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#49 アルフィードの転移勇者、確保

 反乱を起こした将は討ち取られ、既に大勢は決したと、龍王の勝ち名乗りが荒野に轟く。


 猪妖魔(オーク)の軍勢はそのことごとくが壊滅し、生き残った者たちは、ほうぼうの体で、東に向けて逃げ出していた。







 ――意識を失った勇者様を、カイトさんを、抱きかかえる私の元に、四人の人影が歩み寄る。


「今回の軍団は、どうやら緩衝地帯の山をくり抜くように、坑道を掘って越境したみたいだね」


「大掛かりなことを……力が有り余ってるならば、もっとまともな使い道を考えて欲しいものです」


「とりあえず、出入り口については速文魔法(エクスプレス)で、待機中のアンナの部隊に場所を共有したわ」


「うん、ありがと。ひとまず敗走した猪妖魔(オーク)の兵は捕虜として拘束して、護送するよ」


「オーク領が混乱しないように、頭もすげ替えなきゃだし、しばらく監視も必要だねぇ……めんどくさぁ……」


「アイベリク家の尋問とかもねぇ……まあ、まずは陛下に報告して沙汰を待ちましょう」


 彼女たちは、金環の四天王(テトラクラウン)は、気だるげに戦後処理を語りながら、私達に、一歩、また一歩と、近付いて来る。


「……さて、と。じゃあ、ようやく本来の『任務』だな」


 龍王アンナはそう言った。


 ――「任務」。

 魔王の命で、勇者様にすることなんて、ひとつしかない。


 もう、勇者様は、戦えはしない。

 大量の血を失い、四肢を砕かれ、意識だってないのに。


「……来ないで」


 四天王は歩みを止め、沈黙した。

 私は、無力感に苛まれながらも、勇者様を狙う彼女たちを睨み続けた。


「勇者様に、手を、出さないで――」


 私は、倒れた勇者様を、強く抱きしめた。



   * * *



(わぁ、すごい悪役になった気分……)

(まあ……正義の味方ではないだろ……)


 ノアとアンナが、メイドの恨めし気な表情を見て、小声で会話をしていた。


 ……「エリス=ブライト」。

 私と勇者が戦った、山賊討伐の時にも同行してたメイド。


 ……改めて、この戦場で二人を助けたことで、子供の件について「借り」を返したつもりでいたけど、よく考えたら私たち、これから「人さらい」を「する側」になるのよね。貸し借りで言ったら、清算どころかマイナスになるんじゃないかしら。



 ………………



虚影幽牢(シャドウ・ケイジ)


「!」


 勇者とメイドの足元から、放射状に延びた影が、何本もの格子として形を成す。やがて、天井を閉じることで、その影の檻は二人を閉じ込めた。


「アンナ、翼騎龍(ウィング・ドラグーン)を呼び出して」


「えっ……、いや、それは良いんだが……メイドまで捕らえるのか?」


 三人とも驚いたような顔をしている。

 今回の任務は「勇者の捕縛」であり、メイドはその対象に含まれていない。


「……この先のことを考えると、ね。国軍がやってくる可能性を考えれば、この子をべートリーとかまで送ってる時間はないし、この場に置き去りにしたら、最悪、猪妖魔(オーク)の残党や人間の山賊に殺されるわ」


「…………」


「それなら、勇者と合わせて確保してしまった方が安全は担保できるし……」


 ……私は、一歩下がって声のトーンを落とす。


「……確保した勇者が魔族領域から逃走する上での『枷』にもなるし、彼女を丁重に保護すれば、勇者との不要な対立を避けられる。逆にここに置いていく方が、『早く人間領域に戻らなくては』って、強力なモチベーションを与えかねないわ」


 視線をメイドに送る。

 檻の中の彼女は、不安げな顔で勇者を抱きかかえ、私たちを見つめていた。


「あ、ああー……なるほど」


「まあ、そうだよねぇ……生死を問わず、この子をここに残していけば対立の種にはなるってことか」


「…………」


 皆、納得したようにうなずく。

 この勇者とメイド……無理に引きはがしたら、面倒なことになるでしょうしね。


「……魔王様には私から説明するわ。要人ではないし、彼女を連れ去ったからとアルフィード側が激怒することはないでしょうけど……不要と判断したら、頃合いを見てアルフィードに送還してもいいわ」


「まあ……そうだね。ひとまずとしては、勇者の付き人ってことで王都に招く形をとるのが良さそうかもだね」


 ノアの声に皆も同調する。

 そうと決まれば、善は急げだ。この子たちの魔都への移送を始めるとしよう。


 私は、再び牢に歩み寄った。

 そして、影の格子をすり抜けて、直方体の檻の中に足を踏み入れる。


「!」


 エリス=ブライトは、びくりと体を震わせる。


「……取って食ったりはしないわ」


 私は、勇者の胸に手をかざした。

 私の魔力が、彼の心臓に、ゆっくりと注がれていく。




「――造血魔法ブラッド・フォーミング


 ――私の魔力が「血」に変わり、彼の血管を通り、拍動に合わせ、徐々に身体を循環する。

 彼の浅い呼吸は次第に落ち着き、蒼白だった顔色も、徐々に血色を取り戻していった。




「ゆ、勇者様……」


 体調の好転を見て、逼迫したメイドの表情にも若干のゆとりが生まれた。


「……疲労も重なってるでしょうし、痛みもあるだろうから、意識はしばらく戻らないと思うけど、簡易治癒や鎮痛の魔法は……あなたも使えるでしょう?」


「……は、はい」


「……これから、あなたたちは魔族領域の都に護送される。そこで医療魔術師の手で治療も行うわ。それまでは、貴方が彼についていてあげなさい」


「……私たちを、殺さないのですか?」


「……もとより、私たちがここに来たのは、猪妖魔(オーク)部族の暴走を止めるのと、あなた達を魔都に招致するためよ。最初から殺す気なんて……無いわ」


「…………」


 ――目に見える安堵。

 エリス=ブライトは、張り詰めた緊張が解けたように、肩を落とした。

 彼女の手の中では、疲労困憊で意識の戻らない勇者が、寝息を立てている。


 この二人は、女神の加護はあれど、本質的に強い存在ではない。

 それでも、互いに強く信頼し、大事に思いあい、相手のために命を懸けることにも、他者を手にかけることにも、躊躇うことはない。


 ……それが、これからの闘いにおいて不確定要素を招きかねないならば、敵に回すことは得策ではない。

 きっと、魔王様にも御理解いただけるだろう。


 ……ともあれ、イレギュラーこそあったが、勇者の確保という大任も完了だ。

 あとは、彼らを連れて魔都に帰還するのみ……魔王様への報告は、その途上で連絡魔法(テレパス)を使って行おう。


 やがて、アンナの命を受けた四頭の翼騎龍(ウィング・ドラグーン)が、大地に降り立ち、檻へと近づいてきた。

 私は、影の檻の四隅から「鎖」を出して、翼騎龍(ウィング・ドラグーン)の首に固定した。



   * * *



 ――月明かりの差し込む、揺れる檻の中で、俺は目を覚ました。


 その身体の上には毛布を掛けられ、半身はエリスによって抱きかかえられていた。

 眼下には……山脈。この黒い檻は、空を飛んでいるのだろうか。

 ……現実感の湧かない光景だ。


「……お目覚めですか?」


 俺が目を開けたことに気付き、エリスが声をかけてきた。

 俺は……咄嗟に、何を言えば良いのかもわからず、沈黙していた。


「……大丈夫ですよ、猪妖魔(オーク)はもう居ません。私たちは今……金環の四天王(テトラクラウン)に保護されて……魔族領域の都に向かっているそうです」


「!」


 俺は、その言葉を聞いて飛び起き……ることもできず、立ち眩みで立ち上がることもできず、そのまま尻もちをついた。


「……無理は、なさらないで」


「…………」


「あなたは、鬼王エミリアの手で応急処置を受けて、四天王によって私と捕縛されたんです。命までは取るつもりはないと……彼女たちは言っています」


 ………………


 外を見ると、この檻は四体のドラゴンによって運ばれているらしい。四天王……きっと、エミリア=ターコイズや、アンナ=バイオレットもここにいる。


 ……安心、していいのだろうか。

 ついこの間まで、殺し合いを演じた者たちだ。敵の腹の裡で、本当に命の保証など得られるのだろうか。


 …………


「……ごめん、エリス」


「…………」


「君を、巻き込んでしまって」

 

「…………」


「ヤツらの目当ては、勇者の俺だけだったはずなのに、君まで……命の保証もない、魔族の世界にさらわれることになるなんて……」


「…………」


「俺が、君を……危険な冒険に連れ出したから……ちゃんと、君を突き離せなかったから……」




「俺が……この世界に、やって来てしまったから……」




「勇者様」


 エリスは、俺の方に、立膝で歩み寄る。

 そして、俺の身体を、力強く、抱きしめた。


「エリ……ス……?」


「…………」




「……少し、昔話をしていいですか?勇者様」


 静かな山々の景色とは裏腹に、上空の風と、龍の羽ばたきの音が響く、夜の空。

 そんな非現実的で、心をざわつかせる非日常の中にあっても、エリスの落ち着いた柔らかな声は、俺の心に直接響いてきた。


「あなたと出会うまでの話と、あなたと出会ってからの話――」


 それは、天においても動くことの無い、星の道しるべのように――




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