#0 「クラウン」になろう!
魔都プシュリオール。
大陸の極東に位置する魔族領域最大の都市。
かつて、大陸全土を巻き込む動乱を引き起こした勇者「イサミ=サイジョウ」。
それを討ち果した魔王「ベルゼアル=イーブリット」の暴政とその討伐。
……度重なる戦火で、この都のインフラは壊滅的な打撃を受け、市民は塗炭の苦しみに喘いでいた。
だが、これらが倒れた後に台頭したのが現魔王である「グレタ=イーヴリット」。
彼女は龍魔族の土木、青魔族の魔導工学、猫魔族の警察機構、影森人の軍事教練など、各部族の強みを最大限に活かし、魔族領域の復興と新体制の構築を進める。
現在の魔族領域はひとつの連邦国家として手を取り合い、魔都プシュリオールをはじめ各地に発展した都市を抱え、魔族史上類を見ない栄華を極めているのであった。
「はいっ!紙芝居おしま~いっ!」
子供たちはわーわーと声を出して元気に拍手する。子供に人気の青肌美人の読み手は笑顔でお辞儀をした。
……紙芝居を読み上げているのは、他ならぬ【鬼王】エミリアその人であった。
「……いや、プロパガンダだろこれ。当事者が言うんじゃ自画自賛じゃん」
「……まあ、政府広報と『親しみやすい王』のイメージ戦略よね。気恥ずかしさがあるかないかで言えば……あるけど。それでも、為政者としては次代の子供たちには、現政権への好感を持って貰わないとね」
「うーん、政治家は汚いなぁ……」
俺の横ではエリスがなんとも複雑そうな表情をしている。
彼女の生い立ちを思うと、キッズに娯楽としてプロパガンダ与えるのは、そりゃ微妙な気分だよなぁ……。
まあ、社会規範と同胞意識の啓発は悪いことではないとは思うけど、程々にして欲しいかな。人間領域へのヘイトスピーチは俺も困る。
ともあれ、そうしたわけで俺達はエミリアに同行し、子供たちの前で、「グレタ魔王政権に都合のいい」お話をキャラバンとして提供しているわけなんだが、次の「演目」に向けて俺も表に出る準備をしていた。
……「勇者」と名乗るには、いささかのっぴきならない状況になった昨今。
俺は、魔族領域でのセカンドキャリア構築のため奔走している。
今から始める「これ」も、そうした活動の一環だ。
「……じゃあ、そろそろ出るわよ。道化師『シュリンプ』」
「…………」
「……ちょっと、聞いてるの?」
「……あっ、俺か」
うーん、やっぱりこう、しっくり来ねぇなぁ……。
名前の響きだけでも、この日本人顔に「シュリンプ」は無いだろ。
HNで呼び合うオフ会みたいになってるじゃん……。
……ってか、「シュリンプ」って「エビ」だしな。
伊勢海老に引き続き、結局またシーフードになるのか。
――かくして。
エリスによる「化粧」を終えた俺は、ロン毛のかつらとシルクハットを被る。
顔に塗ったおしろいの上に、涙のメイク、赤い口紅、モノトーンの道化服……。
そう、俺の今のお仕事は「勇者」ではなく、「道化師」だ。
――「金環の四天王の五人目枠への就任おめでとう!」だって?
……違う違う。それは「王冠」だよ。
俺のやってるのは「ピエロ」の方。
こんなマヌケな奴が四天王になったら、いよいよ魔族領域も終わりだよ。
まあ、鏡を見るたび「なんで俺こんなことやってんだろうなぁ」って気分にもなるが……まあ、そうは言っても生計を立てる手段は必要だろう。
「ピエロ」は立派な職業だ。王道RPGと違って、決して「遊び人」じゃないと思うぞ。
俺は「連邦道化協会」という、道化芝居を認定する公的機関で取得した、F等級資格を【ランク反転】……もとい【逆吊巧者】で強化し、おどけたポーズで舞台裏を飛び出した。
「……なんでそんな政府機関があるんだよ!」というツッコミは、いましばらく我慢して欲しい。
さあて、今日も日銭を稼ぐために、子供たちに笑顔を振りまく公共事業だ。
* * *
玩具のような小道具の剣を振り回し、無言の道化芝居をする俺。
コミカルな演技に合わせて、エミリアはナレーションを重ねて行く。
――ある日、人間領域に、新たな勇者『カイト=イセ』が召喚されました!
……あっ、聞き間違いじゃないよ。このピエロは「カイト=イセ」役だ。
どうも、カイト=イセ役を務める、伊勢海人です。
さっきの「道化師シュリンプ」は芸名ね。偽名も兼ねてる。
――けれど彼は、いつもぐうたら……人間の王様はもうカンカンです!
そういや、出発前にニート生活とか考えたなぁ……。
……んなことしたら、第一王弟にぶっ殺されてたんじゃないか?
――ついに彼は都を追い出されてしまいました!可哀そうな勇者くん!
追い出されはしないけど、失態を激詰めされたな……。
少しばかり、古傷が疼く。
――彼は、お供として、仲間を引き連れて、魔族領域に侵攻します!
舞台脇から新たに、三人の道化が現れる。
盗賊風味のワンちゃん、おサルさん、ヒヨコちゃんの着ぐるみだ。
……ちなみに、ここは俺の要望で脚本に修正入れてもらった。
元は、事実に沿った戦士と魔法使いと僧侶だったけど……。
魔族領域でのお芝居に勝手に登場させるのは、三人にも悪いしな。
――しかし、なんという事でしょう!そこには金冠の四天王!
エミリアが、十本ほど影のナイフを投擲し、それを回避した俺は、木の板に磔に。
演技だし当たる心配はないけど、股間の近くは事故が怖くて穏やかではないので、真面目にやめて欲しい……。
――憐れ、四天王に捕まった彼は、魔王様の前へ!
俺はその場で跳躍……観客席に向けて盛大なジャンピング土下座を決める。
――勇者カイトはすぐさまペコペコ……これには魔王様も呆れ顔!
その無様っぷりに、客席からは「ゆうしゃ、カッコわるーい」の大合唱。
刺客が賛美されるよりはマシな情操教育じゃないかな。
――仲間たちも勇者にガッカリ、自分達のおうちに帰ってしまいました……。
……これぞ「ざまぁ展開」だな。
案外、笑いを狙って自分でやるの、ちょっと楽しいかも。
――やさしい魔王様に許して貰った勇者くん。
――彼は、魔族領域でひとり、情けなく暮らしましたとさ。
哀愁を漂わせながら、体育座りでシャボン玉を吹く俺。
そして、裏方二人に台車に載せられ、からからと裏に運ばれていった。
……と、まあ、ね。
今の俺のやってることは……「魔王のプロパガンダへの加担」。魔都をはじめ、四天王領の都市の街頭や教育機関で、閣下の意向に合わせて小芝居だ。
実際、みっともなく負けてさらわれたわけで、「攻めてきたのは猪妖魔の方だろ!」って点以外は、大筋も間違ってないな。
この事業に参加するために、一時的に道化に転職したわけだけど、案外性に合ってるのかもなぁ。
演じ終わった後はいつも、なんだか思った以上に楽しくなってるんだよな。子供の笑顔が見れるってのも、なんかほっこりする。
……至近距離で悪ガキに遭遇すると、キックを喰らうのは玉に瑕だけど。
ともあれ、元々が道化みたいな人生送って来たわけだし、開き直って「笑われる」仕事というのは、一周回って清々しい。
俺としては、勇者なんて引退して、このままずっと道化を続けるのも悪くない――
「勇者様は、こんな、名誉を貶められていい人じゃないのに……」
エリスは、悲しいとも悔しいともつかない表情で、メイクを落とすための蒸しタオルを差し出した。
――前言撤回。これがあるから、気が進まないんだ。
毎度毎度、彼女のこんな顔を見ることになるのは、胃に穴が開く。
いつかは、もうちょい名誉あるお仕事に就きたいです……。
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【第二部】魔の都プシュリオール滞在記
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……では、少し話を巻き戻そう。
今から半年ほど前、蝕の魔城での、魔王グレタ=イーヴリットへの、初めての謁見のその時へ――




