#53 転移より半年後、魔王グレタ=イーヴリットに謁見す
「お目覚めかい?勇者カイト。君はね、ここに来てから九日ほど、意識が戻らなかったの」
少女はけらけらと笑いながら、そう言った。
魔王城……か。
うーん、ラストダンジョンって実感は湧かないな。
というか、ここ一ヶ月ぐらいの出来事に実感がないというか……。
龍王アンナとの決闘の辺りから、王都に呼ばれて詰問されて、チートが弱まって、仲間に見放されて、軍勢に挑んで、死にそうになって、エリスに――
「……エリスは?」
「一緒に保護して、今はエミリアの監視のもと衣食住を世話してるよ。身体にも問題はないけど、ずっと君を心配してるね」
「…………」
「とんだ色男だよ、君も」
まあ、危害を加えるつもりなら、あの場でいくらでもできただろうし、嘘ということはないだろう。
……「これから」の保証はないが。
しかし、やっぱりこの女の子、どこかで見た気がするんだよな。
恐らく、初対面のはずだけど、妙な既視感が……。
「ふふ、薄情だねぇ……あんなに激しく、触れ合った仲じゃあないか」
猫少女は、わざとらしく、頬に手を当てて、恥じらいのポーズをする。
……いや、見た感じ中学生ぐらいじゃんこの子。
そんな犯罪みたいなことするわけが……
……黒い猫?
……オレンジの瞳?
「ふふ、やっと思い出したみたいだね」
「……あの町の、ボス猫?」
「その通り!そして……」
彼女は、宙返りをしながら一匹の黒猫に変身して、椅子からテーブルに飛び乗った。
「金環の四天王の一角。【獣王】ノア=タンジェリンさ」
「!」
金環の四天王。
見た目は完全に可愛いネコちゃんだが……その姿で人間の言葉を喋ってる異様さは……、流石に納得の「底知れなさ」って感じだな。
…………あれ?
……もしかして俺、能天気に猫とじゃれついて、敵の幹部に人間領域の情報漏らしてたのか?流石に重大な機密とかは話すことはなかったけど……それにしたって、最悪だな……。
「ま、奇計と工作は、奇謀家たる私の十八番なもんでね。色々と影でやらせて貰ったけど……恨まないで頂戴ね♪」
……恨みより、羞恥と後悔と、仲間への申しわけなさが勝るな。
やらかしを思い出して凹んでいる俺に、獣王は少し心配げに声をかけた。
「……いや、本当、キミには結構ひどいことしたからさ、怒っていいんだけどね」
……そうなのか。
まあ、その辺は後でゆっくり聞かせてもらおう。
俺は、半身を起こして、包帯の巻かれた掌を動かした。
いくらか傷痕は残っているが、骨折なども治癒されているようで、問題なく動く。後遺症などもなさそうだ。
「……まあ、手当も含めて命を助けてもらったみたいだし、ひとまずは礼を言うよ」
「相変わらずキミ、お人好しだなぁ……」
獣王ノアは、呆れたような顔で微笑んだ。
しかし、立て続けに色々あったせいで……未だに現実感ないな。思っていた以上に、精神的に追い詰められてたのかもしれない。
思い出したくないことが多すぎるのと、嵩んだ睡眠不足の解消もあって、数ヶ月ほど時間がスキップしてしまった気持ちだ。
……流石に、大怪我をしたばかりで体の動きは鈍いが、さんざん寝たのもあり、脳の方は変にスッキリしている。
「……とりあえず、まずはエリスに会って、無事を伝えたい」
「うん。勇者カイトが目を覚まし次第、エリス嬢と謁見を行う、って陛下の仰せだからね、案内するよ」
……そっちの心の準備は全然できてないんだけどな。
一般兵に銃で殺されかけて、四天王に助けられて、寝起きすぐに魔王の間って……そんなRPG聞いたこともねぇよ。
「じゃあ案内するから、服は着て来てね♪」
ベッドのシーツをめくると、俺は包帯ぐるぐる巻きのパンイチ姿だった。
……このまま立ち上がらなくて良かった。
俺は、ベッド横に置かれた果実水を飲んでカラカラの喉を潤し、シミひとつない俺の冒険用の一張羅を身に纏い、部屋を後にした。
* * *
獣王ノアに連れられ、魔王城を歩く。空のよく見える回廊に出た俺は、目の前の景色に圧倒された。
太陽が、欠けている。
地球でも見られる「皆既日食」のように。
「……あー、やっぱり人間領域出身だと珍しいのかぁ」
「ああ……すごい、な」
「……魔族領域を覆う大呪【永劫輪蝕】。この大陸の東半分の日照は、この呪いで遮られてるんだよ」
「…………」
そういえば、噂話として聞いていた気もする。さっきまで見ていた夢の黒い太陽は、断片情報からイメージした魔族領域の太陽だったってことかな。
……改めて考えると、三途の川みたいなノリで一緒に行くの断っちゃったけど、夢なんだからエリスと合流して、みんなと楽しく冒険みたいな展開にできなかったのかな。……いや、起きてから虚無感ヤバいか。
……自分の意思で前に進みたいとか言ってるそばから、しょうもない後悔する残念な男が、俺なんだな。ため息出るよ。
「勇者様っ!」
「!」
俺のしょうもない後悔をぶち破ったのはエリスの声だった。彼女は俺を見て、その目を大きく開き、慌てて駆け寄ってきた。
「おはよう、エリス」
「おはよう、じゃありませんよっ!もう起きないかと思って、心配で、心配で……」
「ご、ごめん……」
……申し訳なさの裏で、俺は心底ホッとしていた。
さほど疑っていたわけでも無いが、それでも獣王ノアが本当のことを言っているのか、確信がなかったためだ。
だが、こうして彼女の無事を知り、一つ肩の荷が下りたところはある。
……状況は逼迫していて、まだ考えるべきことは山積みだが、それでもやはり目下一番の心配事が解決したのは事実だ。
「色々あって少し疲れてたから……ちょっと寝坊して……さ。次からはみっともない顔見せないように早起きするよ」
「……もう、勇者様ったら。こんなに長く起きないなんて……何か夢でも見てたんですか?」
夢、かぁ……。
あんまり後ろ髪ひかれすぎるのも良くないけれど……。
「……まあ、悪くない夢、だったかな」
「どんな夢ですか?」
「えっと……」
……あっ。
待てよ、エリスがあの場面で、独りで助けに来てくれたってことは……もしかするとエリス、みんなと喧嘩別れしてきた可能性ないか?
情報を得た順番にもよるけど……エリスなら、まずはみんなとの仲を取り持とうと、動きそうなんだよな……。
なのに「みんなとの夢を見たよ」は、大分無神経というか……。
じゃあ……
「その……エリスに会いに行く夢を……さ」
「!」
……うわっ。
嘘は言ってないけど、何だこのナンパみたいな物言い……エリスも黙ってしまって、こう、すごく気まずい空気に……
「……おっほん」
獣王が、わざとらしく咳払いをする。
……すみません、場をわきまえない軽薄な会話でした。
「……まもなく謁見の間だよ、お二人さん。陛下は寛大なお方だけど、くれぐれも粗相をしないように」
「……はい」
* * *
魔王の謁見の間。
これまで通ったどの部屋よりも高い天井と、荘厳な石柱とアーチ構造の並ぶ建造物。
中央の玉座に続くカーペットと、その左右に並んで控える鎧の兵士。
シンメトリーになっている空間は、その傍らから「蝕の太陽」の日が差し込み、異様な丸模様の光の集合を床に映し出していた。
――軽薄な気分で望むべき場ではない。
俺たちは、直感的にそう感じた。
やがて、案内をしていた獣王が振り返り、「ここで待つように」と告げた。
客人の位により魔王との謁見に際しての距離は決まっているそうだが、勇者としてこの距離に近づいた者はいないという。
俺たちは、改めて息を呑んだ。
つまり、この距離でも魔王は俺に殺されない自信があるか、あるいはこの距離においても先に俺を絶命させる自信があるということ。
やがて、玉座の横から三つの人影が現れた。
鬼王、龍王、森王……そして、俺たちをその場に残し、獣王も彼女たちの列に加わる。
金環の四天王が、この場に集う。
それに隠れるように、中央を歩く、小さな影がひとつあった。
腰まで伸びたワインのような赤い髪。
その両脇から伸びる歪曲した大きな黒い角。
足首までかかる紫のワンピースに金の刺繍の入った肩衣。
教会の司教のつけるような、白いストール。
背丈としては百四十センチ無いぐらいか。
幼げな獣王より、さらに幼く見えるその容貌。
――しかしながら、その場にいる誰もが感じていた。
そこに居るだけで伝わってくる「圧」。
その場にいる兵が、エリスまでもが、耐えかねるように膝をつく中で、俺は「それ」を拒絶するように立ち尽くしていた。
――明確な理由はない。
だが、俺の本能……いや、「宿業」が、彼女に傅くことを拒絶していた。
勇者たる俺の、対局にいる存在。
この女は、間違いなく……「魔王」だ。
俺が、「圧」に抗うように彼女への警戒心を強める中、そんなことは意に介してもいないかのように、彼女はにんまりと、不敵な笑みを見せた。
「お初にお目にかかる、人間世界の勇者『カイト』殿」
四天王に守られながら玉座についた魔王は、その長く艷やかな赤髪を手で流しながら、名乗りを続ける。
「余が、世界の半分……東方の『魔族領域』を統べる盟主。金環の四天王を従える、王の中の王……」
「――黒蝕の魔王『グレタ=イーヴリット』である」
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【第一部】テンプレ勇者パーティー冒険記、完
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【第二部予告】
魔王城にて邂逅した勇者と魔王。
魔都プシュリオールにて始まる、カイトとエリスの次なる旅路。
ふたりのセカンドキャリアを決めるための「猶予期間」が始まります!
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