんがんばっていこうね」
「……はい」
リナは、照れを隠すように、俯くように頷いた。
素直でいい子だなぁ。
「うん、いい子だ。バタークッキーもあげちゃう」
「……甘やかしすぎじゃないですか~?」
ノアがジェラシーの視線を送る。
……部下の人心掌握も大変だね。




