#1 「魔王」と話そう!
読者の皆様は、「魔王」をご存じだろうか。
この物語を読み進めたくせに「何それ?わからないなぁ……」なんて白々しいことを言える人は、カマトト主人公の才能……とか以前に「じゃあ、ここまで俺は何と戦ってたんだよ!」ってなるので、まあ、居ない者として見ていいだろ。
……うん、それで、「魔王」。
現世においては、悪魔や魔物の王様ってのが原義だった。宗教において敵対的な異教の信仰対象を魔王として解釈することも多かったらしい。
第六天魔王とかもそれで、仏敵としてのレッテルの要素も多かったとか。
けど、今俺のいる「終の大地」みたいな、まあ……身も蓋もない話として「ファンタジー世界」においては、ちょっと意味合いが変わる。
なんというか、「魔族の王」って意味付けで……うーん、説明難しいな。
「魔」って単語も、単体のイメージは悪いけど、この世界ではどっちかというと「魔法」「魔力」という、現世と異なる物理現象の意味合いが強く、「魔族」はこの現象をより緻密にコントロールできる種族、というニュアンスだ。
それを日本語で表すと、まあ「魔」以外に適切な表現が無いんだよな。
それで、「魔王」の意味付けとしても「悪しき存在の王」と言うよりも「魔族の王」であり、つまるところ別種の知的生命の社会を率いる指導者という感じかな。
だから、こういう世界で「魔王=悪」と断じられるかは難しい所で。
……種族特性や文化の差異による別種としてのアイデンティティは強く、得てして人間といがみ合っているけれど、そうは言っても「別人種」であれば、勝手に相手を悪魔化して、悪い奴扱いするのは……まあ、差別的で良くないよな。
だからまあ俺も……「勇者」って役割を演じる者ではあるけど、できる限りしんどいいがみ合いはせずに、平和的な関係に着地出来りゃいいのになぁ、とは常々感じているよ。
WEB小説よろしく、勇者と魔王のラブコメってのは行き過ぎだと思うが、お互い大変な立場として、シンパシー感じるかもだし、仲良くなれりゃいいよな。
……そういや、これは噂話なんだけど、最近ではそうした魔王と勇者の共闘路線の作品が増えた結果、「魔王が勇者と戦ってる!なんで?」みたいなこと言う子も増えてるって、どこかで聞いたな。
平和と多様性が社会に浸透したことは良いことなんだろうけど、子供の頃は兄貴と一緒にドット絵RPGで冒険してた身としては、やっぱちょっと複雑ではあるかなぁ……。
* * *
「余が、東方の『魔族領域』を統べる盟主。黒蝕の魔王『グレタ=イーヴリット』である」
そこに居るだけで伝わってくる「圧」。
誰もが彼女に膝をつく中で、俺の本能……いや、「宿業」が、彼女に傅くことを拒絶していた。
勇者たる俺の、対局にいる存在。決して相容れぬ、陰と陽。
この女は、間違いなく……「魔王」だ。
俺の警戒を意に介してもいないかのように、その長く艷やかな赤髪を手で流しながら、彼女はにんまりと不敵な笑みを見せた。
「――まずは礼を言う。貴殿の奮闘により猪妖魔部族の暴走による侵攻は未然に防がれた。貴殿の活躍が無ければ、人間領域と魔族領域の双方に攻撃の口実が生まれ、戦端は開かれていたであろう」
「……そう思うなら、最初から制御してくれよ。アンタの怠慢で市民が殺されるんじゃ、溜まったもんじゃない」
「……貴様ッ!」
鎧で武装した兵がざわついて金属の音を鳴らし、金環の四天王の眉間にもしわが寄った。奴の臣下である以上は当然ではある。
「……良い。現に王たる余の過失が彼を危機に追い込んだのだ。耳に痛い忠告も聞き入れるべきだろう」
周囲を制止する魔王。その言葉からも、彼女の持つ良識や誠意は伝わる。
……だが、俺は、彼女に対しての警戒を解くことはできなかった。
「……あと、自宅に呼ぶなら招待状も送ってくれ。いつでもアポなし対応できるほど暇ではないんだ」
「ふふ、では、これからはそちらのメイドの女性……エリス殿を通じて、事前連絡させて頂こうか」
……実のところ、面と向かって会うまでは、魔王に拉致られたことも、俺を保護し治療するという名目があった以上、恨み節もなかったし、感謝もあった。
猪妖魔の暴漢からエリスを助けてくれたことだって、俺にとっては感謝すべきことだ。
……だが、実際に会った結果、そうした考えは吹き飛んでいた。
何故か?
……たまらなく、恐ろしかったのだ。
のど元に抜身の剣を突きつけられているような、緊張感。
少しでも隙を見せたら、俺は目の前の年端も行かぬ少女に殺される、という確信。
ゆえに、俺に取れる行動は「跪く」か「虚勢を張る」のどちらか。
……勇者の宿業だろうな。
俺は、虚勢を選んだ。俺を跪かせようとする「圧」に屈せぬように。
そして、対する魔王は俺の方を見て、涼しい顔だ。
魔王は、俺などまったく脅威にならないと、そう思っている。
龍王との打ち合いで、憐憫の目を向けられた、あの時のように――
――あれ?
ならば、何故、俺の英雄技能【無自覚最強】が発動しない?
この状況は「舐められている」の典型的なそれだ。
ならば、俺の体内を巡る魔力は、普段より潤沢でなければおかしい。
それなのに、俺の体内に「魔力」は感じられない。
……いや、そもそも、それがおかしい。
今の俺の肉体はこちらの世界に順応し、身体を動かすに際して、魔力も併用するようになった。
にも関わらず、俺の体内で魔力が働いている気配がない。
……そう、寝起きからやけに体の動きが鈍いとは思っていたが……そもそも、俺の身体に「魔力が巡っていない」のだ。
「……身体に、違和感を感じておられるのかな?」
「!」
魔王は、見透かしたように俺に言葉を投げかけた。
そして、魔王が目配せをすると同時に、四天王は自身の右手首を見せた。
そこには、全員揃いの「金の環」がはめられていた。
俺は、まさかと思い、自分の手首を確認した。
俺の両手首には、金環の四天王のはめているものと同じ「金の環」が、しっかりとはめられていた。
「余の結んだ魔法の呪だ。対象者の魔力の発動を、その根から封じる封印魔法……【禁環封呪】。それを貴殿に施させてもらった。」
「…………」
「もとより、余と貴殿は敵対関係……。余の、そして側近や魔族領域の市民の安全も考慮し、金環の四天王以上の『完全封印』を施している。そのため今の貴殿は一切の魔力の行使が不能になっている」
「…………」
「……そのため、今の貴殿は、余の過大な魔力に当てられ、多大な心理的負荷がかかっている。気が立っているのもそのためだろう」
「……道理で、丸腰にさせられて剣を突きつけられてる気分だったわけだ。エンゲージリングは相手の同意を取ってから、はめるもんだぜ」
「……ふふ、面白い男だな。貴殿は」
そう言って、魔王はニヤリと笑う。
俺は、さながら冷たい水を伝わせたように、背筋をぞくりとさせた。
……なるほど。
魔力を封じられたことで、人間が魔族を恐れる理由が分かった。
この世界において「魔力」は、相手を即座に絶命させられる隠し武器のような物。
ゆえに、魔力の総量の少ない人間領域の一般市民から見ると、魔族は軍人に限らず一般市民までもが「生まれながらに武装した存在」なわけだ。
俺は、英雄技能による魔力保証もあり、長らくこの危機感に共感が難しかったのだが……魔力を失い、魔王を前にしたことで、ようやくわかった。
自分の生命を容易に奪えてしまう存在。
掌の上で命を握られる、その恐ろしさが――
……だが。
エリスと俺の命が掛かっている。魔王を主と仰ぐ金環の四天王との関係悪化も心配だ。……迂闊な言動を取るべきではない。
いくら、相手が恐ろしかろうと、自分の状況が理不尽と思えど、必要以上に喧嘩を売る理由はないのだ。
何より、俺は同じく絶大な戦闘力を持った金環の四天王に対して……目に見えて俺の滞在に好意的でない森王を除いて、魔王に対して抱く嫌悪感のような物は、感じない。
つまるところ、相互理解の姿勢を持てば、力量差があろうとも「慣れる」こと自体は可能なのだろう。
当初の「会って話せば仲良くなれるかも」という、楽観的な見通しからは外れたが……。
それでもやはり、俺のこれからやるべきことはひとつだろう。
まずは、まともに「魔王」とコミュニケーションが取れるようになるまで、現状に順応する。然る後に、友好的な関係を築き、人間領域に手を出したくないと思わせる。
……魔王を相手に武力による脅迫など、魔力の使える十全の状況であれ、できるなどと思わない方がいい。
俺のやるべき振る舞いは、これまでのような「暴力装置」のそれではなく、人間領域の非公認の「外交官」であることだ。
「ともあれ、傷が癒えるまでは、この魔城に滞在すると良い。貴殿の心身が安定したら、その時には改めて会談の場を設けよう」
「…………」
魔王は、玉座から立ち上がり、側を金環の四天王が固めた。俺からの強襲にいつでも対応できる立ち位置に。
俺は、決してこの城内で信用などされていない。
多少の接点が生まれた金環の四天王も、最優先する存在は主君である魔王だ。
だったら、俺のすべきことは……
「……重ね重ねのご厚意、感謝……します。魔王陛下」
……俺は跪いて、頭を下げた。
勇者としての屈服ではなく、仲間と自分の命を救われた一人の人間として、魔族の世界に歩み寄るために。
――魔王は、意外そうな顔で俺に振り返り、僅かに微笑んだ。




